2021.09.18Sat
非表示 15:42

久しぶりの長電話。
コロナ直前に出会った、関東と東北の同年代。
どうやら我々は、粛々としたマスク生活と気軽な行き来もできないまま40代に入るらしいね。まだ来れないかあと言い合う。
たぶんこれからも年に数えるくらいに会い、仕事をして、ドライブに出かけ、これからのこと、これまでのことをわんさか話すんだと思う。
電話を切る時、いつも安堵している。
そして、元気でいろよと思う。


季節

非表示 11:21

 田舎町へ引っ越すことが決まった。仕事上の命令だ。

私の住まいは都心から少し離れた、所謂郊外の住宅地にある。こことは幼年期からの付き合いである。車で30分もしない場所には別の都市とも1時間経たず繋がるほど大きな交通の中心地があり、物を得るにはほとんど困ることなどなかった。大抵のものは調べれば少し近くにあるのが、良いところだ。町の中にも店があり、何かを手に入れる勝手がわかっている。私は読書を趣味の一つとしているが、町の中には車で10分もしないところに図書館が3つほどあって、大抵の本は手に入る。朝夜は誰もが静かで、騒がしい所からは離れているというのも住み心地がいい。

 引っ越し先は、町の背後に山が聳え立っている。少し地図を広げてみれば、背後だけでなく別の町に続く道をも山が塞ぐ。地図の中で山の次に範囲を占める田んぼの、その間にポツポツ家が立っている。山と山の間をぬって30分ほどかけてようやく少し大きい街がある程度だ。その街も今の場所とは比べものにならないほど小さい。観光地になるレベルで、人々の生活とは少し離れた構造をしている。  以前、会社の同僚の故郷をインターネットで調べてみた。その人はそんな自然との距離が近い町の出身で、地図を見れば殆どが濃い緑色の山である。川が境界線となって、小さな町と田んぼの列をわけていた。自分の住む街とは支配する色が全く違っていて、大いにバカにして笑ったものだった。  そんな私も、とうとうそのような場所へ住まいを移すことになった。あれだけ指差し笑ったような緑の多い場所へと移動である。動揺するのは言うまでもなかった。一件の図書館まで行くのに車で30分。今の町なら都心まで向かえる時間だ。私には趣味に特殊な道具がいるが、それを調達するにはこっちに戻ってくるほか無さそうだった。生活が大いに変わることは想像がつく。本も、趣味の道具も手に入りにくくなる。それがどんなに私の心に影を差すか。

 話は少し変わるが、9月に入ってすぐの頃。家を出てから風が一つふいた。その風が肌に当たった時、「もう秋だ」と瞬間的に感じた。季節を感じたのである。またある時、トマトを一口食べて甘味に驚いた。これも季節である。トマトの時期が来ていたのだ。調べれば、トマトは強い日差しを好むらしい。そこで栄養の高まったものが収穫され、秋の頭に出回ったわけである。人類は技術と科学の発展で、季節のものを自由自在に扱う事ができるようにはなったものの、やはり自然に即した物の形の、その美しさには叶うまい。  そうした季節に想いを馳せさせられると、引っ越し先の町を思った。私は今より格段に自然との距離が近づく。コンクリートに囲まれて、季節を感じないわけでは決してない。しかし土との距離が近づけば、今より四季を折に触れ感じる機会は増えるだろう。そうした季節への敏感さ、親密さは、情緒を育てると聞いた事があった。本が趣味の一つであるのは、元よりそういった情緒の鈍さゆえだった。  私は季節の勉強をしに行くのかもしれない。それは本などで読むよりもっと色濃く心情へ訴えかける、情緒の勉強になるのかもしれない。  まだまだ図書館の距離に対して感じる嫌気が消えたわけではないけれど、少しだけ楽しみになった。


1000円チャーシュー

非表示 11:08

おろちんゆーグッズがヴィレバンから発売とか....
こりゃ、小学生の息子氏にせがまれるな....(^ ^)


非表示 09:24

誰が言ったか忘れたけど
『昔は、よかった』と思うのは
それが自分の一番輝いていた時代だからなんだって。だけど今だって、あのころに負けないくらい素敵な人生を楽しめるはずなんだよ。

変えられない過去は振り返らず
余計なことも考えず
満たされないものを指折っていくより
自分が手にしてきた幸せを数え上げてみる
不平不満を言う時間はもったいない
いま、この瞬間のことだけを考え、この瞬間に集中して精一杯生きる。

『今が、いちばん、しあわせ』

と、心から思えるように、毎日暮らしていきたいな。


非表示 07:03

カラオケ好きだけど私の住んでいる地域は休業中の店が多いです。
でも、何故か開店していてるカラオケ屋があったので行ってみようかな?と思って店の前まで来たんですけど、けっこう人が待っているんですよね。平日なのにけっこういるんですよね。やっぱり他の店が休業しているからでしょうか?
それでカラオケは諦めました。行かないほうがいいんでしょうけど、開いているなら行く。それだけのことだと思います。
新しい生活様式!新しい生活様式!って口酸っぱく言っていた時期もありましたよね。今は新しい生活様式になったのでしょうか?世の中の状況が落ち着いて、前の様式に戻してもまたそれが奪われるだけなら意味がない気がしますね。
みんなで集まるのがダメならみんなが集まれないような様式に変えるしかない。それが極端にやると休業となってしまうのが今のところ最新版でしょうかね。
1人客の利益は少ないだろうけど、1人客が100人来れば大幅な利益になるって考え方に世の中がシフトしていったら私のようなタイプは生きやすいなぁって思いますね。
何かあると繋がりが薄いから生きていくのが苦しいんだという展開になりがちですけど、繋がりが濃いから生きていくのが苦しいんだって私は思ってしまいます。
「1人で抱え込まないで」ってありがちなセリフですけど、「1人で抱え込ませて、その時間をください」ってのが本音のときないですかね?
カラオケの話から飛躍しすぎてますが、個人が個人をしっかり見つめる時間、自分で選んだ繋がりだけ濃くする時間が大切だって気がついた組織はこれから伸びていくような気がします。
偉そうに述べてしまいました。でもそこに気がついてくれたら嬉しいっていつも何に対しても思っているんですよね。
早く1人でカラオケ行きたいですよ〜歌ってないから変なことを長々と書きたくなるのでしょう〜♪

2021.09.17Fri
非表示 18:21

ニュースでコンビニに強盗があっというのを聞いて
ふーんと思ってたら、家のすぐそばでした。
こんななんもない住宅街なのに。

最近ときめくことないなぁと思ったけど
十分ドキッとしました。
早く捕まるといいな。


非表示 17:01

今週、2 回目のワクチンを接種してきた。接種した日の夜、少し体がふわふわして熱が出そうな雰囲気があり、明け方目が覚めたときには発熱していた。起きて朝食の前に測ると 37.8° あり、仕事を休んで寝ていた。

ずっと状態が変わらず、夕食前に熱を測ったら 38.5° に上がっていた。熱は多分この辺りがピークで、その後、23 時頃には 37.3°
まで下がった。翌朝は 36.8° と普段よりは少し高めだったが、仕事に復帰した。昼過ぎに 36.2° だったので、それ以降熱は測ってない。

それ以外の症状としては、なぜか腰が痛かったのと、翌日風呂に入るとき鏡を見たらモデルナアームになっていたことくらい。後は抗体ができるのを待つだけなので、その後何でもできる訳じゃないけれど、とりあえずはホッとしている。


非表示 16:53

銭湯では裸眼の方がいい。
ド近眼なのでいつもコンタクトつけて入ってたけど
今日裸眼で入って気がついた

同性の裸に興味はないし
むしろタオルもかけずにドーンと寝そべる豊満な
奥様方の姿もいい具合にソフトフォーカスがかかって
気にならずに済む。

鏡に映る自分の裸体にぎょっとすることもなく
ただ、お風呂の水温と段差にさえ気をつければ
貸切とまではいかないけど、他人の気配を気にせず
にすむのが良かった

コンタクトなら全てがクリアだから
目のやり場に困ったりしたんだよね。
来年のプールも裸眼で入ろうかな?
他の女性の水着姿に全く心乱されない女はいないと
思うのよ。


非表示 14:25

上品さは武器、と書いたけど、
礼儀正しさとは微妙に異なる。

礼儀正しさ、で思い浮かぶのは、やたら
腰が低い人。
ずっと接客業をやってて、嫌だったお客さんは
何種類かいるけど、実は、クレーマー、威圧的な人に
ついで嫌だったのが、そういう人。

こちらは仕事でしてるので、やたら
「すみません」って謝られると微妙にやり辛い。
口癖になってる人もいると思うけど、
そんなにこちらを持ち上げなくて大丈夫だよと
言いたくなる。
基本、対等に接して戴ければ嬉しいし。

一番見ててつらかったのは、70代ぐらいのおばあさん。
痴呆が入ってたのかどうかわからないけれど、
全てにおいてものすごく頭を下げられて困った。
おつりを渡しても商品を案内してもクロージングの
挨拶でも店員以上ににふかぶかと頭を下げて
しかも店を出るときも振り返って頭を下げられるので
なんか泣きそうだった。

うち決してブランド店じゃない。
ドラッグストアだよ。
何でそこまで卑屈なのって。
決して礼儀作法ではない、なにか、怯えというか
卑屈さを感じてすごく悲しかった。
その方の孫ぐらいの年齢の私になんでそこまで、って。

考えすぎかもしれないけど、自宅でご家族にも
大事にされてないのかなってすら思った。
お客様は神様じゃないけど、対価を払ったなら
堂々とこちらの接客を受け入れてほしいって
店員のエゴなのかな。

レジの人に「ありがとう」か「ありがとうございます」
のどちらかで揉めてるのをネットで時々見るけど
レジ混んでることもあるし、サラッと
ありがとうで良いかな、と思う。
丁寧にする時はどうもをつけてシンプルに。
お願いを聞いてくれたら、ございます。
気持ちの問題なので、相手の対応によっては
無言で立ち去るけど。

卑屈なまでの礼儀正しさって相手に嫌われたくない
気持ちがひしひし伝わって疲れる。
最低限のマナーを守って、後は背筋伸ばして
堂々としてればいい。
相手の態度が悪いならこちらから迎合する必要もない。
これは私でなく相手の問題なんだから。


非表示 12:51

上品さは武器だ。
美人でもなければもう若くもない私に残された道。
人に不快感を与えないこと。
上手くいけば好印象を与えることができる。

気取ってると言われることもあるけど、
がさつでだらしないよりはいいでしょ。

育ちは決して良くない、むしろ貧乏で
身だしなみやしつけはほとんど教わらなかったから
大人になって恥をかきながら、ネットと本で
自力で身につけたもの。

育ちがいい人なんて呼ばれたいわけじゃない。
ただ、上品に振る舞っておく方が、
処世術としてとても有効なのだ。

どういうことかと言うと、

どんな場においても丁重に扱われたり
社会的な信用があるので、自分の意見や
やりたいことを通しやすい

など。

要は、自分のわがままを通しやすいという事。
仕事においても同じ実力の人であれば、
感じの良い方を選びたくなるのが人間。
きちんとして見えるから信頼されやすいし
多少のわがままも聞いてもらえる。

あと私自身ずっと接客業だったから、全員を平等に
接してたかと言うと絶対嘘。
内心馬鹿にされながら接客されるなんて嫌でしょ。

みんなから好かれようともしてないけど
無駄に敵を作る必要はないと私は思う。
ちゃんと背筋伸ばしてマナー守って
綺麗にお箸使って清潔感があって自分に似合う服装を
TPO に合わせて着るだけ。

それだけで無用なリスクを抑えられるんだから
安いもん。

ちなみにこの自分に似合う服装がなぜ大事かというと
その人の顔や雰囲気に合わない服は、
周りからすごく違和感を持たれる。
好きな服を着ればいいというのもわかるけど
例えばすごく高齢の女性がふわちゃんみたいな
格好をしてたらいろんな意味で心配するよね。

違和感は不安に繋がる。
相手に不安を持つということは、信用されないことに
繋がる。

可愛いグッズは大好きだけど、外で持たないのは
違和感をもたせないため。
コーデの外しとして一つ持つぐらいなら
おしゃれだと思うけど
ある程度歳を重ねた女性が趣味爆発なアイテムを
鞄にたくさんつけるというのはやっぱり見苦しい。
人は見た目だよ。

残念ながらうちの母がそうで、見た目の
コンプレックスが強すぎて、化粧もファッションも
かたくなに拒否。
そのくせ、(特に異性の前で)かまととぶるところがあり
なんでもかんでも可愛い〜!って買って帰るし
そのせいで家の中片付かないし、本人はいつも
鞄にマスコットつけてて。

可愛いものを持っている=かわいい

じゃないよね!
反面教師になってる。

顔の造形は変えれないし、私もメイクは
めんどくさいので必要最小限にして
それ以外の部分に多少の補正かけてるつもりです。

おかげで転職面接とか仕事において
これと決めたことは希望が通ってる。
第一印象超いいからね。
本性バレてがっかりされるんだけど、
それは私への理想が高すぎるだけですから。

本当の私は親友など近しい人だけが理解してくれれば
いい。
自己表現はファッションでなく生き方で
出していけば良いのだから

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