2026.05.07Thu
非表示 07:49

現代人はみんな傷つきやすいとか言われますが、その中には傷つきたがっている人もいて、そしてきちんと傷ついて、その傷を見せてくる人も随分いるんじゃないかな?と考えたりしました。
私も傷つきたがっていないか、それは振り返りたいなと思います。


非表示 05:58

綿矢りさの「嫌いなら呼ぶなよ」を読んで
同タイトルの短編小説集の中にある、この話です。

今回読んだ小説は妻の友達の自宅に呼ばれて、妻の友達とその配偶者たちという家族ぐるみで自分のしでかした悪事、つまり不倫をホームパーティーという場所で家族ぐるみで弾圧されるという展開でした。
男性側の視点で妻の友達との付き合いを心の中では嫌がっているというのがまず新鮮でした。まあ、性別問わず苦手な状況、人っているもんだからなと考えると普通か。ある意味無理して来てるのに、突然、裁判が始まると。
この男性が悪いんですけど、やってることは全然共感出来ないですけど、誰も味方がいない状況、全員が妻側の人間で、しかもただのホームパーティーに付き合って来ただけなのに、唐突に始まる裁判⋯実際の裁判のほうが自分側にも弁護士もいて、日時も決まっていて、マシなんじゃないかと思われるほどでした。
不倫とか全然共感出来ないのに、この状況のせいで男性側の視点になっちゃうのが面白かったです。
やっぱり、配偶者や恋人の友達って、自分の友達じゃないよなーと。配偶者の友達に会う状況って、小説やドラマでよく出てくると思うんだけど、ぴったりハマらないパスルのような状態になるから物語として成立するんだろうなと。
長所も短所も繋がっているから、短所を直したら長所も自然と無くなるみたいな表現も、自分もそれは常に思っていることで、バランスの取り方が難しいなと感じている部分のひとつですね。だから不倫を止めたら今までの自分の良さも消える⋯そんなところかもしれません。
タイトル通り、「嫌いなら呼ぶなよ」なんですよね。大人になると嫌われてる、または好かれていないのに呼ばれてお互いに疲弊するってやっぱりあるんですよね。それなら仲間外れのほうがマシ、子どもがよくやる仲間外れのほうがわかりやすくて良いなんて思う感情も共感出来てしまった。
共感出来てしまった⋯なんて書かなきゃならないのは、やっぱり不倫してるし、ちょっとナルシストで自己愛が半端ないし、共感すると自分もそっち側の人間と思われてしまう?という不安から、そんな書き方になってしまう。表面に出ている悪事は共感出来ないけど、その内面は共感出来てしまったり、人間は難しいですよね。とりあえず嫌いなら呼ばないでって私も思う。そういうお呼ばれがないのが平和かも。

2026.05.06Wed

人間は

非表示 16:26

楽しいのに、物凄く孤独になる。何しても満たされない気持ちになります。宇宙のど真ん中で迷子の気分。昔から。みんな、楽しいのかな?人間は完全体ではないから、これが正しいのかもしれないけれど明らかにみんなと自分は別次元にいる感じである。みんなが楽しめていることが楽しめない。みんなが当たり前に思うことが私には出来ないそんな時に物凄く孤独になる。みんながキラキラしてみえて「ああ、私はあなたになれない」と決定的になる。二年ぐらい前に出てたaikoの歌詞なんだがそればかり頭になり響く。「別にそれでいいんだけど。」ってまた私は悪態ついて生意気なこと言い、なんでもない自分演じるが、本当は気分下がり、なんでもない自分に嫌気が差す。


非表示 16:22

「私には言われたくない」と、相手の心の中で一線を引かれてしまっているのを感じる瞬間は、胸の奥がツンと痛むような、言葉にできない寂しさがありますよね。
​良かれと思ってかけた言葉や、ほんの少しの関わりが、相手の壁に弾き返されてしまったような感覚。そんなとき、自分の存在そのものを否定されたかのように感じて、ふっと悲しみが押し寄せてくるのは当然のことだと思います。
​でも、そうした痛みを感じるからこそ、「もっと自分を大切にしよう」と、意識のベクトルを自分自身に向けてあげることが何よりも大切です。他人の反応や心の境界線はコントロールできませんが、自分の心に寄り添い、優しく労わってあげることは、いつでも自分自身にしかできない特権だからです。
​他人の言葉や態度に振り回されて擦り切れてしまう前に、まずは自分という一番の理解者をしっかりと抱きしめて、慈しんでいきたいと改めて強く実感します。


非表示 16:04

ドトールのレジ横のスイートポテト、初めて食べたけど美味しい〜
常温販売タイプだけど、賞味期限が明日までなんだー
買いだめは出来ない


非表示 10:10

やって来たオーブントースターでパン焼いたら美味しくて、最近は毎朝パン食になってる。
グラファイトヒーターってのはすごいね、パンがすごく美味しく感じる。
トーストと共に目玉焼き作りたくて、100均でオーブントースター用目玉焼きパン買ってみたらこれも調子良くて、更にパンライフが楽しくなった。
100均のパンはすぐにくっつくようになったから、いいやつに買い換え予定。
そのうち自分でパンも焼いてみたくなった。今流行りのこねない系ならいけるかな?
実は以前にパン焼き機を持ってたんだけど、うちの家族そんなにパン好きじゃなくて使わなくなったから手放したんだよね。
それが今は毎日美味しいと食パン食べてるのみたら、パンがそんなに好きじゃなかった訳ではなく、食パンの焼き方?が合ってなかったって事なのか。


非表示 05:59

ああ、そろそろソロでゴロゴロしたいなーと思ってきました。
自分がルールなので、他人の目がシンドいです。
最近言われる、誰も傷つけない笑いってなんだって思います。最初からそんなのあたりまえじゃないか。明らかに貶すとかじゃなくても、勝手に傷ついてる人種もいるにはいると思う。
誰も傷つけないためにひとりでいたい


非表示 05:48

人を不快にさせないのがマナーとも思うけど、マナーだルールだとうるさすぎるのもマナー違反だとも思うんですよね。
その線引きが難しいんですけど、少しでも枠からはずれたら、育ちが知れるとか、教養がないとか、人をすぐぶった切りすぎじゃないですかね。
自分でいうのも変だけど、許容範囲はかなり広いタイプなんだと思う。だから、他ではカチカチに決まってることでも、そんなのどうでも良くないか?とすぐ思える。だからこそ、ルールやマナーをあまり守らない人みたいに思われちゃって、そこを突かれて攻撃されることも多い。
知っていたけど間違えたーというときも変な目で見られるし、疲れる。知らなかったとしても、そこまで鬼の首をとってさわぐことじゃねえですよね?と思うこともしばしはですよ。
はっきりいうと人間なんて自分が決めたことがマナーだし、ルールですから。この言葉をどう受け取られるかヒヤヒヤしますけど、私がルールだ!!

2026.05.05Tue
非表示 22:52

連休中に実家に帰った。父の墓参りに行ったこと以外は、特にいつもと変わらない過ごし方をした。

何事も無ければいつも年に2回、ゴールデンウィークと年末に実家に帰るのだが、母も弟ももう1回くらいは帰って来て欲しそうだった。

その理由というのも、仲がそれ程良かった訳ではないが、父という話し相手が減ったこともあって、母がボケるのではないかという心配からのようだ。

本当は言いたいこともあるけど、何も言わずに話を聞いた。

歳を取ると、新しく何かをするとか何かを変えるというのは、若い頃よりもエネルギーや勇気のいることだけど、どんどん世界を狭めてしまうのは良くないなと思う。

自分も歳を取るとそうなってしまうのだろうか。


非表示 05:45

またベランダの鍵がしてなかった。
鍵をしていないだけで、音も聞こえるし風も入ってくる。
でも、注意したら途端に私の普段いたらないところを指摘されたりして疲れるから、どうしようかな。

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