自己顕示欲なんて、結局は誰の心にもあるものだ。こうしてわざわざ「公開」の場に言葉を置いている私だって、例外ではない。けれど、現実の友人に自分の日常を届けるSNSだけは、どうしても理解が追いつかない。
実生活のコミュニケーションでさえ悩み抜いている私には、発信したいことを迷いなくアップできる人々が、まるで違う生き物に見える。彼らは人間関係に苦しんだ経験がないのだろうか。料理やプレゼント、子どもとの生活。伝えたい想いは私にもあるが、指を動かす前に「否定される恐怖」が喉元までせり上がってくる。
これでいい、そう客観視できるからするべきだ。
深夜、一時的にIさんから抜けて彼のところへ行った時、他のフレといそうなら声かけるのやめるかと言い出した。
正直、そんな事をされると私は永遠に嫌な思いをする。
だって私から声かけたって君は来てくれないじゃないか。他を優先してしまう。私は君が最優先なのに。だから君から声をかけてくれないと私は君に会えない。会う勇気も気力もわかない。
小さい不満をまた募らせる。
気を紛らわせるために遊び歩いているけど、理由は君とのことだけじゃないよ、と嘘もセットの言い訳を出して、いつでも来るよ、と彼が好きそうなワードを並べて線をつないで、でも他フレを優先した。翌日はリアルを優先に。
そうしたら寂しがった。夜、ゲーム鯖へ行ったら彼が優しかった。
だから、たぶん、きっと、それでいいんだと思う。
やっぱりずっと悲しい。
片付けをしていたらCDがわんさか出てきた。
思い出とともに捨てられなかったけれど、捨てる決心をした。
浅ましい私は「昔のCDは売れるんだろうか?」と、
ネットで調べてから買取金額のついたものだけを
大手買取店に持ち込んで再度査定してもらった。
思い出が買取金額として表された気がして
私の中ではいい気持ちになれなかった。
どこかで欲している人の手に渡ればいいなと
思ったりもしたけれど、
買取のお店の店員さんに
「値段がつかないものはどうされます?」
と聞かれて気持ちが冷めてしまった。
こんなモヤモヤな気持ちになるなら、
今後は思い切って捨てようと決意した日曜日の午後でした。
昨日、久しぶりにドトールのミルクレープを食べました〜
やっぱり、アレ美味いなー
今度はミラノサンドを久しぶりに食べたいなー
会うことや一緒にいること。
大切だと思う。
別々に行動していても、共に暮らす者として、相手のことを思いやったり、、、。
一緒に暮らしていてもさみしい、なんて地獄だよ。
夫とお花見をした。
漫画の話をたくさんしてくれた。
あぁ、貴方は、私のこと好きではないのね。となぜか思ってしまった。
夫を写真に撮った。
うつろな目。
一緒に撮った。
私 ぶさいく。
近づくことも許されない。
いったいどうすればいいのだろう。
「石の上にも三年」という言葉があるが、定年まで同じ椅子に座り続けることは、もはや一つの才能だと思う。風景が変わらない場所で、倦怠や組織の腐敗に耐え、それでもなお「やるべきこと」を積み上げる。その継続の裏には、どれほどの葛藤が隠されているのだろうか。
一方で、早々にその場を離れた自分の足跡を振り返ると、ひどく頼りなく、中途半端なものに映る。逃げ出したわけではないつもりでも、完走できなかったという事実が、時折、苦い後悔となって胸に去来する。
嫌いな人にラッキーなことが起こると、神様なんかいないのかなーなんて思ってしまいますね。
もう、その人の運をあげなくても周りから吸い取ってるから大丈夫なのにと思ってしまいます。
キットカットの抹茶シリーズって美味しい。
濃くて苦くて抹茶感が高い。
抹茶味と言っておきながら、香料をかけただけの味がするタイプのものがあるけど、キットカットはそれがない。
単純に好みの問題かもしれませんが。今、キットカット抹茶ショコラ味ってのを食べてる。
このパッケージの「イラストはイメージです」のケーキを食べたい。
銀行でちょっと面倒な手続きしてもらった。
その時印紙のいる契約になる感じだったんだが、初めて「印紙買ってきてください」って言われて買いに行った。
印紙ってどこで売ってんの?って調べたら郵便局以外にコンビニにも売ってるのね。コンビニに走りました。
買ってきた印紙に割印してもらって契約終了したけど…なんか変な感じ。経費節減? それともそもそもそんなもん?
なんか薄ぼんやりした気分で帰ってきた。