ネット記事にて。
『「ニュースはネットで読む人」に現れた特徴 安部政権の狙い通りに 首相が重視する「層」とは』という記事において、記事に掲載してある安部総理の写真は、イベントにて撮影された自衛隊の服を着用したものだった。
写真の注釈には、「ニコニコ動画」のイベントで、自衛隊が出展した陸自の戦車に乗り込んだ安倍晋三首相=2013年4月27日 と書いてあった。
その時期は第2次安倍内閣に当たるので、当時も確かに首相であった。
しかし、なぜわざわざ7年も前の写真を使うのか。
今回のタイトルがニュースをネットで読む人、としているため、ネットを主に使用する=若い人=若者の多いイベントである「ニコニコ動画」での写真を使用、若者よりのアピールをしている、と解釈できなくもないが、それはかなり厳しい。何しろ7年も前の話だ。逆に近年にはそのような写真がない証拠でもある。
最近の写真を使わずわざわざ古い写真をひっぱりだしてきたのは、やはり服装が自衛隊の服を着用しており、戦争を連想させるからではないだろうか。私はそれ以外にこの写真を使用する意図が見えない。
だとするならば、それは首相のイメージを悪い方向へ導こうとする悪意を感じる。
写真の提供は朝日新聞だった。朝日新聞は、CMで「ジャーナリスト宣言」と謳っていた。私はこれがジャーナリストのあるべき姿とはとても思えないがな。
どちらかといえば、いじられキャラである。
しかし、いじる/いじられるというのは信頼関係が重要である。
「オイシイよなー」とか全然うれしくないから。
信頼関係もないのに適当になじってくる輩は考えてみてほしい。
好きでもない人に手を握られたらうれしいか?と。
いじられキャラ相手なら何言ってもよいだろうという考えは
「この子、可愛いからチューしちゃおう」という親戚の人と
大差ないことを心得てほしい。
鳥越俊太郎発言「自粛ムードに負けずこれからも出歩きます」
ネット記事によると、鳥越俊太郎は不要不急の外出は控えるよう警告されていた3月31日に伊豆に温泉旅行に行ったそうだ。
「旅館では温泉も部屋についている内風呂に入ったのでとくに不安は感じませんでした」と語っていたらしいが……
端的に言って、このおじいちゃん、何を考えているんだろうか。
あくまでも自粛だから、強制力はないよ。そりゃそうさ。日本にゃ憲法があって身体の自由は保証されているもんな。
でもさ、あなたは仮にもジャーナリストとして情報を発信する側で、落選はしたけれど東京都知事選に立候補をしていたはず。立場としては外出自粛を呼び掛けねばならないのではないだろうか。
あなたがコロナウイルスを大したことがないと語っていたようだが、客観的に数字として、他国の惨状を見てもそう思えるのだろうか。
日本がそうなっていないのは、医療現場の方々をはじめ、対策に当たったり自粛に従ったりした人達のおかげなのではないか。
かなり前にはなるが、せんだみつおも同じように発言しずいぶんと批難を浴びて発言を撤回、謝罪した。
このような事態の際には、皆で気をつけなければならない。大丈夫だった、は結果論だ。
彼の発言からは、あたかも乱暴な運転をしながらも周囲の車が気を付けて避けているためにたまたま事故をおこしていない暴走車のような物を感じる。
そして、そのような者ほど自分の運転が上手いと勘違いしているものだ。
どうか周りを巻き込んだ大事故を起こす前に、周囲の声に耳を傾けて自身の迂闊さ、浅慮を反省していただきたい。
あーーーーすごく胃が痛い。
お金ない。
使い込みすぎた。
返せる当てがない。旦那に。
だのに自動車税だの、NHKだの、水道だの、一気に来すぎです。
なんなの、君たち結託してるの?
ボーナスはあと1ヶ月先だし。タイミング間違ってない?ない?ないの、そうですか。
けれど山盛りコートをクリーニング出したい。これからいってきますう。
お財布空っぽになるわあ。
冷凍庫にコレクションしてたアイス。
ついに最後の1つに。そして今それを食べてる。
表面には柑橘系のシロップみたいなのがのっていて、その下のアイスはチーズ系の味。
甘酸っぱい味とチーズの濃いめの味が絶妙だね。
苦みが深いコーヒーとともに味わってるよ。
どうかこれが食べ終わるまで、この部屋には誰も来ませんように
ネットを見ると
暗くなるニュースや情報が多い
それもそのはず
否定や推測ばかりだもの
コロナ感染があふれたころから
先行き不安なまま
在宅する人が増えたんだろう
否定的なニュースや
暗いニュースの方に関心が高いっていうのも
人間の良くないところ...
アマビエという妖怪がネットで話題になっていた。
この妖怪は海中より現れ豊作や疫病の予言を行う上、疫病を払うという伝承から今回のコロナウイルスへの希望として取り上げられていた。
日本にはかつて数多の妖怪がいた、とされている。
もちろんそれは、ニホンオオカミのようにかつて存在していたものが駆逐され絶滅してしまった訳ではなく、科学の発展によって正体を明らかにされてしまったのが現実だ。
町の明かりは夜の闇をかき消し、医療の発展は目に見えぬウイルスの存在を人々に知らしめた。
人間は未知のものを恐れる。それ故、理解し得ぬ人智を越えた事象に対し、神仏や物の怪の仕業として定義して理解の範疇に納めてしまおうとした。
そう考えると、今の出来ごとも昔であれば妖怪の仕業とされてしまうことも多いのではないだろうか。
問題となっていた、営業中の店舗に自粛を要請するいわゆる自粛警察などは妖怪『アケルナ』
ネット上で他人を罵倒し足を引っ張る者たちは妖怪『揚げ足鳥』
ありもしない幻想や自分の思い込みによって、「○○ではこうだ」「○○では常識」と他人を誤った方へミスリードしようとする妖怪『出羽の上(ではのかみ)』
現代においてもなお、人々の心には悪意という妖怪がはびこってしまってはいないだろうか。
そう、それはあなたの中にも。もちろん、私の中にも。
ipad とapple pencil と最初から入ってるメモのおかげで思考整理がしやすい。
ただ書き連ねてゆくだけだけど、切り貼りが簡単なのであちこち飛んでもまとめやすい。
その上でふと自己分析になっていった。
結果、私は自分以外を人と思っていないというのが浮き彫りになった。
それを書き出して「いい」も「悪い」という感想はなく、
ただフラットに「うん、そうね」という「同意」が出た。
不思議な感覚。
判断基準に一般概念や常識という物差しがあるものだけど、
私にはそれが大きく欠けていることもあるのか、何の評価もなかった。
現実を直視したくない無意識の心理、思考状態だろうかと思ったけど、
それもまた判断はできていない。
見栄っ張りから来る行動の原点を洗い出すという作業だったのだけど、
なんだか長い旅を した気分だ。
ところで自分の心理に名前はあるのだろうかと、キーワード検索すると
すべて加藤諦三さんという方に突き当たる。
この方の本を読むと、大人になれていない私は人と接する仕事は良くないということがよくわかって不安が少し軽くなる。そんな心地がして落ち着く。
なんの義務も評価もなく自分だけでいられる時間が長ければ長いほど、私は幸せなのだろう。
世の中には行動を起こすより話しているほうが好きな人たちがいます。そういう人たちにとっては、実際に何かを完成させることと、単に完成までの手順を突き止めることとの間にたいした違いはありません。感情移入した想像上のプロセスだけで十分なのです。「謎は解けたのだから、どうしてそれ以上そのことについて考える必要があるだろうか?」というわけです。それはそれで結構なことです。しかし、空想の世界で何かを完成させたところで、本物の成果には到底かないません。今日は、細部にまで辛抱づよく取り組むだけの価値があります。だいたい終わったところで(まだ完全には終わっていない段階で)仕事を切り上げたいという衝動に負けてはなりません。
私は読みにくい文章を読むのが好き
人間の思考ってそんなに単純ではないから、その軌跡なだけ
人生が複雑だから文章を書くんだと思ってる