2023.05.11Thu
非表示 19:56

直接は触れないけど、彼らは今でも私の傍にいると思っている。
だからか、今は想像したほどの辛さはないかも。

あのモフモフに触れないし、一人で散歩するのはつまらないから、元気はない。
後悔や執着がないわけではない。
だけど、彼らは私の傍にいる。
見えないし、聞こえないけど、私の心の中に生きてるし、残像?妄想?が家の中のあちこちにいるから、いわゆるペットロス、という状況にはないのかな、と思ったり。

あのペットロスってなんだろう。
いつまでも悲しんでいたらペットが天国に行けない、という一方で、辛い時は思う存分泣いていいといわれる。
ねぇ、いつまでなら良いの??

元気になったと思ったのに、ある日いきなりペットロスになった、という声も聞く。
怖いんだけど。
亡くなったペットとペットロスという言葉はあまりにセットにされ過ぎていて、そうならないといけないのか、とすら思わせる圧がある。
どこからがロスの基準なの?
私、もっと落ち込んでなきゃダメなの?

私が彼らをとてもかわいがっていたのを知っている人たちが心配してくれる。
ペットロスになるんじゃないか、と。
気持ちはありがたいけど、なんか違うんだよな。

もしかしたら自分は大丈夫と思っているだけで、あとからガクッとぶり返して落ち込むのかな。
怖いな。
今引きこもって悲しんでる方が後々のためにもいいのかな、と思ったり。

もちろん、まだ元気に私の傍にいる若い二匹の猫の存在に癒されてるのも大きいと思う。
でも、彼らとは全くの別物で、取り替えられない存在。

会いたい、という気持ちはない。
だって、そばにいるんだもん。
触りたいけど、手があの子たちの感触を覚えてる。
鳴き声もしぐさも。

荼毘に付された後の姿を見て、抜け殻だと思った。
体を失って魂になった彼らは、病気や老いで弱った姿でなく、若くて元気だったころの姿になった。
魂は残ると信じてる。

彼らは天に還したけど、でもまだ一緒にいると信じてる。
誰も傷つけないし、迷惑はかけない私なりの供養。
一緒にこれからも生きる。
うちには姿が見える2匹の猫と、姿はないけど仲良しな茶トラ猫と白い芝犬が同居してるんだ。
これまでと変わらず賑やかにすごしていくよ。

精神的におかしくなったわけじゃないから、安心して。
辛くないわけじゃない。
本調子でもない。
でも、一緒にいるんだもん。
姿が見えないだけで、私には感じるんだ。

そう信じることで救われる。


久しぶりに

非表示 14:34

久しぶりにこのサイトを開いたら、過去のデータが消えずに残っていた
辛く苦しかった高校時代に悲鳴のように書き連ねた日記を読んで、
少しだけ希望を持って生きている今の私がいるのは
そういう辛く苦しい思いをした私がいるからだ
という事を忘れないでおこうと思った。


非表示 09:08

連休結構働いたので、逆に今週はお休みが多い。
完全シフト制の、土日祝日関係なし、いやむしろそっちが忙しい仕事なんだけど、平日に休みの方が私は好きだ。
さて今日は何をしようかな。


非表示 05:25

今の仕事を始める前に自身が書いてた数年前のニッシも含めて色々な文を見ていて振り返ると、前向きで驚く。
そんなに前向きだったのに、その仕事辞めるからなー。時が経つと色々分かってきて、そして変わっていくんだなと。
今の仕事を辞めるのは良いとして、また新たな仕事を探す時に前向きな自分になれるかなー?なれないだろうなーと思うのが正直なところ。今日はまだ仕事あるけれど、仕事だから仕事の部分だけを見て頑張るかー。これも辞めると決まってるから前向きに持っていける感情ではあるのだけどね。あの頃とはやっぱり違って何かがくすんでるよね〜でも、くすみは馴染みとイコールなんだよね。でも、もう“くすみ”から淀みになる一歩手前だからギリギリです。

2023.05.10Wed
非表示 14:31

座右の銘 決まりました。
「よく食べ よく呑み よく笑う」

隠れ座右の銘として
「とにかくめっちゃ眠る」

決定いたしました。

元々の座右の銘は
「わたしのしあわせは わたしが決める」
です。

以上、3つを軸に生きていければと思います。


非表示 14:10

今後の予定は白紙じゃなくて余白です。ってなんかいいなぁと思ったので、私も使っちゃおう。
来月からの仕事は白紙じゃなくて、余白ありです!

2023.05.09Tue
非表示 14:22

愚痴を聞くのって、実はあんまり嫌いじゃないんです。
正直心の中で「それは違うかな〜?」とか「それは言い過ぎ〜」とか思っていることもありますけどね。
愚痴って本音の部分が占めてるから、その人が自分に本音を委ねてくれたみたいに思えてしまうんですよね。それに有り難さまで感じるといえば大袈裟だけど、それに近い感じです。
私自身が基本的にネガティブだし捻くれてる部分があると思ってるので、誰かのそういう部分に触れると安心するっていうのもあるのかもしれないですね。その内容や考え自体には共感出来なくても、負の部分を持っていることに安心感があって人間らしさを感じられるから、愚痴を聞くのは嫌いじゃないのかもしれないです。
相手が愚痴を言ってくれるなら、自分も愚痴という本音が言えたりするんですけど、自分が言う場合は気をつけてます。気をつけないと何故か急に愚痴ばかり言う人認定されてしまうのです。今までお互いにお互いの愚痴という本音を言い合って来たのに、急に愚痴ばかり‥ってスイッチに切り替わるのです。そうすると、いつも会話にアンテナを張っていないといけなくなるので、やっぱり疲れます。なので、そのアンテナを張り巡らすのに慣れるまでは消化不良な感じが続いてキツかったこともあります。でも、今はそうでもないですね。しかし、昔の方が相手の話にも全力で聞いていたし、それに対して全力で返していた感覚はあります。その全力の返しが私の場合は愚痴だったので、愚痴を程よくすると全力ではなくなるだけですね。
もう対面で誰かに全力で話すことはないかもしれないです。ちょっと愚痴っぽいことを言ってしまうと、言わなきゃ良かったなーと思うことが増えました。それが成長だとしてもつまんない成長してんなーって思いますね。でも、それが本音だからしょうがないです。

2023.05.08Mon
非表示 14:06

誰かの負の感情や愚痴のようなものを聞くと、自分はそれに比べたら幸せだし、こんなことも出来るし、考え方も柔軟だし‥と本能的に思ってしまうものなのかもしれません。
でも、それを押し出されるとやっぱり嫌だなーと思うのです。きっと気がついてないだけで、他の人より恵まれている環境や性格とか自分にもあるのかもしれません。それに何かのきっかけで気がついたとしても、そのきっかけに配慮して言わなくてもいい感情は自分の中にしまっておけるようにしていきたいです。


非表示 02:12

今勤めてるとこ、そろそろ8年になる。
こんなに長く勤められるのって、通勤が楽なのと同僚が気持ちいい人ばかりなのが大きい。
給料云々、仕事の辛さ云々、数々不満があれど、個人的には通勤と人が良ければ結構続けられてるなと今までの仕事遍歴でつくづく思う。
ありがたいなと、改めて感謝。

2023.05.07Sun
非表示 06:15

タオルはなるべく色の濃いものを使ってます。そして模様がないものを選ぶようにしてます。そうすると黒、紺、茶が多くなりますね。
統一感を持たせたい!という理由ならカッコイイんですけど、単純に汚れが目立たないからこれがいいなぁと思ってるいるだけなんですよね。色がうすいと洗っててもしばらく使うとどうしても薄汚れが目立つんですよね。濃い色にしたからといって汚れていないわけじゃないですけど、汚れていないようにみえるって大事なんです。普通に洗って普通に使うなら、なるべく汚れを感じないほうがいいです。
汚れないことは難しいけど、汚れていないように見えるのは比較的簡単なのです。そんな術はタオル以外でもきっと役に立つでしょう。

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