2023.09.14Thu
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超めんどくさい法人クライアントさんと思ってた人の態度が、急に軟化した。
だいぶ理不尽なクレームが入り、双方の会社に間に入ってもらってその場を収めたけど、よっぽど相手の会社から叱られたのか、すこぶる大人しくなったし、真摯に課題に取り組んでいただけるようになった。

やればやるだけ成果は出るもので、この数週間の伸びは明らかで、素直に関心して、ストレートに褒めてたら、相談までされてビックリした。
(え、あんた、最初あんなに私のこと舐めてたのに?)
と、思いつつ、仕事だし、真面目に取り組む人に私は甘い。
喜んで相談に乗ったけど。

人間関係ってホント不思議。
私自身の接し方は最初からほぼ変えていないのに、ズレていた歯車が何かのきっかけで嚙み合うと急に回り始める。

前も、この人は無理!と思ったクライアントさんが、1年以上継続して契約してくれ、最後は泣く泣く卒業されていったパターンがあった。
彼女の場合も急にコロッと変わったし。

とはいえ、この人無理、と思ったらたいてい、消えるし、消えるように仕向ける技術も最近は習得したけど、冒頭のクライアントさんは法人だったので、それができず正直かなり困ってたから、会社が間に入ってくれてよかった。
それで変わるとは期待しておらず、きっと担当交代だろうと思ってたけど、いったいあちらに何があったのか。
私はただ、理不尽なクレームの裏にあった事実を会社に伝えただけなんだけどな。

個人でやった方が儲かるのに、とよく言われるけど、集客の苦労とクレーム対策を考えるとやっぱり会社がいいなと思う。
まぁ、もうちょっと給与挙がってもいいと思うんだけどねー。


非表示 15:20

趣味が多い弟は、趣味仲間が多い。
だから、姉の私に趣味を作れというのかもしれない。

私の趣味は旅行と読書。
趣味というほどでなくても、ポッドキャスト、ウォーキング、猫、ドラマ鑑賞などもある。
あとは、その時々で興味を持ったらすぐに飛びこむ行動力もある。

ただし、友達がいない。
人とのしがらみが苦痛すぎて、仕事も在宅ワークを選んだほど。
私自身はとても幸せなのだけど、さすがにちょっとまずいかな、とは薄々思ってはいる。

上記に挙げた趣味他は、すべて一人でできるもの。
一時期、スポーツサークルに入って熱中したこともあったけど、人間関係が面倒になって辞めた。
もう、一生、テニスの壁打ちでもしとけばいいのかもしれない。

興味を持ったら飛び込む行動力は、自分の好きな特性の一つだけども、持続性はない。
やってみたらハマった、ということは基本ない。
いつも飛び込むときは、これが新しい趣味になるかも、と期待するけど、その体験一度で十分満足してしまう。

好きなドラマも相棒だったり、ミステリと言う勿れだったり、なんだかんだ、主人公が孤高の人であることが多いな。(右京さんには相棒がいるけども)

保護猫ボランティアにはずっと興味があるのだけど、どうしても二の足を踏むのは、人間関係があるから。
単発で体験させてもらったとしても、きっとその後を期待される。
継続ボランティアでなければ意味がないのも分かるし、気持ちはある。
ただ、人間がぁぁぁ…。
(保護活動される方って結構癖が強めなイメージあるよね)
せめてお金と物資を余力がある時に匿名で送付するのが精いっぱい。
お金より時間のほうが余裕あるのにね。

最近、ほんと対面で人と話してないからまずいな、と思うことがある。
オンラインでは常時30人くらいのクライアントさんの対応をしてるので、喋り筋は問題ないんだけど、人の顔見て話さないから、ますます人の目を見て話せなくなった。
この仕事に就くまでは10年以上接客業だったのに治らなかったよね。

居場所はある。
でも、社交場がないのが問題。
特に不便は感じてないけど、世間的にどうかな、とか思っちゃうの。

単発バイトで外に出て接客バイトをすることで、人間社会とのつながりを持とうとはしてるんだけどね。
あと腐れなくその場限りの付き合いと割り切れるのがすごく心地よい。

私、人間として問題あるのかなぁ。


非表示 05:50

ちょっと油断してエアコンのタイマーをいつもより短く設定したら暑くて起きてしまった。
今日は買い出しに行かないとさすがにマズイな。野菜が玉ねぎしかない。
でも出かけると何故か不必要なものばかりを買ってしまうんだよね。まだまだ暑いしさすがに気持ちも沈みますね。今日の晩御飯は何にしようかな

2023.09.13Wed

帝王切開で産まれた私の話

非表示 09:19

帝王切開と自然分娩どっちが大変かみたいな話題目にすることないですか?どっちでも大変なことはわかってますし比べる問題じゃないですよね。しかしたまに、この時代にまだ帝王切開は楽だって言ってる人もいるようなのですが、普通に切るわけだから大変ですよね。
でも、今日の話題は産まれた側の話をしたいと思います。お腹切ってまで産まれて来れたとか、長子なので産道を作ってあげてないから下の子が産まれるときに時間がかかったとか言われてきたんですけど…正直、知らんがななんですよね…冷たいですよね。でも知らんがなです。イマドキな言い方すると、帝王切開で産まれたハラスメントなんじゃないですかね?
お産は痛みを体験してこそみたいな価値観、随分減りましたが実は産婦側だけじゃなくて、赤ちゃん側にも言いたい人ってやっぱりいますよね?狭い産道を通って大変な思いをして産まれてきてこそみたいな感じ。だから下の子のために産道作ってあげなかったとか、母の腹を切らせて楽に産まれてきたみたいに言いたくなるんだろうな思います。
だからなんなんだよ、この話。だとは思うんですが、私のために色々大変な思いをしてくれたってことは理解するんですが、帝王切開で産まれた子ども側に変な重みをかけられた人の話ってあまり聞かないからここでこっそり投稿してみました。私、もう20歳2回分くらいの年齢なんですがね。たまにそんなハラスメントを私が産まれた時を知ってる人から受けることがあるので…たぶん私だけだと思いますし、私だけで充分です。たぶん自然分娩で産まれても私は今の私だったと思います。

2023.09.12Tue
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今振り返ると、働きたくないというのは社会に出たくない、人の輪の中で行きたくない。この世が嫌いだと言ってたのと同意語で、
料理したくない、食べたくないってのは人様の生命を糧に生きる自信も自分の覚悟もなく生きること、生き続けることに反発していて

それでも生きるためには食べなくてはいけなくて、タヒぬわけにもいかなくて
そうなると覚悟を持って生きる以外道がなくて、どんなに辛かろうが嫌だろうが、最後には終わるのだから生きるしかないのだ。


非表示 05:56

「知っていたら行ったのに」と言う人は、知ってても行かない人。っていうのをどこかで見たけど、このセリフを言う8割くらいの人は確かに知ってても行かないと思います。
行きたきゃ自分で情報をガンガン掴みに行くものだと思いますし、知らないってことはそこまでの情熱はないということですもんね。
「知っていたら行ったのに」と言う人は開催前に知っても「もっと早く知れたら行けたのに」か「(先過ぎて予定わからないから)もっと後になったら行けたかどうかわかったのに」みたいなことを延々と言い続けてるような気がします。
どんなことでも、行けない理由が先に来るときはたぶんそんなに行きたくないですよね。だからといってその対象物が嫌いというわけじゃないのもわかってます。ただ行くほどではないんですよね。行くほどまで好きじゃないけど、わざわざ時間やお金を使って行く人と同等のレベルにいたいから「知っていたら行ったのに」という言葉が出るのかもしれません。
わざわざ行く時間を作るほどの好きじゃなくてもいいと思います。ただそれを上回る好きを演出するから変な反感やモヤモヤを感じる人が出でくるのだと思います。
自分は何かに対してこれくらいの熱量かな?って自身で把握してそれを受け入れることは大事なのかもしれません。

2023.09.11Mon
非表示 21:19

今日は9月11日。
私はちょうどその日、ロンドンにいて、何も知らずに地下鉄乗って学校に行ってたのだけど、駅でアナウンスがあった瞬間、その場にいる人の顔色がサッと変わったのが分かった。
英語のアナウンスを聞き取れるほどの語学力はなかったので、私だけポカンとして周りを見渡すばかりだった。

たった2週間の短期留学の機会に、私はアメリカに行きたいと主張したのに、アメリカは危ないから!と母に止められて、まだ安全(そう)なイギリスに行くことになったのだ。
今思えば、あの程度の語学力で、たった一人、あこがれだったニューヨークにあの日いたら、私、いろんな意味で危なかったろうな、と思う。

帰国後、当時ニューヨークに滞在していた同級生が、その時の話を授業で発表してくれた。
知り合いがあのビルに勤めていて、ちょうど前日にビルを案内してもらっていたという話を聞いてゾッとしたし、せっかくの滞在もあの時の混乱でほとんど何もできず恐怖でいっぱいだったと知って、のんきにロンドン滞在を楽しんだ私は申し訳なく思った。

幸い、お知り合いの方たちはみんな無事に逃げられたという。
早く日本に帰りたかったけど、なかなか帰国できなかったとも聞いた。
どれだけの混乱があったのか。

一方の私、同じクラスの韓国人留学生が英語でアメリカの事件について説明してくれたけど、半分くらいしか理解できず、予定通り帰国して、関空から地元の駅までの終電を逃して野宿するかどうかで滅茶苦茶焦っていた。
幸い、関西在住の母の友人が泊めてくださって事なきを得て、そこで初めて日本の新聞を読みすべてを理解した。

どおりで帰国したと連絡した友人から「良く帰ってこれたね!」と変なテンションでメールがあったと思った。
母の友人にも空港はどんなだったかとか色々聞かれたけど、確かに帰りのほうがセキュリティが厳しかったかな、と思ったくらい。
無知って怖いよね。

9月11日が来るたびに、思い出すのはあの時の地下鉄の空気。
みんなが一斉に立ち止まったのは本当に驚いた。
世界が急に時を止めたような。
どんなアナウンスだったのか、今となっては分かりようもないけど。

そんなことを思いながら、今日、20代のクライアントさんと話をしたところ、
「当時は2歳だったので」と言われてそちらにも絶句。
そんなに時がたったのか。

今の20代は教科書でそうした事件があったことを学ぶそう。

私の思い出の中の事件が歴史になってる衝撃。
自分、年とったなー・・・。


非表示 17:12

「島唄」は好きな歌で、初めて買ったCDでもある。

ただ、歌詞はしばらく勘違いしていた。

一番
「ウージの下であなたと出会い  ウージの下で千代にさよなら」

二番
「ウージの下で歌った友よ  ウージの下で八千代の別れ」

千代と別れた後、八千代とも別れたんかいっ、と。
(どちらも女の名前だと思っていた)

中学生だったもん。
分からないよねぇ。

勘違いが解消されてより好きになった。
海外で仲良くなった友達と帰国で離ればなれになった後だったから、余計染みた。

彼女は今元気だろうか?
あの出会いがあったから今の私がいる。
一緒に撮った写真は今も飾ってる。

島唄を聞くと思いだすんだ。


非表示 06:14

昨日は当時色々あってあまり関わりたくない人と出くわして目まで合ったけど目を逸らしました。私の中ではもう”知らない人“なので、目が合っても逸らすのは普通。知らない人と目が合っても挨拶しないのが普通ですもんね。
近所だと出くわす回数が多くて嫌ですね。目が合った短いあの時間に相手が困ったのような顔をしてたのを思い出しました。実は私は最初は相手が誰だか気が付かなったんですよね。この人知ってるけど誰だっけ?みたいのが脳で駆け巡っていました。それで、ああ!と思ったときに久しぶり〜♪という言葉で返すのが大人なんだと思うけど、ああ!と思ってそそくさ帰ったのが私の中では正解でした。
あの困った顔はたぶん相手のほうが私の存在に先に気が付いてたんだと思いますね。でも、何も言ってこない。そして、私に無視された〜と周りに話すのでしょう。もし、久しぶり♪と声をかけたとしても、わざわざ声をかけてきた〜とネタにするでしょう。そういうところが無理で“知らない人”になったわけですから。
その人、けっこう顔立ちも整っていて家族も築いていて身なりもきちんとしているんです。そして話し方も明るくて親しみやすい感じではあるんですよね。それなのに人の噂ばかりで、すごくもったいない人だとは思います。そんなに色々持っているのに、人の噂でしか関係を築けないところに闇を感じます。
その人も色々あって人のネタに頼るようになったのかもしれません。でも、もう年齢的にはいい大人だし何があったかは知らないけど変わらないとダメだと思うし、変わろうとしていない時点で無理です。
なぜそういう人になったのか?を辿っていくと、きっと辛いことや同情出来る部分は誰しも出てくると思うんでよね。でもやっぱりそれはそれ、これはこれなんです。私はそんなシビアな目線しか投げかけてあげられないけど、きっと人の噂をして多数派に寄生する生き方をしているのがその人が楽に生きられる方法なんでしょう。ただ私は寄生するための餌にはなりたくない、ただそれだけなのです。

2023.09.10Sun
非表示 12:30

以前、ジップラインにチャレンジしたとき、係員のお姉さんに言われた言葉が忘れられない。

最長クラスのワイヤーで、山の上から地上に向かって滑走、しかも下は池。
初めてで相当ビビってた私に、

「怖いのは最初だけですから!」

と言い切られて、妙に納得してしまった。
実際、パッとワイヤーにつるされた私の滑車から手を離されて山の上から滑り落ちた瞬間は絶叫したけど、すぐに「…あれ?楽しい!!」に代わってしまった。
中盤ははしゃいで眼下の見知らぬ人に手を振る始末。

下手したら私の娘に近い年齢の若いお姉さんをてこずらせてしまって、大人として少々恥ずかしいけど、いい体験だったな。

昨日のパラグライダーは、もっと山の上でつるされるワイヤーもないし、もちろん命の危険もあると知ってたけど、冒頭のお姉さんの言葉を思い出すと、すぐに坂を走れた。
(と言っても一回、失敗して周りの人に励まされながら二回目で飛んだけどw)

恐ろしいことを想像してしまったのだが、バンジーももしかしたらこんな感じかも、と思った。
意外に何も考えず、勢いで飛べばいけるんじゃないか、とか。
まぁ、しませんけど。
昔、お調子者の痴れ者がかっこつけてバンジーやるといって上まで上がっていって、しばらくして階段から降りてきて言ってた。

「今日は風が強すぎるから無理だって」

んな訳ねえよな、と思いながら、残念でしたね、と大人の対応をしといた。
内心、ダサいな、とバカにしてたけど。
できないなら最初から言わなきゃ恥かかずに済んだのに。

その日、雲一つない快晴で無風だったし、そもそも、無理なら申し込み時にスタッフに止められるはずなのにさ。

そんなことを思い出したりした。

中学時代の先生に、「お前は度胸がある」と太鼓判を押されたけど、たぶん、何も考えずに飛び込む勢いがあるってことだと思う。
考えてたら、何もできない。
やりたいと思ったときに、まず飛び込む。

あ、ちなみに、山を駆け降りる前、同時に頭の中に駆け巡った言葉が

「しぬときは一瞬だ」

です。
かの名作ドラマ「家なき子」の安達祐実と堂本光一が約束した言葉「しぬときは一緒だ」が勝手に脳内変換されてた。

人世の折り返しを過ぎて、いろんな大事な人たちやペットを見送ってきたからこそ、しが昔より身近になった。
しにたいわけではないが、その時が来たら、皆に会えるなというのは楽しみでもあり。
それまでに土産話をいっぱい用意しておこうという気持ちになるのだ。

でもきっと、今も上から見て私の奮闘をみんなで笑ってるんじゃないかなと思ってる。
感想を聞くのが今から楽しみよ。

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