炭酸水作れるやつ持ってて、しょっちゅう炭酸水飲んでる。
美酢系常備してて、割って飲む事も多いんだけど、最近は炭酸水にシークワーサー果汁だけ垂らして飲むのが1番多いな。
レモン果汁の代わりにシークワーサー果汁を使ってるので、自然にそうなってる。
シークワーサーの苦味が気に入ってるんですよね。
まだ暑い〜
ホントに秋は食われた感じ…
秋物のジャケット、今年も出番少ないのかな。なんかもったいない〜〜
商売って魚釣りに似てるんだよな。何にも宣伝しないで商材を売るのは、ただ釣り糸を垂らしてるのによく似てる。沢山の釣り人が並んでる中から自分の餌に魚が食いつくのは、まさに偶然。だから、何か魚が集まりやすいアクションや多くの魚を取る方法で食いついてくる確率をあげないといけない。それが商売で言う所の販売促進。
ところで、ちょうどニュース記事で見かけたLINE使えないとダメとかなんとかって話題があったんだけど、直接的な顧客への何かではない場合のLINEやAI活用、DXは社内の事、内々の話で、釣りで言えばいかに早く釣り上げられのかの釣り道具の話。だから、どうしても無ければ無いで対処すればいいだけの事で、魚が自分の餌に食いつくようにお客が自分の商材を選ぶかって事とは、話の種類が違うんだよな。もちろん、入れ食い状態の漁船みたいなら話は変わるけれど。どんないい道具で装備万端でも、そもそも魚が寄り付いてくれなきゃ意味がないし、竹竿ひとつでも釣り上げられるならそっちの方が本質的には正解。魚にしたら、釣り人の道具なんてどうでもいい事なんだから。
目的と手段のお話だ。
ちょいちょい米を見かけるようになったけど、未だに玄米が入手困難。
玄米を常食してたのでとても困ってる。
玄米常食でも時々使うからと白米買ったばかりなタイミングで米が消えたので、まだ白米ならあるけど、それもそろそろ心許なくなってきた。
なので米を温存して粉食しようと真剣に考えて図書館で「ウー・ウェンの北京小麦粉料理」なる本を借りてきた。
中国の粉食は日本のうどんとかだけよりもバリエーションがあって簡単そうなのがいいなと思って。
中国人の知り合いは割とすぐ餃子作ってて、皮ももれなく手作りしてた。粉食が身近なんだなと思った記憶があったので。
実際のところ「あ、その食べ方にも名前があるの?」みたいな粉食があった。
今日の昼はそれで作った。
スープを作って、そこに少なめ水でポロポロ状態に小麦粉混ぜただけ、何ならちょっと粉残りしてるレベルのまで一気に全部ぶち込む。
すいとんより手がかかってない。
そうするとトロミのあるスープにすいとん状の何かが浮いてるスープ完成。
これが美味しいの。時々餃子の皮が余ったらワンタン的にスープ作るけど、それより歯応えあって美味しい。
適当な混ぜなので歪な形した具がいい感じにスープに絡んで味が染みてていい。
これはめちゃ簡単で思い立ったらすぐ出来るからまたやりたい。
粉食はちょっと手間がかかるし手も台も汚れるしで面倒くさいと思ってたけど、これは箸で適当に混ぜただけだもんね。
もっと習得したい。
1日15分の昼寝で効率アップってわかるけど、寝たいときにスパッと寝られるわけじゃないから、寝たいタイミングですぐ入眠出来て15分で起きられる方法を教えて欲しいってワガママかな?
画像生成AIに学習されるのを困難にする手立てとして、自分の絵などを一度、額や周りに背景のある形で撮影や加工して景色にしてしまい、それを一枚画像としてアップするのはどうだろう。一部変更生成はできても、まだ画像の学習として画像内の位置指定学習は、一般的な生成画像ソフトには難しいような気がする。でもダメか、切り取りで学習させたらいいのか。
ひとりで解決、ひとり問答。
せっかくだから、生成画像AIの工程を簡単に言うと、沢山の画像から出現頻度の高いものをそれの特徴として認識し、光当たり具合や物体のつながりからその物体のシルエットを認識して、そういう感じになるように画像を作ってるシステムで、人間の物を個々に認識してその奥行きやこの世界は物体同士が重なり合う物理現象は起きないという「認識や常識」とする事から物を切り出して言語で分類してるような事はまだできてないのが今の生成AIのよう。
ビルゲイツがみんな使えよ的な記事っぽいのがあったけど、結局、AIの使い所は人によって変わってくるって事だろう。自分が何をゴールにしてそれをやっていて、その道のりにボトルネックがあって上手く事が進まないなら、使いたければ使えばいいし、自分の成長やその過程を楽しみたいなら自分でやったり、人と関わってチームでやって対処してたらいいって話。全部を取って変える極端な必要性はなく、人それぞれに使う場所で使えばいいんだろうな。クリエイターはそもそも創るのが好きでやってるのだから、それを全部変えてこうって言うのも極端だし、その人がここには使いたいってニッチな希望で随所使うような話だろう。自分が何をゴールにしてそれをやっているかを見失わないようにして、そのゴールに辿り着く為に必要で使える道具かどうかで使用すると言う事で、世界中をAIで満たしてなんて壮大な世界大改造な話はいらないだろう。喜ぶのは大手IT企業だけだし。
日本は世界的に見ても保険大国だけれど、これのベースになるのはコワイって言う気持ちからだろう。自分の生活や家族の生活の有事のその後を考えるとコワイ気持ちがよぎる。じゃあ、根っこの何がコワイと思わせてるのか掘り下げれば、有事の時に誰かが自分や自分達を助けてくれるのか、助けてくれるきちんとした仕組みがあるのか、それがコワさの原因だ。日本での生命保険の始まりは明治だけど、当時は他人さまにご迷惑かけてはいけないって言う独立心の強い時代の空気もあったろうけれど、今は強い個人主義が原因になって社会の中に有事の時に人が助けてくれないだろうし、人を信用できないだろうって言う空気あるからだろう。何か物が無くなるという話が出ると買いだめに走ってしまうその根本原因も、有事に誰かがまたは根本的に国さえもが手を差し伸べてくれるその保証が薄い事への不安が原因だろう。子供に困ったら隣のおばちゃんに言うのよ、なんて昭和のドラマに出てきそうな台詞もお伽話の世界になった世界に変わってしまったのが現実だ。SNSの繋がりを大切にするのも現実社会の希薄な安心感の無さの埋め合わせのようなもの。いざという時の人との距離感を無くしていくコミュニティやシステム作り、国や地方がセーフティネット的な物を今持ってるなら、それを誰もが知ってる常識のレベルにまで浸透させるとかの努力しないと解決しないだろう。日本のダメ論をたまにニュースで見るけど、たぶんそう言う土台の安心感から始めないと活性化しないだろう。ここ十何年の日本製品見ても尖ったチャレンジした感じで海外でも売れてる工業製品ないのも、企業で色々な意味で冒険できないからだろうし、サブカルが海外で評価されたのも、基本ストーリーベースで制作できるから制作者が自由に冒険できてきた結果が海外で見た事のない物だった事への評価だったんだろう。国なんてでっかいシステムをどっかの誰かやどっかの企業がひとりで引っ張ってくなんて到底無理な話で、失敗しても何とかしてやる・面倒みてやるから思いっきりやってこいって言う土壌の上で、色んな人がチャレンジできる・するっていう事がないと良い方向に進まない大きな船なんだから。働いて成果を出してこい失敗しても身の保証・人生のサポートはほとんどないけどな、戦時中かよって笑っちゃう。誰だって安心感が無ければ良い仕事も良い人間関係も構築できないし、世の中の機嫌だって良くならないんだから。
今更かもしれないけどスイカゲームをよくやっている。
いい感じのところまで来たのにくっつかなかったり、弾かれて終了したり、他のフルーツが挟まって邪魔したり…
これはパズルゲームの括りだろうけど、人生ゲームだななんて思ったりしてる。
パート先でのモヤモヤを家族に話すと「それ意地悪されてない?」と言われた。
あれ? そうなの? ちょっともやっとするけど私が悪いと思ってた…ってこれ、いつも意地悪されてるパターンだったわ。またかー。
正直鈍感で、暗黙の了解とか、言葉に滲ませた真意とかを汲み取れなくて、イラッとされて意地悪されるけど、気付いたり気づかなかったりしてまたイラつかせて更なる意地悪されるというパターンが多いんですよね…
多分これもう一生治らんだろうな。努力してみたけど、1番そういうのの成長?する時期に面倒くさくて限られた人とだけ交流して、悪意を避けてたら本当に読み取れなくなった。
長く続けた気に入ってるパート先だけど、このままこんな感じが続くなら固定曜日変えてもらうかやめるかどっちかかなーって気がしてきた。
上に訴えられるレベルの意地悪じゃないんだよな。私だけがちょっと困るみたいな意地悪で、見た感じ私以外には意地悪してないし(しかも思い出したらそれをあえて私に見せつけてる感じに仲良くしてるな)、上の評価は多分私よりいいから。皆さんへの気遣いも素晴らしいし。
まあまだ慌てる時間じゃない…と思う。もうちょい考えて様子見てみよう。