過去を振り返ると、不満を口にしながらも義務感に忠実だった時期の自分が見えてきます。客観的な成果には結びつかなかったとしても、そのプロセスにおける真剣さは、現在の自分をも凌駕していたのかもしれません。
自己評価と他者評価の乖離は避けられないものですが、当時の努力を正当に評価して欲しかったという願望は、自分を大切に思うからこその感情でしょう。
現在は、社会的な評価軸に合わせる「外向きの成長」と、自分自身の納得を追求する「内向きの成長」。その両輪を回していくことが、今の自分にとっての課題なのだと感じています。
次の小説何読むかなー
現代作家の作品は面白くてサクサク読めるけど、サクサク読めるからこそ、この私でもすぐに読み終えてしまい、コストがかかるんですよねー
久しぶりに青空文庫からチョイスするか〜タダで読めて小難しいが面白いけど読了に時間がかかる作品はありがたい。
何もしてなくて社会に貢献もしてないけど、私の場合何もしないほうが社会のためになりそうな気もする。
そんな人生よ
最近本は割とKindleで買ってしまうんだけど、スマホから買うのがとても難しい。
わざわざブラウザからAmazonにインしてるのに自動的にアプリに飛ばされちゃうからわざわざ解除しなきゃいけないのがダルい。
結局iPadから買う事が増えてる。iPadにはあえてアプリ入れてないから。
スマホの方も削除すべきか…でも今度はそれも面倒。iPadから買えるからアプリ解除方法もわざわざ調べてない。
結局いつもiPadからまとめ買いみたいになっちゃう。
やっとファミレス行こと昨日何食べたの新作読めるぞ!
誰かを慈しむことも、疎ましく思うことも、今の私には少し荷が重すぎる。
人の心に触れるということは、自ら進んで感情のジェットコースターに乗り込むようなものだ。
期待という頂上へ向かってゆっくりと昇り、裏切りや失望という重力に引かれて一気に突き落とされる。
その落差に、もう心は追いつかない。
スリルを愛するほど若くもなければ、無謀でもないのだ。
遊具など何ひとつない、静まり返った遊園地。
そこをたった一人、自分の歩幅だけで歩く時間は、何よりも贅沢で、凪のように穏やかだ。
最近、蕪にハマって食べている。
大根とは違ったホクホク感が美味しい。
なんで今まで食べてなかったのかな。
実家で出たことがなかったからかも。
腹をくくった、全部できるようになってやる
後出しジャンケンで週1でも居座ろうって考え方、図々しい、気にくわん、そのうちやめるんだろ
昔から負のパワーがわたしの原動力だ
ここで私も愚痴ってるから同類なのかな。
友だちが、会社の人の文句をLINEで送ってくる。
大変なんだろうな。と思うけど、
愚痴を投げつけていいと思われていることが何よりも悲しい。
宅配便、トイレ行っているときに来る問題はどうにかならないもんか。
こうもいつもピンポイントだとこわいよ
感情や精神論は一旦横に置こう。今の自分というシステムを、次のフェーズで動かすためのパッチを当てているだけだ。バグが出るのは承知の上。効率良くアップデートを済ませて、さっさとこの面倒な作業から抜け出したいだけだ