明菜が喋っている
明菜が歌ってる
明菜が笑ってる
やっぱり永遠のアイドル
よかった元気になって戻って来てくれて
そしてずっと笑って過ごせる日々で幸せになって欲しい
100年前、誕生記念講演会が行われた地。
100年後の同じ日に、100周年の記念講演会が行われること。
こんな小さな民間施設、30年以上住んでる私も今年まで存在を知らなかった場所。
でも、この施設があったからこそ、今この業界が民間にも開かれ、ここまで大きくなったという事実。
特に何も考えずに参加した講演会。
まあ、ぶっちゃけ話が長くてグッタリしてたけどw
(予定より20分オーバーはきついよ!)
改めてその意義を考えてみると、すごいことだなあ。
その後、記念館や施設も見学させてもらった。
ボランティアの皆さんがすごく丁寧に教えてくれた。
素人の私でも興味深く見学できたし、100年前に施設を作るため尽力した人の裏話も聞けて面白かった。
特に印象に残ったのが、施設創立を援助してくれた実業家が亡くなったとき、その方が書いた直筆の詩。
素直で率直な心の叫びから、どれだけ慕っていたのかが伝わってきた。
100年の歴史はもちろん、2人の関係性にも感銘を受けた。
普段、何億光年とか普通にさらっと話されている人たち。
そんな人たちの時間感覚って、一般の人より壮大なのかと思っていた。
でも、ちゃんと100年は100年という重みで認識されてるんだな。
変なところで感心したり。
そんな日でした。
人に好かれるのが上手なことと、人を大切にできることは、必ずしも同じではない。
↑ホント、それなーって思う。こういう人を嫌いって少しでも言うと嫉妬扱いされちゃうから言えないが⋯
まあ、本当に良くも悪くも人生とか、そういうのって予測出来ない。
ほんと、まさか!が多いよね、人生は。
だからといって、まさか!に対応しきれないのよ、生活というものは。
昔はこうだったのに⋯と思うことはやっぱりあります。
何も考えなくても歩調が合っていたし、合っている合っていないを考えなくともよかったことが疲れなかった。
今はあー、、、、知らないうちに遠くにいるなーと心理的にも物理的にも思ったりして複雑な気分です。
昨日、物理的に遠くにスタコラされて、昔の父親を思い出してしまった。
父親が歩くのが早すぎて、ついていくのに精一杯だった。そうしたら私の荷物か何かが店の花瓶に当たって、割ってしまった。
そしてその場で私は怒鳴られた。あれから30年経つけど、その時のことを思い出してしまった。
でもあの時と違うのは、無理に追いつかないということですかね。無理に追いついても損するのは自分だけなんです。
頑張ってついていこうとしたことよりも、その頑張った結果に、負の要素が加わったら、負の要素しかないように見られるのはごめんなのです。
私は大人⋯とは言い切れないけど、子どもでもないので自分がどうしたらスムーズか納得出来るかを優先して生きていこう。
改めてそんなことを感じた日でした。
昔は、こうじゃなかった。
会社とは 信頼関係も人間関係もない。
ただの契約関係です。
いいも悪いもなくただ事実として、そもそも信用していないので期待もしないようにしている。
それでも がっかりしてしまう時もあるけど、期待した私が悪かったと肩をすくめるだけ。
契約が全て。
業務委託で長年 仕事してきて、行き着いた結論。
情に流されたら傷つくだけだよ。
特別歩くのが遅いわけでもないと思うけど、私いるのにスタスタスタスタ先に歩かれて呆れた⋯
これ、一緒に出かけてる意味ある?って思うのです。
一晩経ってもまだ衝動は消えなくて、XとTikTokのアカウントは削除、インスタとThreadsは一時利用停止にしてアプリはアンインストールした。
YouTubeは探したけどアカウント停止の方法がよくわからず、アプリのアンインストールだけした。
LINEは普段全く連絡取ることのない人々は全部ブロックして削除した。
本音はぜーんぶ繋がりを経ちたいけど、子ども関係の連絡とかがほぼLINEだからそこは渋々残した。
うん、ちょっとスッキリ軽くなった。
私、人間だけど人間が一番嫌いだわ。
もし生まれ変わっても人間はもういいな。石とかでいいわ。
今日着ていく服を何週間も前からなやんでいる。
さんざん悩んで決めたコーデを、白紙に戻したのが今回の台風。
当日雨予報。イベント後半は屋外移動もある。
ローファーにロングスカートは裾が終わる。
大根足を隠すため、ロングスカート愛用の私には超絶不利。
手持ちのワイドパンツにスニーカーが天気的には正解。
が、合わせるトップスは辛口で、全身超マニッシュ。
鏡を見て思う。
化粧室はいって大丈夫かしら?
赤リップと丸メガネで女らしさを足し、
ベリーなショートはワックスで辛めにセット。
中途半端が一番ダサい。
テーマは「アンチ自分らしさ」。
別人になり切って出発しようかと。
誰も見てねーよ、と言われればその通り。
それでも、特定の人の目に入った時、
一瞬でも感じがいいな、と思ってもらえれば。
そんな私に、ここにきて見せたい相手ができた。
あくまで推し。離れたところからオメカシして、
見ていられれば満足。
ずっと生活のため、仕事相手になめられないために
服を選んできたから、忘れてた乙女心が新鮮。
楽しみなのに逃げたいような。
浮かれてるなあ。
浪人して大学生のとき一人暮らしさせてもらって、それが当たり前だった人って、やっぱり私のような大学生になるだけで居候!と罵られ、虐げられてきた人とは感覚が違うんだよね。
こういうタイプの人と前に衝突したことがあるんです。あなたには私の気持ちはわからない、大学生のときの親の対応からして〜みたいに私は言ったと思います。それを揶揄するような言葉もいいましたね。私が言い過ぎたんでしょうけど、そのときに返ってきた言葉が「空調がない部屋で、それで寝られないからどうにか親に頼んでこっちも大変だった」だったんです。
すごく悲しそうにこの世の終わりだったみたいに言ってきたんですけど、この時点で、ああ、やっぱり感覚が違う⋯と思わざるを得ませんでした。
もちろん、空調が整っていない部屋って体調に関わりますし、それは大事なことだとは思うんですよね。
でも、そこが一番あなたの大変だったところのピークなの?と。
親にそれを懇願出来ているだけで幸せなことなのに。なんで私と同じ土俵に立とうとしてるの?この人って思ってしまった。
それを引き出してしまった私が不甲斐なく、「言い過ぎた」と謝りました。でも、私、このときののこと、思い出すとゾワっとします。
普通の基準が高いと、これだけで大変だったと思えるものなんだなと。それって幸せなのかもしれない。もし私が同じ立場だったら⋯そもそも一人暮らしなんてさせてもらえないだろうし、なんとか一人暮らししたとしても、きっと親に頼めないかったと思う。居候、居候、居候、と言われてたあの頃の私の気持ち。やっぱり普通じゃなかったんだな。
ほとぼりも冷めてあの頃の思い出を語ってるけど、ちゃんと空調の効いた部屋に引っ越しさせてもらってるんですよね。そして、楽しそうに語ってる。やっぱり私の気持ちなんかわからないよね。