2021.09.20Mon
非表示 09:10

なかなか自分の時間がない中で自分らしくいるというのは無理なんだよね〜
私にとっては余計なことでも相手にとっては親切心。これが疲れる。それは太古の昔からあることなんでしょう。
それでも少しだけある今のような1人で自由な考えを頭に巡らしている時間は本当に好き。

2021.09.19Sun
非表示 15:47

新しくできたリラクサロンでマッサージ。
お店の雰囲気も施術もすごく良くて
これあたりだわと思ってたら

現金払いのみです

と言われて、大慌て。
財布を持ち歩かなくなってから
新しいお店に行くときは現金払いか否か確認してたけど
単価の高いリラクサロンなら
何の疑いもなくキャッシュレス行けると思ってた。
まさかの誤算。

せっかくいい気分でいたのに
自分のミスとはいえ近所のコンビニまで行って
お金をおろす羽目になるとは。
リラックス気分も飛んだよね。

もちろんこんな時のためにまとまった現金をスマホに
いつも入れてるけど、予算オーバー。
たまの贅沢と思って奮発したのが仇になった。

最近は滅多になくなったけどこういうことがあると
財布を使うかどうか悩む。
自宅にもスマホにも予備の現金は常に入れてるけど
現金のみのお店ってよっぽど気に入ってないと
足が遠のくよね。

マッサージなんて数ヶ月に一回行くか行かないかなのに
ちょっと次はないかもしれない…
ディスカウントスーパーですがキャッシュレスに
なったのにい。

足並み揃えてくれないかな。


非表示 06:59

小学生の頃は何度か転校してます。
その経験からか、謎の期待をされて何も持っていないとわかるとサッーと人が引いていく感覚がすごいわかります。
期待というのは第一印象は小学生でも容姿ですね。私の容姿は可もなく不可もないのでそこは何も起こらず。おそらく飛び抜けて容姿が良かったり悪かったりしたら、ここで勝手に期待値が上がったり下がったりするのでしょうね。
普通の容姿の私は面白いか?勉強は出来るか?スポーツは出来るか?と見えない査定をされるんです。
学校生活を送るとやっぱりそういうの隠せないですからね。面白くもない、勉強も出来ない、スポーツもダメ。って1つずつ剥がれていくたびに周りから人がいなくなっていく感覚がわかるんですよね。いじめられたとかそういうのじゃないんですけどね。興味が薄れたって感じです。最初から同じ学校ならこういう感覚は味わうことはないのかなと思います。
色々剥がれて嫌なことを言ったりしてくる子もいましたけど、そういう子って観察力がすごいですよね。周りが転校生に興味なくなって総合的に普通以下の子だとわかったのを見て、いじわるなことをしたり言ってくる。最初は優しいんですよね。だからビックリしますよね。きっと私が何かに長けていたら優しいままだったんだろうなと思います。
でも、こういうのって大人になってもずっとありますよね。私の場合は転校を何回かしてしまったから、早くにそういう経験をしてしまっただけです。
勝手に期待されて勝手に去られる。後から入って馴染むことか出来るって才能なのかもしれません。馴染むことって誰にでも出来ることじゃないですよね。私は何かに馴染めたのかなぁ?

2021.09.18Sat
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非表示 15:42

久しぶりの長電話。
コロナ直前に出会った、関東と東北の同年代。
どうやら我々は、粛々としたマスク生活と気軽な行き来もできないまま40代に入るらしいね。まだ来れないかあと言い合う。
たぶんこれからも年に数えるくらいに会い、仕事をして、ドライブに出かけ、これからのこと、これまでのことをわんさか話すんだと思う。
電話を切る時、いつも安堵している。
そして、元気でいろよと思う。


季節

非表示 11:21

 田舎町へ引っ越すことが決まった。仕事上の命令だ。

私の住まいは都心から少し離れた、所謂郊外の住宅地にある。こことは幼年期からの付き合いである。車で30分もしない場所には別の都市とも1時間経たず繋がるほど大きな交通の中心地があり、物を得るにはほとんど困ることなどなかった。大抵のものは調べれば少し近くにあるのが、良いところだ。町の中にも店があり、何かを手に入れる勝手がわかっている。私は読書を趣味の一つとしているが、町の中には車で10分もしないところに図書館が3つほどあって、大抵の本は手に入る。朝夜は誰もが静かで、騒がしい所からは離れているというのも住み心地がいい。

 引っ越し先は、町の背後に山が聳え立っている。少し地図を広げてみれば、背後だけでなく別の町に続く道をも山が塞ぐ。地図の中で山の次に範囲を占める田んぼの、その間にポツポツ家が立っている。山と山の間をぬって30分ほどかけてようやく少し大きい街がある程度だ。その街も今の場所とは比べものにならないほど小さい。観光地になるレベルで、人々の生活とは少し離れた構造をしている。  以前、会社の同僚の故郷をインターネットで調べてみた。その人はそんな自然との距離が近い町の出身で、地図を見れば殆どが濃い緑色の山である。川が境界線となって、小さな町と田んぼの列をわけていた。自分の住む街とは支配する色が全く違っていて、大いにバカにして笑ったものだった。  そんな私も、とうとうそのような場所へ住まいを移すことになった。あれだけ指差し笑ったような緑の多い場所へと移動である。動揺するのは言うまでもなかった。一件の図書館まで行くのに車で30分。今の町なら都心まで向かえる時間だ。私には趣味に特殊な道具がいるが、それを調達するにはこっちに戻ってくるほか無さそうだった。生活が大いに変わることは想像がつく。本も、趣味の道具も手に入りにくくなる。それがどんなに私の心に影を差すか。

 話は少し変わるが、9月に入ってすぐの頃。家を出てから風が一つふいた。その風が肌に当たった時、「もう秋だ」と瞬間的に感じた。季節を感じたのである。またある時、トマトを一口食べて甘味に驚いた。これも季節である。トマトの時期が来ていたのだ。調べれば、トマトは強い日差しを好むらしい。そこで栄養の高まったものが収穫され、秋の頭に出回ったわけである。人類は技術と科学の発展で、季節のものを自由自在に扱う事ができるようにはなったものの、やはり自然に即した物の形の、その美しさには叶うまい。  そうした季節に想いを馳せさせられると、引っ越し先の町を思った。私は今より格段に自然との距離が近づく。コンクリートに囲まれて、季節を感じないわけでは決してない。しかし土との距離が近づけば、今より四季を折に触れ感じる機会は増えるだろう。そうした季節への敏感さ、親密さは、情緒を育てると聞いた事があった。本が趣味の一つであるのは、元よりそういった情緒の鈍さゆえだった。  私は季節の勉強をしに行くのかもしれない。それは本などで読むよりもっと色濃く心情へ訴えかける、情緒の勉強になるのかもしれない。  まだまだ図書館の距離に対して感じる嫌気が消えたわけではないけれど、少しだけ楽しみになった。


1000円チャーシュー

非表示 11:08

おろちんゆーグッズがヴィレバンから発売とか....
こりゃ、小学生の息子氏にせがまれるな....(^ ^)


非表示 07:03

カラオケ好きだけど私の住んでいる地域は休業中の店が多いです。
でも、何故か開店していてるカラオケ屋があったので行ってみようかな?と思って店の前まで来たんですけど、けっこう人が待っているんですよね。平日なのにけっこういるんですよね。やっぱり他の店が休業しているからでしょうか?
それでカラオケは諦めました。行かないほうがいいんでしょうけど、開いているなら行く。それだけのことだと思います。
新しい生活様式!新しい生活様式!って口酸っぱく言っていた時期もありましたよね。今は新しい生活様式になったのでしょうか?世の中の状況が落ち着いて、前の様式に戻してもまたそれが奪われるだけなら意味がない気がしますね。
みんなで集まるのがダメならみんなが集まれないような様式に変えるしかない。それが極端にやると休業となってしまうのが今のところ最新版でしょうかね。
1人客の利益は少ないだろうけど、1人客が100人来れば大幅な利益になるって考え方に世の中がシフトしていったら私のようなタイプは生きやすいなぁって思いますね。
何かあると繋がりが薄いから生きていくのが苦しいんだという展開になりがちですけど、繋がりが濃いから生きていくのが苦しいんだって私は思ってしまいます。
「1人で抱え込まないで」ってありがちなセリフですけど、「1人で抱え込ませて、その時間をください」ってのが本音のときないですかね?
カラオケの話から飛躍しすぎてますが、個人が個人をしっかり見つめる時間、自分で選んだ繋がりだけ濃くする時間が大切だって気がついた組織はこれから伸びていくような気がします。
偉そうに述べてしまいました。でもそこに気がついてくれたら嬉しいっていつも何に対しても思っているんですよね。
早く1人でカラオケ行きたいですよ〜歌ってないから変なことを長々と書きたくなるのでしょう〜♪

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