2026.04.24Fri
非表示 19:37

格安SIMから格安SIMに乗り換えを考えている。

今使ってるのが日本通信SIMで無料通話70分込み20GBで1390円。
十分安い。
通信速度もたまに気になるけど、無料wifiはそこら中にあるので問題なし。

ただ、通話をほとんどしない&データが多くても7GBしか使わないので、ちょっともったいない?

そんな時HISモバイルを知った。
7GB990円。
千円切ってる!
7GBを超えると速度制限はあるが、自分の使い方なら問題なし。

でも、ネックになるのが事務手数料3300円。
今だって十分安いし、節約できても月400円。
簡単な手続き、とはいえ、面倒でもある。

迷ったときは、節約の基本に立ち返る。

得を取るな。
無駄を省け。

これは、私が勝手に決めた節約の基本。
損得だけで考えると、迷いが出る。

大手キャリアから格安SIMに乗り換えた時ほどのインパクトはない。
得か否か、で考えると、そこまでは、となる。

でも、70分の無料通話に、残り13GB。
ずーっと無駄にしてる、と思ったら、決断できた。

事務手数料も8カ月弱で回収できるし、その後はずっと最適化されたプランで400円ずつ節約できるなら長期で見ればお得でもある。
スマホはたぶん一生使うし、これ以上お安いプランもそう出ないなら、早い方がいい。
もちろん評判はしっかり調べた上での判断。

――

物価高の今、節約はこれまで以上に意識してるけど、自分はすごく倹約家だという認識はない。

使いたいところ(旅行やカフェ代)は削りたくない。
だからこそ、無駄は省く。
こだわらないところにお金をかけないメリハリが大事だと思うから。

スーパーの底値を探すより、スマホ代や保険料など、毎月必ずかかる費用を着実に削った方が簡単だし効果も大きい。
それで浮いた分を、好きなことに回すのが幸せです。


靴のような話

非表示 16:31

​今の私は、歩幅さえ自分で決められない靴を履いて、慣れない街を歩いている。
​本来、良い靴というのは、自分の足の形にそっと寄り添ってくれるものだ。正しく選び、丁寧に手入れをすれば、それは長い年月を共にする無二の相棒になる。私の理想とする生き方も、きっとそんな「一足」のようなものなのだろう。
​人との縁も、置かれた環境も、無理に合わせるのではなく、自然とフィットするものを大切に、長く、静かに育んでいきたい。毎日顔を突き合わせるのではなく、一日おきに休ませる靴のように、程よい距離感があるからこそ、その関係は摩耗せずに保たれるのだ。
​けれど、今日私が足を通したのは、誰かにとっての「正解」でしかない、窮屈なハイヒール。
​背筋を伸ばし、華やかに見せるためのそれは、私にとってはただ、心身を削りながら鳴らす空虚な足音に過ぎない。見た目がどれほど整おうと、長く歩けない道に、一体どんな価値があるというのだろう。
​地面を蹴るたびに走る痛みから逃げたくて、「足元だけ無重力になればいいのに」なんて、柄にもない空想に耽ってしまう。
​もう、新しいヒールを買い足すつもりはない。
それなのに今日も、私は痛む足を引きずりながら、自分ではない誰かのリズムで、カツカツとアスファルトを叩きに向かう。


友達の友達の本質

非表示 11:02

ほっこり系の人の友達もまた、ご多分に漏れずほっこりしたSNSをあげているんで、悪趣味だけど観察用に見ているSNSのフォロー欄や記事から飛んで、友達のSNSを見ていました。どんだけ暇なんだよとツッコミされるかもしれないですが、同じようなことばかりみんなあげてて面白くて。
観察用のSNS、マネっこしたい。っていう言葉遣いよくするんですけど、その友達も同じようにまねっこという言葉を使ってて、同じようにゾワゾワしました。
興味本位でその友達SNSに行ってみたら、まあ、やっぱりお菓子作ってほっこりして日常をぽやぽやさせてました。なんでこんなに似るのよ?とやっぱり面白かった。
でも、一番面白かったのが、豚のいびきという表現。病院で同室の人のことを、豚のようないびきとほっこりした中に混ぜていて、このコントラストがなんともいえないなって思った。
そんなにたくさんの方に感謝して人工的な木漏れ日を作り出したような文章ばかり書いてるのに、唐突に豚のいびき。
まあ、うるさいんだろうけど、他の記事でざっくりみたら、感謝もしていて、でも豚のいびき⋯
ときどき、こういう人工木漏れ日系のSNSの中に辛辣な本音みたいのが出てくるのが怖いしおもしろい。元の観察用のSNSもそんな感じだし。
作ったお菓子、販売もしてるみたいだけどこんな人のお菓子なんて買いたくないし関わりたくない。
SNSやらなければ、普通に買って美味しいで済む流れもあるのかもしれないけど、視界に入るだけでSNSの養分にされて、豚のいびきのようなパンチのある登場させられたら嫌だなと。
ぬかりなくほっこりするって難しいんだなと実感させられましたね。


非表示 05:53

まあ、社交辞令も大事だなとは思うよ。
相手を無意識で傷つけても、私、社交辞令言わないようにしてるからって逃げてそう。
ホッコリ界隈の自称サバサバみたいな感じかな


非表示 05:43

友達に「お世辞を言わない人」と言われたことが嬉しかったそうです。本人もそれを大事にしてるから理解されて嬉しいそうな。
はぁ、、、本当にお花畑だなーこの人は、、、という相変わらずな印象を持ちましたが、お世辞やその場限りの言葉で場を凌ぐということをしないのは、いいことをかもしれませんが、必要なこともあるよなーという感想。
それに、友達にお世辞や社交辞令や美辞麗句やとってつけたような言葉を言わないのは当たり前というか。本当のことをズバっと言うのも違うけど、ある程度の本音も大事なのかなと。
そういえば、この「お世辞を言わない人」に可哀想って言われたことがある。私の子どもが可哀想ってことらしいんですけど。この人とまだ付き合いがあったときに大人だけで話したくて、もちろん配偶者に子どもは託して出かけようとしたら、この可哀想が出た。この時の“可哀想"は破壊力あったなー。私も色々悩んでたし、たった数時間子どもと離れること“も可哀想"という言葉で圧をかけられるから⋯
これが本人の大事にしている、人に対して裏表がない自分ということなら間違ってるけれどね。あれから10年以上経ったから、都合良く成長したとかにすり替えてるんだろうけど、全部都合いいなと。
ある程度、表裏を調節することは大事なのです。社交辞令だとわかってても、それに温かみを感じるかどうかなのです。可哀想と平気で人に言える人は、そりゃ社交辞令なんか言わないでしょうね。

2026.04.23Thu
非表示 21:39

私のことを好きじゃないのに、嫌いじゃないからという理由でやりとりしてもらっている。

不毛。

そのことに救われているのがなによりもつらい。


非表示 21:07

2Lのペットボトルに水入れて、ストレッチpoleの代用。
ガチガチだった肩がだいぶ楽になった。
ずっと乗っていたかったけど、15分以上は逆効果と聞いて慌てて降りる。
毎日ちょっとずつストレッチして、少しずつ整えていこう。


非表示 15:04

​「心身ともに健康で、自立している時にこそ、人生の伴侶を選ぶべきだ」という言葉がある。それは確かに、一点の曇りもない正論だと思う。けれど、もし私が常に完璧に満たされ、自分の足だけでどこまでも歩いていけるほど元気だったなら、きっと誰のことも選ばずに生きていただろう。
​人が誰かを切実に求めるのは、決まって心のどこかに穴が空いているときだ。荒れ狂う海で船から放り出されそうになり、懸命な思いで目の前の手を掴む。その瞬間、相手がこの世で一番魅力的な救世主に見えるのは、人間としてあまりに真っ当な反応だと思う。溺れているときに掴んだ手を「弱っていたから下した間違った判断だ」なんて、後から切り捨てることなんてできない。だって、あの時の私には、その手だけが生きるためのすべてだったのだから。
​けれど、嵐はいつか過ぎ去ってしまう。海が凪ぎ、安全な航路を学んだ私たちは、もうかつてのように溺れることはない。そうなったときに初めて、私たちは残酷な現実に直面する。あの暗闇の中で輝いて見えた救いの手が、穏やかな日常の光の中でも、変わらずに愛おしいものかどうかという試練だ。
​もし相手が「あの時助けてやったんだから、もういいだろう」と過去に依存してしまったら、二人の関係は「あの時だけ」の思い出で止まってしまう。結局、正論通りの決断なんて誰にもできなくて、私たちはいつだって不完全な状態で、その時々の精一杯の選択をしていくしかない。
​嵐が去った後に残るものが、感謝という名の義務感なのか、それとも新しく育つ信頼なのか。正解なんてどこにもなくて、ただ、なるようにしかならない日々の積み重ねが、いつか「これで良かったのだ」という答えになっていくのかもしれない。


非表示 11:52

今からケーキを買いに行くためだけに電車に乗ってサクッと帰ってくる予定。
でも、その電車が止まってるというね⋯


非表示 10:36

テーブルのうえってどんどんモノ増えてくけどなんか呪われてるんですかね?卓上いっぱいになったからテーブル増やしたら2つの卓上がいっぱいになりました
ペット放し飼いだからあるく所はちゃんとあるんだけど、上が…

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