2022.12.19Mon
この日誌は非表示数が閾値を超えています。 [内容を表示する]

非表示 06:03

前向きなことを言おうとすると、ものすごく疲れてしまう。
じゃあ何も言わなきゃいいのだけど、『前向きじゃない何か』でパンパンになってるから、呼吸のような感覚でソレが出てきてしまうんだなと。
だからこそ1人になりたいと思ってしまうのでしょう。こういうところでこっそりソレを置いてなんとか生きます。
いつも排除されてばかりだから排除されたくなはないのです。嫌だと思ったら、私はいつも自分から去ってきたから。今度は私の番じゃないですよ。
濃厚チョコブラウニーのほろ苦味が美味しかったのだけは前向き発言かな~

2022.12.18Sun
非表示 21:07

今日は年賀状の宛名書きをせっせとやった。同じ字を何度も書いていると自分が書いているものが何なのか分からなくなる。ひらがなでも「あ」と「お」や「め」と「ぬ」が分からなくなったりする。いわゆるゲシュタルト崩壊というやつだけれど、認知症などになったら常時こんな感じになるのだろうかと思ってしまった。
もうすぐ発売になる書籍が諸般の事情で回収騒ぎとなっているらしい。楽しみにしていた本なので、明日発売ではあるけれど、どこかの書店にはうっかり売り場に並んでいたりしないだろうかと思った。どうせ駅前に行くつもりだったし、書店には寄るのだからと3件の書店に行ってみたが、やはり売ってはいなかった。年末年始の読書にと思っていたので少し残念な気持ちになっている。


◇◇◇

非表示 14:17

寒くなってきたので湯たんぽを布団の中に投入しました。
足元が暖かいと眠りやすくなる気がします。

だけど暖かい布団の位置を取り合いつつ一緒にぬくぬくしていた彼はもういなくて、寝返りをうちやすくなったのに淋しくてぼんやりとしています。

冬は悪いことが起こりすぎて、全然好きになれない。
冬生まれのくせに、つくづく冬と相性が悪いなぁ。


非表示 09:10

やって欲しかったことを言うと、やってあげたことを羅列される。
けっこうそんなんばかりですよね。いろんな意味でやってあげたことは忘れたほうが幸せになれるかもね。

2022.12.17Sat
この日誌は非表示数が閾値を超えています。 [内容を表示する]

非表示 20:19

「ちっちゃな頃から悪ガキで」みたいな昔の歌がありましたが、当方は、ちっちゃな頃からギリギリにならないとやる気が出ないタイプです。まあ、あるあるですけどね。夏休み最終盤になって泣きながら宿題をやっつけた人の方が多いのではないでしょうか。社会人だって納期間際になってバタバタする人ほんとに多いですからね。
本年もその点において当方の成長は見られず、ついに正月まであと2週間という、これ以上先延ばしにするとあかんタイミング、でやる気が出てきました。いわゆる年賀状です。
年賀状のやり取りなんて今どき廃れる一方でしょうが、親戚の叔母や叔父にLINEで「あけおめ」みたいな感じでは済まないので毎年送っています。パソコンで図案を取り込んでプリンターで連続印刷みたいな感じでも良いのですが、一応ちゃんとした甥っ子の体面を保つためにゴム版画で作ります。手作り感は醸し出せますから。
ネットで良さそうな図案を拝借してゴム板に写して彫りました。彫ったらやはり試し刷りがしてみたくなるので、やって、一応はこれで良いでしょう、優れているとは言えないけれど受け取って不快なものではない、と思うものが出来たので今日は作業終了とします。宛名書くのが超面倒。やっぱり家にプリンターが欲しいけど年末しか使わないしなあ。


非表示 07:57

やだな。いろんなこと、やりかけのまま逃げたい。
あれこれ言わないで欲しい。
もう知らない!ってシャットダウンしたい。

話しは変わるけど、ちゃんとメイクしようと思ってる。
望まれてるかどうかなんて関係なく、私はちゃんとしたくなったのだ。

ずっとザワザワしてる。
怖いの。それを分かってくれ、なんて、ワガママなのかなぁ。
じゃあやめる?って言うのは、優しさのつもりなの?
自分の気持ちを自分だけで支えるのは当たり前かもしれないけど
寄り添って欲しいのに。
無理なんだろうな。しょんぼりする。


非表示 06:19

いなくなって初めて気付く優しさがあるというのが世の中の定説だけど、いなくなって初めて気付く相手に対しての短所というか、不快な部分とか色々‥そういうのあるよね。
もう会えないんだ‥と嘆くことよりも、もう会わなくていいんだと思うことの方が最近は多い。
感謝するところはするにしても、感謝という部分に隠されて怒るべき部分に蓋を閉じていたんだと思う。もう蓋は開けっ放しでいられることにホッとしている。


非表示 00:36

この数年、自宅から1~2kmの間で、マンションが何棟も建ち、地震で跡形もない取り壊しと新築、リフォーム工事ばかりが続いている。
人が増えたはずなのに、知り合いがいないという不思議。
近所の、昔たばこ屋をやっていたおばあちゃんが引っ越し、そこにおしゃれな食堂、夜はバルをつくるらしい。
新しくなっていく。変わっていく。

食堂かあ、と知ってはじめに思ったのは、うれしさよりも、寂しさだった。
今は静かな週末の散歩道で、そしてかつての通学路に、カメラを持った人たちであふれるのかあという後ろ向きな気持ちで自分でもびっくりしてしまう。

食堂、行ってみようね。と家族に言ってみている。
友人にもつきあってもらおう、あの人にも話してみよう、好きになれるかもしれない。
楽しみになるかもしれない。

できるならば、自分も前だけを見て、軽々と変わっていきたいんだと思う。

ページ上部に戻る