今日で納めたけど全く年末感が無い。
年賀状も21世紀になるタイミングで止めたから追われることもない。
1週間なにをしようか考えるけど、行動制限が無いからどこも人が多そうで嫌だな。
とりあえずのんびり過ごしますか。
本音を言う事と本音を知ることに餓えてた10年くらい前まではキツかったですねぇ。今思うと。
全部言えなくとも、全部知り得なくとも、何も言えないわけでも何も知らないわけでもないならそれでOKなのにねぇ。
餓えてたからこそ決断出来たこともあったけれど、それは長い目で見たら正しい決断だったのか今はわからないですよねぇ。白黒ハッキリつけちゃうと、全てに白黒つけなきゃならなくなるのは疲れてしまうので、このままでいいんです。
来年も曖昧に淡く正しく生きていきたいです。
私の2022年の漢字は「断」だ。
今年は誕生日にコロ助に感染し3年ぶりの旅行もキャンセルしたり、飼い猫が大病をしたり、飼い犬の介護が始まったり。
誕生日以降、つまり今年の後半が大変すぎて、今も勝手に涙が出たりするけど、私にとって今年はそれでも「断」だ。
断絶、断捨離、切断。
断ち切ったのは、長年の友人。
私の青春をずっと見てた生き証人的な人。
数年前から薄々、腐れ縁化しているのは気が付いていたけど、彼女が居ないと私の人生で一番輝いた時代の思い出を語り合える相手がいない、としがみついてたのだと今は分かる。
彼女との縁が断ち切れたのは、私が輝いていた青春時代と決別できた証拠だ。
ずっと引きずっていた輝かしい過去と挫折の苦しみを消化できた。
それは、私にとってとても大事な出来事で、いくら友情の賞味期限が切れていても大事な友人だったから、寂しくなくはなかったけど、私はやっと前に進めるとホッとしたんだ。
ホッとした傍からコロ助と出会い、色々転落するような不幸が重なったけどさ。
幸い、私も家族も軽症で後遺症も収まったし、猫はかなり元気になり、シニア犬の介護はかなり大変だけど、家族との絆を感じることができているから、きっと前には進んでるんだ。
独身で子供もいないし、両親も健在。
自分のことだけを考えて生きてきた40年、人間でなくても、守るべき命への責任を今私は負っているのは、必要な経験なのだと思う。
きっと、きっと、私はここから大きく羽ばたくんだ。
そう思いたい。
でないと、私は過去を断絶した意味がない。
あの頃、私は一生分のスポットライトを浴びていた。
それを知る人はもう誰もいない。
私自身も夢だったのでは、と今は思う。
出来るならあの中にずっといたかった。
でも、そこから私は飛び出した。
今、正直、すごいきついけど、この先に別な光が待ってると信じたい。
だから、2022年は「断」だ。
2023年は進みたい。
アピアにリンツ出店嬉しいな
入場制限されているから行列できている
年明けたら並んで買おうかな
美味しいチョコレートが食べられるの嬉しいな
昨日は気に入っているコーヒー屋でオリジナルブレンドとチーズケーキを食べました。
最近疲れているのを実感しているのと、あまりにも美味しい苦味の効いた絶妙なコーヒーを飲んだらなんだか力が急に抜けた感じがしました。チーズケーキも美味しくて最近のケーキにはない素朴な感じなんだけど、素朴界の中での最高峰だなぁと勝手に思ってました。
急に充電ゼロなったのに、突然100%充電されるような感覚を味わい、やっぱりあのコーヒー屋好きかも?元気に動けたのなんだか嬉しかったです。
いつも家で淹れてるコーヒーは不味くないのに、昨日のコーヒーのことを思い出すとやっぱり違うなぁと思ってしまうのでした。
子どもの頃から、大人になった今も、「人付き合い」がよくわからない。
子どもの頃から相手の反応に過敏すぎて、耐え難くなったり。
自分を守りすぎたり、伝え方や距離を間違えたりで、大事に思っていても、できてなかったんだろうなと今だに思う。
その時々、好きで一緒にいた人が確かにいたというのに。
出直してきます。
あなたも私も変わってゆくものだから、そう思って、また間違ったり、がっかりしながらやっていくのだと思う。
今日ミスドに行列できててなんぞ?と思ったけど、帰ってから調べてみたら福袋発売日との事。ポケモングッズかぁ、かわいいな〜。
ダレダレからもらったワイン‥
ソレソレが焼いてくれたケーキ‥
オコサマが作ってくれたフルーツの盛り合わせ‥
オットが作ってくれたサラダ‥
みんなに感謝。
この季節はだいたいこんなことをいつも言い出すあの人。今年は特にみんなに恵まれてるアピールがすごかったな。
例えば私がダレダレさんだったら、ワインをあげたことを他の誰かにアピールして欲しくないんだよなぁとは思う。その人にあげたかっただけで、あげた事実は全世界の人に知られなくっていいからさーと。
でも、ここに出てくるワインをあげたダレダレさんもソレソレさんも、プレゼントをしたことを全世界に言われたい人種なんだと思う。
だから私はあの人とは仲良く出来なかったんだな。それはしょうがない。どっちがいい悪いじゃなくて、もはや文化の違いレベルのことなんでしょう。ただ、そういう人と一時期でも仲良かったのが不思議だなーと今でも思うのです。私も昔は柔軟で文化の違いを受け入れようと無意識に無理してたのかもしれない。
「受け入れる」ってどちらかが我慢するということではないからね。今のほうが良い意味で良い距離感で受け入れていると言えるかもしれない。パッと見たら離れているだけで、拒否しているようにも見えるかもしれないけどね。そういうもんです。
道理がちがう集団にいると、質問するのも怖い。
発言をして、否定されない場所にいたのだけど、否定されることが多くなってきた。
そうして最近連れてってもらった場所で、自由にしていいと言われたものの、何をどのタイミングで質問するのが正解なのかわからなくて、ずっと押し黙っている。
このまま黙っていた方が正解な気がしているが、端から見たら、自由にしていいのになぜ質問も発言もしないのか、と思われていて、そうしないのはアホの極みだと思われてるかもしれないと思うと、ずっと心臓がどどどどどと重低音を響かせている。
怖い、怖い。正解がわからない。
ドライブスルーの窓口で、会計の女の子が手間取っていて。先輩に声をかけられて、すみません、すみませんって慌ててお釣りを数えてた。
あー、そうか。寒すぎて手がうまく動かないんだ。混んでるし。暖まる暇なんてなさそうだ。どうして電子マネー使えないの、ここ。
指が真っ赤、大丈夫?と声をかけたら、顔を上げて、ありがとうございますって窓から乗り出すみたいに何度もお礼を言われた。
こちらこそありがとうだよ。クリスマスにありがとうをありがとう。残業の疲れも癒されちゃったよ。