歯医者さんは就業時間後に行こうと思っても
診察時間が過ぎてしまっている。
美容院も同じく。
休みの土曜日か日曜日に予約をしようとすると、
かなり先の予約になる。
役所や銀行もそう
お昼休みは窓口閉まってるし、
就業時間後ももちろん閉まっている。
有給使えばいいか。
私の有給は歯医者さんか美容院に行くため。
なんだかなぁ。
歯医者さんは就業時間後に行こうと思っても
診察時間が過ぎてしまっている。
美容院も同じく。
休みの土曜日か日曜日に予約をしようとすると、
かなり先の予約になる。
役所や銀行もそう
お昼休みは窓口閉まってるし、
就業時間後ももちろん閉まっている。
有給使えばいいか。
私の有給は歯医者さんか美容院に行くため。
なんだかなぁ。
外、空いてる気がする。
ワールドカップのおかげか。
これくらいの人ごみならいいのに〜
週末はカフェもすんなり入れないし疲れる。
久しぶりにふたりで出かけた。
ランチをした。
もうキスもハグもない関係。
あなたはいつもたくさん話してくれる。
わたしはそれを聞く。
きっとそれは、とてもしあわせなこと。
でも、あなたは、わたしのこと見てくれてますか?
わたしはずっと孤独です。
でも、今日ランチできてうれしかった。ありがとう。
私自身がADHDなのかは分からない。ただ、子供の頃から「他の人が当たり前にできることが自分にはできない」感覚はよく知っている。忘れ物常習犯で、部屋はカオス、制服はいつも汚れていて、髪もろくに整えられず、臭くなった体操服を洗わずに周囲から非難されるような子供だった。
自分でも何とかしたいけど、どうしていいか分からなかった。大人になってから少しずつ、洗い替えを用意する、ウタマロ石鹸を使う、脱いだらすぐハンガーにかける、靴下は同じもので揃える、必要な物はバッグに固定する、みたいな自分なりのソリューションを身につけてきた。今では遅刻もしないし、時間より早く着いて待つ側になった。
でも、子供の頃にそれを教えてくれる人がいたら、と思うことはある。母子家庭で余裕がなく、母もいつもテンパっていたから仕方なかったのかもしれない。でも、洗濯された制服やハンカチが用意されていて、髪を結ってもらえる同級生が羨ましかった。
だからこのタグを読むと、人ごとに思えない。私よりずっと生活しづらい方も多いのだろうし、その中でこれだけ多くのライフテクニックを生み出して共有していることが本当にすごい。苦労を想像してしまうからこそ、余計にこのタグの価値を感じる。
何も
苦手
抜け
年齢的
飲ん
年齢的に何も苦手じゃないといえば苦手じゃないけど、全部苦手といえば苦手だし。抜け出したいし、お酒は飲んでないけど麦茶とコーヒーくらいなら好きなときな飲んだりしたい。
と無理矢理、予測変換に出てきた言葉から文をつくってみた。
善意という綺麗な包装紙を剥がすと、中から身勝手なエゴが顔を出すことがある。こちらの都合などお構いなしの押し付け。断れば、なぜかこちらが薄情者として仕立て上げられるあの理不尽な息苦しさは、今でも忘れられない。私の状況を勝手に決めつけ、都合のいい免罪符にして踏み込んできたあの人の言葉は、何年経っても心の底に苦い澱のように沈殿している。
だからこそ、その人に唐突で凄惨な悲劇が起きたと知った時、世間並みの同情や悼みの感情は湧き上がってこなかった。真っ先に胸をよぎったのは、かつて傷つけられた記憶の反射であり、「因果が巡ったのだ」という冷徹な事実の確認だった。
道徳的な正しさを演じる必要なんて、もうない。相手がどれほど大きな悲劇に見舞われようと、私が受けた理不尽な痛みや傷跡が帳消しになるわけではないのだから。
他人の領域に不躾に踏み込み、自分を正当化する盾を振り回す人。そんな歪んだ熱量に巻き込まれ、悪者にされる場所からは、ただ静かに、全力で距離を置きたい。自分の平穏と境界線を守るために、あの時感じた冷ややかな違和感を、私は静かに抱えて生きていく。
フリーランスなのでこの時期届く国保と市民税の通知が少し怖い。
今回も前より“だいぶ上がっている気がして”驚いた。
わけがわからないまま市役所に確定申告の控えを持って相談に行ってきた。
時期的に同じような人が多いみたいで、隣でも誰かが熱心に説明を受けていた。
国保と市民税それぞれで話を聞いた結果、所得が上がっている扱いになっているらしいと知る。
もらえる額は変わってないのに、なんで?
収入から経費を引いた額で計算されると説明されて、そこでようやく理解する。
でも経費はそんなに変わってないはずで…。
一度持ち帰って確認して思い出した。
前年は青色申告、今年は白色申告にしていた。
青色申告の意味をちゃんと理解しないまま切り替えていたらしい。
控除の影響の大きさを後から知って軽く後悔する。
申告の切り替えも出していたので、しばらくはこのまま白色になる。
結果として、想定より税負担が増えることになった。
朝から電卓を叩き直して、年間の見通しを修正。
なんとかやりくりはできそうだけど、じわっと効いてくる。
フリーランスもそれなりに長いのに、まだこういうところでつまずく。
勉強になったと思うしかないけど、一生の傷になるぐらいには悔しい。
絶対忘れないからね
嫌いな人の配偶者や恋人に対しては、見る目ないんですね⋯とひっそり思っている⋯
それか同じようなタイプなんだろうな⋯という警戒
人へのものの頼み方ももちろん大事だけど、断り方も同じくらい大事ですよね。
例えば人が物を落としたり倒したりした時、ぱっと手を貸しに行くじゃないですか。
その時に、本当に迷惑そうに「いい、いい!」って言われると(なんなら手で追い払うような動作もする)、やるせないを通り越して嫌な気分になります。私の母の話なんですけど。
こうはなりたくないって思うし、ならないように心掛けています。
親に対して、こうはなりたくないとか、逆にこうなりたいとか、その二つは両立できないものなんでしょうかね。
一度こうはなりたくないと思ってしまったら、親の好きなところがわからなくなりました。
嫌なところばかり目につくようになりました。
むしろ問題は私のほうにあるんでしょうか。
なんだか疲れてしまいました。
今日は知らない電話からかかってきてYouTubeが遮断され(出てないけど)どうせセールスかな。
しばらくして、インターホンがなったと思ったら、お掃除モップの試供品を渡したいからお願いします!と言われて、忙しいので⋯って断ってるのに、渡してすぐ帰ります!としつこいので、とても忙しいんですよね。と返したらやっと帰ってくれた。インターホンの画像越しからは、宅配便の人っぽさがあったから応答してしまった。そもそも何も配達予定ないのに⋯
その後、3時間ほどの映画を観ていて、あと30分くらいのところで、またインターホンが鳴る。画像から郵便局の人だったので、応答したら書留だった。私のじゃなくて家族のもの。来るとわかってたら映画観なかったのに。もちろん一時停止出来るけど、自分の都合じゃなく止めるのはストレスだった。
今日はそういう訪問が多かったな。なんか阻まれるってシンドいんですよねー