アンコールをスパンコール、サンポールって言っても、全然バレないじゃないかな?と思いながら、昨日のライブはアンコールしてました。
この年齢になると。予算カット発言みたいに誰かが感情的に騒ぐことに淡白というか、「別に、どーでもいいんじゃない」と思うのです。肯定するのではなく、"どうでもいい"。いちばん大切なのは自分の人生。生きていれば様々な出来事が起こります。きれいごとだけで生きられない。紆余曲折なんて、安いことばでは語れない。むかしはそれなりに正義感も持っていたけど、いまは火種も燃料も残っていない。ただし、飲酒運転や子どもの虐待のような出来事には激しく反応することもあります。
本当の正解が確定しているものは少ないと思うのです。「真実はいつもひとつ」はアニメの世界だけ。なんでも白黒つけずにはっきりしない、あえてさせないくらいがいいところなのかも。そんな考え方があってもいい。
見上げればキリがないし下はすぐ見えてるけど。感情の浮き沈みの多い毎日だけど。とりあえず自分の価値観に見合う、自分サイズのしあわせは手に入った。かわりばえのしない、きわめて平凡な日常ですが。それがやっぱりありがたい。
先日の新月、私はいつも通りお風呂に入って熟睡。
一方、2カ月ぶりにきれいに晴れた新月、と喜んで天体写真をせっせと撮影するひと。
月明かりがないから、星の観測がしやすいそう。
そんな違いがあるのか。
私は、月が大好き。
名前にも月の文字が複数つくので、とても人ごとに思えない存在だ。
でも、月、お邪魔でしたか…?
少し寂しくなった。
一生交わることのない、そのつもりもない関係性だけど、やっぱり見る世界が違うんだろうなと思った。
言葉にされたものを調べて、見せてもらって、やっとちょっとだけ、これかー、と分かった気がする。
星座の名前もほとんど知らないのに、人工衛星とかアルマ望遠鏡とか、ピンポイントな天文知識が増えていくんだけど(笑)
深夜の流星群とか、早朝のロケット発射の予定とか。
嬉々として話してたけど、ごめん、私は、寝る。
年取ったら睡眠時間が短くなると聞くけど、未だに9時間くらい余裕で寝てる私には、ちょっとね。
そんな距離感。
全部追いかけない。
自分の生活第一。
これが大人の推し活、なんてな。
今日ライブを観にきたけど、周辺の施設でアレコレ買ってたべて、ライブ付き観光みたいになってる。
もうおなかいっぱい。指定席で良かった
今日晴れてますねー
電車で隣にいたカップル、彼氏好きすぎオーラすごかったなー
たぶん、こういうのはさ、、、
未来は腫れてますねー
推しおじが
また贈り物してきた
ちゃんと断ったのに
伝わってなかった
ミッションコンプリートらしい
推しおじは
嫌われないように気をつけるらしい
なぜと聞けば
寂しいからと
だからチャラいって言われるんですよと
教えてあげた
ゴミは綺麗にお掃除。
ただの落ち葉でも自分にとってゴミならそれはゴミでしかない。
綺麗にしなくちゃ。
ゴミがあるだけで嫌なんだもの。
でも、周りはゴミ扱いしていても、私にとってゴミじゃなければ、それはゴミじゃない。そのままにしておきます。
コロナ禍でPodcastにハマって、以来ずっと聞いている。
昔から大久保佳代子さんや叶姉妹の番組が好きだったけど、2020年代前半は個人の番組をよく聞いていた。
音声と個人番組の掛け合わせは、顔も知らない人たちをすごく身近に感じさせた。
声だけで人を引き付け、笑わせる個人の底力があった。
この1、2年、ビデオPodcastがはやり始めてから、芸能人の番組が急増した。
顔出しできない個人より、顔が売れている芸能人の方が有利だし、やっぱり餅は餅屋というか、プロの喋りや機材のクオリティには圧倒される。
ランキングも芸能人番組一色になり、個人番組がおすすめに挙がることもほとんどなくなった。
収益も出ない中、Podcastを盛り上げてきた個人の方たちは、今どう思われているのだろう。
私が番組を持っていたなら、きっと面白くないだろうな。
こんなことを書いておきながら、今の私のPodcastライブラリは、9割以上が芸能人の番組である。
大好きだった個人番組は終了したり、だんだん内容が合わなくなったりした。
人は変化するものだけど、個人が自発的に、収益なしに続ける番組の繊細さを感じることが続いた。
友達や同士のように感じていた人たちが、急に消えたり変わってしまう。
自分に合う人を無数の個人番組から探すことにも、正直疲れてしまった。
だから今は、芸能人の番組を愛聴している。
名前もキャラクターも知っている安心感と、プロのクオリティ。
お仕事だから、よほどのことがない限り解散せず、内容も安定している。
寂しい思いをしなくて済むのは大きい。
芸能人のビデオPodcastなんて、Youtubeどころか、TVのトーク番組と何が違うのだ。
そう言われたら反論できないし、私もそう思う。
今はない人気Podcastのホストが言っていた、
「テレビにひとを呼べなくなったからって、こっち迄来るな」
という言葉を思い出す。
Podcastがここまで普及したのは、何万人もの無名の個人たちが試行錯誤し、面白い番組を作ってきたからだ。
それを思うと、今の状況に胸が痛む。
それでもプロに安心感を持つ自分に、罪悪感を持ってしまう。
でも、もう帰られない流れがある。
Nisshi、初代の頃からたまにぽつぽつ書いてはいたのだけど、魂を受け継いだ二代目があることを知ったのが最近で、変わりない空気感に懐かしくなった。
最近は、複数のAIを使い同じ話題やプロンプトで違いを検証するなどしている。
結論から言うと、外部記憶装置やサポート的な使い方をする分には優秀だけれど、カウンセラーの代わりとしてはまだまだ未熟だと感じた。弱音を打ち明ければそれっぽく励ましてはくれる。しかし、「でも」とか「だけど」とかこちらの意見を受け入れたうえで逆接を使いこちらの感情が確かでない論拠をあげてくる。励ましの一環なのだろうけど、ひとによっては「でも」「だけど」で打ち明けたことが全否定されたと絶望するひともいるだろうに。少なくとも人間のカウンセラーはそういった反駁を容易に用いないだろう。
AIの進化は日々目覚ましく、いずれ人の代替として成立する分野も出てくると思う。
カウンセラーという役割をAIが担えるようになる日を私自身夢見てもいるけど、それはまだ遠そうだ。あとめっちゃ堂々と嘘を吐く。それ嘘すぎない?と指摘するといかにも反省したしょぼくれた反応を返してくる。あくまでも人間の「これだと思う」をいっぱい学習しているだけで、大元の人間がそれぞれの認知の違いがあるのだから完全な客観や完璧な真実というものは存在しない、主観の塊だ。AIはその平均値を排出しているにすぎないのだろう。
ただちゃんと得意分野もあって、お役所に提出しなければならない文章のサポートや添削などはわりと上手そうだった。シンギュラリティにはまだ遠そうだけど、いい感じの距離感で付き合っていけたらいいね。
お役所提出文書を作るのがめちゃくちゃ苦手な人間より、愛を込めて。
まあ、言語化をすることは大事だと思うけど、言語化したところで自分の受け取りたいようにしか受け取らないから。人間はさ〜