2025.12.30Tue
非表示 05:37

たたまないで適当に入れていい場所を作っているのですが、それが快適で、きちんとしていないけど最も自分らしい空間だなと嬉しささえ覚えます。
適当に丸め込まれた部屋着や下着を引っ張りだすとき思うのです。

2025.12.29Mon
非表示 20:00

あっという間に令和7年も終わりに近づいているね
仕事納めてないけど最終日は、26日。仕事始めとやらは、1月5日から。
娘は26日から2週間ばかりの冬休み。
後半は仕事始まるから児童クラブに通ってもらうことになるけど
児童クラブ好きみたいだから安心して仕事に向かえる。
特にこれといって予定はないお休みを過ごすわけだけど
今年も元気に過ごせた。健康がいちばんだー!


非表示 18:40

今日は久しぶりにイワシの缶詰を食べました。
賞味期限が2026年9月だったので、食べて新しいの買おうかなと思って。
久しぶりに食べると美味しい。あの缶詰でしか出せない味わいが最高


非表示 11:29

「字はその人の心を表す」という言葉は、本来は自分を律するための自省の言葉であったはずですが、現代では他人をジャッジするための武器として悪用されています。

ああ、これ本当にその通りだなと思いました。文字に限らず自省のための言葉が他人を評価するために変わっていってしまったもの、たくさんありそうです。


最大限の丁寧

非表示 06:09

よく、「文字は綺麗に書けなくても丁寧に書けばわかる」なんて言いますし、実際私もあまり字が綺麗に書けるタイプではないので言われたこともあります。
私としては丁寧に書いたつもりの字でも言われていたりしたので、丁寧に書いてわかるとは?という定説には疑問を持っています。
家で文字を書いていたときに、ふとそんなことを思い出しまして。で、最大限に丁寧に書いてみるか!と思い立ってやってみました。
最大限の丁寧にするために、1つのはね、とめ、はらいをじっくりゆっくりと書くんです。使用するのは普通の誰でも使っているボールペン、紙はそれこそ広告や書類の裏紙です。
徒にペンを走らせてはならないのです。1つのとめ、はらいが終わる度に一呼吸置くような。ボールペンだけど筆で書くようなそんなイメージで書くのです。
そこで出来上がった文字を見ると、綺麗とは言えませんが角張った緊張感のある、でも確かに丁寧に書いた文字がそこにありました。
私の場合、ここまでやって初めて丁寧に書いたと認められるのかもしれません。
ただ、現実に日々を過ごしていく中で、このスピード感で文字を書いていたら他のことが滞ること間違いなしだと感じました。
スマホやパソコンなど、文字を実際書く機会は減ったとはいえ、最大限の丁寧さで文字を書いていくことは必ずしも正しくないような気がします。
美文字ではない=字が汚い、雑という概念があり過ぎると思うんです。綺麗な美しい文字を書ける人は素晴らしいけど、読める文字なのに汚い、雑だ!と言い放ち、それを認めないことは個人を尊重しないことと何が違うのだろうと思います。
丁寧に化粧しても、丁寧に勉強しても、必ずしも理想の結果になるわけではない。文字もその1つなのかなと私は昔から感じていますが、文字に関しては努力が足りないということだけが蔓延っているような気がするのです。
昔から読める程度の文字は書いています。特に読んでもらうときは自分なりに意識してます。でも、その程度でいいんじゃないかと思うのです。


非表示 02:21

今年も黒豆を煮るという大仕事に取り掛かる。
家族が黒豆好きなので毎年煮るけど、もう大成功!って年もあればイマイチ、あるいは全然ダメな年もある。
決めたレシピあればいいんだけど、毎年入手出来る豆の量も違うし毎回ネットで拾うのできちんと保存してないんだよね。
色んな意味で一期一会。
何度かやってみて保温調理、前日から調味料の熱湯に浸けて戻す、2日は寝かすが1番いい気がするので調味料の量はともかくとりあえず調味料の湯には漬けた。
重曹切らしてたから明日煮る前に買ってこないと。
やっぱり年末は何だかんだバタバタするなぁ…でも昔は必ず年始に熱出して寝込むほどバタバタしてたけど今はそこまでじゃないからマシになったのか、手抜きを覚えたのか。
まあ、ちゃんとしたおせちは作らないから手抜きかな?

2025.12.28Sun
非表示 07:10

結局のところ、人はみな、自分の宇宙をひとりで生きているのかもしれない。
「長い時間一緒にいたから」「遠くにいるから」……そんな理由は、心の充足とは関係がなかったのだ。誰かといても、いなくても、結局は自分自身に立ち返るだけ。
湯気の向こうにぼんやりと浮かぶ日常を眺め、今日もひとりでコーヒーを飲んでいる。


非表示 06:09

別に好きでも嫌いでもなかったけど、今更になって変な好感度が上がっている人がいる。
変な好感度といいい言い方にしたのは、言ってはいけないことを言ったのには間違いないのに、何故かよく言った!とは思っていることです。
今更と書いたのは、自分の中で、「あれは言っちゃまずい」という気持ちを持とうとしていて、善良な考え側に自分が無理して行こうとしていたからです。
確かに「言っちゃまずい」言葉なんだけど、それ自体は言うべきではなかったなと思うけど、私も言わないだけで同じような気持ちになることがしょっちゅうなんですよ。
何もしていないのに、ナイフを突きつけるような言葉を言うべきではないと思っていますが、頼まれてもいないのに優等生的な綺麗な言葉を突然投げかけられたら、ウザいなと思う。「全員、いるだけで勝者です」なんて脈絡もなく発言されたら「あなたの負けです、別世界に行ってください」みたいな言葉が心の中に浮かんでくるのがわかるんですよ。
それでも、直接わかるように言っちゃうのはマズかったなと。
私、でも叩かれている方の気持ちすごいわかる。頼まれてもいない綺麗事って想像以上に痛いんですよね。
立派な事だから素敵なことだからといって何を発信してもいいというのは違うと考えているので、突如現れた綺麗事を刈り取りたいって普通だと思うのです。私も頑張ってうまく刈り取っています。

2025.12.27Sat
非表示 23:16

ブワッと今 気持ちが破裂した。

昨日の出来事がキッカケだと思う。
私に触らないでほしい。
私は大切にされたい。
軽く、雑に扱わないでほしい。

悔しい。すごく、悔しい。


非表示 22:08

最近は冬休み夏休み一言日記みたいのがないみたい。
あれ嫌いだったから私の子どものときから無くして欲しかった。
⋯というのが冬休みの一言日記です。

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