3年近く前の自分の戯言を読んでいたら「“どうせやるなら楽しんで”というのは楽しくないことに対しては無理です」という内容を何度か書いていましたね。
で、それから3年経ってこの考え方や捉え方変わったのか?と自分に問いましたが、変わっていないです。むしろより強い気持ちでそう思ってます。
嫌なことに楽しいというスパイスを使うことすら無駄遣いだと思いますね。その手のスパイスは楽しいことをより楽しくすることに使うもんなんですよね。
じゃあ嫌なことはどうしたら楽しくなるのか?ということですけど、結論、楽しくなりません。どんなものを使って調理しても変わりません。
例えば、子どもが苦手な野菜のピーマンを細かく刻んでわからないようにハンバーグに料理したら、美味しい美味しいといって食べました~みたいなテンプレートをよく見ます。が、アレって全ての子どもには効かないですよ?ピーマンを感じとって食べない子もいます。細かく刻まれたピーマンをわざわざ取り除いて美味しいところだけ食べる子もいますよ。
そんな感じと一緒で美味しいものに苦手なものを足してもプラスにはならないこともあると思うんですよね。苦手なものは苦手なもので克服しなきゃならないのであれば、そういうものだと意識していたほうがマシだと思います。
ハンバーグも好きだしピーマンも嫌いじゃないけど、ハンバーグにピーマンが入っていたら大人の私もガッカリします。それと一緒でハンバーグはハンバーグのままで、ピーマンはピーマンとして炒めて醤油とみりんで甘辛い味付けにしたのが好きですよ私は。ピーマンの苦味はハンバーグには合わないですよ。
ハンバーグのソースがデミグラスソースだったり和風だったりガーリックソースだったり‥そういう美味しさが増えるということが「どうせやるなら楽しむ」ということなんじゃないのかな?と思うのですよ。
書いていたらハンバーグばかりのあのファミレス行きたくなってきましたね、びっくりナントカ。美味しく楽しみたいです。
陰陽師水龍巻を読んでる。
短編集なのでサクサク読めるけど、
1行ずつ味わって読みたくて
ゆっくりゆっくり情景を思い浮かべる。
なんなら感極まって、本を閉じ目もつぶって
感嘆の声まで漏らす。
くぅ~〜…!
舞台は平安時代、主人公の晴明は都の中での
地位としては高くはないけど、
どこまでも純粋で風雅なやんごとなき親友
博雅といつも屋敷の庭を眺めながら飲んでいる。
陰陽師として鬼退治したり問題解決に勤しむのが
本来はテーマなんだけど、ぶっちゃけもう
この二人がほろほろとお酒飲んでるシーンだけで
私は満足です。
季節の移り変わりや笛の音の美しさが
ありありと目の前に浮かんできて
何ならお酒と花の匂いも感じられそうな描写。
主人公二人の深い信頼関係、ともすれば
男色的な関係も勘ぐりそうになるほど色気があって
またそれはそれで膝から崩れそうなほど甘い。
(腐女子ではないのだが。)
大好きすぎて、この世界が終わるのがもったいなくて
本を読むときはできるだけ時間かけるし
読み終わった後は、しばらく時間を空ける。
でないと、せっかくの感動が薄れそうだから。
何度も読み返してマニアになる愛もあれば
私はのめり込みすぎて戻って来れなくなるのが怖くて
あえて距離を置いて新鮮に付き合うことを選ぶ。
その方が感動が毎回鮮やかだから。
ここしばらく本から離れてて、多分数年ぶりに
新作読んでまた骨抜きになった。
10年くらい前に偶然ビデオで陰陽師の映画を見て
野村萬斎さんの晴明に心射抜かれて、原作で
完落ち。
この令和の日本であれだけ狩衣が似合うのって
彼だけだと思う。
そして映画以上に素晴らしかった本の情景描写と
映画よりもっとしっとり描かれる男二人の友情が
耽美で。
高校時代に三島由紀夫の仮面の告白を読んで、
主人公が自分の嗜好に気づいた
二つの手袋の話も強烈な色香を放ってたけど
それに匹敵する妖しさがある。
晴明も博雅も美しいし、桜の花びらが散るだけの描写も
こんなに情感豊かに書き表せるものなのかと。
普段情緒なんて全く解さない花より団子な私ですら
その場面を想像すると涙が出る。
大袈裟でなくただただ感謝。
美しいものって心あらわれるね。
オフシーズンの掛け布団が場所取りすぎて困っていました。圧縮といっても二つ折り程度じゃ収納に横幅ないと入らないし、多少重ねた状態でもがっつり圧縮できる圧縮袋って一人暮らしのお手軽掃除機じゃ無理なんですよね…実家時代からずっと使ってて古いのもあったので冬を前に掛け布団を捨てました。代わりにフランネルの毛布を購入。最初、タオルケットの上に毛布を掛けていて流石に寒いな無理あるか…と思っていたんですが、そもそも毛布って身体に当たらないとあったかくならなくない?と思い毛布の上にタオルケットにしたらビッッックリするくらい違いました。めちゃくちゃあったかい…正しい順番大事。冬本番に耐えられるかはまだわかりませんが、結構いけそうな予感がするので今年はこれで寝てみようと思います。
そういえばクリスマスツリー、去年からあります。小さなものなんですけどね、去年からずっとクリスマスが終わらないで今年も同じツリーをそのまま使うことになりそうですね。
言い訳かもしれないですけど、木製で柔らかいデザインで年中そこにあっても違和感ないんですよ。もみの木はクリスマスに突然生えてくるわけじゃないからいいんです!と家の中だけでしか通用しないセリフですね。
出したらしまうって普通に考えて面倒なんですけど、それが普通ですもんね。普通ってスゴイことです。
自分の気持ちを確かめようとして、もうずいぶん経ってしまった。
あっさりと、尋ねれば、済んでしまうこと。
一時ものすごく近づいて、離れたり、漂うような心持ち。
いつだって流動的なのだから、通り過ぎるならば、
軽々と越えてしまおうと思う。
実は昨日英検の試験監督のバイトをした。
英検の試験は学生時代から何度も受けていて
一度試験監督をやってみたいと思っていたので
日雇いのバイトで見つけた時嬉々として申し込んだけど
会場が学校なので覚悟はしていた。
スーツ着用が義務付けられていたので
パンツスーツで、ジャケットの下にライトダウン、
レギンスレッグウォーマー靴下は当然。
真冬用のダウンジャケットも持参。
試験監督と言っても、2次試験は面接官と受験者しか
中に入れないので吹きさらしの廊下で待機なのは
容易に想像できたからだ。
昔受けた時もとにかく2次試験は待つ間に
寒かった記憶しかない。
完全武装で行ったけど蓋を開けたら私は本部待機。
責任者の補佐なので、あまり試験に関われないんだよね。。
お茶買ったりお弁当の用意したり。
後は全体の巡回をして教室のアルコール消毒を手伝ったぐらい。
英検試験の裏側が見れるとわくわくしてたのに。
本部担当と知らされてがっかりしたのは一瞬。
本部を出た瞬間、凍てつく寒さに考えを改めた。
学校は基本的に寒いものだけど、今回の学校は特に
学校の中央が吹き抜けで外気が廊下にバシバシ
入ってくる。
受験者控え室から面接室前で待機する受験者を
案内する人はまだ動けるけど
面接室前で受付する人は配られたカイロ一つで
ずっと座って待機しなければならない。
学校玄関で受付する人たちもそう。
巡回の時にリクルートスーツだけで受付している
同じくバイトの女の子何人か見かけて
思わず私の着ていたダウン2枚それぞれに貸してあげた。
準備がいい人はひざ掛けとか持ってたけど
募集要項に防寒着に関しては何も書かれていないから
知らなかったんだと思う。
上着着たままでも大丈夫ですって言われて
カイロも配られたけど、ペラペラのスカートに
ストッキング一枚なんてすぐに風邪引いちゃう。
かわいそうなぐらい手足の色が悪くなってて
本部でぬくぬく待機しているのが申し訳なく
かといって絶対変わってあげたくない罪悪感もあったし。
こういう短期のバイトって不親切だと思う。
カイロやお弁当、お茶の支給はあったし、
給与もわりかし良かったけど、募集要項そのままの
格好できてたら凍えてしまうわ。
会場がどんだけ寒くなるかなんてバイトの応募者は
分からないし防寒着の記載はするべきだと思うのよ。
ちなみに、英検の受験経験が何度かあったから
だけでなく、こういう単発バイトは何度もしてるので
仕事内容と場所を確認すればだいたい何が必要かは
把握できる。
暑さは平気だけど、寒さは本当に弱いので、
冬のバイトはどんなに荷物になっても完全防寒が基本。
長期のバイトであれば事前に必要なものなどは教えてもらえるけど単発バイトは初めて会う人と仕事なので
自分で情報収集して想像力を働かせるしかない。
最初の頃は何度も寒い思いしたし、それで風邪
引いたこともあったけど
単発のバイトで体壊すなんて悲しすぎるわ。
今はネットでバイトの口コミを見れるので
初めてのバイトに関しては事前にチェックするのも
忘れない。
基本的に即戦力として見られるので教えてもらおうと
思わない方が賢明だ。
ダウン貸してあげた二人も風邪引いてないといいけど。
最近は様々な色のカラーマスカラが出てますが、ネイビーが1番お気に入りです。
黒ほどキッパリしてないけど茶色よりも主張のある色味なんですよね。たまに光の加減でネイビー感が出るみたいで、家族にまつ毛が青い!と言われました。(褒められているわけでもないと思いますが)
その絶妙な感じが好きなんですよね。良く見ないとわからない感じが自分だけにしかわからない楽しみみたいで好きです。
そういう、自分だけにしかよくわからないけど少し変化があるものというものが自身を潤していくのかもしれません。
いろいろめんどくさいな
とりあえずあしたの仕事がめんどくさい。
男友達から彼女のノロケバナシを聞く。
良かったね、と思う反面
もうそんなにときめくことないなー、としんみり。
でも、恋愛話すると彼氏と会いたくなる不思議。
私には彼がいるもんね!みたいな
誰にむかってんのか分からんことを思う。
スピリチュアルにはまってた時期がありました。
スピリチュアルな集まりにも参加しました。
私にとってスピリチュアルとは「癒し」でした。
そこでは癒しと共に自分を高めなさい、とも教わりました。
集まりで情報交換して皆で場を高めて…なんてことしてました。
自分を高めていった人たちが高めていない人、いわば癒されていない人たちの話しをしはじめました 。
自分たちとの違いやその人がいると調子が悪くなるとか。
私も「嫌だな。引きずられそうで。」と思ったこともありましたが完全な驕りですね。
その後、大きな災害があちこちで起こりましたが、その人たちは何かしたのでしょうか。
何とも言えない嫌悪感をその人たちにも自分にも感じて足が遠のいていきました。
人を癒すとか救うとか、あなたたちおこがましいよ。
私は明日からまた鍛練の日々です。
私は自分を癒すために生きてます。