立場が違っても仲良く出来るのが本当の友達って聞くけど、立場が違ったから続いてるんだよなーと思う関係もあるんです。
立場が違うから会うタイミングが合うし、お互いの事がわからない部分があるから、そんなものかと受け入れられる。
きっと同じ時間軸で同じ立場になっていたら、続いてないかもなーとふと思ったのです。
在宅勤務のデスク下に、オットマン代わりの座れる収納ボックスを購入。
ちゃんと椅子の高さと揃えたので、値段は少し張ったけど、色と素材も吟味してインテリアの邪魔にならず、かつ、踏み台やサブチェアにもなる優れものを見つけたので満足。
デスク下でふくらはぎ乗せてると、すごい楽。
自宅にソファを置かない分、デスク兼ダイニングの椅子に座る時間が長い。
椅子は足がみj、否、背が低い自分に合わせて低めで、肘置き付きでゆったり座れるいいものを選んだけど、足を下ろしてるとやっぱり怠い。
足がまっすぐ伸ばせると快適。
今までソファの前にデーンと張り出してるオットマンが邪魔だと思ってたけど、すごく納得してしまった。
普通のデスク下に置いてあると、傍目には違和感だろうけど、自宅オフィスなら気にしない。
(たぶん、普通にオフィスで働いてても、こっそりおいてたと思うw)
足を延ばしてくつろぎたいのは、やっぱり畳の上で暮らしてきた日本人のDNAが強いのかな。これからさらに年齢を重ねると、床座より椅子座の方が絶対楽だし、しばらくはこのスタイルでやっていこうと思う。
見栄えより、実用。
瞑想動画で瞑想すると確かに心地いいし、メンタルは安定する。
お気に入りのYoutubeもフォローした。
でもさ、動画が始まって二言目に「静かな空間で、自分の快適な姿勢をとりましょう」っつわれても、静かでない空間で切れかけていて、あと5分で仕事に復帰しなければならない状況下で少しでも落ち着きたくて動画開いたのに、そういわれると、またキレそうになる。
それができないから、しんどいんだよ(怒)
耳栓して仕事できるならしてえよ。
耳栓しても耳をつんざく騒音だけども。
クライアントとオンライン会議、どこでしろってのよ。
結局、あまりの騒音に耐え切れず、クライアントに頭下げて開始時間をずらして、近所のショッピングモールに車走らせた。
駐車場広いし無料だから。
その車内でオンライン会議。
背景はぼかせるからどこでも仕事できる。
快適さはないけど、家の中よりずっとまし。
介護。
辛い。
外で世話してるときも、近所の人が話しかけてくるのがうざすぎる。
悪気ないのは分かる。
でも、私タブレットで遊んでるんじゃない。
外なら犬が静かだから散歩させてる間、外で仕事してる。
車いすが珍しいのは分かるが、話しかけんな!
ほんと嫌だ。
だから田舎は嫌だ。
ほっといてくれ。
車の中、最近暑くて熱中症がこれから怖いけど、心は安定する。
静かな場所がそうそう有ると思うなよ。
家の中が一番うるせんだよ。
1個で4個分というトイレットペーパーが快適なんだよね。
替えるのってメンドクサイんだよね。
詰替え用も出来るだけキャップがついてるのを買って、詰替えないでそのまま使ってる。
コンパクトなのはいいかもしれないけど、それよりも多少大きくても詰替えない作業や新しいのに交換する手間が省けたほうが私は良い。
BUMP OF CHICKENが好きだ。
13才の頃からずっと、自分の心のどこかに彼らの音楽が染みついているように思っています。
BUMPの音楽が大好き。
彼らが音楽を続けてくれていることが、眩しすぎて奇跡みたいに思っている。
藤くんがライブで、一度離れたとしても俺たちの音楽はずっとお前のそばにいると言ってくれたこと、本当に感謝しかない。
人生に迷ったとき、生きる勇気を失いそうなとき、どうしたって辛い夜、そばにいてくれてありがとう。
船に乗りたい、と思う。
公園のボートとかは不安定だからあんまり惹かれないけど、フェリーとか大型客船がいい。
たぶん、ソロ活女子のドラマ見たせいだ。
東京湾のディナークルーズなんて、夜景がきれいでいいだろうな。
すごく素敵だった。
こういうと、家族からは「あんたは合計で半年以上クルーズ船にいたでしょ」と言われる。
ごもっとも。
毎日、ディナー食べてたし(※豪華客船ではない)、日の出日の入りも船の上で眺めてた。
一生分、船に乗ったと思う。
思うけど、未だにフェリーに乗るだけで、ウッキウキになる。
たとえそれが5分ほどの短い乗船であっても、すごくうれしい。
前世は船乗りだったのかな?
神戸から九州の門司港間のフェリー旅も楽しかった。
フェリーなのに露天風呂がデッキにあったりして、すごく贅沢な旅だと思う。
安いし、手軽な夕食も海を見ながら食べれたし。
大寒波の最中出なかったら、ずっとデッキにいたかったし、露天風呂にいたかった。
デッキは突風吹いてたし、露天風呂は頭だけ凍りそうになったから、すぐに退散したけど。
瀬戸内海はあまり揺れないのも◎。
それでも久々の船旅だったからか、少し眠りが浅かった。年取ったからかな。
私が2回乗った某地球一周船が、知らない間に先日、再出港していたらしい。
コロナでかなり大掛かりな返金問題が上がってて、被害者の方は本当に気の毒だと思う反面、自転車操業なあの船の運営事情をうっすら察していたので、今回の船旅がスムーズに終わって、少しでも問題が解決に向かえばいいなと願っている。
それにしても心の中にずっと残ってるあの船は、私のことなんて覚えてもいないだろう。
スタッフや乗客の方も含めて。
寂しいけど、そういうところも含めて、あの船が好きだったんだ。
ありがとね。
どうか無事に
von voyage
カッコつけすぎたw
ほんの少し前、こういう女の子がいた。
好きな人が思い通りの行動をしないと一方的にキレた。
ああそうじゃあね!と捨て台詞をはいて、相手の連絡先を消す。
けれどどんなに愚痴ろうが、結局自分から連絡を取る。
あとから「妄想」するのだ。相手は自分を好きなはずだから、そんな行動はするはずがない、だから「そう」見えただけで実は違うのかもしれない。そうして答えを見繕っては自分が悪かったと謝る、その繰り返し。当然、相手は振り回される。
当時わたしは、その行動を否定しなかった。
否定しない友達でいてみようとしてたから。
でもキレる根本に彼女自身が気づいてなくて、ストレスだった。
話を聞くたびに、私には彼女がこう見えた。
「彼を愛している以上に、自分自身が尊く愛されるべきものだと強く信じている」
だからちゃんと話も聞こうとせずにまずキレる。
精神的に成熟していれば、すぐキレていなくなったりなどしない。
そもそも消える理由も「お前が愛しているこのワタクシが、オマエの不祥事のせいで不快を被った。だからオマエへのペナルティとして、ワタクシは消える。愛している者が消える苦しみを味わえ」という相手への断罪なのだ。一方的な刑執行。相手を断罪してはいけない、というのが彼女の口癖ではあったので、矛盾している行動を毎回見せられていた私の心は推し量っていただきたい。
なんでこんなこと書きしたためたかというと。
私も一方的にキレられて、彼女が目の前から消えたからだ。
そのあと彼女はTwitterで信じた自分が馬鹿だった、みたいなことをツイートしていたが、彼女が信じていたのは私ではなく、自分が愛されるべき存在である、という部分だ。
だからその行動と逆に見える行動を私がしたことが、どうにも許せなかったのだろう。
バカバカしい。
結論としては、キレる前に、自分が愛されるべき存在であるかどうかを、疑え、ということだ。
自分が愛されない存在である部分を、もっとみんな考えたほうがいいと思う。
心の浮気されてからもう10年くらい経ちますか。
あの頃の出来事があったから、今の私がある!というとありがちで綺麗事で自分で言っててもちょっとキモチワルイんですけど、まあそんなカンジです。
自分で言うと途端に嘘臭くなる言葉の上位だと思うんですけど、私、謙虚だったんですよー。謙虚ってイメージだと控え目とか大人しいってのとセットだと思うんですが、露骨な控え目さもないし大人しさもないタイプの謙虚なタイプ。もう自分で言ってる時点で謙虚じゃない!とお叱りを受けそうですが、今だけはそういうことにしてください。(10年ほど前は自分が謙虚だなんてこれっぽっちも思ってなかったんですよ?本当です!)
その謙虚なところに付け込まれて、けっこうやりたい放題言われ放題だったところがあると思うんですよね。でも相手にとって私は謙虚じゃないタイプの人間だから何を言ってもやってもいいという感覚があったんだと思いますよ。
だからこそ、心の浮気をされたときもきっとアタリがキツかったんだと思います。浮気されてるならせめて優しくされたかったーと思うんですが、それって幻なんですよね。だいたい他に心が移ってるのに違うほうに優しくなんか出来ませんよね。
そんなこんなで、明るい謙虚をやめました。何がどう繋がってるか意味不明の文章ですけどね。どうせやるならいかにも私は謙虚です!っての存分に出せるエセ謙虚のほうがラクなんです。
謙虚に見えないけど謙虚な人もいるし、謙虚に見えるけどぜんぜん違う人ってやっぱりいます。
色々あると“それっぽい”ことを出したり見せたりするのを上手くなりますよね。キレイっぽいこと、説教っぽいこと、優しさっぽいこと‥色々なそれっぽいを出せるようになってそうな自分が嫌だなとも思うし、良いなとも思う変な感覚です。でも、それでOKだと思うのです。でも、色っぽいのは無理。
今日、割と張り切って仕事に出かけたら、シフト間違ってた上に閉所だった。
閉所でよかった。シフト間違えて出勤したら恥ずかしい思いをするとこだった。(完全シフト制なので、シフト表の上下を見間違えることがままある)
それにしても、おっちょこちょいというか、ウッカリというか、この「おかしい、ちゃんと見たつもりなのに全く間違えてた!」癖には辟易する。ダシャレじゃなく。
気をつけよう、ちゃんとしようとすればするほどドツボにハマりがち。
誰かに「ちゃんと見れば分かるじゃん、できないって意味わからない」って言われた事あるけど、自分でもそう思う。
ホントなぜ出来ないのか。悲しくなる。
けどまあ、とりあえず仕事ないのかと、諦めてた買い物に出かけた。いつも行かない店に行ったりもして概ね楽しかった。
インテリアをにわかに猛勉強して、自分の部屋を一気に変えた。
子供のころから家が居心地悪くて、部屋に愛着がなかったけど、インテリアは好きなんだよね。
頭の中で理想の部屋を想像するのは好きだった。
でも、自分の部屋で再現することは諦めてたのだ。
でも、ふと、やってみようと決意したら、夢中になった。
築60年の自宅は古くてボロボロで暗い純和風な家。
かといって、和風なインテリアにする気はなくて、無理やり白で統一した洋風寄りのインテリアを目指した。
黄ばみやシミがついた襖と引き戸を、それぞれ布で巻いたり、ペンキでペイント。
セリアで見つけたウォールフラワーが素敵だったので、白くペイントした引き戸に張り付け。
父の形見である古い一眼レフカメラを、オブジェの代わりに飾ってるのが私の部屋オリジナル。
スッキリしたシンプルな部屋が好きで、最初はモノトーンでクールにまとめるはずが、蓋を開けてみれば、ピンクの造花やレースのカーテン、コットンボールのリースライトなど、ファンシー寄りに振れたのには自分が驚いた。
甘さを引き締めるために配置したのが黒の家具。
フロアスタンドや武骨な一眼レフもクールさに一役買ってる。
必要以上にロマンティックにするつもりはないけど、シンプルなだけだと寂しすぎて、ちょっとデコレーションしたら、思いがけずガーリーな部屋になってうろたえる私はアラフォー。
自分てこういうのが好きだったんだな。
インスタや動画でルームツアーをするほどお洒落な部屋ではないけども、自分でDIYしたり、好きなものを選んでそろえた分、愛着がひとしお。
自分の部屋の居心地が過去最高によくなった。
大嫌いだった砂壁の和室でも、素敵にインテリアをコーディネートしている人たちをネットで見て、すごく刺激されたし、そこから本や動画でにわかに猛勉強したのが良かった。
家の満足度が高まると、毎日の生活の質が上がる。
特に完全リモートな私にとって、家の居心地=仕事のパフォーマンスにつながるから、疎かにできない。
部屋にいてうれしいと思うなんて、この40年ほど、ほぼなかった。
自己満でも、素敵な部屋にできてうれしい。