「私は温かく見守ってる」というのをわざわざ主張するところが怖いんです。
それは温かく見守ってることになるんですかね?
おなかすいたな。
土日 私は引きこもっていた。
同居人は土日でかけていた。
土曜日は趣味。
日曜日は仕事。
出張も兼ねているので、いただいたお土産を渡された。
帰ってきたとき、私はキッチンにいて、おかえりーと声をかけた。(姿は見ていない)
そのまま自室へ行き、荷物を片付け お風呂へ直行。
なんかさ、私の顔を見ずにお風呂へ行かれたことが悲しいのよ。
玄関へ出迎えればよかったのかな。
お風呂から上がって、お土産の話したけど、
そういえば 彼の顔見てないや。
ずっとそんな感じ。
なんのための夫婦なんだろうね。
彼にとっては、今の生活は快適なんだろうな。
私は消えたいよ。
なんかずれてるんだよね。
問題はそこではない、そういう話じゃないんだ。
どうにもあわない。
井の中の蛙って感じだな。
先週、髪切ったら前髪がちょうど目にあたるのでかゆい。
でも、すぐにはそれのせいだとは気が付かなかった。
そういうもんである。
オンラインで仕事してるけど、待機時間が長すぎてウンザリ。
お客さん 誰も来なくても時給は発生するし、監視されてるわけでないので 自由に過ごせばいいんだろうけどいつ 呼ばれるかわからないので 落ち着かない。
忙しいのも辛いけど、私は暇すぎる方が辛いことを久々に思い出した。
在宅だから同じ 暇でもオフィスで 待機よりはずっと 楽なんだけど自分の存在意義 まで 疑いそうになってしまう。
病みかけてる。
お客さん来てくれればいい仕事するよー?
cutesyってわざとらしい可愛さ、みたいなニュアンスで使う言葉らしいです。
あざといとか、ぶりっ子とか冷ややかな意味で使われることが多いみたいですね。
なんでも過ぎると、キューティジーに見えちゃうから気をつけないと。まあ、大丈夫か、心配しなくても。
ポジティブな精神性をアピールしてるけど、なんでもポジティブに言えばいいってもんじゃないと思う。
ポジティブも投げすぎれば爆弾。
雨つよーい
梅雨だし、天気も台風が来てるからしゃーないのか。
セイロンばかりだと正しくても嫌になっちゃうんだよねー
そんなに自分で納得してるなら他人に納得させようとしなくていいのにって思っちゃう。
簡単なチーズケーキの作り方探して焼きたいけど、私は本当は食べるだけがしたいんだよねー。じゃあ買ってくればー?と言われたらそれまでさ。
先日、「完璧な防犯リュック」という記事を別媒体で書いた。
高価なブランドバッグの自慢ではない。むしろ逆である。試行錯誤しながら、自分なりに工夫を重ねて育ててきた、ただのリュックの話だ。
ところが、挨拶もなく現れたコメントが、真っ向からそのリュックを否定してきた。
「もっと防犯性の高いリュックがありますよ。」
そういう提案なら何も気にならなかっただろう。「そんな商品もあるのか」と思って終わりである。
しかし、そのコメントは私の記事の文脈を読んでいるようには見えなかった。積み重ねてきた工夫も、使い方も、用途も関係なく、「それよりこちらの方が完璧」と言われた。
妙に後味が悪かった。
そのせいか、「新しいリュックを買おうかな」と思い始めた。
私はバッグ選びにはかなりうるさい。
軽さ、肩紐の太さ、大きさ、防犯性、デザイン。条件が多いため、探すだけでもかなりの労力を要する。
実際、何時間も探した。
「これはいいかも」という候補も見つかった。
しかし、そこでふと立ち止まった。
今使っているリュックを手放してまで欲しいほど、ときめくだろうか。
答えは、そこまでではなかった。
私はミニマリスト思考なので、買い替えるならワンイン・ワンアウトが基本である。
メルカリで売るか、リサイクルショップへ持ち込むか。
そこまで考えたとき、「そこまでして入れ替える理由はあるのか」と思った。
改めて今のリュックを眺めてみる。
すると、本当の違和感はリュックそのものではなかった。
私はサイドポケットから物が落ちないよう、ストラップを垂らして工夫していた。
便利ではある。
しかし、そのストラップがせっかくのシンプルなデザインを少し崩していることに、朝になって気づいた。
そこで考えた。
ポケットの内側にリール付きカラビナを安全ピンで固定し、スマホや鍵をつなげばいい。
落下防止の機能はそのまま。
見た目はすっきり。
これで十分ではないか。
その瞬間、「買い替えたい」という気持ちは消えた。
結局、私が欲しかったのは新しいリュックではなく、嫌な記憶を上書きすることだったのである。
このリュックは一生物ではない。
いつかもっと気に入るものが見つかれば買い替えるだろう。
だが、それは「コメントにケチをつけられたから」ではない。
自分で納得して、「今度はこちらを使いたい」と思えたときでいい。
今回は、今のリュックを改めて選び直した。
そして少しだけ手を加えて、また使い続ける。
それで十分なのである。
6年間同じ小学校に通うってどういう感覚なんだろう?と転校が多かった私は何十年経っても考えてしまうことがある。
大人になったら関係ないとは言われつつも、どうだったんだろう?と思うことはやめられない。