娘の部屋が汚い。いつもゴミ屋敷。だからたまに入って片づけてあげてる。
オシャレにしたつもりでカラーボックスに雑貨屋で買ってきただろうポストカードを貼っていて、私に見せてきたけど、「うわっダサっ」と思わず言っちゃった。だってダサいんだもの。そんなことより部屋を片づけろって。そういえば、あのポストカード、もう剥がされてたような気がするけど、ダサいってやっと気がついたのかな?なんなら言ってあげてよかった、
ある時娘が「部屋に置いてあった新聞がない、大学の課題で使おうと思ってたのに」と訴えてくる。あ、なんか新聞、捨てたような気がする。だから、ああ、捨てたかも?と言ってしまった。かなり狼狽えてるし、動揺してたから言っちゃったけど、言わないほうが良かったかな?だって汚いほうが悪いんだし。
どーしよー、あれを使って資料作ろうと思ってたのにーどーしよーどーしよー、なんで捨てたのーなんてずっと言ってるから、思わず「そんなんで困るくらいなら大学辞めなよ」って言っちゃった。捨てたのは私だけど、部屋が汚いのが悪い。しかも、大学なんか別に行かなくてもいいのに、課題とか資料とか、それっぽく言っちゃって、どうせ大学生ごっこでしょ?それになんで、あんな高いお金払わなきゃならないんだろう。大学なんて無駄なのに。女なのに。私は大学に行かなくても結婚して、子ども3人産んで公立高校に全員入れて、娘も高卒で就職か行っても専門とか短大が関の山なのに、大学。しかも別に有名な頭の良さそうなところじゃない、親戚へ自慢する武器にもならない。それなのに新聞捨てたくらいでイチイチうるさいんだよね。
とりあえず新聞屋に電話して、その日のだけ取寄せてやるか。面倒だけど。ホント大学なんて無駄。大学さえ行かなければこんなことにならなかったのに。あの子は何もわかっていない。
母親の視点から見たらこんな感じだろうな。部屋が汚ければ、理由なく、その人を責めてもいい、こっちは正しいことを言ってるんだから!って人が苦手なのは、こういう経験の積み重ねだろう。私が大学に行くことも本当に納得してないようだったし、こうやってすぐ、大学に行かせてやってるんだから何を言ってもいいという考え方をしていたな。もう昔のことだけど、昔のことだからこそ答え合わせをしたときに明確に答えが出る。母はもう亡くなってるけど、物理的に会わなくなって、こういった些細なことから起こる“事件“が発生しなくなったことに治安の良さを感じる日々ですね、