小学校のとき、転校先の学校ですぐに修学旅行があったので、私も参加した。
そこで出た食事。残さず食べた。嫌いなものが出なかったし、残す理由がなかったから食べた。
でも、私に向けられた視線は、全部食べたんだ⋯みたいな冷たい視線⋯
この学校ではガツガツ食べるのカッコ悪くて、不味い!とまで言えないものも、ちょっと美味しくないよねぇ?残すわ。というスタンスがカッコいいとされていて、トレンドだったみたい。
私がその流れを無視して全部食べてしまったから6年近くかけて積み重ねてきた微妙な空気の変化を無視するスタイルになってしまったらしい。
それなりに友達も出来たは出来たけど、あの微妙な空気感に慣れないまま卒業した。
小学校6年っていう絶妙な時期に引っ越してきて、6年間築き上げてきた空気を壊す存在が私だったんだと思う。
相手の視点から見たら後から来た変なヤツだったのかもしれないが、私も私で馴染むのに懸命だった。でも馴染めなかった。中学校もそれほどメンバーは変わらないけど、そこでリセットされたの良かった。今も残さず食べられるなら食べると思う。空気は読まない。もう大昔の話だもの。
あーわかった、わかった、はいはいはいはい
って言わないほうが話早く終わるのになー
何もわかってないし腹立つわー
距離必要だな
もう20年以上前に参考にしてた、とある音楽ジャンルの口コミサイト。まだ辛うじて閲覧出来たから見てきました。
フォルムは当たり前に古のネットなんだけど、それぞれが好き好きにアルバムや曲やアーティストの良さを語っていて、それを誰も邪魔しないところが新鮮でした。
音楽やジャンルに限らず、昨今はネットで誰かが何かを言うと、共感か反論がセットなので疲れます。共感ならいいんじゃん?って一瞬思うし自分だったら嬉しいけど、だけど反論もされる可能性も同じくらいあって落ち着かないんですよね。
あれくらいのシンプルさが尊い。ここもそんな貴重な空気感ありますよね。ありがたい。
褒めるって難しい。
褒めてるつもりでも、相手がそう受け取らないときもあるし、その齟齬が生じたときに、物凄く疲労を感じる。
私、親から褒められたことないんだよなー。根本的にそれがあるから人に対して自然な褒め方が出来ないんだと思う。
褒めるところがないから褒めないのはしょうがなかったとしても、よく貶されてた。だから、褒められなくとも貶されてないなら御の字じゃない?と思ってしまう。だけど、それじゃダメみたいで疲れるなー
ゴール目前じゃない余裕のある中で、フルモードじゃない力なのに良い結果をだせてたら、「この時点で余裕あるからまだまだやれるね!」と言うと、褒めてることにならないらしい。
すごいねー頑張ったねーと付けないと褒めたことにはならないのか。「この時点で余裕ある」って言うのは私からしたら褒め言葉だけど、相手は違うみたい。なんか疲れた。貶してないのに相手が私の言葉に隠された賞賛を受け取ってくれないのに。
自分が思った言葉を言ってくれないと納得しない出来ないって疲れないのかな?例えだけど、美人と言われたいと思ったら、「カワイイね、まだ大人になったらもっと綺麗になりそう〜って言われてもダメなんだろうな。貶す要素もにないし褒めてるけど、本人が言われたい言葉じゃないからダメ。なんかこういうの多い世の中だなと思う。欲しがりすぎだと思う。頭も容姿も貶されてた私からすると、相手が何を言ってるかじゃなくて、自分の言われたい言葉だけに固執されるのをみるとワガママじゃない?と感じてしまうのです。だから褒めたくもない。でも貶さないし。頑張ったねー偉いねーだけでいいならそれが一番楽。だけど、それは私の言葉じゃないのです。
humblebragという単語を始めて知りました。
意味は謙虚なふりをしながら結局は自慢することみたいです。
それって日本人特有かな?と思ってたので、英語圏でもそんな人いるんですね。世界共通なんですね。謙虚なふりして自慢してくる人⋯自虐風自慢よりも苦手かも。
曖昧な関係のまま
ただ何となく過ぎていく時間
いつまでも引きずるのはもう終わり
これからの自分のために
どこかでちゃんと線を引かなくちゃいけない
過去の執着をそっと手放したその先に
新しい出会いや
心地いい繋がりが待っていると信じて
月曜日の夜から仕事終わりに待ち合わせて、姉と母とで食事に行った。
帰り路、わたしの運転する車のカーステレオから、ちあきなおみの『喝采』が流れてきて、「渋っ」と笑いが起きた。
「わたしこの歌好きなんだよね」と言うと、ほかの2人もわたしも。と返ってきた。
「渋すぎだよね」「この歌のストーリーがいいんじゃん。光と影の対比が好き」などと言いながら、みんな声を揃えて歌った。
最近歌謡曲が若い人たちの間で流行ってると聞くけれど、世代が別でも楽しめる、こんな機会があるっていいなって思った。カラオケ行くまでもないけれど、車のなかのカラオケはこれからももっと楽しみたい。
お気に入りのお皿が割れてしまった。
接着剤で修復しても元のようには戻らない。
未練はあるけど新しいお皿を手に入れるほうが幸せになれるかな。
人とのと繋がりもそうなんだろうな。
タイミングが合わないことが、本当にストレスなんですよ。
だから、基本的に自分から誘わないです。
私は基本的に時間空いてるし、行きたければ空けますし、全部が全部空いてるってわけじゃないですけど、基本的には門扉は広いほうだと思ってます。
それでも合わないってなると、もうなんで?ってなるじゃないですか。だから基本的に相手が誘ってきたときに約束を立てるほうがスムーズだと思ってます。
そもそも、相手が誘ってきたときですら、合わないときもある。だから、自分から誘ったらさらに合う可能性が減るんですよね。
絶対誘わない!と決めているわけでもなくて、話の流れとかで結果的にこちらが誘ったことにはなるけれど、スムーズに事が運びそうだなと感じたから誘うんですよね。
勝率が低い人を誘うって、ストレスなんですよ。断わられることが嫌なんじゃなくて、アレコレやりとりしてるのに、なかなかスパッと決まらないし、こちらが妥協点を見つけなきゃならない感じで終着することがストレス。相手に無理させちゃったなと感じることもストレス。だから、こういう経験があった相手やグループは、この出来事を覚えておいて、自分からは誘わないを徹底してるところはあるかな?
自分ばかり誘ってる!ってたまにネットのボヤキとかで見るんですけど、その人が誘うほうがスムーズなんですよ、基本的に。誘ってばかりが嫌とか見ますけど、そこにこだわらなければ誰かと会えたりイベントが組めるなら才能だと思います。
私から誘うと基本的にスムーズにいかない。そういう経験が増えて、誘ってもらえたら行くって方向性になっている人けっこういるんじゃないかな?
私の家は汚い。
猫砂が散らかっているし、ほこりもすごい。
お相手が自分の部屋を綺麗にした!と高らかに。
もちろんすてきなこと、たいせつなこと。
なんかね、心が折れた。
あなたは自身の部屋を綺麗にしたことを自慢し、自信につなげる。
わたしは、ため息つきながらトイレ掃除をしている。