静かな場所が静かじゃなくなるとガッカリしてしまう。
そういう種類の人って、なんかこうアレだよね?なんかアレなんですよ。うん。
結局は別の場所から山登りしてるのに、散歩してるだけだと思ってる人の散歩トークはキツイのです。
英検1級取ったけどまだ自信が持てない
って言われたけど、うん。で、どう答えて欲しいのかな?
と、思う。
まだマウントの方が救いがあって、スルーすればいい。
でも、本気でこう言ってるからなぁ。
英語は道具。
これを腹落ちさせない限り、立ち止まれないエンドレスマラソン。
辛いよね。
私もずーーっと同じこと思ってた。
英検1級、TOEIC満点、海外在住歴うん10年…そんな人たちがいる場所に間違って紛れ込んで、英語コンプレックスに苦しんできたからわかる。
そんな人らに「英語は道具」と言われても「はぁ?!」となるよねw
でも、ほんまそれ。
自分から見たら殿上人に見える人たちだって、コンプレックスと戦ってきたし、未だに本気で「ネイティブには敵わない」つってる。
キリがないんだよ。
英語を使って何をするか?
英語を使って「私は」何ができるか?
そこにフォーカスして、そっちの精度を高めていけばいい。
それに必要なだけの英語力を維持できればいい。
きっと話しても伝わらないよね。
自分で気づくしかない。
色んな人に相談してるけど、時間の無駄。
英語を自分の価値にしちゃダメなんだよな…。
自戒を込めて。
家電設置してもらうために業者にきてもらったけど、もう眠くてついに寝てしまっていた⋯
最近、こういうタイプの油断をよくしてしまう。
結果としての均等性だけに囚われ、個人のニーズを無視した平等主義にはいささか疑問を覚える。
例えば、全員にトマトを5個ずつ均等に分配するというルールがあったとする。トマトが嫌いな私にとって、その分配は恩恵ではなくただの負担でしかない。そこで私が「0個」を選択したとしても、それを不平等だとは全く思わないし、むしろその辞退を認めてもらう方がよほど合理的だ。
しかし現実には、形式的な平等を守るために選択の余地なく押し付けられるケースが多すぎる。求めているのは、数値化できる表面的な平等ではなく、個々の違いを前提とした不可視の公平性だ。トマトを辞退したからといって、その等価物(例えば現金)を要求するつもりもない。自分の意思でじゃがいもを5個買い、それで自ら帳尻を合わせられるような、そんな多様性を前提とした社会のなかで生きていきたい。
欲しいものは、私が欲しいと言ったときにくれるのが一番嬉しいです。
そういうことをいつも考えてます。
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冗談だよ〜
と言って、ひどいことたくさん言われてきたなー
あれは毒の親。
うちの親っていじめとかしてたタイプだと思う。
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こんな季節にマフラーを買いました。
今日それが届きます。
色々割引でお得だった。
本格的な夏はまだだけど、暑いより寒いほうがマシなので早くマフラー使いたいです。
ある元友人のSNSを観察用として何年も見ているけど、見る度に嫌いになっていくことに変な言い方だけど、安心するんですよね。
表面上はいい事を言っていたとしても、全然好きに戻らない。
いい事を言うために周りを圧迫していたり、我慢させていることがあるんだろうなと想像出来るから。
露骨に嫌な人よりも、露骨じゃないけど嫌な人のほうがよっぽと強敵でモヤッとするなとこの人を観察していて思えるのです。
〘いい大人だし、ガチガチに厳しいのはシンプルに疲れる。でも、やるべきことはサボらずきっちり片付ける主義。目指すは、サボり魔にはならず、かといって無理もしない『持続可能な面倒臭がり』。これくらいのいい塩梅で、ゆるりと生きていきたい。〙
7年前の自分はこんなようなことを言ってたみたい。
やるべきことはサボらずなんて言ってるけど、やるべきことって総じて面倒なんだよなーと昔の自分にツッコミを。
持続可能な面倒臭がりをこれからも目指すのは同意。
会話は投資みたいだなと。
ハイリスクハイリターンな会話はうまくいけば利益になるけど、
元本割ればかりしてるような気がする。