直接は触れないけど、彼らは今でも私の傍にいると思っている。
だからか、今は想像したほどの辛さはないかも。
あのモフモフに触れないし、一人で散歩するのはつまらないから、元気はない。
後悔や執着がないわけではない。
だけど、彼らは私の傍にいる。
見えないし、聞こえないけど、私の心の中に生きてるし、残像?妄想?が家の中のあちこちにいるから、いわゆるペットロス、という状況にはないのかな、と思ったり。
あのペットロスってなんだろう。
いつまでも悲しんでいたらペットが天国に行けない、という一方で、辛い時は思う存分泣いていいといわれる。
ねぇ、いつまでなら良いの??
元気になったと思ったのに、ある日いきなりペットロスになった、という声も聞く。
怖いんだけど。
亡くなったペットとペットロスという言葉はあまりにセットにされ過ぎていて、そうならないといけないのか、とすら思わせる圧がある。
どこからがロスの基準なの?
私、もっと落ち込んでなきゃダメなの?
私が彼らをとてもかわいがっていたのを知っている人たちが心配してくれる。
ペットロスになるんじゃないか、と。
気持ちはありがたいけど、なんか違うんだよな。
もしかしたら自分は大丈夫と思っているだけで、あとからガクッとぶり返して落ち込むのかな。
怖いな。
今引きこもって悲しんでる方が後々のためにもいいのかな、と思ったり。
もちろん、まだ元気に私の傍にいる若い二匹の猫の存在に癒されてるのも大きいと思う。
でも、彼らとは全くの別物で、取り替えられない存在。
会いたい、という気持ちはない。
だって、そばにいるんだもん。
触りたいけど、手があの子たちの感触を覚えてる。
鳴き声もしぐさも。
荼毘に付された後の姿を見て、抜け殻だと思った。
体を失って魂になった彼らは、病気や老いで弱った姿でなく、若くて元気だったころの姿になった。
魂は残ると信じてる。
彼らは天に還したけど、でもまだ一緒にいると信じてる。
誰も傷つけないし、迷惑はかけない私なりの供養。
一緒にこれからも生きる。
うちには姿が見える2匹の猫と、姿はないけど仲良しな茶トラ猫と白い芝犬が同居してるんだ。
これまでと変わらず賑やかにすごしていくよ。
精神的におかしくなったわけじゃないから、安心して。
辛くないわけじゃない。
本調子でもない。
でも、一緒にいるんだもん。
姿が見えないだけで、私には感じるんだ。
そう信じることで救われる。