2026.06.21Sun

#ADHDのパワー系ソリューション

非表示 09:27

ADHDのパワー系ソリューション というタグを先日知って遡って読んでいたが、非常に有益な情報が多くて感動した。でも同時に、こんなソリューションにたどり着くまでの試行錯誤や苦悩を思うと胸がギュッとする。

私自身がADHDなのかは分からない。ただ、子供の頃から「他の人が当たり前にできることが自分にはできない」感覚はよく知っている。忘れ物常習犯で、部屋はカオス、制服はいつも汚れていて、髪もろくに整えられず、臭くなった体操服を洗わずに周囲から非難されるような子供だった。

自分でも何とかしたいけど、どうしていいか分からなかった。大人になってから少しずつ、洗い替えを用意する、ウタマロ石鹸を使う、脱いだらすぐハンガーにかける、靴下は同じもので揃える、必要な物はバッグに固定する、みたいな自分なりのソリューションを身につけてきた。今では遅刻もしないし、時間より早く着いて待つ側になった。

でも、子供の頃にそれを教えてくれる人がいたら、と思うことはある。母子家庭で余裕がなく、母もいつもテンパっていたから仕方なかったのかもしれない。でも、洗濯された制服やハンカチが用意されていて、髪を結ってもらえる同級生が羨ましかった。

だからこのタグを読むと、人ごとに思えない。私よりずっと生活しづらい方も多いのだろうし、その中でこれだけ多くのライフテクニックを生み出して共有していることが本当にすごい。苦労を想像してしまうからこそ、余計にこのタグの価値を感じる。


非表示 05:56

私が好きだったアニメが再放送するらしい。もう30年前近くの作品。でも、もう観ようとは思わなかった。あの頃のあの時じゃないと意味がない。
当時、野球中継があって、父親にチャンネルを奪われゆっくり観ることが出来なかった。「どこが面白いの?」という圧迫もセット。
逆に弟たちが観たいものは、それほどの圧迫をかけてなかったように思える。
あの頃、当たり前にゆっくりと観たかった。CMになったら変えられちゃうからCMになるな〜とも思ってた。
でも、そのCMも私は観たかった。そのアニメが載ってる月刊誌だったり、その世代向けの玩具やお菓子のCMを観ることが出来るので観たかった。
私は子どもだったから、アニメを観たいことを猛アピールした。
みたぁい、みぃたぁい〜〜。アニメのタイトルを連呼したりもした。
その姿を弟たちは真似した。でも親は注意しない。そういう家だ。
この事を何年も経って大人になってから弟に謝罪されたことがある。あの真似は確かに嫌だったけど、周りの大人、つまり両親が作り上げたものだからしょうがないのだ。そういう意味では弟も被害者かなと。
単純にあのアニメ懐かしい〜って思うだけの感情をくれなかった家庭環境を私は今でも好きになれない。好きなものだけど負の感情、記憶も付いてくる。そんなことがよくある。単純に好きだけでいたかった。

2026.06.20Sat

ナ行の日々

非表示 09:40

何も 
苦手  
抜け 
年齢的 
飲ん

年齢的に何も苦手じゃないといえば苦手じゃないけど、全部苦手といえば苦手だし。抜け出したいし、お酒は飲んでないけど麦茶とコーヒーくらいなら好きなときに飲んだりしたい。

と無理矢理、予測変換に出てきた言葉から文をつくってみた。


非表示 05:46

善意という綺麗な包装紙を剥がすと、中から身勝手なエゴが顔を出すことがある。こちらの都合などお構いなしの押し付け。断れば、なぜかこちらが薄情者として仕立て上げられるあの理不尽な息苦しさは、今でも忘れられない。私の状況を勝手に決めつけ、都合のいい免罪符にして踏み込んできたあの人の言葉は、何年経っても心の底に苦い澱のように沈殿している。
​だからこそ、その人に唐突で凄惨な悲劇が起きたと知った時、世間並みの同情や悼みの感情は湧き上がってこなかった。真っ先に胸をよぎったのは、かつて傷つけられた記憶の反射であり、「因果が巡ったのだ」という冷徹な事実の確認だった。
​道徳的な正しさを演じる必要なんて、もうない。相手がどれほど大きな悲劇に見舞われようと、私が受けた理不尽な痛みや傷跡が帳消しになるわけではないのだから。
他人の領域に不躾に踏み込み、自分を正当化する盾を振り回す人。そんな歪んだ熱量に巻き込まれ、悪者にされる場所からは、ただ静かに、全力で距離を置きたい。自分の平穏と境界線を守るために、あの時感じた冷ややかな違和感を、私は静かに抱えて生きていく。


非表示 05:24

子どもが通っていた幼稚園で担当の先生が急遽辞めてしまって、それで退職した他の先生に臨時で3ヶ月だけいてもらったという経緯があったんですけど。
この3ヶ月いてくれた先生のために壮大なお別れ会をしたり、色紙書いたり⋯なんか疲れたなーという思い出。
それを企画する他の保護者がいるんですが、その流れを書いたプリントの一文に「先生にプレゼントがある人はこのタイミングで渡す」とか書いてあるんですよ?え?もう色紙も書いて、合同のプレゼントのために少額だけどお金も出してるのに、個人でプレゼント???と疑問に思ったんです。
ちょうど近くにいた違う保護者が小声で「これってみんな渡すのかな?自分だけ持ってきてなかったら、なんかきまずい⋯」みたいなことを言ってきたので、それは確かに私も思ったことなんで、企画の保護者にその旨を伝えたんですよ。私が。その個人的なプレゼントはなしってなったんでホッとしたんです。
ところがその保護者がそれからしばらく数ヶ月が経って、他のことを私に手伝って欲しいというから、まあ、渋々引き受けてたんですけど、その時にボソリと、あのお別れ会、一生懸命企画したのに個人のプレゼントに意見されて悲しかったみたいな趣旨のことを言い出したんですよね。私に代表して言ってるのか、私だけが文句を言い出したと思って、こことぞとばかり言ってくるのか謎でしたけど、変な苦さのお茶を飲んだような違和感はありました。
子どもが幼稚園のときって、こういう面倒なこといっぱいあったな。勝手に企画されて付き合わされて、ちょっとでも合わないと微妙な空気感になる。その保護者も役員をやっていたから、その仕事として全うしようとしてたのかもしれないけど、ちょっとやり過ぎだし、面倒な企画を役員の仕事の範囲をこえてやってたなーという印象。やってくれたことに感謝しなくてはならないから誰も何も言えないけれど、私はあの人が苦手だったな。嫌いになれない人を、自分だけにわかる理由で嫌いになるときってツライですよね。大人になると、いい人を嫌いになる機会がけっこうあって、それに息苦しさを感じますね。キツイ香水嗅がされてるのに、高級品だから褒めなきゃいけないような、そんな感じです。

2026.06.19Fri
非表示 13:17

フリーランスなのでこの時期届く国保と市民税の通知が少し怖い。
今回も前より“だいぶ上がっている気がして”驚いた。
わけがわからないまま市役所に確定申告の控えを持って相談に行ってきた。
時期的に同じような人が多いみたいで、隣でも誰かが熱心に説明を受けていた。
国保と市民税それぞれで話を聞いた結果、所得が上がっている扱いになっているらしいと知る。
もらえる額は変わってないのに、なんで?
収入から経費を引いた額で計算されると説明されて、そこでようやく理解する。
でも経費はそんなに変わってないはずで…。
一度持ち帰って確認して思い出した。
前年は青色申告、今年は白色申告にしていた。
青色申告の意味をちゃんと理解しないまま切り替えていたらしい。
控除の影響の大きさを後から知って軽く後悔する。
申告の切り替えも出していたので、しばらくはこのまま白色になる。
結果として、想定より税負担が増えることになった。
朝から電卓を叩き直して、年間の見通しを修正。
なんとかやりくりはできそうだけど、じわっと効いてくる。
フリーランスもそれなりに長いのに、まだこういうところでつまずく。
勉強になったと思うしかないけど、一生の傷になるぐらいには悔しい。

絶対忘れないからね


非表示 09:21

嫌いな人の配偶者や恋人に対しては、見る目ないんですね⋯とひっそり思っている⋯
それか同じようなタイプなんだろうな⋯という警戒


あの人の視点で

非表示 05:38

娘の部屋が汚い。いつもゴミ屋敷。だからたまに入って片づけてあげてる。
オシャレにしたつもりでカラーボックスに雑貨屋で買ってきただろうポストカードを貼っていて、私に見せてきたけど、「うわっダサっ」と思わず言っちゃった。だってダサいんだもの。そんなことより部屋を片づけろって。そういえば、あのポストカード、もう剥がされてたような気がするけど、ダサいってやっと気がついたのかな?なんなら言ってあげてよかった、
ある時娘が「部屋に置いてあった新聞がない、大学の課題で使おうと思ってたのに」と訴えてくる。あ、なんか新聞、捨てたような気がする。だから、ああ、捨てたかも?と言ってしまった。かなり狼狽えてるし、動揺してたから言っちゃったけど、言わないほうが良かったかな?だって汚いほうが悪いんだし。
どーしよー、あれを使って資料作ろうと思ってたのにーどーしよーどーしよー、なんで捨てたのーなんてずっと言ってるから、思わず「そんなんで困るくらいなら大学辞めなよ」って言っちゃった。捨てたのは私だけど、部屋が汚いのが悪い。しかも、大学なんか別に行かなくてもいいのに、課題とか資料とか、それっぽく言っちゃって、どうせ大学生ごっこでしょ?それになんで、あんな高いお金払わなきゃならないんだろう。大学なんて無駄なのに。女なのに。私は大学に行かなくても結婚して、子ども3人産んで公立高校に全員入れて、娘も高卒で就職か行っても専門とか短大が関の山なのに、大学。しかも別に有名な頭の良さそうなところじゃない、親戚へ自慢する武器にもならない。それなのに新聞捨てたくらいでイチイチうるさいんだよね。
とりあえず新聞屋に電話して、その日のだけ取寄せてやるか。面倒だけど。ホント大学なんて無駄。大学さえ行かなければこんなことにならなかったのに。あの子は何もわかっていない。

母親の視点から見たらこんな感じだろうな。部屋が汚ければ、理由なく、その人を責めてもいい、こっちは正しいことを言ってるんだから!って人が苦手なのは、こういう経験の積み重ねだろう。私が大学に行くことも本当に納得してないようだったし、こうやってすぐ、大学に行かせてやってるんだから何を言ってもいいという考え方をしていたな。もう昔のことだけど、昔のことだからこそ答え合わせをしたときに明確に答えが出る。母はもう亡くなってるけど、物理的に会わなくなって、こういった些細なことから起こる“事件“が発生しなくなったことに治安の良さを感じる日々ですね、

2026.06.18Thu
非表示 23:55

人へのものの頼み方ももちろん大事だけど、断り方も同じくらい大事ですよね。
例えば人が物を落としたり倒したりした時、ぱっと手を貸しに行くじゃないですか。
その時に、本当に迷惑そうに「いい、いい!」って言われると(なんなら手で追い払うような動作もする)、やるせないを通り越して嫌な気分になります。私の母の話なんですけど。
こうはなりたくないって思うし、ならないように心掛けています。
親に対して、こうはなりたくないとか、逆にこうなりたいとか、その二つは両立できないものなんでしょうかね。
一度こうはなりたくないと思ってしまったら、親の好きなところがわからなくなりました。
嫌なところばかり目につくようになりました。
むしろ問題は私のほうにあるんでしょうか。
なんだか疲れてしまいました。


自宅にて

非表示 21:35

今日は知らない電話からかかってきてYouTubeが遮断され(出てないけど)どうせセールスかな。
しばらくして、インターホンがなったと思ったら、お掃除モップの試供品を渡したいからお願いします!と言われて、忙しいので⋯って断ってるのに、渡してすぐ帰ります!としつこいので、とても忙しいんですよね。と返したらやっと帰ってくれた。インターホンの画像越しからは、宅配便の人っぽさがあったから応答してしまった。そもそも何も配達予定ないのに⋯
その後、3時間ほどの映画を観ていて、あと30分くらいのところで、またインターホンが鳴る。画像から郵便局の人だったので、応答したら書留だった。私のじゃなくて家族のもの。来るとわかってたら映画観なかったのに。もちろん一時停止出来るけど、自分の都合じゃなく止めるのはストレスだった。
今日はそういう訪問が多かったな。なんか阻まれるってシンドいんですよねー

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