チョコレートがコーティングされていて食べるとパリっとするアイスが好きなんだけど、このチョコレートが下に落ちる問題を長年解決出来ない。
たぶん私の一口が大きいのとがむしゃらに食べすぎるのが原因だと思うけど…
美味しいものはキレイに食べるよりも、ムシャムシャ食べたい!ってのが先にきてしまうんだよね。
CMみたいにキレイに食べられない。あれは幻想だと思ってる。
野性的に食べてもパリパリ下にチョコレートが崩れないアイスが出来ればなぁと、人任せな考えが浮かんでしまうよ。
今日も抹茶のチョコレートのパリパリチョコのアイス食べて、やっぱりひび割れと雪崩を起こしながら食べたけど、最高に美味しかった。
ワーママが苦手なのがわかった。
子どもがいると 突然休むことがある。
それは仕方ない。
当然。
だから、気にせず休んで欲しいと思う。
ただ、そのカバーを誰かがしないといけない。
だれがするの?
周りの人たち。
お互い様。
子どもがいてもいなくても、自分自身 体調不良で突然休むこともある。
そのときに カバーしてくれるのは、まわりの人たち。
ただ、子どもがいない方が休む頻度は少ない(はず)
ワーママが悪いのではなく、結局 会社として 体制整えてないから、ワーママが苦手になっていくのだろうなぁ。
意欲的に仕事をする人に昇進の機会を。とは思う。
平等に機会を。
意欲的なワーママにもきちんと機会を とは思う。
そのためには、周辺整備が必要。
旦那が朝、私の手がふさがっているからドアを開けてくれたこと、嬉しかった。
寝る前、ほっぺにチューしてくれたこと、嬉しかった。
結婚して6年だけど、些細なことが意外と嬉しいと思った日。
なんかね。
兄がいなくなったことに対してしんどいのはもちろんなんだけど
定期的に腹が立ってくる
なんでこんなことしてんだって。
なんでこんな歳で兄にこんなことしなきゃいけないんだって
なに塩なんか盛られてんだよって。
なんだその黒いリボンのかかった写真は。
毎日毎日、もうよくわからないんだよな。
何に腹が立ってるのかもわからない
嫌なんだよな、とにかく。
兄がいなくなった世界にいることが。
よくわかんないんだけど。
駄々こねてる感じに近い
今日からユニクロで発売の村上春樹Tシャツを息子が買って来た。
随分前から「お母さん村上春樹Tシャツ買おうよ」と言っていたから無事手に入り良かった。
子供と共通で好きな物があるのは楽しい。
息子は『1Q84』わたしは『ダンス・ダンス・ダンス』のデザインを選んだ。
小さな胸ポケットが付いているのでこのデザインにしたのだが、背中の模様こそプリントだが、ポケットのイラストは刺繍されていた。
凝ってる。
独身の頃、村上春樹の新刊が出るたびに買って読んでいた。
古いアパートの部屋でひとり「ノルウェイの森」を読み終えた時の、孤独と、ああ、面白かったと言う満足、が混じった気持ちが今も残っている。
しかし、のちに我が子とこの作家の作品をデザインしたTシャツを買おうとはお釈迦様でもご存知なかった (^_-)
土曜日は殆ど寝て過ごして、日曜日はスーパーに行っただけ。そして今日も外出するのをやめてダラダラとしていた。流石に健康に悪いかと思い、外に出てジュースを買いに行った。近所の自動販売機がお気に入りの散歩スポット。
休日に気分が沈むことがある。孤独感を感じ、何が楽しくて生きているのか分からなくなる。
承認欲求が高まっていた。「いいね」が欲しくて何度もブラウザを開くけれど、全て読み終えてしまった。この満たされない感じ。
この小さなスマホの中だけに幸せを求めるから駄目なんだ。
音楽を聴いてドアを開けて外に出るだけで良い気分になった。散歩すると考え事が捗る。少しネガティブなことを考えても、とても気持ち良く暖かい日光に照らされてまつ毛がきらきらすると、まぁいいか、と思える。
ほんの少し歩いただけで活力が湧いてきて、部屋を片付け、絵を描き始めた。
樺沢紫苑先生は「睡眠・運動・朝散歩」を繰り返し提唱している。私が実行できているのは睡眠くらい。運動と散歩の習慣もつけたい。そのために、気分が良いという感覚を体に覚えさせる。
早く路面の氷が溶けないかな。そしたら毎日散歩をしたい。
カレーが食べたいので、今、圧力鍋に玉葱・豚肉・椎茸・大蒜をぶち込み火にかけた。
シュッシュと鳴き出すのを待っている。
人参を切らしていたのが惜しまれる。
もうすぐ鳴き始めたら火を弱め3分も煮れば柔らかくなる。
そうしたら別の鍋に移して残っていたルーを投げ入れコトリと煮よう。
芋を入れるのを忘れた。
ジャガもカボもあったのに。
まあ良い。
見知らぬ人ではないが、見知らぬ人のような気がする人と暮らし始めた。
夫の母である。
件の夫が「母親のような気がしない」と、知り合った頃から言う。
しかし母親なのは間違いない。
優しく出来ない自分をせめて責めないでいたい。
優しくするのはかなりの高等技術である。
お天気が荒れ模様である。
心はせめて晴れ模様にするべく笑って行くよ。
先日、家族の体調不良で仕事をキャンセルしなきゃならない状況があって上の人に連絡した。しょうがないこととはいえ、欠けた人員を急に調整するのは大変なのに心よく受けてもらって感謝してる。
そういえば、昔自分が高校生のときにアルバイトしていたところは、代わりを自分で探さなきゃいい顔されなかったなと思い出した。
こういうのがあるからアルバイトどうしで連絡先交換したり繋がらなきゃならない感じが自然と出来る。
テスト中のシーンとした中、自分の携帯がピロピロと鳴って「バイト代わって」のメールがきた。携帯を持って来てはいけないのに持ってきてテスト中に鳴らしたという罪で反省文書いたりしたな‥電源切るのを忘れた自分が悪いんだけどね。
あと、やりたくもない球技大会に参加して謎の体調不良に襲われ、保健室から代わりを探す連絡したときもあったよな。結局、見つからなくて、「代わりは見つけられなかった」と告げたときの社員の冷たさは電話越しでも伝わるほど冷えていたのを今でも覚えてる。
いつも代わってるのに、こちらのときは代わってくれないよね?とか変なモヤモヤが出てきてしまう。これは人間関係の不和に繋がるよね。
もちろん、仕事だから決められた日にきちんと出勤しないといけないのは当たり前だし、バイトだからとか関係ないと思うけど、人間が動いている以上は人間特有のトラブルがあるよね。
そういうのを回避出来るのもまた人間しかいないのだから、代わりは自分で見つけて!じゃなくて、もう少しその辺りもサポートしてもらえたら有難かったなぁと思った。
時給700円代の昔話だから、今はどこで働いていてもそんなことないよね?と思いたい。