ふと、小学生時代を思い出した。
私の通っていた小学校は、給食が美味しくて、先生が優しくて、いじめも(少なくとも私の知る範囲では)なくて理想的な学校だった。
それでも少しだけ、周囲から浮いている、なんとなく避けられている生徒というのはいた。私はそうではなかったが、私が一緒に遊んでいた男の子と女の子がそうだった。
男の子は運動も勉強も苦手で、白い肌と茶色い頭をした外国の子供だった。彼は虫が好きで、私はよく昼休みに彼についていき、一緒に虫をつついたり眺めたりして遊んだ。
あるとき彼は私の知らない虫を手に取って、少し片言の言葉で「これはハサミムシだ」と私に教えてくれた。私が「物知りだね」と言うと、彼ははにかみながらハサミムシを逃がした。
私は、なぜ彼が避けられているのかよく分からなかった。
女の子は勉強ができたが少し気難しく、いつもなにかを自慢している子供だった。彼女は4年生のときに転校してきた。私は彼女の家に招かれて、彼女の自慢話や愚痴を適当に聞きながら、ペットの小さなカメと遊んだ。彼女の母はきりりとした顔をしていて、私の姿を見るとたいそう喜んだ。
私は、彼女が避けられるのはなんとなく分かるなと思いながらも、彼女を憐れんで一緒にいた。
後日、学校で一時間使って生徒の呼び出しが行われ、別の教室に集められた。私を含む何人かは呼び出されなかった。終わってからなにがあったかクラスメイトに聞くと、女の子を集団で無視していじめていることについての話し合いだったらしい。呼ぶ生徒を指名したのは女の子で、私は女の子と一緒に遊んでいたから呼ばれなかったということだ。クラスメイトは、いじめってほどじゃないのに、いじめられて転校してきたから、あの子もあの子の親も過敏になってるんだ、と愚痴っていた。
私はこの件について深く知らなかったし、憐みで一緒にいたことに後ろめたさを感じて、なにも言わなかった。
それから、いろんな同級生を思い出した。
一番仲が良かった友達、今でも連絡を取っている友達、いつも問題を起こしていた友達、別れる直前にプレゼントを配っていた友達、喧嘩別れした友達、運動音痴な私を激励してくれた友達、中学の時に再会したら40cmくらい背が伸びていて驚いた友達、名前も覚えていない友達……。
いろんな人がいたな、と今になって思う。私は少し大人びていると言われていた気がする。子供らしくない、とも言われた。そうだったかもな、と今になって思う。先生方が仰っていた言葉の意味が、今になって分かる。
今になって思うこと、気付くことが、たくさんある。同級生たちもそう思いながら生きているだろうか。皆は今なにをしているだろうか。
二十歳になったら校庭に埋めたタイムカプセルを開く同窓会が企画されていたが、それは小学校の建て直し工事と重なって、うやむやになったまま何年も連絡がない。それとは別の同窓会もあったが、そのとき私は精神的に病んでいたので出席できず、連絡する機会も失ってしまった。元同級生の男の子がやっている個人店で行ったそうだが、あの子が店を経営するなんてなと感慨深くなりながらも、あの子っぽいかもなと思った記憶がある。
小学校以降の友達は今でも連絡を取っている人間が多いので、気軽に話せないというのは寂しいものだ。
長くなってしまった。
仕事の合間にそう思った、一人の人間の思い出話でした。読んでいただきありがとうございます。