意識的な決断を下すことに伴う責任が大きすぎるように思えることはしばしばあります。そんなとき、自ら決断する代わりに、何もせずただじっとして行く末を見守ろうとする傾向にあります。もちろん、意識的にそうしていることはめったにありません! 単にどうにかして物事を先延ばししようとしているだけです。自分をごまかし、「気を紛(まぎ)らわせること」で時間を埋めようとします。その間、最重要事項は 「やることリスト」の一番上に置かれたままです。いずれ、起こるべきことが起こったときに、それは自分のせいではないと言えるからです。今日は、ある状況がおのずと決着するのを防ぐために、できることをしてください。
風邪から喘息の発作が出て引きこもっている。
病院の帰り、ケンタッキーで昼ご飯を買ってしまった。
食べたかったんですもの。
雛人形を片付けなくちゃ。
不謹慎だけどイベント等自粛で倒産破産が増えて自分で自分をヤッちゃうような人が増えて日本が滅びるくらいならみんなで仲良くコロナって滅んだ方が建設的な気がする
「風邪を引くのは気持ちが弛んでるからだ!」
「病院へ行くぐらいなら仕事しろ!」
「風邪なんて気合いと根性で治せ!」
昔はよくそう言われたけど、最近は聞かないな。
昭和のスポ根どこ行った?
最近の自粛ムードや生活の変化などが疲れる。
今月の後半予定通りに自分の時間がなくなるのは覚悟していたけど、世の中の流れとはいえ前半にいきなり予定外にそれが来るとは…
まだスタートしたばかりとはいえ、予告なしの戦いは想像以上に消耗する。このせいなのかわからないけど疲れたのか、結膜炎になってしまった。なんとかモチベーションをあげるための化粧も思ったように出来ないってツラい。
やっぱり誰かとずっと一緒にいる時間ばかりだと磨り減っていくのがわかるよ。これじゃ今の時期に一番大事な免疫力が下がっていくよ。
あんまり暗いことばかり書くのもアレだけど、どうしよう。間に合わせで買った安いコーヒーが案外美味しいのが救いかな?昨日買った春の新作のポテトチップスも美味しかったよ。結局、最後は食べ物頼りか…とりあえず結膜炎を治したい!
わたしは自分の将来について考えるとき、とてつもなく憂鬱な気持ちになってしまうのですが、わたし以外の人たちはどうなんだろう。
昔は24歳過ぎても独身の女は「売れ残り」って言われたもんだけど、最近は聞かない言葉だな。
注)
クリスマスケーキの需要は24日まで、25日には売れ残りになり以後需要がなくなることから女性の婚期をクリスマスケーキに喩えたもの。
多くの会社が在宅勤務へシフトしたり、一斉休校で子を持つ方が休みになった影響で、一部の仕事が止まり、正直暇なので明日休むことにした。
コロナの収束の兆しが見えたらドッと業務が押し寄せそうだし、今は思う存分ゆっくりして、河津桜でも見に行こうかな。
焦らない、焦らない。
一つも標識のない場所にいて、助けになる地図も持っていないとき、とりあえず歩いていけばいずれは目的地にたどり着くだろうと考えてどの方向に行ってもいい、というわけではありません。選択には結果がともないます。人生を生きていく中で、目の前に現れたさまざまな選択肢についてよく考え、細心の注意を払って決断するという義務を自分自身に対して負っているのです。これは心理的な目的地についても言えることです。今、内なるコンパスは寸分の狂いもなく正確に動いています。今日は時間をとってその導きに従ってください。
クッキーとグミとタバコとレモンサワーか。
買ったものを覚えてしまっている。
特にレモンサワーが意外だった。お酒の気配しない人っているよね?見た目で酒が飲めるかどうか?なんてわからないけど、コーラを常に飲んでいるイメージだった。
この間は乳飲料のソーダだったし。
だからなんだって話なんだけど、そういう買い物から人となりを想像するのがちょっと面白いし、何気ない買い物で意外性を見たり、意外だと思うことで自分もその人に対して無意識に持っていたイメージを表面に出させることが出来るんだね。
私はどんなイメージを持たれているんだろうか?
一番近所のコンビニではお菓子やアイスばかり買ってるから、「糖分」とかあだ名つけられてるかもな。