ご飯を作って自宅に招き合う関係は疲れそうです。
でも楽しそうにしてる。
そういうのが楽しいと思える性格ならよかったのかも
昨日飲み会で、たのしかった。
今日とても虚しい。
ずっと気になっている人がいて、いつまで飲みに行けるかな。と憂鬱、不安になってきた。
ただの飲み友達だけど、いつ離れるかわからない。
誘ったり誘われたりがなくなるのがさみしくてこわい。
そんなことを想像してもどうしようもないし、この執着を手放したい。
起こるかわからないことに不安になること。
気になる人を気にすること。
そういう執着を手放す。
いつか家を買う時は、キッチンはガスでと思っていたけど
IHのコンロで、ガラス?のやかんでお湯を沸かす写真を見て、いいなあ、IHも悪くないなあとなって影響されやすいな自分とか思う
まあ持ち家に住めるかわからんけど夢を見るのは悪くない
「私は悪くない!」ってばかり言うと精神年齢低いのか⋯
でも、私は悪くない!って主張まではしなくとも、私は悪くない!って感じることばかりなんだよね。
大人になってからの方が、私は悪くない!って主張が多くなった気がする、そうしないと悪者にされちゃうからさー
なんか色々と不調というか、みなぎる気力みたいなのが最近ないなと思ったら、年齢が7の倍数に当てはまってる。
楽しいことも無理矢理に組み込まないと何もしたくない
コミュニティには、必ず「賞味期限」のようなものがある。昨日まであんなに馴染んでいた空間が、ある日突然、異物のように自分を弾き出す。そんな時、私は迷わずそこを去ることにしている。
世の中には、誰かを「調子に乗っている」と決めつけ、標的を探すことに腐心する人々がいる。悲劇のヒロインのように「美しすぎて嫉妬される」なんて華やかな理由じゃない。現実はもっと泥臭く、残酷だ。「こいつなら反撃しないだろう」「消えても誰も困らないだろう」という、加害者側の身勝手な計算によって、私はターゲットに選ばれる。排除される側のプロとして、その冷徹な視線には嫌というほど敏感になってしまった。
アイシャドウに色があると 老けて見える気がする。
そんな40代。
サッと色のない?(ベージュ?オフホワイト?)明るめのアイシャドウをサッと塗るだけで充分になってきた。
ピンクとかブラウンとか好きなのになー。
残念である。
健康的に見せたいから アイメイクは控えめにしよう。
年齢を重ねても メイクがとっても似合って素敵な人いるよね。うらやましい。
人と会ったらその次の日は休みたい。
つまり、社会的に生きるのが向いていないということかな。
生きるって大変。
今日はランチに行きますが、何を食べるか決めるのが地味に面倒なのわかりますか?
一緒に行く人が嫌いなんじゃなくて、むしろ好きだからランチ行くのにもう決めるのが本当に本当にめんどくさい
前にも書いたかもしれないけれど、時々 波がやってくる。
結婚して子なし。
私は欲しいと思わなかった。
あちらが欲しいと思っているのなら、授かれるのなら産んでも良いと思っていた。
あちらも積極的には欲しいとは思っていなかった。
なので、子どもはいない。
そこに何の後悔もないし、子どもが欲しいとは思わないけれど、
日常のこどもの笑顔(映えとかではなくほんとの日常)の動画や写真がSNSで流れてくると、
ぎゅっと苦しくなるときがある。
ないものねだりだし、欲しくはないの。
ただ、私が今世では手に入らないしあわせがそこにあるのだなとおもって、ぎゅっとなる。
しあわせ気持ちになるから、日常のしあわせはSNSに載っけてほしい。
わたしのしあわせってなんだろう。