マウンティング?とモヤッとしたこと。
同僚が
「コメディなら字幕無しで見れるけど
法廷ものは無理〜」
つってた。
英語コンプレックスて、こーゆー一言があるから
日本から消えねーんだよ、と内心毒づいておく。
私だってまだまだよ、という例文がコレって
すごいマウンティングだよね。
主人がアメリカ人、とかもさー、事実だろけど
黙っとけ。
ほんと、英語め。
この人とは仕事したくないなって思ったよね。
あとこの人に英語の勉強見てもらいたくない。
私はこう言う無神経な言葉に傷つく人たちの
学習サポートしたくて今の仕事してんだって
改めて思った。
すごい不快だったけど、この感覚を忘れちゃいけないなと思う。
気付けば9月も半ばを過ぎた。
昨晩は中秋の名月が輝き、権勢をほしいままにした蝉どもは姿を消した。
(蟻たちが始末したのだろう)
公園の桜の葉は黄色に変わり、半数はもう地面に落ちた。
夏も秋ももう、雨はゲリラ的に降ることに決めたのか、午前中に干した洗濯物は乾くどころか知らない内にびしょ濡れ。
マックのバーガーとポテトをUberで頼みかけていた娘はふと気を変え、じゃがいも揚げようかな?と言うから、要らぬお世話で「お母さん洗って皮だけ剥こうか?」とつい言っては結局は揚げて塩を振り食卓に供するところまでしてしまう。
気怠いのは午後も更けかけているからではなく、3連勤のあとの今日も朝からする事がてんこ盛りだから。
あとは放ってお風呂に入ろうかな。
散らかりっ放しの机の上はまだ崩れてはいない。
秋は来たばかり。
コンプレックスと戦わないことも大事。
英語教育に携わっていて、生徒さんの発音コンプレックスですごい
盛り上がったけど、私は一歩引いてそれを聞いていた。
コンプレックスが無くなれば、日本人はもっと英語が話せるようになるのに
どうしたら自信持ってくれるのか?ってすごい話してる同僚たちを見て、
私、この人たちの生徒じゃなくて良かったな、と正直思った。
(先生としては申し分ない良い人たちです!)
というのも、コンプレックスはいくら話せるようになったとしても
永遠になくならないと思っているから。
ネイティブに近づきたい、と思っている地点で、一生叶わない夢。
日本人だし、日本語英語だけど、伝えたいことがある、仲良くなりたいから、
英語を習得したい。
それでいいじゃん、と思うのだ。
私自身、彼らと同じ立場で、世間的には話せる人扱いになってるけど、
コンプレックスは昔と一切変わらず持ってる。
それを私は学習者さんに自分から話すようにしている。
自信を持ってくださいね、と言うのは、言い換えれば
コンプレックスに打ち勝て、というのと同じ。
私だってコンプレックスありますよ、と話すのであれば、
そんなことは言えない。
コンプレックスを持ったまま、どうやって英語を話すのか?にフォーカスを
あてた方がいい。
英語をきれいに話すのが目的じゃないはず。
自信をもって、なんて、自信がない人が一番言われたくない言葉。
自信がない自分を否定されてるんだから。
コンプレックスの塊のあなたをただ認めてあげる。
それでもう一歩一緒に踏み出すためにどうするか一緒に考えようよ、と伝えたい。
自信を持つことが、一番、難しいんだよ。
あちらから好かれるから、こちらも好きなると嫌われる。で、こちらが嫌いになると好かれる。
変なループだけど、こういうのってあるあるよね〜と思う。
私の場合は好きになるということは、心を許すということにも繋がる。心を許してしまうと嫌われるということは、私の本来の姿ってよろしくないんだろうなと。
不躾な態度や遠慮のない感じを出しているわけでもないけど。
だから嫌われるなら好きになりたくない。感情が面倒なのよ
某市町村の vtuber 動画が性的すぎると問題になっていたのをニュースで見た。
動画を見た瞬間に、私もウェッと思ってしまった。
アニメキャラが元々苦手なのもある。
でも子供の頃はセーラームーンとか大好きだった。
だけど大人になるにつれて、アニメキャラに
萌える男性陣の姿見て、嫌悪感がすごくなってきて。
女性だけの環境であのキャラクターを見たら
普通に可愛いしへそだそうが胸揺れようが
気にならない。
作者が女性であれば特に気にしない。
でも男もいる環境であれを出されて、
あれを書いたのが男だとしたら、気持ち悪い。
キャラクターがどうこうでない。
それを見てニヤニヤする男がいるのが気持ち悪いし
せっかくのキャラクターも汚されてる感じがして
まるで女性自体が全て汚されてるような
嫌悪感がすごい。
中学に上がってから少女漫画の恋愛恋愛に
うんざりして少年漫画派になった。
いろんなストーリーがあってすごく面白かったけど
パンツとか大きな胸とか、それらが読者に
アピールするための手法であることは作者本人も
認めているところで、それは女としてどうなのって
ずっと思ってきたから、フェミニストの人が言う
気持ちもわからなくはない。
だってもう見た瞬間にこれは男に媚びてることがわかる
動画だからだよ。
さすがにそれが性的犯罪を助長するというのは
言い過ぎだけどさ。
そういうアニメで満足してくれるんであれば
逆に必要だと思うし。
ただもはやそうした画像が日本のアニメ文化の
スタンダードになった現代において、
今回の一件自体はいいすぎなのかなとも思った。
日本の男が幼児好きなのは昔からのことだし
その魂がこれだけの高いレベルの
アニメに昇華されたのはすごいと思う。
オタク文化が世界に認められるまでになったんだから。
ただやっぱり私としては、そういうアニメを
喜んで見る男は嫌いだ。
これは個人的な好みなのでほっといてほしい。
身内のもうすぐ60になる独身の叔父がそれで
嫌悪感しかないから余計にそう。
客観的に見て可愛いキャラクターだけど
それがいわゆる萌えを煽るもので
例えば自分や自分の子供に同じ格好させるのは
危険であることを頭の隅に置いとってもいいかも
しれない。
ミニなスカートもへそ出しも可愛いんだけどね。
性犯罪を起こす方が悪いのは当然だけど
そうしたリスクがあることは覚えとった方がいいと思う
盗るほうが悪いからって、カフェのテーブルに
札入れを置いたままにする人がいないのと同じ理由。
服装の自由も自己責任の上にあると思うの。
大好きだから何でも許せるわけじゃない。
逆に大好きだから許せない事の方が多くなってしまった。
厄介なファンだと思う。
でも、お仕事を自分の都合で降りて、自分の好きなことやるって…
周りに迷惑かけた自覚はないの…?
更にはそれもうまくいかなければやめたはずの事を
周りにはやらないって言ってたはずの事を自分の番組内だけでやるんだ。
私は大好きだったから余計に許せないや。
もう二度と見ることないと思う。
青春時代のいい思い出でした。
今は見るたびに、聞くたびに嫌悪感しかない。
ズボラな人は、2種類に分かれる。
少しでも楽をしようと日々考える人と
考えようとしない人。
私には丁寧な生活は無理だけど、
傍目にはきちんとした人に見られる。
自炊するし、毎日清潔なシャツに身を包み、
家の中もきちんと片付いているから。
持ち物は必要なものを必要なだけ。
断捨離は定期的に実施。
買う時考えるのは、捨てるときのこと。
リセールバリュー(メルカリなどで売れるか)、
廃棄する手間、リサイクル料、
そして何より、最後まで大事にできるか?
まで考えて買うので、あまり失敗はない。
失敗したら即メルカリで必要な人に届けるようにするし。
あと、日々、動線は意識して過ごしている。
一軒家で、部屋数もあり、玄関から奥の部屋まで
細長い形をしている。
なので、移動するときは手を空にしたまま動かない、
ついでにできる用事は寄り道することを、家の中で
自分に決めている。
例えば家のトイレで用を済ませたら、手を洗う前に
猫のトイレも掃除する。
ご飯を食べたら、台所で食器洗いをして、手を拭いたタオルを
持って洗面所に行き歯磨きを済ませて、新しいタオルをもって
台所に戻しておく。
という具合。
何も持たずに動くと、結局後からその動作が発生するから、
動くときに持っていけるものがないかを考えて過ごす。
慣れてしまえば、習慣になって何も考えずにもっているもの。
その中でも、猫砂を買って帰った時、一番奥の部屋にある
猫トイレまで砂を運ぶのはしんどい。
軽い猫砂は高いので、安価なものを惜しみなく使って
清潔なトイレを維持したいので、
バケツリレー形式を採用することにした。
買い物後に、買い物袋と猫砂をもって玄関から台所へ。
食材を冷蔵庫に詰める間、猫砂は台所前の廊下に放置。
そのまま料理することもあれば、トイレなど別の場所に移動することも
あるので、移動ついでに猫砂を持ち、移動させる事を繰り返し、猫トイレに
徐々に近づけていく作戦。
これのポイントは、猫砂を廊下の真ん中にドンと置いておくこと。
すごい邪魔なので、次に通る時に必ず目に付くし、運ぶ気になれる。
邪魔にならない場所にあるから、いつまでたっても動かさないのだ。
生活系youtuberさんの動画が好きで時々見ているけど、
丁寧な暮らし系は私は食傷してしまうので、ミニマリストや
自称ズボラな方の動画を好む。
ミニマリストの中にもズボラを認める人が多くて、モノの少なさと
ズボラ生活はすごく合うのだとつくづく思う。
自称ズボラさんの動画でも、ズボラなひとがだらしない生活をしているものを
わざわざ見るほど暇でなく、自分の性格を認めたうえで、どうやって
対処するか工夫している人の動画がすごく参考になる。
洗濯ものをたたまないために、干したハンガーのまま収納するとか、
タオルは籠にほりこむだけとか、盲点だけど、やってみたら
何の弊害もない事に気が付くのだ。
そして、ぱっと見の生活は、丁寧な暮らしと工夫するズボラさんで
ほぼ変わりがないという事実!
楽なのは一目瞭然だけど、知恵の勝利、かな。
丁寧な暮らしは素晴らしいけど、自分に無理なのは分かってるので
私は知恵を絞るし、良いアイディアはどんどん吸収する。
楽に快適に生きることが、人生を豊かにすると思うんだ。
ズボラだけど日々色々工夫して生きてるから、ボケずに済みそうだしね。
面倒クサ〜やりたくない〜って思っていることが来週の半ばくらいにある。強制的なボランティアみたいなヤツ。
時間だけなら10分くらい。すぐ終わるといえばそうなんだけど面倒なものは面倒。
それは来週だというのに、この時点で面倒だという気持ちに支配されてしまうことが悲しい。時間を奪われた気になる。
それをやるための連絡も乏しいのも嫌だ。何もわからないのに知っているのが前提、周りに気軽に質問出来たりするのが当たり前という雰囲気が苦しい。
そういう色々なことが積み重なってイヤなんだと思う。仕事行きたくない〜とかご飯作りたくない〜というものとは明らかに違う種類の面倒臭さ。
そこに自分の意思が入ってるか?自分が何らかの形で納得しているか?この2つが欠けているから今から憂鬱なんだと思う。
欠けていることしかないのに、仕事のようにお金ももらえないし。ご飯は作りたくないけど、生きるためにしょうがないし結局は自分のためでもあるし、作りたくないなら出前という選択肢が許されるからね。
やっても何もならない無意味と感じていることに1分でも時間を使いたくないんだよね。
自分が無意味と感じていても、これは重要なんだ〜と言われてキレイな言葉で強迫されているような気分になることってあるよね〜。無意味なことにモザイクをかけながら生きていくのが面倒だけど、モザイクかける自由だけは忘れないでこなしていくしかないね〜
カーブス入会したけど大丈夫かな……
今から不安でいっぱいで上手く行くといいんだけど。
頑張って続けられますように。
本当はね、ブログでも作ってこういうこと書こうかなと思ったんだけど。
ま、ここの方がいいかなと匿名だしね。
語れるほどのリア充しているわけでもないし。
変なこと言うわけでもないし気楽にいきたい。
要は、頑張らなくていいんだよ、って言いたいんだけど、
毒舌ですねー。
でもね、たぶん、闇雲に頑張ってた頃の自分を思い出すと
これくらい言わないと私には、響かなかったよね。
努力は無敵、と思ってたから。
同じ日々が続くことなんてない。
コロナだって3年前は世界中のだれ一人想像してなかったんだから。
私の仕事だって、いつ干されるか分からないフリーランスだし。
ただ、一生続ける覚悟はある。
そのために得意に安住せず、技術のブラッシュアップはするし、
節約と貯金と積立投資でイザというときに備えている。
あと、健康でいるための体調管理も大事。
独身なのでね、お金と健康だけが、頼みの綱だから、そこは頑張る。
それ以上は、頑張らなくていいよ、といいたい。
すっごいお節介だけど、老婆心からの独り言と思ってもらえれば。