本を読むと、ひとつの出来事に複数の視点を持てるっていうけど、そうかなーとも思う。
確かに、多面的な考え方を持てる機会は増えると思うし、経験していないことへの経験値は増えやすい傾向にはあると思う。
でも、やっぱり自分の考えるようにしか考えないし、自分の都合の良い解釈に戻っていってしまうような。
というのも、私が観察対象にしている、ある人、読書好きみたいだけど、いつも同じような感覚、同じような感想しかSNSに投げていない。別に読書の感想を綴っているわけじゃないけど、ああ、この人浅はかだなーなんていつも思うし、たまに載ってる本の感想も全部感動寄りでつまらないんですよね。そういう本ばかり選んでるのかもしれないけど、違う本を読んでるのに毎回全部似たような感想。ああ、やっぱりこの人つまらないなんて思ってしまう。
絶対、感動しましたという言葉だけでは括れない、谷崎潤一郎とか読んでもほっこり感動してそうだななんて思ってしまう。
今日も生きているふりをしてしまった。
ちゃんと買い物して、カフェの店員が感じよく話しかけてきたから、ちゃんと感じよく返した。
私のことが見えるのか。
焦る。同級生が自分のやるべきことを自発的にやっているところをみると焦る。
そんな自分は他者から影響を受けることでしか動けないのかと悔しくみじめな気持ちになる。
だったら行動するしか、それを解消する道はないんだな。
私はテスト勉強より授業を選んだ。どうでるかな。
電話はさすがに1時間できない。あの子が、現実に引き戻してくれてよかった。
今日は一限に行けなかった。
コピー機を壊したかもしれない。
知り合いに話しかけた。EH、行ってみようかな。
バイト先(仮)に連絡してみた。
サークルで、雑談しなかった。役職を交代することを一人に共有した。
未来の石油王とやりとりをした。彼も人としてではなく性別で判断しているのだろうか。いや、自分もか。
私が高校生のときのアルバイト時給、700円代だったな。
ちょっとありえない安さだなーと。時代もあるけれど。
よくあんな時給で働いてたな。
高校生でバイトしないほうがいいかなーと最近は感じていますね。
私自身は高校生のときにアルバイトしていましたが、自身で働いて稼ぐって経験って大事だとは思うのですが、それが出来てしまうと、調子に乗っちゃうというか、高校生のくせに自分で全部どうにか出来てしまう感じが出てきてしまったのも事実なので、アルバイトは大学生からがオススメです。
周りにはアルバイトしていた子も多い環境だったし、親もバイトすることには賛成派というかむしろ働け派だったから、それが自分の普通の環境だったけど、そうじゃない子も世の中にはいて、そういう子のほうがなんとなくその後の人生の予後がいいような気もしてます。
高校生のときはやっぱり勉強とか学校生活に重きを置いたほうがいいよねと。結局、その後就職か大学生になったとしても、働くなんてことは、高校生じゃなくとも出来わけだから。
大学生のバイトもバイトまみれみたいにならない程度に働ける期くらいの感じがホントはいいなとは思いますね。
まあ、色々お金が必要でしょうし、難しいですけど。
中途半端に社会経験の真似事に未熟な時から足を突っ込むと拗れやすいとは思うんですよね。だから、その時にやることをその時にやるのが最もいい人生になると思うんです。
自分の記録を見たら7年前は新しい仕事の研修中だったみたい。
「もう若くないから⋯」「自分に求められるのは若さじゃないから、それを埋めるためにはどうすれば⋯」なんて書いてた。
今の私から見たら、その意識が既に若い。現在が一番若いというけど、やっばり感覚とか意気込みとか、ドンドン年を重ねてしまうものなんだなーと。
その仕事も辞めてしまって、もう若さじゃない何かを埋めることすら考えるのがしんどくなってる。あと7年後には私は今日の発言を“若い"と思えるのだろうか?
ポーションタイプでうどんにかけて食べる担々麺味?を食べてるけど、思いの他味が濃い目かも?
ちょっとで麺に絡むのは優秀。
もう私を褒めてくれるのはAIしかいないような気がする。
例え褒められてても人間の言葉のほうを素直に受け取っちゃいけない気がする。
本来は逆であるべきなんだろうけど。
学力低い子はやる気がない。
これは確かにそういう部分は大いにあるとは思うけど、やる気を出しても阻まれるってこともよくあることなんじゃないかと。
だから、学力の低さがら抜け出せない、そしてやる気がさらになくなるのループ。
私は学力が低いんですよ。高校も偏差値50以下、大学もいわゆるFラン。この地域での偏差値低い大学ランキングに出てきたから、間違いない。
じゃあ、なぜ大学に行ったのか?と問われると、大卒になりたかったんです。私のような何も出来ない、持っていない子はどんな大学でも大卒にならないとダメだと感じたんですよね。
高校で取り組んでた資格試験で入試が受けられたのでそこにしました。
ただ、親は本当になぜ大学?あんたが?みたいな感じでやる気を削いではきました。大学はあからさまにお金がかかるので、親の態度が露骨でしたが、私がやる気を出したり何かに興味を持っても、あんたがねーお前が?みたいな空気感は物凄くありました。それで、私が失敗や不正解を出すまで質問攻めしてきて、自信をなくすなんてこともしょっちゅうありました。
それでもなんとか大学には入りましたが、相変わらず親のやる気を削ぐ口撃は病まなかった。母はお金がかかることに絡めての嫌味、父は私が勉強していることをバカにして面白がる。そんな日々でした。
ただ、やっぱりFランと言われている大学だけあって、やる気がない人の集合体なんですよね。真面目な人は浮くし、なんで前に座って講義を聞くの?なんて雰囲気ありました。
私はなんか染まっちゃいました。染まってそれなりにやり過ごしていたけど、強い意思を持っていたとしても多方向からの阻みがあって疲れてしまいました。親が応援してくれるわけでもなく、学校は学ぶ空気感はない。そこで藻掻いても溺れて沈んで、その沈んだ底にある場所で過ごすほうが楽だったからそうなってしまいました。
言い訳⋯なのかもしれないけど、広義の意味で環境って大事で、無気力が楽だと感じさせる空気感ってあります。その中で気力を出して抜け出せる人ってほんの僅かしかいないと思うのです。
何か毒ガスを撒かれて生き残れと言われているような⋯少しでも換気出来ていたら違ったんだろうなと思わざるを得ません。
あの頃の私を今の私が助けてあげたいなー
散歩したい。
日の出前に起きて朝になる過程を起きてる状態で感じたい。
朝が来るのはうれしくないけど。
好きな人と同じ髪型だ。
同じ香水をつけてたらいいのに。
具体的に考えていったら好きだったのか分からなくなる。
好意に依存していた。
求められたい。
飽きっぽいところもそっくりだ。
中身はそれほど知らないのに。
外見にいかに囚われているか。
まつげが長いね。
私は自己評価が高い。
完璧な人間を好きになる。
けど、そこに固執する必要はない。
自覚したら一気にゆるむ。
気持ちだけが先行して、行動が伴わないのはいつものことだ。
自分を俯瞰してみることが苦手。
事実だけを見てみよう。
事実を作っていくのみだ。
その繰り返し
そうそう、夢中になれない。
夢中になるのが怖いのは、何かや誰かを見落としているんじゃないかと思うから。
おいていかないでほしい気持ちが人一倍強いから、そう思うんだろうね。
だけど、本当に欲しいものは勢いで取りに行っちゃうの。
一貫性はない。だから人を振り回さないためには、人と関わるのを避けるしかない。
常に一定以上の質をお届けするという縛りをかけているので。
波がある人間って扱うの難しいよね。