眠いけど誰かに家にいると寝られない
花粉も飛んでるし、夏は暑いし、外に出る期間が少すぎるんですよね。
だからといってネットで買い物するからお金を使わないわけではない
3月に入ったからというわけじゃないけど色々節目なので、これからの指針みたいなのを語って行きたいと思います。
これからも油断はしないで生きていきたい。これがものすごっく難しいって感じるんですよ。ずっと気持ちを張り詰めていくのは困難。でも、そうしないと傷つくのは自分だから。人間関係も家族とその他僅かな友達しかないくらいだけど、だからこそ油断しないというか。今残っている関係は精鋭されたものだから、これ以上知られなくともいいかな?知ろうとしなくてもいいよね?という気持ちを前面に出して自分を守りたいです。
でも、やっぱり気を張っていると疲れるので、これからもさらに個を強化していきたいなと思います。自分自身への油断はめちゃくちゃさせてあげたいです。自分のことは自分でしかどうにかならんけれど、それって簡単なようで、これも難しいんですよね。
好きなことを考えていいし、やりたくないことは極力やらなくていいし、やりたいことがあるならやっていい。自身を甘やかすことはこれからも一生やっていきます。周りからみたら、それ、もうやってるじゃん?と思われるかもしれないけど、まだまだ自分的には足りないんだよー思うのです。
毎日、甘やかす。
ご飯を作って自宅に招き合う関係は疲れそうです。
でも楽しそうにしてる。
そういうのが楽しいと思える性格ならよかったのかも
昨日飲み会で、たのしかった。
今日とても虚しい。
ずっと気になっている人がいて、いつまで飲みに行けるかな。と憂鬱、不安になってきた。
ただの飲み友達だけど、いつ離れるかわからない。
誘ったり誘われたりがなくなるのがさみしくてこわい。
そんなことを想像してもどうしようもないし、この執着を手放したい。
起こるかわからないことに不安になること。
気になる人を気にすること。
そういう執着を手放す。
いつか家を買う時は、キッチンはガスでと思っていたけど
IHのコンロで、ガラス?のやかんでお湯を沸かす写真を見て、いいなあ、IHも悪くないなあとなって影響されやすいな自分とか思う
まあ持ち家に住めるかわからんけど夢を見るのは悪くない
「私は悪くない!」ってばかり言うと精神年齢低いのか⋯
でも、私は悪くない!って主張まではしなくとも、私は悪くない!って感じることばかりなんだよね。
大人になってからの方が、私は悪くない!って主張が多くなった気がする、そうしないと悪者にされちゃうからさー
昨日は頭が痛かった。
毎月のリズム的の中の一部だろうからしょうがないけど、毎月毎月いらんリズムだなーとは思う。
元気な日が本当に少なくて、どこかしら不調を押さえつけて生きているような?そんな感覚になることはあります。
もうそろそろ新たな年齢になるので変に振り返りたくもなるんでしょうか⋯
変わらないけど体調だけは変わっていくだろうし、それに付随してメンタルも変わっていくのかもしれません。
精神的な進化も退化も体調に左右されてるよなーと感じます。
なんか色々と不調というか、みなぎる気力みたいなのが最近ないなと思ったら、年齢が7の倍数に当てはまってる。
楽しいことも無理矢理に組み込まないと何もしたくない
中途半端に自立させようとすると失敗するような気がする。
実家に住んでいるのに洗濯物をやらせるとか。料理をつくらせるとか。もちろん、出来る範囲で家族の一員としてやっていくことは大事なんですが、同じ家に住みながら1つの世帯のような自立を求められるとうまくいかないよね。
友達の子どもが寮に入って洗濯もなど自分でやるようになって、家事の細かいことを自分で学んでるみたいで、自立の過程ってこういうことだよねと感じたんですよね。
寮だから全部自分のペースとはいかなくとも、自分で今までやってもらっていたことに自分で触れていくって大事だなと。
自分のことを思い出すと、実家にいたころは中途半端に自立をさせようとしていた空気感があって、何かやると失敗したり、わからなかったりすると、それをあげつらわれて心が疲弊したりあったなと。失敗してもわからなくても、そこに自分だけの気持ちで向きあって解決していくことが経験値になって、力となり知識となるのかなと。
実家でもそれ、出来るじゃん?と思う方もいるかもしれないけど、それが一番難しい。誰かの家事のペースに合わせながら自立していく、させていくって大変ですよ。親という立場なら、子どもに教えていくことは大事だとも思いますが、日常を敢えて教えるって簡単なような難しい。だから母はよく私に「私は教えてもらったことない、男の子たち(私の下のきょうだい)には教えたことないとか言いたくなるのかなと。まあ、私の母の場合は本人の人格の問題もかなりありますが、こんなにわかりやすくなくとも衝突ってやっぱりおきますよね。どうしても。
だから、本当の意味で自立させるなら自宅から出したほうが一番効率が良くて、平和だと思う。ある程度子どもも大きくなったらお互いの目が触れないほうが成長出来るって最近よく感じます。自分のときみたいにはならないようにとりあえず意識はしてますが、実家にいる旨味みたいのはないのに、親の目線があるって一番ツライですよね。
コミュニティには、必ず「賞味期限」のようなものがある。昨日まであんなに馴染んでいた空間が、ある日突然、異物のように自分を弾き出す。そんな時、私は迷わずそこを去ることにしている。
世の中には、誰かを「調子に乗っている」と決めつけ、標的を探すことに腐心する人々がいる。悲劇のヒロインのように「美しすぎて嫉妬される」なんて華やかな理由じゃない。現実はもっと泥臭く、残酷だ。「こいつなら反撃しないだろう」「消えても誰も困らないだろう」という、加害者側の身勝手な計算によって、私はターゲットに選ばれる。排除される側のプロとして、その冷徹な視線には嫌というほど敏感になってしまった。