すべての人間を愛したいときと、すべての人間が大嫌いだというときと、自分だけは例外(自分だけは愛せない、もしくは自分しか信じられない)という気分のうつろいが激しい。これは私が双極性障害の特性を持っているからというのもあるかもしれないけど、病とまで極端ではなくとも似たような気持ちのうつろいを持つひとはそれなりにいるのではないかと思ってる。そう思いたいだけかもしれないけれど。
人が変わったようだ、という表現があるが、他者から「人が変わったように見える」ようになることはよくないことなのだと。いつの間にか自然とそう思うようになった。かといって「ずっと変わらないね」という言葉は良い意味の場合と皮肉の場合があるため、ブレなさは良いことだとも思いきれない。じゃあどうすりゃいいんだとなる。
自分がそう思うのだから他者のうちのいくらかはやっぱり似たようなことを考えたことがあると思ってる。そう思いたいだけかもしれないけど。
なので、弱弱しい心電図みたいな範囲の波だけを他者に公開する技術が対人関係の安定には必要なのかもな……と他者と絶賛もめている今、ふと思いました。
でもそんなことしてたら完全に止まった心電図を見せるはめになってしまうぞ多分。いいオチが思いつかなかったので、急に終わる。