今日はカラオケに来ました。時期が時期なので予約しました。
最近は1人は平日でも断られる可能性があるので予約がキホンです。1人で歌うのって楽しい。
昨日も、私の発言が「あ」「う」「ん」までしか言えなくて、結局は上手くコミュニケーションがとれなくて、微妙な感じに。
自分が考えたことを即座にしたい、してあげたいという気持ちが強すぎるんでしょうね。それがかゆいところに手が届くならいいけど、あくまで「自分が」「考えたこと」が優先されるから、私のことをしてくれているのに、私が変な気持ちになっているのは事実です。
このしっくりこない感じ、なんでしょうね?あうんの呼吸なんて言葉ありますけど、それって実際には起きないことなのかなとは思います。
おはようございます。
こちらでは数日ぶりに朝から日が出ています。
窓から入る日の光の角度で、少しずつ季節が進んでいるのを実感します。
秋が一番好きなので、これだけでもうれしくてわくわくしています。
気持ちがあの人に向いている。
私のことが好きじゃない、私の好きな人。
たまたま会うタイミングがあって、また離れていくのかな。
ずっと会っていたい。
私の伴侶になることはないし、そんなことは望んでいない。
ただ、会いたいな。それだけ。
久しぶりに来たら過去の日誌が消えていた
IDは控えていなかった
あのとき思ったことを振り返ることができない寂しさと、当時の湿度を思い出したくない気持ちが混ざる
いつか思い出すかもしれないしもう思い出さないかもしれない
まあいいか そういうもんだよな
あ、某所からここに来れるようになってる。
前までnisshi Ⅱって書かれたリンクタップしても反応しなかったから、どんなところか気になってたんだよね。
他のサービスとここと別SNSと、どうやって併用していこうかな。
ここの制作者さんの作るサービス大体好きだから、末永く続いて欲しいよ。
詳しくはわからないが、義実家の家族の体調がよくなさそうだと。一緒に住んでる家族は気づいてない『ゆでガエル状態』と帰省してきた夫が言った。初めて聞いた言葉なので体調よりそっちの方が気になってしまった、すまん。とはいえ我らにできることはあまりないと思うのだが。とりあえず、いらないもの減らしてスペース作っておくといいのではと言っておいた。わたしの実家もそんな感じだから。わたしは義実家には行かないんだ、すまん。人数にカウントされてないから行ってもあぶれるし、湿疹出るから。
昨日ライブに行った。
ライブまではそれを楽しみに頑張れて、ライブ後はしばらくまた頑張れる。
またなにか次の人参を準備しなくては。
8センチCDのことを"短冊CD“っていつの間にか呼ばれるようになって過去の遺産みたいになってますが、その時代の移り変わりを見てきてしまいました。長く生きてますね。
今はサブスクやネットで気軽に音楽が聞けるけど、CD全盛期のときもありました。
シングルCDは長方形の形のジャケットに8cmのCDが収められてた時代もあります。今はその形から短冊CDと言われているみたいです。
当時、母とCDレンタル屋に行って聴きたいものを見繕っていたんですが、販売コーナーにその短冊CDが400円で売っていたんです。当時、定価だと1000円しましたし、小4の子どもには高いですよね。だけど400円でもやっぱり小4には高いは高いんですよね。それで、結局悩んでやめたんですけど、帰りの道で「あーやっぱり買えば良かったかなー」と言うのを繰り返していたら、母から一言。
「お父さんがいたら怒られるよ」
この一言で、私は何度も買えばよかったかなと言うのをやめたんです。ただ、これは今思えば完全に母は父を利用してますね。確かに、父は特に私には理不尽なことでよく怒鳴っていて、ちょっとでも気に入らなかったりすると怒っていたんです。
そういうのを見ていて、父から怒られるというカードを使えば私が大人しくなると思ったから言ったんでしょうね。
振り返ると、母は父の横暴さを使って自分の思い通りに事を動かそうとしていたことが多々あったなと思います。こんなよくある日常の一部が突然思い出されて、30年以上経っても蘇る。
私がしつこく何度も買えばよかったと繰り返していたことを、咎めるのではなく、父を出してくるところに結局は似たものどうしの夫婦なんだなと、大人になって気が付きますね。
子どもの頃は、父が理不尽なことで怒ってきて、父だけが怖いと思っていたけれど、それをやられるがままに放置していたのは母。時には「父に怒られるよ?」というカードを使い、父の悪口を言いたいときは私に共感している体で、自分のストレスを発散していたんだと。
父は理不尽で今でも苦手だけど、母みたいなタイプが一番厄介だなと。母はもういないけど、今もいたら父を都合良く使い、私に愚痴るか、そして私を都合良く使い、誰かに私のことを愚痴ることでコミュニケーションをとったり、鬱憤を晴らしていたんだろうなと想像できますね。
でも、私はもう色々自由で、あの頃の400円のCD買えば良かったかな?なんてまだ30年以上経っても言っています。