ある人が頻繁に「お義母さんと住みたい」って言うんだか、やっぱり変わってるし合わないなぁと思う。
その「お義母さん」がいい人とかそうじゃないとかではなくて、同居したら上手くいっていることも上手くいかなくなるって考えに至らないのがすごいなぁと。私はもう自分の親とも一緒に暮らすのすらごめんなので。
もう四十近くになると、どんなに気が合う人や素敵な人だとしても距離が近すぎたら上手く行かなくなるみたいな経験ってあると思うけど、そういうのなかったのかな?この人はって思うことが多い。それはそれで羨ましいけど、その距離感が変だなというのも付き合いを遠慮したくなった原因の一つなので‥
でも、あの人にとっては距離が近すぎるほうが色々見えないのかも?例えば目の近くに写真やスマホをあてすぎると、かえって何も見えない。そんな感じで距離が近すぎて何も見えていないから、想像ですぐにいい人とか一緒に暮らしたいとか言えてしまうのかもしれない。
相手の悪いところも見えない近すぎる距離だからこそ、自分の作り上げた人物像として接していける。つまり、どんな人でも受け入れるいい人ってその人自身も言われるから気持ちもいいのかもしれないね。羨ましいけど、やっぱり距離は離したいのです。誰とでも。
余命が分かっていた母は「息子のお嫁さんとケンカしてみたかったー」と冗談を交えて生前言っていたみたいでした。今なら思う。たぶんそれは生きていて、弟が結婚していたらならば叶ったよと。
私が家を出たときも、今思えばもう別世帯なのに色々うるさかったなと。
「掃除機がここにあるなんて、インテリアなの(笑)」とか「私だったらこんなに収納があったら食器はここに置かない」とか今思えばだけど本当にうるさいです(笑)
娘の私だからこそ遠慮なく言うのかもしれないけど、それでもうるさいと感じていたので、きっと弟が結婚していたとしたら私に言ってきたよりも控えめかもしれないけど、絶対何かしら言ってただろうなと思う。仮に家族になったとはいえ他人だからこそ、ちょっとのことが命とりになるもんです。だから絶対ケンカは出来ていたと思います。でも、母が亡くなってけっこう経ちますが、弟は独身だから別の意味では叶っていないけども‥
母がいなくて姉がいるって、相手からしたら緊張する案件だと思うので、もしそういう話があれば自身の存在を消すような気持ちでいたいと思います。冗談でも弟のお嫁さんとケンカしたいなんて言えない‥
相手に可哀想なことが起こったり、また相手からある事でお世話になったりしたら、自分がその相手からされてきて嫌だと感じたことがチャラになる風潮が嫌だなと思います。
それはそれ、これはこれなんですよね。
右目の腫れは眼科に行った翌日にはほとんど引いて、もう 1日様子を見れば良かったなと思った。処方された薬も 2日くらいしか使わなかった。
金曜日に休みを取って美術館に行った。平日の朝にもかかわらず混んでいて、あまりじっくり見られなかったものもあったけど、久しぶりに好きなアーティストの作品が見られて満足。でも、美術館も値上げされてて、2,000円以上というのはちょっと考えてしまうな。
昨日、今日は朝から暑くて明日も暑くなりそうなので、せっかくの連休だけどほとんど家で過ごすことになりそう。7月ってこんなに暑かったかな。
深夜3時、目が覚めると隣の部屋の音が聞こえて「これが…噂の…」と驚いた。
一人暮らしはそこそこしてきたけど、これまでこういうのは無縁だったので、都市伝説くらいに思ってたから、妙に納得してしまった。
まぁ、マンションの壁はしっかりしていて、耳栓をすれば聞こえなくなりホッとした。
日中ほとんど気にならない音も、深夜の静寂の中で伝わってしまったのかもしれない。
多分、お隣の方も気を付けてるのだろうし。
外出先のBGMがうるさい時用に耳栓は財布に常備してある。
夜寝る時用に予備を下ろして枕元に置くことにした。
調べたらこれも「生活音」らしい。
まぁ、生き物だしね。
純粋な10代、若くて元気な20代から30代を過ぎると、多少のことでは動じなくなるらしい。
でもなぜか、頭の中をBack Numberの「ハッピーエンド」が流れた。
青いまま枯れていく 私みたいと手に取って 奥にあった思いと一緒に握りつぶしたの
ラブソングって正直どれもあまり響かないけど、この歌詞の部分だけはいいな、と思ってる。
ってか、私、枯れていってんのかなー(苦笑)
握りつぶされたくはないぞ。
枯れてからのほうが長い人生。
周囲のプレッシャーもなくなって穏やかに生きられる年代だからこそ、のびのび生きていけばいい。
握りつぶされるほどやわな人生は送ってないしね。
先人たちの40代になってから楽になった、の声、今はよくわかるなあ。
母から祖母の愚痴を聞かされる。
母にとっては、義母で他人。
私にとっては、血縁。
祖母の印象は、厄介な人。
とても自分本位で、他者への理解力が低い人。
母は、祖母が父に頼り切りなのが気に入らない。
そう思うのは、母が祖母にいいように使われたから(祖父の介護を母にさせた)。
大切な父を 母は守りたいのだと思うが、もう祖母とは関わりたくないと決めているから、ただ私に愚痴を言ってくる。
母は言わないと気が済まない人。
私と父は、腹を立てても言わない人。
言える人間は強いな、と思う。
愚痴ったところで、母の気持ちが多少落ち着くだけで、なんの解決にもならない。
シンプルな話だけれど、感情は複雑だ。
自信があって本当に実力のある人の高飛車発言ってけっこう好き。
謙虚なのもいいと思うし必要な要素だと思うけど、実力があって自信があるなら、堂々とそれを出しちゃっても全然いいと思う。見てると爽快感さえある。
でも、実力があってのことだからそれ以外の人がやっちゃうとやっぱりイタイ感じはしますね‥だから謙虚なふりに私は逃げてしまうわ
湿気を吸ったらゼリー状になるブック付のシートをクローゼットっで使っていますが、すぐゼリー状になるんですよね。
あと少しでぜんぶゼリー状になるけど、そのまま置いといて新しいシートをかけました。
それプラス、天日干しすれば繰り返し使えるフック付除湿シートも使っています。それと下には置き型の除湿剤も置いてます。
で、昨日ふと思ったのですが、服より除湿剤が多く鎮座してない?と。服を守るためには湿気は大敵なので、対策は必要なんですけど、これだとなんだか除湿剤をメインに収納してるみたいです。
でも、こういうことってけっこう多いと思うんですよね。守りたいものを守るために別に大切じゃない何かのほうをたくさん置いとかないとならない。まあ、除湿剤の話なんですけど、除湿剤の役割はありがたい。大切じゃないとか言ってしまいましたが。
クローゼットの中だけじゃなく、湿気のような人たちのために除湿剤を盾にしてどうにかやり過ごすことが多い世の中が疲れるのです。すぐゼリー状になるし、天日干しサインすぐ出るしもキリがない。そんなことばかりです。
一人暮らしを始めて2週間。
すごく満足してる。
何より自分がこれほどインドア派だと知ったのが驚きだった。
ずっと、親のせいで家が居心地が悪いと思っていたけど、違ったのだ。
もちろん7-8割は親。
あの二人が仕事で家を出ていってからの幸福度は爆上がりしたから。
実家で一人暮らしって一番気楽な生き方だと思うけど、在宅ワークなのに私は毎日逃げるように仕事を切り上げたら即、外出していたように思う。
実家にいたときは気づかなかったけど、今思うと、実家の周りの環境も私に合ってなかったのだ。
田舎のムラ社会。
3代住んでやっとこの土地の人間と認められるような超閉鎖的な町内に20年前に引っ越してからずっと両親ともに町内ですごく浮いていたし、めちゃくちゃ嫌われていた。
そりゃ外面は異様にいいのに、毎日家の中から怒鳴り声と悲鳴とガラスが割れる音が聞こえれば誰だって警戒するよね。
しかも、10年前からいきなり寺の住職になって、家を改装。
お経までそれに加わったから、怪しさも爆発していたと思う。
表立っては言わないけど、裏で陰口噂話がすごかったのは知ってたし、そんな親と怒鳴りあい取っ組み合いの大喧嘩を毎日していた行き遅れの娘と思われてるのもわかってた。
在宅ワークなんて言葉がまだ浸透する前から、ずっと家で仕事してたので、ニートと思われてる可能性もある。
家同士の距離が近くて、家の中の会話はかなりの確率で外に筒抜けだし、隣の家の老夫婦の爺が毎日毎日壁越しにこっちをジロジロ見てくるのもほんっとに気持ち悪かった。
今いるアパートは鉄筋作りなので、実際はマンションになるんだけど、家賃は木造並み。
うっすら隣の家の話し声が聞こえても、耳栓があれば気にならないレベル。
何より単身者が多いせいか、昼間はほとんどの住人が仕事に出かけていて静かだし、高台の中腹にあるアパートからはちょっと見晴らしがよく、外からの視線も気にならない。
自分がこれまでどれほど自意識過剰だったか、ここにきてやっと気が付いた。
常に見られてる意識、例えばそれが女優さんとかであれば、美に磨きをかけるモチベーションにつながるのだろうけど、ムラの監視社会はただ息苦しいだけだった。
どんなに取り繕っても、家の中の私は周りの人みんな知ってて、そっちが本性だと思われていて、私が心底嫌った住職と同じなのも苦しかった。
今のアパートは実家から車で15分ほど。
大した違いはないと思ってたけど、だれも私を知ってる人がいないという環境なのがすごく快適で、だれも私を見てないし、噂しないし、監視もされない。
外でムラのおばさまたちがしゃべってる声が家の中にまで響いてきて、うるさいなと思いながら自分のことを言われてるのでは、と気になることももうない。
私だって、いい子でありたかったよ。
どこにいても丁寧で礼儀正しい優等生だった私が、大声出しながら大人の男を相手につかみかかったり、物を投げつけてた理由を近所の人らは知らない。
誰もあの家で私を守ってくれなかったから、自分で戦うしかなかったのに。
両親があの家を出ても、私はその残像に苦しめられてたのかもしれない。
自分が貼られた「家庭内暴力娘」のレッテルをはがせなかったし、住職のように外面を良くして取り繕うことも恥ずかしくて、外でもいつも不愛想だったし、隙を見せないように虚勢を張り続けてのだ。
やっとわかったよ。
私こんな風に静かに穏やかに暮らしたかったんだ。
わたしはいますぐ寝たいんだが、これからお風呂に入って上がったあとで自分の背中に湿布を貼らす算段をしているひとがいておびえている。ハラスメント