とりあえず今日は日差しが強いのでコートをホームクリーニングしてます。
日差しの使い道って私にはこれくらいしかない。
自分のことをちょっと尖った魅力的な人間かのように演出している節が見える人が苦手かも?
自意識過剰を浴びると疲れる。
ゲームが苦手。
テレビゲームも、飲み会でのゲームも。
上手にできないから恥ずかしいし、まわりに迷惑かけると思って、好きになれない。
テトリスは好き。
ぷよぷよも好き。でも対戦は苦手。
勝ち負けが苦手なのかな?
やるなら勝ちたいという負けず嫌い。
でも、ゲームは、下手くそ。
人と一緒に作業するのも下手くそ。
マイペースにやりたいという強欲がある。
だから、人と居るのは、飲みに行くだけでいい。
ひとり呑みも好き。
私の人生、さみしい?
やりたくないをやらずにできるようになってるのは贅沢だけど、今の時代?のキラキラとは真逆だね。
いや、この世の中は ずーっと 誰かといることを良しとしてるか。
それはそうよね。
わたしも 孤独はつらい。
選択的おひとり様を満喫したい。
とにかくワガママなだけだね、わたし。
どうしたらいいのだろ。
LINE本文の後に必ずスタンプ送ってくる人がいるけど、ポップアップで数行確認することが許されないから地味に疲れる。
やっぱり既読ついたかどうか確認したいから、必ずスタンプ送ってくるんだよね?
うーん⋯なんかそうだったらあんまりその手法、好きじゃないんだよな⋯
私は返信早いほうなので、そこまでしなくてもちゃんと返します〜って思っちゃう。だからこそ既読をつける前に返信内容を頭で整理したいから、そのスタンプやめて〜って思ってます。
情が厚いと言われる。
誰よりも人に興味がなかった私が。
なぜか、と考えてみた。
他人に気持ちがわかってもらえない辛さより、わかろうと努力してもらう嬉しさの方が心を豊かにすると思うようになったからかもしれない。
たとえば誰かが相手の心の大きさを1としても、本人にとっては10の可能性がある。
創作物の感想を聞いて、相手が「これくらいの言い方でも〇〇なら平気だろう」と直球でダメだしをし、聞いた側は傷ついて、その手の質問をしなくなる。心を閉じてしまった例だ。
作るくらいだ、こだわりがあるだろう。せめて「ここが良いと思う、でも強いて言うなら…」というワンクッション「悪い場所がすぐには散見されない」という相手のこだわりを敬う姿勢は見せてもいいと思う。
できたら断定もしない。私にとっての10を渡したところで、相手にとって1かもしれない。たくさんの意見の一つとして捉えてもらえたらいいし、それを採用してうまくいくのならお互いに嬉しい結末になる。
相手側に考えるソースが足りない場合(この場合、視野角とも引き出しの多さとも言う)に、衝突が起きる気もするので、相談した相手が悪かった、という反省材料にはなるが、傷ついた心の修復にも時間が要る。
その時間分を気持ちよく使ってもらいたい。他人を慮る余裕も出る。そうしていつか廻り巡って、また誰かに優しくしてもらえるかもしれない。これが心を豊かにするということじゃないだろうか。
つまりは相手のための心が感じられるかどうか。
相手が嬉しいと思う言葉とは、言葉に心を乗せられるかどうか。
国語や道徳って絶対に必要だと思う授業なのに、いま軽んじられている気がする。
私は中学生の頃に習った道徳の教本を読んでも、ちっともぴんと来なかった人間だ。もっと理解できる頭があったのなら、と齢を重ねた今頃になって強く強く思う。
どうかネットの力を借りて、心を豊かにしたいと思っている人がいるのなら届いてほしい。一助になってくれたらとても嬉しい。
最後に。
私は情に厚くなんかない。
だってそうしていつか私に優しくしてほしいなと思ってるのでね。されて嬉しくて、いつか自分に還ってきてほしいことを、自分からしているだけにすぎない。
でもそれでいいんじゃないか、とも思う。
どんなに見た目が良くなったって中身は変わらないので
中身変える気あるかって言われたらこれはこれで気に入ってるんで
じゃあ中身と釣り合ってる今の見た目でいいんじゃないかなって
そんな風に考えてたので今に至る
しょっちゅう呑みに行って時間もお金も体力もあるな〜と思ってるけど、やっぱりそういうタイプの人とは予定も合わないし性格も合わないことに気がついていったな。
人あたりは良いんだよね。ただ、本人の中で無意識に人を選別してる。私サブ的要因だったんだろうな〜
友達としてもっと映える要素があれば、あの人の一軍扱いだったんだろうけど、逆に映えなくてよかったな。
私が大学生だった相当前の話。
ワールドカップの期間、やたら休講が多くて私としてはちょっと嬉しかった。
ただ、私が大学に行ったことを快く思っていない母は怒ってたなー「高い金払ってるのに(怒)」みたいな⋯
でも、それを私に怒られてもしょうがないのよ⋯
意外にも⋯
という“いがい"が“以外“と誤変換されてしまうのがイライラしますね。確認してるのになぜか意外が以外になってる。他にもちゃんと変換したのに結果的にミスしてることが多くてグッタリしてしまう。
意外にも以外のほうが多用されてるのかな?それ以外にも意外なことが多すぎて胃がイガイガする。遺骸なのに生きているような気がする意外とね。私以外にもそんな感覚の人、いるのかな?
スマホを変えたと同時にカードが使えなくなった。
不正利用があったらしくカード会社の判断で急遽 未然に止めてもらってた。
被害 こそ 無かったけど、全ての支払いに紐付いている メインカードだったのでこの後の手続き考えると頭が痛い。
しばらくは サブ カードと現金で支払いをしながら ぼちぼち 手続き していくしかないね。
でも なんか、このタイミングだったっていうのが 厄落とし 感がすごくある。
面倒ではあるけど強制的に何か リセットされたような気がする。
スマホもそうだし クレジットカードも。
自分の心境の変化のタイミングと重なったのも大きいのかもな。
今年は いわゆる八方塞がりの年で年始から かなり 大変だったんだけどやっと今月に入って気分が一新されたような気がしてたところ。
最後のダメ押しに悪いもの全部 カード情報と一緒に持って行ってもらったんだと思うことにする。
物事は全て捉え方 よ。