土曜日なのに奇跡的にに空いてる酢束に来た。
ネットで見たチョコレートテリーヌ、甘いだろうけど美味しそうと思って頼んでみたら、思いの他甘さ控えめでナッツの風味がする気がする。コーヒーはホットコーヒー。これになんとかフラペチーノは重い。
サイズを聞かれたけど、SとかМとかLとか言いたくなったけど、あれ、ここではサイズをどう言うんだっけ?と一瞬戸惑ったら、店員さんが察してくれて大きさの紙コップを出してくれた。
とりあえず、tallにしたけどshortで良かった。いつもの土トートルならSなのに。何を血迷ったのか。
読書しようかと思ったけど、何も頭に入らないからやめた。テリーヌが効いてきた。
「〇〇が苦手で⋯(でも頑張ります)
こういう言葉を発したときに、この()の部分、(でも頑張ります)を察知出来ない人多いよなーと思ってる。
じゃあ、最初から言えばいい、とか〇〇が苦手⋯とか言わなきゃいいとか単純な話じゃないんですよね。
〇〇が苦手と言わないと勝手に努力していない人、さぼってる人みたいに思われるニュアンスがあるから、苦手と伝えたくなるんですよ。でも、やっぱりそこまで言って、ああ、なんか怒ってるなとか、言い訳だと思われてるなとか感じ取れちゃうから(でも頑張ります)が言えなかったりするんだよねー
この考え自体も言い訳に見えるんだろうけど、案外、簡単に出来ないことばかりです。この世は。
丁寧なんだけどシンドい人。
そこまで気を使う?みたいなことを思わないようにしてたけど、自分のコンディションもあってかうざいなーと思ってしまった。
相談窓口にいると、自分が相談したいときにどこで相談すりゃいいんだってなりますね。
あの時、どこに相談すりゃよかったのか
・ちょい今ネガティブな時期だからシンドい。
言わなきゃ良かった思うことが嫌だ。
・母が作った巾着捨てた。自分の作りたいときに作ったものを自分の都合で押し付けてきたものはいらない。
・頼まれたときにはやってくれないんだよね。人の労力を搾取したいわけじゃないけど、じゃあ頼んでないときに押し付けてくるのはいいの?
・最近、寝つきが悪い。ああしんどい
昔のまだ賑わっていた頃のある場所を見たら、ポエムばかりと嘆く言葉にポエムはいいぞ〜という呼応があり、そして誰かが意図的にポエムを作りだし、なかなか混沌としていた。
ポエムってなんだろう?なんかよくわからないけど、私にもポエム臭いって思う文があるにはある。そしてそのポエム臭さがどうも苦手だ。
でも、苦手じゃないポエムと括られるものももちろんあるわけで、ポエムが嫌いなわけじゃないんだよな。
スタ場のカード貰ったから行こうかなと考えてるけど、考えれば考えるほどドとーるに行きたいとと思ってしまって申し訳ない。
普通の人にとっては簡単なパーセンテージの計算なんだけど、私には難しく感じてAIに聞いてしまった。
思いの他わかりやすく教えてくれたのでありがたかった。
なんでもAIに聞くなという意見もあるかもしれないけど、実際、こんな簡単だとされてることがわからないと思われて、それにイライラされたりするということがないというのが快適だった。
思い出せば「こんなこともわからないのか」という感想を添付され続けてきた人生だった気がする。
そんな感想を付けられるだけで終わり。肝心のわからないことを理解するということにまでは至らなかった。
わからないことへの感想ではなく、わかるための導きをしてくれるAI、またはそのような大人が子どものときからいたら良かったのになんて考えた。そうすれば簡単なパーセンテージの計算をAIに聞いてしまうような現在にはなっていなかった気もする。
バカだということは自分が一番よくわかっているから、そこを二重になぞらなくてもいいんだよね。
でも、世の中には二重になぞりたがる人が余りにも多い気がする。あの頃にAIがあったらな。
夜にこってりラーメンとか食べたくなるけど、そうすると朝ごはんやよるお腹空いたとき面倒なんだよね
朝も夜食も米たいときゃとりあえずなんとかなる。小腹満たすのが面倒なんだよなぁ。こってり食べたいけど昼間は面倒だし食べたいのはやはり夜
3時間超えの映画観たらやっぱり疲れた。
でも、今日は配信で自宅鑑賞だったので自分のペースで観られたからなんとかなった。
飲み物も自由でトイレに行っても一時停止が出来る。
家で1人で観ることが出来るなら映画館よりも自由でありがたいと思った。
巨大スクリーンで⋯って気持ちもあるけど、制約が多すぎると疲れるんだよね。