昨夜の残り物をかきいれながらこれを書こう。
朝、熱湯で淹れた烏龍茶が飲み頃に冷めた。
カレーもあるからあとで熱々に温めて、まだ少しお釜に入ってるご飯にかけよう。
昨日、用事で出掛けようと、郵便受けを覗いたら実家の母からの手紙が久々に入っていた。
見慣れた文字が目に入った瞬間に、あ、駄目だ、やっぱりダメ、読めない、と思った。
外に猫が出たので呼んだ息子にその手紙を渡し、お母さん読めないからアンタ代わりに読んで、と頼み、息子がザッと目を通して、どう?また暗い事書いてる?うん、まあ、そんな感じ、お母さん読めないよね?捨てといて。と言って階段を降りながらまた胸がザワザワとし始めて、うんざりモードに入り、駅までの道を歩きながら、春を楽しむ余裕はどこかに吹っ飛んだ。
続くかな
1人でケーキ食べることの何がいいって、ラベルについたクリームをこそげとって食べられることがあるよね。
昨日ちょっと1人でお茶して、ついケーキも頼んだ。1人で食べたりするのは好きだというのは随分前から自分でもわかっていたけれど、このラベルクリーム問題があるからケーキはやっぱり1人がいい。すべてムダを残さず味わいたいよね。
ちょっとしたことでも、育ちが悪いとか品があるないって言われてそうで窮屈。人といると緊張するのって、お育ちチェックされてる気になっちゃうのもあるかも。
もちろん、人を不快にすることはしてはいけないと思うけれど、育ちが悪い!なんて言葉を直接も陰で使うのも中々の育ちだと思ってしまう…まあ、私もニッシという陰でしか言えないけれども。
人と人が重なると思わぬ摩擦が起こるから、やっぱり1人でケーキ食べてクリームこそげ取る時間を多くもって過ごしたい。
やっぱりラインの履歴はまだ見れない
しんどい。
写真とかツイッターとか
まだしばらく見れそうにない
どのくらい時間が経てばもう少し楽になるんだろうな
まだ早すぎるんだな
朝から頭痛のスタート。頭痛薬を飲むしかなかったけど眠くなる。
本来なら出かけようとしてたけど、まだ布団。体調の波の一部だからしょうがないけど、どうにかしてくれ月曜日。
明日は仕事の火曜日。そして、もうしばらくは自分の時間がない1ヶ月。呼吸をするのが目標という低い目標を達成したい。
ある雨の日、社食で昼食を済ませ、歯磨きをしていた。
他部署のパートさんが入ってきた。
パ『雨降ってきましたねー。外回りだからつらいですー。
夕方からはもっとひどくなるみたいですよ。お迎えあるから大変でしょー?』
と他愛もなく話してきてくれた。
私『外回りだと雨の日は大変ですよね。私は子どもいないけど、お迎えがある方は大変ですよね』
と返した。
私のこと 誰かと勘違いしたのかもしれない。
私は自分に子どもがいないことに引け目は感じていない。感じるときとあるが、そこまでは(どこまで?)感じていない。
結婚、子ども、やめよう。
あーーーー、私もか。
独身男性いたら、聞いてしまうもの。。。
いけない。いけない。
誰と何を話せばいいのだろう。
デリカシーってむずかしい。
気をつけよう。
朝から何かだるくて、今日はずっと家にいた。何もせずに横になっていたら少し眠ってしまった。最近、夜遅くまでダラダラと起きてることが多いので、早めに寝る習慣をつけようと思う。
会社で同じ部の人が微妙な時期に、屋久島に行ったとか、ラーメン屋で 2時間くらい並んだとか話してるのを聞いて、少し変な気持ちがした。嫌な気分という程でもないんだけど、スッと冷めるような感じ。
自分は怖いというより、念のためにリスクを下げつつ、ストレスとのバランスを考えて行動しようとした結果、旅行や人が集まるような場所や時間を避けているんだけど、それを「我慢」とは感じてない。
でも人によっては、旅行に行かないとか、美味しい店でも並ばないというのは、我慢とかそんなに大きなストレスなのかな。不思議。
どうにかなるしなるようになるさ〜くらいの軽さで相手の気持ちに寄り添いつつも不安にならないように本当に軽い言い方をしたつもり。
あることが不安…と相手から話されたから、一応それを経験のある私なりに返事をした。
そんなやりとりをした後、その相手がSNSを更新した。このときにしたやりとりを記事にしていた。
なんか、その雰囲気が異様にドラマチックだった。
雑談の延長線上の会話なのに私も相手も俳優で、ドラマの台本を見せられてるような。
別に例のやりとりを脚色して私を悪く言ってるわけじゃない。むしろもりもりに盛ってくれている文章だと思ったが…
けれど、それは自分には違和感しかなく…なんか大袈裟にされちゃったなぁという印象を抱いてしまった。
以前から実際の人物とネット上の人格がちょっと違うなとは思っていたけど、こういう小さな違和感が繋がって現在はネット上の人格にしか会えない状況になった。
私もこういうニッシに書いてるし、誰かがイメージする自分と本来の自分が違うんだろうなと思うけど、1人の人物にすべてを見せ過ぎないようにはしたい。自分のことは分散させたほうが1人の誰かに違和感を与えることは少ないのかな?
休日の土曜日、遅めの朝食をとるその間に洗濯をまわす。
この時期、外干しは花粉症には避けたほうがいいらしいけれど、洗濯ものは外に干すのが好き。
ころころ変わる天気の晴れ間、あたたかい太陽が顔を出したのを見て、外の物干し台にでる。
もう春だなあとおもったそのとき、ホーホケキョ、とすぐそばで聞こえた。
聞こえた方向に目をやって姿を探したけれど、見つけられなかった。でも、ホーホケキョ、ピピピピピという声はほんとにすぐそばで聞こえる。
今年はじめての、うぐいす。うん、たしかに春だ。
若いうぐいすの、けきょ、という下手くそな鳴き声も好きだったりするけど、今日の彼はお手本のようなさえずり。
いいねえ、春だねえ。
教えてくれてありがとう。
梅はもう終わりだけれど、ようやく庭先の山椒が芽をつけだしたよ。そろそろ桜も咲くよ。
冬は終わり。色とりどりの季節が来るんだよ。
頭おかしいとは思うけど。
亡くなった兄にたまに電話かけてみる
当たり前に応答なくて泣く、を繰り返してる
ラインの呼出音
あの日を思い出す