母がこの夏食欲なくって夏バテかしらね?からの
まさかの肺がんステージ4を言い渡された。え?って。ついこの間まで運転してたりフラダンス行ってたりした人が急に胸水とかたまって、あちこち転移で、こちらが追いつかない。手術不可を言われて、ため息しかでない。まだ置いていかないで。ほんとに。1人になる覚悟がまだできないよ、わたし。
関係性の賞味期限という言葉が思い浮かんだ。
この人となら賞味期限はどれほどだろうか。
期限が切れたあとも続くおいしさ、何かがあるだろうか。
我ながらいい言葉が生まれたように感じる。
誰もいない家、ホッとする。
もうずっと一生、私はこの路線なんだろうなー
まあしゃーないな、これも多様性という括りに入れてもらえるのかな?
眠れないんだがー
正式には寝てたのに目が覚めてしまった。
今日の晩御飯が多かった。
まだなんか胃もたれしてる。
少なめの量って結局人によって違うんだよね
毎月給料日直後の週末に 1ヶ月の出費をざっくり見ているのだけど、カードで払った引越し代や前の部屋のクリーニング費用の精算などもあり、結構な金額を使っていた。これから年末に向けて、無駄な出費はなるべくしないようにしたい。
と思っているのだが、11月にブラックフライデーセールがあり、我慢できるか不安だ。
一人暮らしということもあって、以前は住居費にお金をかけるのはもったいないと思って、1Kのコンパクトな生活がいいと考えていた。でも今年 1LDKの部屋に引っ越して、ある程度広さにゆとりがあると、精神的に良い影響を与える気がしている。
リモートワークをしていることも理由のひとつだとは思うけど、年齢や趣味や生活習慣の変化で、住む部屋に求めるものが変わってくるのかもしれない。
私の姉は全国でも上位を争うくらいの偏差値の高校に行き、塾にも通わず国立大学に合格した。でも姉は、自分の能力をひけらかすような真似をしない。
対して母は、高校受験、そして大学受験の今も、姉の学歴を毎回話に出してくる。
母が私に、姉と同じような道を進むことを望んでいるのは知っている。
けれど私はその期待に応えられるだけの頭を持ち合わせていない。
毎日毎日、プレッシャーに押しつぶされそうで、生きる意味が見つからなくて、こんなに一生懸命にいろんなことを我慢して生きていることが、バカバカしくなる。
最近SNSと現実の境目がはっきりし始めてきた。まずいとは感じている。
私が今生きていて楽しいことはSNSの中だけだ。
それじゃあますますなんで生きているのかわからない。
現実じゃない世界のほうが楽しいんだから。
生クリームをふんだんに使う。という感じで使う、豊富にという意味の"ふんだん“ってどういう漢字だったけ?と思って調べたら、“ふんだん"はふんだんというままで良いみたい。つまり漢字がない。
ネットで簡単に調べたら、絶え間なく続くという意味の不断が変化してふんだんになったそうです。
そういえば、雰囲気はふいんきに変化しそうでしないですね。
私が生きている間は雰囲気はふんいきのままの雰囲気ですね。
言葉やその他のこと全般、変化した瞬間を私たちは見ることが出来るんでしょうかね?
ちょっとカフェに行きたいけど、混んでるんだよねー
日曜日というのはそういうものである。
自分だけの穴場があればなぁ
色々あって休止してたけど、明日から弁当をまた復活しようかな?
夫と高校生だからお金でどうにかなったけど、小学生だったら弁当の日は何があっても弁当だから大変だっただろう。
娘が通い、自分の母校でもある小学校へ授業参観に行ってきました。驚いたのはグラウンド隅の大きな木が小さくなってしまったこと。自分たちをいつも見守ってくれていたあの、大きな木。木陰で遊んでいたはずなのに、今は葉っぱが目の高さの位置に。小さくなったのではなく自分の背が伸びたからだと分かってはいても、なんとなく切ないものです。元気いっぱいの授業を見届けてからもう一度、ひとりであの場所へ。「娘を、よろしく」と、 "大きな木" に小さな声でお願いをして、校庭をあとにしました。