2025.03.20Thu
非表示 11:03

ちょっと寝るとスッキリ。
別に具合の悪いところはないんだけど、夜に寝るだけじゃなくて夜以外にも寝るのが普通になればいいのに。


非表示 05:52

結果が全ての世の中だからこそ、過程も見てくれる場所も必要なんだなーと思うこの頃ではあります。
過程を見てくれないのであれば、特に家庭はいらないなとダジャレのようなことを言ってしまいますが、これはあながち間違いではないのかなと思います。
自分は過程を見てあげられてるのかはわかりませんが、過程は大事にしたいと意識していかないと、すぐに結果ばかり見てしまうから気をつけたいです。

2025.03.19Wed
非表示 19:09

かつて、私だけがロングヘアだった。母は、抜け毛=私のせいと決めつけ、風呂場の排水溝に溜まった髪をわざとらしく寄せ、無言で私に掃除させていました。
「掃除して」の一言もなく、嫌がらせのようなその行為に、私は母への嫌悪感を募らせました。それは「嫌な母親」というより、「嫌な女」という感情でした。
家族がいる中で私だけに責任を押し付ける母の態度に、もはや「母親」と呼ぶことさえ躊躇われたのでしょう。
今は実家を出て、自分のタイミングで掃除ができることに、ささやかな幸せを感じています。


非表示 08:14

ほとんど雪降らない地域に住んでるので、今の時期に雪降ってるとそれだけで寒いです。
今日はとんこつラーメンを食べます


非表示 05:17

すごい仲悪いわけでもなく仲良いわけでもない、きょうだいがいるのは大人になってからはアリかなと思うようになりました。
やむを得ず自分のきょうだいに頼むことがあって、それを快くやってくれたことにありがたいなと思いました。
仲悪いわけでもなく仲良いわけでもないのに、頼み事を引き受けてくれることもありがたいと思ったけど、この距離感だから良かったのかな?とも思ったりもしました。
仲が良すぎても、お互いに何か頼まれたときに断りづらいし、だからといって何かがあったときに仲が悪いと頼むことすら出来ない⋯
家族だから、きょうだいだからとなってしまうと、その関係上を盾に相手の気持ちを尊重出来ないときもやっぱりあるのかな?と思うのです。家族だからこそ、きょうだいだからこそ、個人の気持ちを意識して尊重するのは忘れないように意識し過ぎるくらいで丁度いいのかなと思うのです。

2025.03.18Tue
非表示 12:55

私の文字は汚いらしいけど、自分ではそこまではっきり汚いと本人に言えるほどの汚さではないとは思っている。久しぶりに文字を書くってことをやって再認識した。
もちろん、美文字ではないし、上手くはないんだろうけど、汚いと読めない、丁寧に書いていない!と本人に言うほどではないなと。
でも、私の文字は本人にそれをガッツリ言っていいほどの文字らしい。でも、明らかに私よりは汚いというか読めないというレベルの人はいて、その人たちは何も言われないのだ。
「上手くなくとも丁寧に書けばわかる」これもよく言われてたけど、とても辛辣だなーと思う。
もう上手くないってハッキリ言ってるし、そもそも私の丁寧さで書いたものもそう言われてたから、上手くもない丁寧でもないって本当に失礼な話だなと。
文字を仕事にしていたわけじゃないけど、文字はどんな仕事でも使いますよね。そういうちょっとしたときによく言われてたかな。まあ何年も経ってみて改めて思うことは、やっぱりそこまで言うレベルじゃないけど、ちょっと汚い寄りだから注意するネタとして言いたいなっていうのに使われてしまったのが私の字なんでしょうね。
字は練習したら上手くなるともいいますし、それもそうかも知れません。だけどそれはあくまで本人比であって、それが一般レベルの上達ではなくとも、進化はしてるんですよね。それを努力していないというのは違うかなと。それに本人が改めてそこまで言うほどじゃないと実感していることにわざわざ努力なんてできないでしょう?
文字じたいのレベルも元々本人が持っているものなんじゃないかなーって思うのです。顔と一緒ですよ。
「あなたの顔は美人じゃないけど、丁寧に化粧してたらわかる」と言ったら、一気に失礼なことだという認識なのに、文字はそうじゃないのもおかしな話ですよね。
文字を書くことすら誰かの、発散に使われてしまう。私はずっと誰かの何かの発散のために存在してる気がしてしまう。でも、私はそれを私が認めていないのだ。私の丁寧さは私のために使うし、私の努力は私のために使う。ただそれだけなのだ。


非表示 12:32

久しぶりに履歴書書きましたが、こうやって紙に描くと自分って大したことないなーって改めて実感してしまいますね。

2025.03.17Mon
非表示 17:00

「理解してほしい」と切実に訴える声は、時に周囲を圧倒し、共感を遠ざけてしまうことがある。それは、あたかも時代の潮流を味方につけたかのような、有無を言わせぬ圧力となって伝わるからだろう。真に理解を求めるならば、言葉だけでなく、自身の生き様を通して示すしかない。
他者との相互理解は、決して容易ではない。まず、自らを深く理解し、受け入れること。そして、他者に自身の感情を完全に理解してもらうことは、ほとんど不可能であることを知るべきだ。あなたが理解を求める自由があるように、他者には理解を拒む自由もあるのだから。
それでも、人は「今、この瞬間に理解してほしい」と願う。その切実な思いは痛いほど伝わってくる。しかし、その願いが叶う瞬間は、いつ訪れるのだろうか。


非表示 16:23

今日の手こずり漢字は
刺繡の繡ですね。異体字の繡でもいいけど、とにかく真ん中の角張った部分が漢字なのに刺繡そのもの。


非表示 08:38

クローゼットの湿気対策として、ゼリー状になるシート、天日干しできるシート、置き型除湿剤を使っている。しかし、すぐにシートがゼリー状になったり、天日干しサインが出たりして、除湿剤の多さにうんざりしている。
まるで、服よりも除湿剤がメインの収納になっているようで、湿気対策に追われる日々に疲れている。

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