おつとめ品のいちご、持って帰ってくるときにクラッシュしてしまったので、いちごジャムにしたいと思う。
砂糖いれて煮詰めればいいんだよね?
スマホで調べます。こういう時ありがたい。
エコバックがいちごの汁まみれになってしまった。
スマホ調子悪い、調子悪い、調子悪いって何回も毎回言うから、変えたら?変えたら?変えたら?ってそのたびに言うけど、変えない。
寒い、寒い、寒いと何回も毎回言うから、もう1枚着たら?着たら?着たら?というけど、着ない。
何故か私がいちいちうるさい方になってしまう。そういうことがたまに起こります。
うるさいと思っているんだろうなと空気感でわかります。ならば調子悪いや寒いを何回も言わないで欲しい。こういうタイプの人たちは何を求めて私に主張してくるのか。
酔ってどうしようもない人だけど、夜一緒にバラエティ番組を見ながら笑い合えてる時間が、子供の頃とても幸せだったのを覚えている。同時に泣きそうになってたな、子供の頃も今も。
自然と泣きそうになるのは、私が一番求めてるものだからだと思う。
笑顔で素直な彼女を見て、とても幸せになっている自分がいる。
この人の幸せが自分の幸せって、こういうことだよなぁと常々感じる。
それでいいのか。
ネットを見ていて、言葉を知らない人を嘆く気持ちもわかるんですが、例にあげられてるものは、普段使わないよね?というものもしばしばありました。
結局は自分基準になっちゃいますが、いや、それは知らない人もいるよね?って言葉を知らない側が知性がない事だけにしちゃうと危険だなって感じました。
もちろん、知らない言葉を使ってる人を逆にバカにするとか、そんな態度は良くないですけど、普段から知識のひけらかしみたいなのはあって、それが鼻についていたんじゃないかなと予想します。
例えば「鼻につく」とか、このレベルがわからないと私もおや?ってなっちゃいますし、前後の言葉の脈絡で意味はわかると思うので、「鼻につく」ってどういう意味?そんな言葉知らない。なんて言われたら困っちゃいますが⋯結局、同じレベルどうしが平和なんですよね。そういうことです。
ネットで出てきた、モズの早贄って私も使わないから、え?ってなるかもしれないな。前後の脈絡で言いたいことを察して後でスマホで調べちゃうタイプです。
昨日、噂のぶつかりおじさんに出会った。
イベント会社の出口付近で混雑しているところだったのですが、
かなり強引に横から当たってこられました。
かなり体の大きい髪の毛の薄い人でしたが首筋や足首を見たら私よりは若い40代くらいの人だと思われます。
皆さん気をつけてくださいね。
その後、あまりの混雑で若干将棋倒しになり、近くにいた体当たりしたおじさんのかかとをを思いっきり蹴ってしまいました。
小柄なおばちゃんはイベント会場に行っちゃダメだね。
私が働いている会社には不満しかない。
職場の人達も不満ばかり口にしている。
「わかるわかる」同意はする。
でもさ、よくよく考えてみなよ。
その不満だらけの会社に勤めているのは私たちだよ?
働く場所は選べるんだよ?
転職したらいいじゃん。
しないのは何でなん?
ただただ言いたいだけだろ?
下っ端があれこれ言ったって何も変わらないし、時間の無駄だし。会社の悪口と人の悪口なんで何にも生まないし、私には興味ないんだが?
好きに言ってろ、巻き込むな。
人付き合いがめんどうになった。
「友達100人できるかな?」という呪縛に囚われ続けて50年。
私にとって友達とは「気を遣う」相手でしかないのだ。
「友達に気を遣って当たり前、気を遣うのが平気」という人ならいいのでしょうけど、「搾取されてる、気を遣うことに疲れる」と思うようになった私はもう他人とは付き合えないでしょう。
充分、周りの人に気を遣ってきた人生だったと思う。
そろそろ自分に優しくしたい。いけないことでしょうか?
相手が好意的に意見してるものを、自分はどうしても好かない時がある。
別に否定したいわけじゃないけど、そのお互いの意見がたまたま同じお盆の上に乗っちゃうときがある。
そうすると、どうしても好きを否定したことにある。そんなことがたまにある。
母親に家にいて欲しかった
母親に働いて欲しかった
とか、注文付けられるのは母ばかりっていうのがネットで流れてきたけど、まあ、それは確かにそうだよねーと。もう母親業って報われることのないこととの1つではあるよなーと。
まあ、その報われなさ、理不尽さも自分も少しは理解したゆえに自分の母のことを書くとすれば、あれが働いていた結果なら家にいて欲しかったとは思うけど、家にいたらいたで、あの負の部分が浮き彫りになるなら働いていて欲しかったとは思うだろう。
母はパートだけど働いていた。その愚痴も良く聞いていた。子ども3人いるのに扶養の額がどーのーこーのとか。自分は飯炊き要因とか。そこで、私がご飯くらい作るよ?って言わないからムカついていたのかも。
思い出すと疲れる。もう母のことはきっとずっと一生キツイ。
もう亡くなってるけど、負の部分だけずっと生きている。こわい
認めたくはないけど私は母親がどうしようもなく好きなんだな。
かわいい。猫思いで、お父さん思いで、まっすぐな人なの。
私が横で寝転んでると、布団をかけてくれる。
母親がすやすや寝ている寝顔を見て、安心している自分が気持ち悪い。
不安定になると母親にすがる。
それが良くないことは分かっているし、本当は一人暮らしするのが一番の解決策で、私は心療内科にでも行って幼少期のトラウマ?のようなものを小さくする必要があることも、なんとなくわかってきた。
未解決なことがいっぱい。
いま人生で一番中途半端だ。短い人生で。
バイクに救われている。
唯一、私を中途半端じゃないと思わせてくれるもの。
近所の野良猫、元気そうでよかった。
最近は野良猫と、バイクと、手料理で構成されているな。
生きるのが大変そうな人の家に行って、手料理をふるまうみたいなことがしたい。
それで一緒にご飯を食べて、たわいもない会話をする。
これが誰かを救うんじゃないかと思ってる時点で、相当自分好きなんだよね、自分。
食事は世界を救うよ。
食事。もっと言えば手料理。
人がつくってくれたご飯は温かみを感じさせる。
もやしの辛味噌炒めと卵料理に特化したシェフより