“世の中の全ては、己の頭の中で創られた世界だ”
そんな厨二病みたいなことを言ってみたが、あながち間違ってはいないと思っている。
やりたくない仕事や嫌いな人と接したり、そんな心に負荷のかかる事はよくあることだろう。
その度に憂鬱になり、気が重くなり、先延ばしにしてしまうこともあるかもしれない。
だけど、ふと思った。
というか気付いたことがある。
「自分がどんな気持ちであろうが、やってることは同じだ」
物事の結果は変わらない。
同じだ。
だったら自分を騙してしまえばいい。
簡単そうに言うけど、それが出来ればとっくにやってると。
でも、意外と簡単だったりする。
例えば、雄大な大自然を目の当たりにしたときに自分という存在の小ささに気付き、悩んでる自分が馬鹿らしくなったりしないだろうか。
だから、こう思えば良い。
自分は地球という星の塵みたいなもので、自分が今していることや大事にしているものはいつか消えて無くなる
つまり、どうでもいいことなんだ
嫌な仕事も苦手な人も、そんなに重要なことではない。
だったら深く考えないで、機械のように淡々と物事を進めればいい。
ものは捉え方次第で如何様にもなるということ。
そうであれば、嫌なものを嫌と捉える必要もない訳で
嫌なことが少なくなれば、ストレスが少なくなれば
つまり、幸せが増えるような気がする。
人間っていうのは誰しも歳をとるにつれて右肩下がりになっていくもので
歳をとればとる程、自分より年上は衰えて先に亡くなっていくし
自分でさえも前は出来ていたことが出来なくなっていく。
そんな“虚しさ”や“悲しみ”は当たり前の感情なんだと思う。
それは誰だって避けられないし、今隣で笑っているあの子だっていずれはそう思うときが来るはずで…
何が言いたいかというと、そもそも人間って辛くて苦しい生き物だよと。
それを普段から理解しているかしていないかで何気ない幸せの有難みだったり、苦手な相手との会話や仕事も笑って許せるような気がする。
そんな今日この頃です。