家にみんないないときに出かけると損した気になってしまう。せっかくの家での1人時間なのにな〜と。
それでも、あと1時間は1人時間確保かな?
スーパーで買ったクレープとコーヒーが美味しいよ
今も彼が好きだと思う。
そうしてどうか、彼が幸せでありますようにと心から思う。
そこに私の幸せがなくても。
そうかこれが人を好きになって、愛するということだろうか。
強い推し、それが正しい愛のように感じる。
ジンジンジンジンジンジンギョエー
ギャギャギャギャギャギャグォーン
ズンズンズンズンズンズンスピィィ〜
みたいな音が予告なく響いてくる、、
大規模なリフォームって周りの我慢で成り立つんですね。
ハァァァァァー
ずっと雨ですねー
梅雨より梅雨ですねー
でも今年の夏は楽でした
日差しが私を鬱にしますねー
普通の天気がなかなかないですねー
私が今この感情のまま、あの頃を迎えてたらどうしてたんだろうなとは思う。
もう嫌いだからどうでもいいやと思えていたのだろうか。
あの頃、今のような感情には気がついていなかったけど、自分に対してのひどい言動はあの頃もずっと根に張っていて、それが今ずっと嫌いという花を満開にさせているだけなので。
この花が咲かないほうが幸せだったよなーと思う反面、咲いたからこそ前に進めてることも多いのです。
純粋に哀しい寂しいと思えるほうが健全であるべき姿なのはわかってるのですが、あの人に育てられあの環境で大人になった私が健全であるわけないのです。
母がこの夏食欲なくって夏バテかしらね?からの
まさかの肺がんステージ4を言い渡された。え?って。ついこの間まで運転してたりフラダンス行ってたりした人が急に胸水とかたまって、あちこち転移で、こちらが追いつかない。手術不可を言われて、ため息しかでない。まだ置いていかないで。ほんとに。1人になる覚悟がまだできないよ、わたし。
関係性の賞味期限という言葉が思い浮かんだ。
この人となら賞味期限はどれほどだろうか。
期限が切れたあとも続くおいしさ、何かがあるだろうか。
我ながらいい言葉が生まれたように感じる。
誰もいない家、ホッとする。
もうずっと一生、私はこの路線なんだろうなー
まあしゃーないな、これも多様性という括りに入れてもらえるのかな?
猫背とか姿勢悪いのが体にも負担になるのもわかってるし、見た目も姿勢が良いほうが映えるのもわかってる。背すじがピンとしていたほうが、やる気あるように見えるのもわかってる。
でも私の場合、姿勢に気をつければ気をつけるほど姿勢のことしか考えていないのです。だから姿勢をただして人の話をキチンと聞くとか出来ないから全然聞いてない。というか姿勢のことで頭がいっぱいになっちゃうから、それだけで精一杯なんですよね。
だから、背中丸いときのほうが人の話を聞いて、それなりに動ける。丸いのがいい!と言っているわけじゃないですよ。ただ、私にとって猫背がデフォルトなんでそれを正すことと同時に他のことが出来ないだけ。
けっこうこれで損してきたこといっぱいあるんですよね。背中まっすぐと引き換えに人の話が頭に入ってないから、どっちの道を選んでも結局人から疎まれる結末しかない。何かに集中して背中が丸くなると、それはそれで気持ち悪いみたいですし。
だから治そうとする気持ちと半々くらいで、今はなんとかやり過ごしていますね。そうじゃないと自分の人生が背中中心になって負担なのです。
ノートを綺麗に書くことや文字を綺麗に書くことと勉強として頭に知識を入れることも私には両立出来ない。
その他ここに書ききれないほど、細かい同時進行が苦手だなーと思い出しますね。単線でしか運転出来ない電車のようなものなんでしょう。変な例え〜
眠れないんだがー
正式には寝てたのに目が覚めてしまった。
今日の晩御飯が多かった。
まだなんか胃もたれしてる。
少なめの量って結局人によって違うんだよね