今日は歌い始めにカラオケに行ってきましたが、値段が高くてびっくり!
休日だから高いのか、このご時世で高いのかもうわからないです。
いい子ちゃんが見抜かれていくところを見ると、すっきりしてしまいます。
いい子といい子ちゃんは明確に違っていて、いい子ちゃんはよく思われるために頼まれてもいないのに優等生的なポジティブな発言をしている人のことだと私の中ては定義しています。
テレビやネットを見るだけで、優等生的で明るい人やなんらかのアピールがあるじゃないですか。自分から探しに行っているわけでもないのに目についてしまう。
ああ、私この人のいい子ちゃんぶり、苦手だなーと思っていても、その瞬間は称賛の嵐ばかりで、私の意見なんぞ放ったら叩かれること間違いないんだろうなと思うので言いません。
ただ時流が変わり、そのいい子〜と褒められていたのがいい子ちゃんだよね〜に変化していく時がある。この時、私は最高に嬉しいです。言えないけれど最高に嬉しい。
ただ、「私もそう思ってた〜」と自分の気持ちを同じ川に放流は絶対にしません。ただその川の流れを見て楽しむ。私の言った通りでしょ?声に出さない呟きを残しながら。
「私はそう思わない」も「私もそう思う」もどっちもすぐに解き放たないのが本当の自由な自分を守れるような気がするこの頃です。
それはそれ、これはこれ
この精神性が大事だな
仕訳が大事。基本が大事。
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YouTubeの10分ほどの動画も観れないで寝ちゃうのどうにかしたいと思いつつ、この入眠スタイルが心地よいのでやめたくもない。
自分のほうが明らかに暇な日のほうが多いのに、予定があわないってこと、何をしていてもどこにいても起こりますね。
まあ、しょうがないかなと今は思えるけど、昔はなんでーーー、そっちが少しは合わせなさいよぉぉなんて思ってたけど、今は合わなければ、そっか、じゃあ私はパスします〜なんて言えるから楽になったし、大人になったなとは思います。
でも、それって諦めが早くなったとも言えて、大人って微妙じゃない?とも感じますねぇ。
父方の祖母は穏やかで好きだったけど、あの父や伯母たち(父の姉)を生み出した人物でもあるんだよな⋯と思うと複雑です。
祖母の穏やかで柔和な雰囲気が好きだったけど、伯母たちは性格がキツイし、ピリピリしていたと思う。その圧を姪である私にまで放ってくるのは大人になってから改めて異常だったなと感じます。
でも、祖母は柔らかさを保っているのに、どうして?と考えて見たら、甘やかし要素みたいのはあったと思うんですよね。
時代もあったのかもしれませんが、父は最後の子どもで男だったから、甘やかされたんでしょう。姉である伯母たちもキツイながらも男を立てるように育てられ、そういった中で父と伯母というモンスターが徐々に育っていったんでしょうね。
自分が立てられるのが当たり前で育った父は、当然、子どもにもそれを求めます。最初の子どもである私は女だから、それが出来ることが当たり前だと思って接していたのが私への答えなんでしょう。
祖母は私にハサミを使わせなかったらしい。母が幼稚園に私を入れたときにハサミをその年齢まで使わせなかったことを驚かれた、おばあちゃんが使わせなかったから云々⋯なんて愚痴っていたのを思い出した。ああ、確かに過保護なのかもしれない。息子の最初の子どもだから、危ない思いはさせたくない!とか思っていたのかもしれない。私がハサミを使わなかったのを祖母のせいにしすぎる母もどうかと思うけど、基本的に祖母は過保護なんだろうと思う。そして、お膳立てをしてもらうことが当たり前の父は、そのお膳立てがあったからこそ出来た努力を自分だけの力として勘違いして生きている。
だから父となっても、自分がいい父でいられるためのお膳立てを子どもにまで求める。だから、私に苛立ち、自分がしてもらったように弟たちに接して欲しいから理不尽に怒鳴り散らすんだと。
祖母は私にとってはいい祖母ではあった。チラシで箱を一緒に作ったり、何気ない日常だけど、その箱まだ作っています。だけど、モンスターの母、であることには変わりはないなと感じるのです。
「ほんしけん」と入力したら、最初に"翻子拳“と変換されて、???となりました。
調べたら、中国の武術でボクシングに似てるものということです。
私が変換したかったのは“本試験"なんですが⋯せっかく出会った言葉、翻子拳の動画をあとで見てみます。
とある検定を再びチャレンジしますが、試験形式の予想問題で200満点中、178点でした。本試験なら合格です。やったー
ただ、本番はあの独自の空気感と、捻った問題が出るので、定型のような問題は全部解けるように、あと1カ月やっていきたいです。
ただ、自分の個室がなかったり、1人の時間がないと勉強って難しいんだなとはあらためて思います。趣味で受けるから思ったように時間が取れなくともイライラしませんが、この試験が生活に直結するとか仕事に関係するなら、絶対イライラしてましたし、そのイライラを自分で宥めているうちにさらに勉強の時間が減ってしまうのはありそうです。
人生を賭けるような挑戦って、もう出来ないなと思います。今までもそんな挑戦してきたわけじゃないけど。人生を賭けちゃうと、自分のペースのみで自分のタイミングですべて執り行っていきたいから。それが出来ない今は、人生を賭けたら間違いなく負の結果になる。単純に挑戦したことが失敗に終わるだけじゃなくて、挑戦そのものは成功したとしても周りとの不和が発生したり、平らかなで穏やかな未来はないんだろうなと予想出来てしまうのです。
これを言い訳とする人もいるでしょうが、私にとっては立派な理由なのです。こんな状態の内面だからこそ、趣味だけど、挑戦出来るようなものは今の私にとっては貴重なのかなと思います。
今日もなんとかやりますか
昨日スーパーに行ってやっと年末年始価格解除されたと実感しました。
何故おせちなんかに関係ない野菜まであんなに高くなるのか…
そして鶏肉コーナーが焼け野原だった。みんな高級肉ばかりで家計圧迫してたのかな…と顔見えないけど同胞がいる気になる。
何故か年末年始は牛肉コーナーが幅とるからなー。みんなそんなに焼肉とかすき焼きとかするのかな?
七草粥で財布と胃を落ち着かせて、やっと一月を開始した気持ちです。
年が明けたからといって特に変わったことはないが、年齢を重ねてくると「健康」であることのありがたみを感じる。
おいしいものを食べて、適度に欲に任せて買い物して、お休みを好きに過ごす。あっ、忘れがちだけど仕事は自分を壊さない程度にこなす笑。
みなさんが不安や悲しみのない1年でありますように。