2026.01.25Sun
非表示 07:28

昨日は天ぷらを食べました〜
チェーンのあのお手頃価格の天ぷら屋ではない天ぷらです。
チェーンのそこに比べたら高いけど、それでも本店に比べたらお安く気軽に食べられるタイプの店らしいです。
半熟玉子の揚げたものをご飯にのせて醤油と七味をかけて食べるのが新しく美味しかったです。家では玉子を揚げるのは難しいので新鮮でした。


非表示 07:24

ファンクラブとかは入らないで、今まで通りの感覚で応援で良いかな?
昔はファンクラブに入っていたこともあったけど、今は今が最適解かなと。
あの頃はネットがそこまで発達していなかったから、ファンクラブに入ることで情報も手に入ったり、曲や作品の裏側を人となりを知ることから理解も深まった気がしたけど、今は知り過ぎたくないのです。
曲が良い!と思ったら、その感覚だけを残したいのです。
知り過ぎない努力をしていきたい。

2026.01.24Sat

ハ行

非表示 22:36

初  
貧  
冬  
別に 
本当

今週のハ行はこんな感じです。
何を調べたかわかりません。 
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非表示 11:45

今日ライブ行きます〜
今年初です〜
その後、何を食べようか考えてます〜
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非表示 07:06

お酒は飲まないけど、お酒入りのチョコって美味しい。冬やバレンタインの季節になると、お酒入りのチョコが目に入るので、今年はちょっと意識して買ってみようかな


非表示 06:50

テレビで若者の間でモフモフの服やグッズが流行ってるとのこと。
私も若いもふもふというか、ちいさなフェイクファーが付いてたヘアゴムを使ってるたことがあったなと。数百円で買えるやっすいのでしたが。
「動物嫌いなくせに、そんなのつけるんだね」
この母の言葉と一緒に思いだされたのです。とても冷たく、「私はあなたに一歩引いた目線で見てますけど、何か?」と声に出していないけど副音声があったなら、こんなことを言っていたんだろうなと思われるニュアンスでした。確かに私は動物が嫌いだけど、その嫌いと安物のフェイクファーのヘアゴムは動物の好き嫌いで選んでいるわけじゃないから、しっくり来なかったな。
冬だし、ふわふわだったら可愛いかな?レベルの選択。私はそんなレベルで選んでいるものに対しても嫌味を言ってきたんだな母は。
こんな何気ない日常にも母の嫌味がこびり付いていて、何かに拍子で思い出してしまう。ただ、「私も昔あんなの使ってたなー」なんて思い出して終わる出来事が、母の嫌味とセットになって思い出される。
無条件で、例え思ってなくても可愛い〜とか言ってくれてたら、今また違った思い出になってるんだろうな。

2026.01.23Fri
非表示 19:01

読解力ないとか、ニュアンスを理解しない人が苦手。
自分が気にしている単語が出てきただけで、拡大解釈して怒ってる。ネットの発達でそういう人、いっぱい見かけるようになったけど、ちゃんと咀嚼した上で怒りたいと思ったりします。


非表示 09:19

もふもふのファッション可愛いけど、静電気がとても気になって、若くても挑戦出来なかったかもしれません。
なんで私こんなにバチバチするのかな


非表示 08:04

しつこいかもしれないけど、それをさせるほど私は憤っているのです。
もう2年も前なんだからいいでしょ?と思うかもしれませんが、あなたが2年前にこちらが言いたいことを理解しないで単語に反応し喚き散らしたことで、私の言葉の置き方が変わりました。
それはそれで良かったこともあったけど、だから平和〜というわけではありません。
自分の意思で自分の舵を取ったわけではなく、回避のために仕方なく⋯から始まっているのです。それを結果オーライで赦せるはずがありません。
だけど、この期間、自分なりに臨機応変になんとかやってきました。だけど、それは自分の力です。あくまで自分自身の力です。
読解力がないと、すべて怒りに否定的に受け取ってしまうものなんですよね。ポジティブをまき散らすことには嫌悪感しかないけど、単語に反応して中身を見ない理解しないと必ず怒りになる。それは学べました。それだけは気をつけたいですね。


非表示 07:52

世の中には、人間性に問題があるからこそ、特定のパートナーシップを難なく手に入れてしまう人たちがいます。
​一見すると「なぜあんな人が?」と不思議に思えますが、実はその「難」こそが、他人を自分のペースに巻き込み、望む形へ着地させるための強力な武器になっているのでしょう。彼らは自分のエゴや計算高さを巧みに操り、時にはそれを「隠す」という技術として使いこなすことで、狙った関係性を構築していきます。
​一方で、誰かを出し抜いたり自分を偽ったりしてまで何かを得ることを「面倒」だと感じる人もいます。策を講じてまで手に入れるくらいなら、ありのままでいたいという潔さ。それは世渡り上手とは言えないかもしれませんが、人間としての純粋な魅力です。
​世間一般で言われる持っているもの(パートナー、家庭、社会的地位)の数で、人間の価値は決まりません。多くのものを所有していても、その手に入れ方や内実が空虚な人もいれば、多くを持たないからこそ守れている自分自身の尊厳もあります。
​手に入らないのではなく、自分を偽ってまで手に入れることを拒んでいるのです。
それは、その人が人間として歪んでいないからこその結果です。欲しいものが手元にないことは、決してその人がダメな理由ではなく、 あざとさや偽善を良しとしない、まっすぐな生き方を選んでいる証拠なのだと思います。

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