昔、珍しく勉強しよう!と思って机に座ったら、机の本棚から参考書が落ちてきて自分の頭に直撃したことがある。
マンガみたいな展開だけど、その後痛みに悶絶して、もちろん勉強はしてません。
足指の激痛、骨折やヒビではなかった。細菌が体をめぐって先っちょで悪さしてるぽいと。初めてきいた、そんなこともあるんだな。ストレスずどんときたあとすぐ腫れて痛くなったし、なんか忙しくて免疫下がってるんだろうな。やれやれ、なんてわかりやすい体なんだろう。
マックがLUNASEAのROSIERのオマージュをしたCMを見たけど、こういうオマージュがが単純にわかる年齢になってしまったんだなと。
何でこの人はこんなことを言ってくるんだろう?ということを想像して相手側になりきってみると、感情の仕組みは理解は出来るけど、だからしょうがないよね、理解してあげようとはならないのですよね。相手の気持ちになってもわからないものはわからない。
ご無沙汰してますが、昭和の女の40代です。
最近、ちょっと合わないかなーなんて思ってて、来てなかったんだけど、少しだけならいいかな、と思いましてー。
なんかこう言いたくなっちゃうの。自分が若いころからの見た目をキープしているってこと。それも抗ってるんじゃなくて、普通にガチガチの食生活をしていたわけじゃなくてコレなんだよ!って言いたくなっちゃった。
でも、私も若いころは色々ありまして。だから無理しませんが。
無理はしてないけど、キープしてるってなんか知って欲しくて。
ここで色々言ったら、あとはさらっと生きる、アラフォー女なのだっ。
こんな感じなのかなー。なんか相手側の気持ちに立てば立つほど寄り添えるどころか痛々しく、腹も立ってくる。
まあ、ハッキリ言うと、さらっと生きたいなら誰かの発言から何かを言いたくなるところを治したら?とは思う。
通知をオフにして気にしないようにした。
でも、きてないかな?と気になって、
オンにして、
やっぱりきてない。
と落胆して、泣いてる。
わかっている。
こないことはわかっている。
はやく慣れたい。
もうこないということに慣れたい。
いつかやるだろうなーと思っていた、包丁を戸棚の扉のケースに入れ損ねて落下させるという実績を解除しました。いやそんな実績いらないって。
危ないなーやだなーとは思いつつ、調理台の上に包丁ラックなどを置いて出しっぱなしにするのはもっといや、というかそれ以前にそんなスペースがうちの台所にはない。そんなわけで日頃から注意してたので、私の足は無事でした。
先端5mmくらい床に刺さって立ってる包丁なんて初めて見た。二回目はいらない。
どうして、私の周りには、いつも私とは逆の考えを持つ人ばかりが集まってくるのだろうか。私の意見は少数派で、同じ感覚の人と出会うのが難しいのだろうか。
私は、できるだけ楽な方法をとりたい。いらないことはやめたいし、最低限のことで済ませたいと思う。
でも、私の周りの人たちは、大変でも達成感のある方法を望み、無駄なことなんてないと信じ、今以上の最高の力を発揮したいと思っている。
彼らの意見は、堂々としていて立派に見える。私の考えなんて、彼らの破壊力のある言葉によって、簡単に封じ込められてしまう。私は面倒くさがりだから、彼らのような強い勢力に飲み込まれてしまうのだ。
それでも、楽をしたい、面倒なことはしたくないという気持ちを大切にしながら生きていきたい。
もしかしたら、私と同じような考えを持つ人がどこかにいるかもしれない。ネットを見れば、そんな人に出会えるかもしれない。そう思うと、少し希望が湧いてくる。面倒くさがりなりに、この状況に抗おうと思う。
ハードルは、低くするのではなく、最初から置かなければいい。
父のお見舞いに行くといるあの人、うろうろしてるから入院している人ではないんだよね、誰のお見舞いにきてるのか、いつもひとり、なんかいい人そう。
食事中の父に手を振ったら、その人が父の隣にいてその人に手を振ったみたいになった。ちょっと恥ずかしい、自意識過剰。
前に座ってた人のお見舞いなのか、だったら隣に座りそうだけど。
父はもうすぐ退院なので、あのいい人そうな人、そろそろ見納め。
やる気になったらやろうと思ってることが全然出来なかったから、毎日の習慣になるように無理のない範囲で続けることを目標にしてきたら、結構いろんなことができるようになってきた。できるようにと言っても、すごく上達したとかマスターしたとかじゃなくて、あまり苦にせずに手をつけられるようになったという感じだけど。
何でこういうことを教えてくれる人がまわりにいなかったんだろう。もっと若いときからできていれば、もっといろんなことを楽しんで上手くできるようになれたかもしれないのに。
まあでも気づいただけでも良かったかな。健康でさえいられれば、歳を取っても毎日ぼんやり過ごすみたいなことはなくなりそうだし。