2026.04.23Thu
非表示 15:04

​「心身ともに健康で、自立している時にこそ、人生の伴侶を選ぶべきだ」という言葉がある。それは確かに、一点の曇りもない正論だと思う。けれど、もし私が常に完璧に満たされ、自分の足だけでどこまでも歩いていけるほど元気だったなら、きっと誰のことも選ばずに生きていただろう。
​人が誰かを切実に求めるのは、決まって心のどこかに穴が空いているときだ。荒れ狂う海で船から放り出されそうになり、懸命な思いで目の前の手を掴む。その瞬間、相手がこの世で一番魅力的な救世主に見えるのは、人間としてあまりに真っ当な反応だと思う。溺れているときに掴んだ手を「弱っていたから下した間違った判断だ」なんて、後から切り捨てることなんてできない。だって、あの時の私には、その手だけが生きるためのすべてだったのだから。
​けれど、嵐はいつか過ぎ去ってしまう。海が凪ぎ、安全な航路を学んだ私たちは、もうかつてのように溺れることはない。そうなったときに初めて、私たちは残酷な現実に直面する。あの暗闇の中で輝いて見えた救いの手が、穏やかな日常の光の中でも、変わらずに愛おしいものかどうかという試練だ。
​もし相手が「あの時助けてやったんだから、もういいだろう」と過去に依存してしまったら、二人の関係は「あの時だけ」の思い出で止まってしまう。結局、正論通りの決断なんて誰にもできなくて、私たちはいつだって不完全な状態で、その時々の精一杯の選択をしていくしかない。
​嵐が去った後に残るものが、感謝という名の義務感なのか、それとも新しく育つ信頼なのか。正解なんてどこにもなくて、ただ、なるようにしかならない日々の積み重ねが、いつか「これで良かったのだ」という答えになっていくのかもしれない。


非表示 11:52

今からケーキを買いに行くためだけに電車に乗ってサクッと帰ってくる予定。
でも、その電車が止まってるというね⋯


非表示 10:36

テーブルのうえってどんどんモノ増えてくけどなんか呪われてるんですかね?卓上いっぱいになったからテーブル増やしたら2つの卓上がいっぱいになりました
ペット放し飼いだからあるく所はちゃんとあるんだけど、上が…

2026.04.22Wed
非表示 17:11

「可愛い」は正義だと言われるが、むしろ「可愛い」と口に出せることこそが真の正義ではないだろうか。たとえ内心で違和感を覚えたとしても、その言葉を処世術として投げかけてしまえば、大抵の場は丸く収まるものである。


非表示 15:03

会社の人と会社の話をするのはよくないね。

会社のイヤなとこの「答え合わせ」になってしまって、
気持ち消耗する。
会社なんて理不尽で、理不尽だらけで、
そこに目をつぶって仕事してるのに、
なんでわざわざ答え合わせして
イヤな会社認定して、自らしんどい思いしてるんだろ?

ネガティブな言葉はネガティブな感情しか生まない。
なーんも楽しくない!
人生にそんな楽しくない時間は必要ないのです!


非表示 09:19

蕎麦を多めに茹でてタッパにいれて冷凍しておくと、ちょっと物足りないときに電子レンジで温めてめんつゆかけて食べられます。美味しいです。

2026.04.21Tue
非表示 22:24

最近いいことあまりないから、いいこと絞り出してみる。
花粉が落ち着いたおかげで肌の調子がいい。
病院でもらった塗り薬がよく効いている。
あたたかくなったから手足が冷たくない。
天気がいいから洗濯物がよく乾く。
自分で作ったものがおいしい。
今度ライブに行く。
あげてみると、まぁまぁいい感じに思える。


非表示 14:22

私、相手にとって何番手かの友達だと思うんだけど、年数でいうと一番長い付き合いになる。
これくらいの距離感のほうが長く人と付き合えると思う。これからも何番手かの友達をやってほしい


非表示 10:20

教養、教養、教養ってうるせぇでございます。
好きなように好きなもの愛でてたらそれでよくね?
好きなものをもっと好きになるために勉強すればよくね?
教養教養教養って言ってる奴の教養レベルってどのようなものですの?


非表示 08:40

「見守り」がいつの間にか「監視」にすり替わり、他人の家の事情(遅刻の理由など)にまで首を突っ込むことが正当化されてしまいます。

AIにある事をグチったら返ってきた答えの一部。
集団で何かをすることで安心感を得ようとすると、結局は「監視」の部分が芽を出してしまうものなんだよね。それがしんどいのです。

ページ上部に戻る