2020.05.26Tue
非表示 00:04

正直なところ、実感が何もない。

仕事は大打撃だった。観光業だもの。しかも春先なんて海外ゲストが8割を占める。
ただ、身に迫る危険性というのがあまり実感できなかった。

元々海外からのゲストと関わることが多かったので、きっと症状が出ていないだけで我々は保菌者だろうな、というのが同僚たちとの共通認識だった。
徐々に閑散としてきて、ついにゼロ。そりゃそうだ、なんて。

なんとなくマスクをつけて、なんとなくアルコール消毒液を用意する。
ここで最初の感染者になってはいけない。
だから市街地には出ない。
ここには満員電車もなければオフィスビルも無い。
ソーシャルディスタンスを気にするほど人がいない。
今までの日常と何も変わらない。

何も変わらないのに、会いたい人に会えなくなった。
あまりにも唐突。だってこちらの生活は何も変わっていないから。
特段会う予定があったわけではない。
けれど急に襲いかかってきた「もう会えないかもしれない」という現実。

急に遠い街になってしまった。

2020.05.25Mon
非表示 22:12

体脂肪に効くという触れ込みのお茶。
本当かな?と思いつつ飲んでいる。
この生活で体脂肪率が上がってしまった。
2週間前の頑張りが足りなかったようだ。
でも、私はもうラーメンを食べに行くと決めています。
新しい生活様式ではどうやってラーメンを食べたらいいんだろうね。


緊急事態宣言の解除

非表示 21:13

本日、北海道や東京などでも緊急事態宣言が解除された。

まだまだ気が抜けない状態ではあるが、一安心といったところではないだろうか。

しかし、良いことであるはずなのに、盛んに「この結果は国民のおかげ!政府の手柄ではない!」と喧伝する人達がいる。

でも、この後にまた第2波第3波が来たら、「安部のせい!政府のせい!」って言うんでしょう?

今回落ち着いたのが「国民のおかげ」であるのなら、再流行したら「国民のせい」だよね。

何でもかんでも肯定するのは良くないけれど、それと同じくらい何でもかんでも否定するのは良くないよね。

いま、SNSの誹謗中傷が原因で、っていうのが話題になっているけれど、政治家相手なら何を言ってもいいと勘違いしているのだろうか。意見と中傷は違うものだよ。

それと、緊急事態宣言は解除になったけれど、まだ新しい生活様式は続く。でも、これって結局は補償なき自粛になるんではないかい?

そこはどうにかしてほしいよね。こ~ゆ~のが本来意見のはずだよね。


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子どもの給付金問題

非表示 17:26

今回、特別定額給付金として10万円をいただけることとなった。中には「たかが10万貰ったところで」と文句を言う人もいるだろうが、10万円は端金ではない。私の月の小遣いは15,000円だぞ。半年分以上だ。なんとありがたいではないか。

かつて大河ドラマ『真田丸』で真田幸村の父、真田昌幸は「貰えるものは病気以外、何でも貰っておいたらええんじゃ」と語っていた。正に今の状況そのものだ。

同じようにお笑い芸人の次長課長・河本も母親の生活保護を「貰えるものは貰っておいたらええ」と言って取得していたが、あれは得た物(生活保護費)よりも失った物(好感度やメディアへの出演)が大きかった。そう考えると、「貰えるものは貰っておけ理論」も考えなければいけないかもしれない。

それはさておき。
難しいのは「子どもの特別定額給付金をどうするか」だ。

子どもも小学生にもなれば、自分の名義で10万円を貰えることは十分に理解している。しかし、子どもにとって10万というのは大金だ。当たり前だ。お父さんの小遣い半年分以上だぞ。もう少し小遣いをアップしてくれても良いのではないか。

そんな大金、とても子どもには渡せない、と親が管理という名の取上を行う家庭も多いのではないかと思う。

しかし、待ってほしい。安易にそれを取上てしまうと、子どもは不満を持ってしまう。先の生活保護不正受給の例ではないが、10万を得た代償に子どもの信頼を失ってしまいかねない。

10万は確かに大金だが、家庭内不和を代償にするにはあまりに少ない。安易に取上るべきではない。

しかし、子どもにとって大金でありすぎることもまた、確かだ。

お金がトラブルを招くことも多々考えられる。不用意にポンと渡してしまうこともまた問題だ。

折角の機会であるので、家族でお金のことを考えてみるのが良いと思う。

この10万というのがどれくらいの価値で、今回はなぜそれが給付されたのか。家の経済状況はどうで、どれくらいを使うのか。けして子どもと思わずに、家族の一員として、会議してみようと思う。

そして皆が納得する形で、ある程度を消費し経済をまわし、ある程度を備えにまわす。我が家では今回の給付金はそのように活用したいと考えている。


非表示 06:41

批判的でありたいなら、やるべきことは眉をひそめることだけです。そして自分自身を批判したいなら、やるべきことは自分が犯した過去の過ちを思い出し、今にも別の過ちを犯そうとしている可能性について考えることだけです。単に批判のまなざしを向けることよりもこちらのほうが難しいように思えるかもしれませんが、実際にはこちらのほうがはるかに簡単です。誰かが他の誰かのせいにしたいという気分でいるときはなおさらのこと、状況を公平に評価するのは難しいものです。今日は、あら探しをしないことがあなた自身の役に立つでしょう。


非表示 01:12

久々に連絡を絶っている母親のこと考えて一瞬で涙が出てきてしまった。
母親のことまだ全然許せてなくて、少なくとも一緒に暮らして私が我慢し続けてきた18年間と同じだけ会いたくない、会わずに一人でいたいと思っている。36歳になったときにもまだ私が母親と会えないと思うならもう一生会わなくて良いと思うし、そのときもし考えが変わっていたら36歳を節目にしようと。

母親も被害者だったこと。
最近、今まで目を向けられていなかった色んな「被害者」をようやく世間が認知できるようになってきて、まだ解像度の低い人も多いし私もまだまだだけど、私が尊敬する人たちはみんなものすごく端々まで目が思考が行き届いていて、私はそちらに行きたくて色々と考える習慣がついてきていたところだった。
その流れで言うと母親もそうなんだ、っていうのが急にスッと入ってきてポロっと…。

私の願いって、冷静に話を聞いて、私とあなたは違う考え方の人間なんだということを理解して受け入れて欲しいってことだったのに、一度も対話してくれたことがなかった。私を傷つけようとして言葉を選んでるなっていう会話があった。そんな状況でこれ以上話すことなんて何もなかった。

血の繋がりってそんなに大切じゃないのに、こうやってアラサーになっても乱されるから困る。
今泣いてしまったことでじゃあもういま私は母親に会える?って自問してもノーなんだもん。許す許さないみたいな強い気持ちは薄れてきたかなって思うけど、わざわざそれを本人に告げる気もない。単に昔気が合わなくて連絡絶ってきた人たちと同じくらい、もう私のこれからの人生で二度と会わなくていいなって思うだけ。

自分以外の「辛かった人」の辛さまで抱えるキャパがないなって思う。例え母親のそれでも。
私は私をケアして私の人生を楽しくするので精一杯。そういうことどうやったらわかってくれるんだろう?わかってもらう必要があるのか?でもわかってもらわないと、向こうは一生私からの連絡を待ち続けるのかなって。しんどい。

私の人生なんなんだろうって、こうやって他人に情が持てなくて、一人が楽でマンション買おう〜!とかいつもは思ってるけど、とにかく世の中の常識が生きにくくてたまにこうやって爆発する。生きにくいのにそこで生きるしかないから生きてる間ずっと違和感しかない人生って何?
私が生きやすいような方向性を持ってる人たちがどんどん出てきているけど、それが当たり前になるには時間が足りなさそうだよ。でも自分も含めて不断の努力をしていくしかないし、私も本当にそうしたい。一方で疲れてしまうのも本当にそう。。


非表示 00:26

蕁麻疹が治るまでまだ時間がかかりそうだ。1ヶ月分の薬を処方してもらった。前回までは、治ったら見せに来なくて良いと言われていたが、今回は薬を飲み切る頃に経過を見せに来てと言われた。

ここのところ家で仕事をする環境を整えている。今日は電源ケーブルを机の天板の下にまとめて足元をすっきりさせた。今週、今まで使っていた PCラックを捨てて、7月の上旬には古い棚などを処分して新しい棚に替える予定。

そして模様替えをする。ビデオ会議で顔を出すことが増えたので、机の向きを変えて自分の後ろにベッドがこないようにする。もしかしたら、その頃にはもうオフィスで仕事するようになっているかもしれないけど。

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