定期的に会っている友達がいるけど、実は私は話すことがない。
相手が嫌いだからというわけじゃなくて、私が私のことを話す事がないんです。
だから、楽しいけど、これてま良かったのか?という感覚が出てきしまい、心から楽しかったーー!というのがここ数年全然ないです。
今日は13時ごろ起きた。10時間ほど寝たか。よく寝るね。スマホの見過ぎで脳が疲れているんだろう。
料理をした。ニラともやしの辛味噌炒め、だし巻き卵。
今日もうまくつくれなかった。今日は、特段にうまくつくれなかった。
だけど、巻きは手首のスナップを使って、いつもより楽しくできた。
味が薄かったのは、白だしを入れるタイミングが問題だったのかな。量はいつもの一緒だったのだが。
焼き加減がこれまた、うまくいかなかったな。油を一瞬でまんべんなく広げる必要があるんだけど、やはりあのキッチンペーパーを浸すやり方でやるしかないのか。
油を余らせられるほど富裕層ではない。
でも一回は挑戦してみたい。
テレビを見た。
母親と話した。
食器を洗った。洗濯物を2回干した。
空がきれいだった。月も!
衣替えをした。断捨離もした。だいぶ時間と体力を使った。
あっという間に夜が来てしまった。
お米を炊いた。自分はこの硬さが好きだけど、母からしたら、もう少し柔らかいほうがよさそうだ。
プルコギを、ニラ、もやしと炒めた。野菜の量がちょうどよくなった。
キャベツとハムの鶏がらスープ。ちょっとゆですぎて、キャベツが柔らかくなり過ぎた。
ご飯を食べると眠くなる。
テレビを見て、食器を洗う。英語のリスニングを聞きながら。
そのあとストレス発散をする。ネットの対人関係を整理。
好きな人を忘れられていないことを、受け入れないといけない。たった4か月弱だった。私は、私から与えられる人ではなかった。変わりたい。
非課金に救われる。
ここからどうしようかな。やることは山ほどあるの。
アイスが食べたくなってしまった。
10分でもいいから外に出たほうがいいか。
地味で楽でもない毎日だけど、それが生活するということなのか。
嫌ならどうにかしたらいい。行動でしかフラストレーションは解消されないんだ。
蛍光灯の白さが満ちる、路地裏のコインランドリーの25時。狭い部屋の中はふたりだけ。丸椅子に座る若い女性は、ずっと両手で顔を覆っている。他人がいる前で嗚咽してしまうほどの、思いの強さ。汚れといっしょに別のものを洗い落としに来たのではないか。そんなことを思う。それぞれの丸い窓の向こうが同じ速度で回り続け、時間だけが流れていく。
自分のドラムの電子音が鳴った。窓を引いて洗濯物を取り出そうとしたとき、うしろから声をかけられた。「セーターって、人の匂いを覚えますよね」 とっさに振り向いて、「うん、そうだね」と反射的に言ってしまった。彼女は顔を上げている。事情も知らないのに簡単に頷いてよかったのか。少し後悔する。
いま、手に取ったタオルは熱と柔軟剤の香りが残っている。けれど、すぐあとに彼女が取り出した、その体格よりふた回りほど大きいセーターには、洗う前の熱と匂いは残っていないのだろう。彼女の暮らしで起きた衝撃が、少しだけ見えた気がした。言えなかった言葉や、戻れない時間。すべてドラムの向こう側に流されて。
軽く会釈をしてランドリーを出る。乾燥を終えた洗濯物を抱えて歩きながら、「人の匂いを覚える」の言葉だけが頭の中を回り続けていた。あれから数日。彼女は、いま、どうしているだろう。
過去のことを蒸し返すなっていうのもわかるけど、やっぱりあんなことを言ってたやってた奴が、こんなマジメなことを言ってるやってるんだ、ほーっとなってしまうのもまた人間らしさかなと。
過去を知らないのにわざわざ掘り返しているわけではなくて、元々過去を知ってる場合は、やっぱり現在どんなにいい事を言っていようがやっていようが、ほーーっとなってしまうんですよ。
素晴らしい作品に出会う時、私は感動する。心が震える。人は確かにそれに救われる時がある。私は楽しいことが大好きだ。だけど同じように悲しいこともたくさんある。悲しいこと私は無視したくない。素晴らしい作品は悲しみも内包してることが多い。それが作品の中で何らかの形で消化される。
私は最近そんなすごい作品に出会った。私は感謝した。こんなに素晴らしい物を見れたことは、感謝してもしきれない。
作品は本当にすごい。何年も前の作品でも、何十年も何百年も前の作品でも、見て感じることは心の供養なのだなと思う。自分のことも他人のことも分からない私は一体何のために生きているのかと考える時があった。作品を見ている時は、その作品を思い出す時は、私は知らない人に出会う。会ったこともない昔の人に出会う。作品の中の無数の人に出会う。悲しみが作品の中で描かれて作品の中で消化されていく。私は悲しみは忘れたくはない。悲しみも内包して生きていきたい。
ただ電車に乗って移動したいだけ、という理由で地元の路線いくつか乗り継いで一周してきたい
学生の頃からずっと思ってたのに、なんやかんやと実行できずに地元を離れてしまった
いいかげんちゃんと計画を立てよう
愚痴とかではないんだけど、私としては面白いことだったから何回も言いたくなることがあって、それをまた言ってしまったら、1人にああ、またその話⋯みたいな顔されたから、もう流石にこの話はやめるか⋯と思っていたところ、その場にいたもう1人が、その話を初めて聞きました!みたいに聞いてきて、なぜかうんざりしてしまった。優しさなのかもしれないし、私が同じ話をするのが悪いんだろうけど、空気読んで露骨に初めて聴いた感を出されて、なんか惨めになったし、言葉が無駄になった感じがして、もういいやってなってます。
話したいことなんてそんなにないし、そんなにネタを持ってないから同じ話しか出来ないわ。でも、もうしないよ。
ゲッターズさんの占いが好きで、今月のミッションを意識して生活してる。
今月はチャレンジの月で、「新しいと思える事に挑戦」「人との交流を増やす」は結構出来た気がするんだけど最後の「髪型を変える」がちょっと未達成。
と言うのも先月末に美容院行ったばかりだから。
まあ、前倒しと思えば達成したかな?
逆に先月出来なかったカラオケ行くをやってみる?
っても月末まで仕事だから難しいかな。
今日も生きているふりをしてしまった。
ちゃんと買い物して、カフェの店員が感じよく話しかけてきたから、ちゃんと感じよく返した。
私のことが見えるのか。
焦る。同級生が自分のやるべきことを自発的にやっているところをみると焦る。
そんな自分は他者から影響を受けることでしか動けないのかと悔しくみじめな気持ちになる。
だったら行動するしか、それを解消する道はないんだな。
私はテスト勉強より授業を選んだ。どうでるかな。
電話はさすがに1時間できない。あの子が、現実に引き戻してくれてよかった。
今日は一限に行けなかった。
コピー機を壊したかもしれない。
知り合いに話しかけた。EH、行ってみようかな。
バイト先(仮)に連絡してみた。
サークルで、雑談しなかった。役職を交代することを一人に共有した。
未来の石油王とやりとりをした。彼も人としてではなく性別で判断しているのだろうか。いや、自分もか。