今日はこれをするぞ!という目的がないと、一日を無駄に過ごしてしまうことが分かった。
いまだに母親のせいにするのか。
お金大丈夫なのかな。不自由なく生活させてもらっていたけど。
私が支える側にならないと。
一人暮らしをしたいなんて言っていられる場合なのか?
バイクに乗りたいとか。
何かのためにがむしゃらになりたいとずっと思っていたけど、そういうことなのかもしれないな。
がんばろね。
定期的に会っている友達がいるけど、実は私は話すことがない。
相手が嫌いだからというわけじゃなくて、私が私のことを話す事がないんです。
だから、楽しいけど、これで良かったのか?という感覚が出てきしまい、心から楽しかったーー!というのがここ数年全然ないです。
私は片づけが苦手、というか嫌いではある。
母がアレコレ指示してきたけど、そんなに綺麗にならなかった。
一瞬は綺麗になっても、どうせ元に戻る。
その度に小言⋯小言ならいいけど、私に私の愚痴を言うスタイル。小言と愚痴は違うんですよね。思い出しても疲れる。
私が結婚して、タンスやら何やら買ってよこしたけど、15年以上経って、ああ、邪魔だなこれ。と思うようになった。
片づけが苦手だからよこしたのかもしれないけど、自分が欲しいと思ったタイミングじゃなくて、母が買ってあげたいタイミングだったからこうやって邪魔になる。
結局、そのタンスやら収納があっても部屋は綺麗にならない。私のやり方じゃないから。そもそもそこまで綺麗にすることに重きを置いてない。綺麗かどうかよりも自分が使いやすいかどうかでしかない。
それでも、結婚したときは頑張っていたけど、もうやめた。部屋は綺麗になっても私の心は晴れてなかった。綺麗な部屋にしても誰もいなかった。綺麗にすればするほど一番近くの人の心は離れていく。向こうは他の場所に行きたがっていたなー。今思えばそんなふうに感じる。
思えば、片づけのことをいうたび、私の心は磨耗し、心が母から離れた。母はもういないけど、もう言われなくていい、口を出されなくていいことは私の心を穏やかにしている。
だから、部屋を綺麗にしようとすると、心に鬼を飼い、誰かの心をおろし金で削っていくようなことがあるのかもしれない。
綺麗にしたのに誰もいなかった。物理的には誰かいたけど、そこに心を寝かせるような安らぎを感じている者は私を含めて誰もいなかった。
私はあの頃、母みたいだったのかもしれない。だからみんな離れた。頑張っても報われないし、報われるために片づけをするなら、最早その時点でおかしい。私は今報われているのだろうか。
今日は13時ごろ起きた。10時間ほど寝たか。よく寝るね。スマホの見過ぎで脳が疲れているんだろう。
料理をした。ニラともやしの辛味噌炒め、だし巻き卵。
今日もうまくつくれなかった。今日は、特段にうまくつくれなかった。
だけど、巻きは手首のスナップを使って、いつもより楽しくできた。
味が薄かったのは、白だしを入れるタイミングが問題だったのかな。量はいつもの一緒だったのだが。
焼き加減がこれまた、うまくいかなかったな。油を一瞬でまんべんなく広げる必要があるんだけど、やはりあのキッチンペーパーを浸すやり方でやるしかないのか。
油を余らせられるほど富裕層ではない。
でも一回は挑戦してみたい。
テレビを見た。
母親と話した。
食器を洗った。洗濯物を2回干した。
空がきれいだった。月も!
衣替えをした。断捨離もした。だいぶ時間と体力を使った。
あっという間に夜が来てしまった。
お米を炊いた。自分はこの硬さが好きだけど、母からしたら、もう少し柔らかいほうがよさそうだ。
プルコギを、ニラ、もやしと炒めた。野菜の量がちょうどよくなった。
キャベツとハムの鶏がらスープ。ちょっとゆですぎて、キャベツが柔らかくなり過ぎた。
ご飯を食べると眠くなる。
テレビを見て、食器を洗う。英語のリスニングを聞きながら。
そのあとストレス発散をする。ネットの対人関係を整理。
好きな人を忘れられていないことを、受け入れないといけない。たった4か月弱だった。私は、私から与えられる人ではなかった。変わりたい。
非課金に救われる。
ここからどうしようかな。やることは山ほどあるの。
アイスが食べたくなってしまった。
10分でもいいから外に出たほうがいいか。
地味で楽でもない毎日だけど、それが生活するということなのか。
嫌ならどうにかしたらいい。行動でしかフラストレーションは解消されないんだ。
過去のことを蒸し返すなっていうのもわかるけど、やっぱりあんなことを言ってたやってた奴が、こんなマジメなことを言ってるやってるんだ、ほーっとなってしまうのもまた人間らしさかなと。
過去を知らないのにわざわざ掘り返しているわけではなくて、元々過去を知ってる場合は、やっぱり現在どんなにいい事を言っていようがやっていようが、ほーーっとなってしまうんですよ。
今日もなかなか香ばしかった。
特に「誠実な楽曲が誠実に届く自分でうれしいと思わせてくれる」って、どんだけ自己評価が高いのと。
私にとっては、この人は不誠実の塊だから、その逆のことを自分で言っちゃうことに、さらに不誠実さを感じるんだよね。
あなたの不誠実さが誠実に届く自分で嬉しい。あの人の言葉を真似するとこんな感じになる。
きれいな布をあえて被せて、みんなに見えるところに置いてるっていうのは、手っ取り早く外見を評価させて自分が楽するためなんだろうなと思います。
そういう布を見破ってる自分は誠実⋯という言い方は出来ないけど、少なくとも経験はあがって物理的視力じゃない眼力は上がったのかもしれない。
素晴らしい作品に出会う時、私は感動する。心が震える。人は確かにそれに救われる時がある。私は楽しいことが大好きだ。だけど同じように悲しいこともたくさんある。悲しいこと私は無視したくない。素晴らしい作品は悲しみも内包してることが多い。それが作品の中で何らかの形で消化される。
私は最近そんなすごい作品に出会った。私は感謝した。こんなに素晴らしい物を見れたことは、感謝してもしきれない。
作品は本当にすごい。何年も前の作品でも、何十年も何百年も前の作品でも、見て感じることは心の供養なのだなと思う。自分のことも他人のことも分からない私は一体何のために生きているのかと考える時があった。作品を見ている時は、その作品を思い出す時は、私は知らない人に出会う。会ったこともない昔の人に出会う。作品の中の無数の人に出会う。悲しみが作品の中で描かれて作品の中で消化されていく。私は悲しみは忘れたくはない。悲しみも内包して生きていきたい。
ただ電車に乗って移動したいだけ、という理由で地元の路線いくつか乗り継いで一周してきたい
学生の頃からずっと思ってたのに、なんやかんやと実行できずに地元を離れてしまった
いいかげんちゃんと計画を立てよう
愚痴とかではないんだけど、私としては面白いことだったから何回も言いたくなることがあって、それをまた言ってしまったら、1人にああ、またその話⋯みたいな顔されたから、もう流石にこの話はやめるか⋯と思っていたところ、その場にいたもう1人が、その話を初めて聞きました!みたいに聞いてきて、なぜかうんざりしてしまった。優しさなのかもしれないし、私が同じ話をするのが悪いんだろうけど、空気読んで露骨に初めて聴いた感を出されて、なんか惨めになったし、言葉が無駄になった感じがして、もういいやってなってます。
話したいことなんてそんなにないし、そんなにネタを持ってないから同じ話しか出来ないわ。でも、もうしないよ。
ゲッターズさんの占いが好きで、今月のミッションを意識して生活してる。
今月はチャレンジの月で、「新しいと思える事に挑戦」「人との交流を増やす」は結構出来た気がするんだけど最後の「髪型を変える」がちょっと未達成。
と言うのも先月末に美容院行ったばかりだから。
まあ、前倒しと思えば達成したかな?
逆に先月出来なかったカラオケ行くをやってみる?
っても月末まで仕事だから難しいかな。