今日は昨年の夏ぶりに美容室に行きます
めちゃくちゃ緊張している
ここに昨年愚痴を書いたような書いてないような感じなのですが(ログを調べるのはめんどくさいです)昨年まで通ってたところ、疫病の発生後に行ったら開口一番「マスク邪魔ですよね?取っちゃって構いませんよー」ときて、周りの客は自分以外「やったー!マスクしたくないんですよ有難うございます!」って外しててその状態で美容師さんとマシンガントークしてて、狭いサロンは満室でトラウマ
罹らなかったんですが(無症状は知らないけど弊社還暦越えた人が多いので罹ってたらそっちが有症状になると思うのでセーフだったのだと思います)そんなの結果論で、もう疫病が収まるまでこの美容室は使えない…ってなったんですが、そっからじゃあ何処に行けば…みたいな
腕が悪いとか美容師さんとウマが合わないが理由ならホイホイ違う美容室を試せばいいんですが、疫病がこわい、が理由だと違う美容室がちゃんとしてる保証もなく…
いやしかし改めて昨年7月でマスクしなくていいは論外じゃないかな…よくあの美容室クラスター出ないな…今もマスクしなくていいですよーで営業してるのかしら…
閑話休題
悩みに悩んで、でももう縮毛矯正が取れて限界なので、美容師さんはお二人、座席は半個室が売りの広々4席のみ、のところを予約してみました
さー、どうかな!?
最大でも7人くらいしかその場に発生しなくて(美容師さん二人しかいないなら待ちのお客さんもそんなにいないかと)なおかつ席と席の距離はゆったりしてる筈なので、前のとこよりかはいいかと思うんですが
美容室ただでさえ苦手なのに、疫病のことまで考えなきゃいけなくてほんと憂鬱
自分は美容師さんと喋るのも苦手なので予約サイトの備考欄の「なるべく静かに過ごしたいです」にチェック入れといたけど、あれ、読まない人は読まないんだよなあ
美容師さんが一方的に自分語りしてくれるなら全然いいんですが、なんかこっちのこと訊いてくるじゃないですか
結婚してるのなんの仕事してるの休日は何してるの
何でお前に(暴言)そんなの教えなきゃあかんのやーい!
あーめちゃくちゃ緊張する。とても憂鬱
でも頭爆発してて無理なので、あとは祈るしかないか
腕も対応もコミュ障オタクに優しく、感染症対策もしっかりした美容師さんとお客さんしかいませんように
常に消毒しろとかそんなんじゃないんです
喋るなら、マスクをするんだ!
花粉の時期ですしくしゃみもせきもしていい
でもマスクを! するんだ!!!
あとなるべく今だけはマシンガントークはしないでください…
祈るしかない
セールで半額だったから、高いコーヒー豆を100グラムだけ買ってみました。半額といっても他のお手頃の豆500グラムよりも高いです。
それで今早速飲んでいます。美味しいです。でも、いつものコーヒーと同じくらいに美味しいです。じゃあいつものでいいじゃない?って言いたくなりますよね。そうです私も言いたくなりました。
舌がそんなに敏感じゃないのでしょうか?言われれば苦味も酸味もバランスよいと思います。
こんな舌でも、あっ、この珈琲美味しいって思うこともあるんですよ。店で飲むコーヒーだったり自分でいれたり、色々ですが…
今日のは高いから期待しちゃいますよね。高くて美味しいのは当たり前ですからね。いつも飲んでいるコーヒーはお手頃なのに高いコーヒーについて来れるレベルなのか。と、よくわからないけどいつも安価で美味しいものを飲んでいたんだなぁという再確認が出来たということにしておきます。
幸せに生きよう。
わくわくするような新しい服を縫おう。
たくさん読書しよう。そうやって春を楽しもう。
ここのところの、なんだかそうなってしまう春の気持ちの囚われ。自分から出ていこう。
不安と過去に生きるなんて、ごめんだ。
マイナスからの感情ばかりの時は筆が進むのだけど
プラスからの感情ばかりだと、一向にペンを持てなくなる
マイナスは吐き出したいんだろうな
プラスは貯めていたい。
転職してから、日々穏やか
しんどいも辛いも悲しいも苦しいもない
時々、マイナスは人の発言に出会うけど
圧倒的にプラスが多いし
マイナスの裏にプラスがあると思い混んで
上手にかわせるようになった
いや、かわす余裕があるんだろうな。
幸せにいきましょう
不幸になる為に生きてるんじゃないのよ
朝に10分ほど放送している体操を録画して1日のどこかでやるようにしているけど、最近やっていないかも…思うようにそのたった10分が確保出来ないのも事実ですね。
家に1人でいる時間が少なくてというか、今はほぼ無い状態。
その中でたった10分であろうが時間を確保するのが難しい。
でも、たった10分なのに確保しようとしないのが悪いと言われたことがあるんですよ。そうなのかな?確かにたった10分なのだから、そのときくらい強行してやってしまえばいいと思ったことがあったけど、強行すると邪魔される状態なんですよね。
ある程度、家に自分1人の時間が確定していたら、10分程度の時間もとらずに言い訳してると言われてもしょうがないんですけど、10分程度の時間も好きにとれずタイミングを見計らないと確保も難しい状態なんですよね。
これを書いてる暇があるなら体操やればどうでしょう?ともしかしたら思われるかもしれない。でも、たった10分くらい自分のタイミングで決めたいんです。それが出来ない状態っていうのをわかってほしかっただけなんですよね。寄り添うって難しいですよね。
さあ、今日はなんとか体を動かそうか。
ルールのない家庭で育った。この場合のルールとは、善悪についてのことではない。制限という意味である。ちゃんとした部屋は三部屋しかなかった。一つは父親の部屋、一つは洗濯物置き場、あと一つはリビングだった。寝室はなかった。リビングで寝ていた。
リビングにはメディアが玉座に居座っていて。いつでも、テレビが煌煌としており、消えている時間はほとんどなかった。親も子もだらだらしていた。
好きなだけインターネットをやり、テレビを見る。子供も親もそんなだった。寝る時間はいつも深夜0時か一時だ。
結果、まともな生活習慣は身に付かず(つくわけない)、主体性も育たなかった。きちんと眠れる環境があった奴が羨ましい。
そもそも、生活習慣からしてまともじゃないのに、成績上げろって。土台無理な話だ。
ちょっとでも誰かと出かけると疲れる。楽しめる部分もあったけど。
些細な事から、みんなで純粋に100%楽しめることなんてないんだなぁと感じるよ。
それなのに、みんなで一緒に楽しむことが大前提で1人の時間はオマケ的な考えのほうがまだまだ強いと思う。
私の場合はみんなで楽しむことのほうがオマケ扱い。少しでもみんなで楽しめたらラッキー。だから昨日はラッキーなほうだったのか。
そんな中、昨日は色々揉めながらも、なんとか立ち寄ったクレープ屋。クレープ屋のお姉さん1人で働いてた。1人で働く仕事っていいよね。と思いながら久しぶりに食べたクレープが甘くて、この甘さは若者寄りの甘さだなぁと1日で色々なことを考えた日だった。
お酒が好き。
でも、のむとしんどくなる。
やめよう。
楽しくなるけど、擦り減る。
今日は飲んだ。
涙が出そう。
ありのままでいられない窮屈さってのもあるけれど、自分の思うように着飾る自由ってのもあるからね。
……こんなようなことを自分で語っていたみたいです。
自画自賛ですけど、なかなかいい事言ってるような気がしてまた書いとこうかなと思います。
ありのままでいられないって考えたら確かにキツイですけど、服を着ないままではいられないですからね。どんな服を着るか決めるようにその場によって心も着替えて、色々な場所に合わせた自分を何着も用意しとけばいいんですよね。そのカスタマイズは自由なんですよね。どこでもありのままでいるほうが逆にキツイって思うようになりました。考え方って変わっていきますね。
窓を開けて鳥の鳴き声とか風の音とか聴くのにいい季節だなあ。電車の音もいいアクセントになる。散歩に行きたい気持ちもあるけど、正直外に出るのは外着に着替えるのが面倒って気持ちが勝つからこうして家の中で自然を感じたいね…