楽しいのに、物凄く孤独になる。何しても満たされない気持ちになります。宇宙のど真ん中で迷子の気分。昔から。みんな、楽しいのかな?人間は完全体ではないから、これが正しいのかもしれないけれど明らかにみんなと自分は別次元にいる感じである。みんなが楽しめていることが楽しめない。みんなが当たり前に思うことが私には出来ないそんな時に物凄く孤独になる。みんながキラキラしてみえて「ああ、私はあなたになれない」と決定的になる。二年ぐらい前に出てたaikoの歌詞なんだがそればかり頭になり響く。「別にそれでいいんだけど。」ってまた私は悪態ついて生意気なこと言い、なんでもない自分演じるが、本当は気分下がり、なんでもない自分に嫌気が差す。
「私には言われたくない」と、相手の心の中で一線を引かれてしまっているのを感じる瞬間は、胸の奥がツンと痛むような、言葉にできない寂しさがありますよね。
良かれと思ってかけた言葉や、ほんの少しの関わりが、相手の壁に弾き返されてしまったような感覚。そんなとき、自分の存在そのものを否定されたかのように感じて、ふっと悲しみが押し寄せてくるのは当然のことだと思います。
でも、そうした痛みを感じるからこそ、「もっと自分を大切にしよう」と、意識のベクトルを自分自身に向けてあげることが何よりも大切です。他人の反応や心の境界線はコントロールできませんが、自分の心に寄り添い、優しく労わってあげることは、いつでも自分自身にしかできない特権だからです。
他人の言葉や態度に振り回されて擦り切れてしまう前に、まずは自分という一番の理解者をしっかりと抱きしめて、慈しんでいきたいと改めて強く実感します。
ドトールのレジ横のスイートポテト、初めて食べたけど美味しい〜
常温販売タイプだけど、賞味期限が明日までなんだー
買いだめは出来ない
やって来たオーブントースターでパン焼いたら美味しくて、最近は毎朝パン食になってる。
グラファイトヒーターってのはすごいね、パンがすごく美味しく感じる。
トーストと共に目玉焼き作りたくて、100均でオーブントースター用目玉焼きパン買ってみたらこれも調子良くて、更にパンライフが楽しくなった。
100均のパンはすぐにくっつくようになったから、いいやつに買い換え予定。
そのうち自分でパンも焼いてみたくなった。今流行りのこねない系ならいけるかな?
実は以前にパン焼き機を持ってたんだけど、うちの家族そんなにパン好きじゃなくて使わなくなったから手放したんだよね。
それが今は毎日美味しいと食パン食べてるのみたら、パンがそんなに好きじゃなかった訳ではなく、食パンの焼き方?が合ってなかったって事なのか。
ああ、そろそろソロでゴロゴロしたいなーと思ってきました。
自分がルールなので、他人の目がシンドいです。
最近言われる、誰も傷つけない笑いってなんだって思います。最初からそんなのあたりまえじゃないか。明らかに貶すとかじゃなくても、勝手に傷ついてる人種もいるにはいると思う。
誰も傷つけないためにひとりでいたい
連休中に実家に帰った。父の墓参りに行ったこと以外は、特にいつもと変わらない過ごし方をした。
何事も無ければいつも年に2回、ゴールデンウィークと年末に実家に帰るのだが、母も弟ももう1回くらいは帰って来て欲しそうだった。
その理由というのも、仲がそれ程良かった訳ではないが、父という話し相手が減ったこともあって、母がボケるのではないかという心配からのようだ。
本当は言いたいこともあるけど、何も言わずに話を聞いた。
歳を取ると、新しく何かをするとか何かを変えるというのは、若い頃よりもエネルギーや勇気のいることだけど、どんどん世界を狭めてしまうのは良くないなと思う。
自分も歳を取るとそうなってしまうのだろうか。
またベランダの鍵がしてなかった。
鍵をしていないだけで、音も聞こえるし風も入ってくる。
でも、注意したら途端に私の普段いたらないところを指摘されたりして疲れるから、どうしようかな。
いいなぁと言い過ぎるとダメらしい。ネットを徘徊していて見かけた。
基本的にいいなぁって、いいねと同じで使ってるけど、ズルいというニュアンスを含めて解釈する人がいるらしい。
なんでかもかんでも、いいな〜って言われるとうんざりするらしい。状況にもよるかもしれないけど、そのいいな〜を言われないシチュエーションを作ること大事かもなと。
ただの会話だし、そのいいな〜を言うことが、その人の処世術かもしれないからね。
いいな〜以外に適切な言葉がないこともあるし、まあ、その人にとってはその言葉が嫌なんだからしょうがないけと、色々なことが嫌な人っているんだなーと思います。
いいな〜より、いいですね〜とほうが、自分は持っていないけど、心底羨ましいという匂いが消えるよう気がするので、誰に対してもいいですね〜と言うようにするのが安全なのかもしれません。
ホームパーティーの描写がある本を読んでいる。
まだ途中だけど、この家族ぐるみの意味不明な馴れ合い気持ち悪い⋯って思い出してしまった。
もうこういう付き合いがないことに安堵する。
私があの人を観察用として見てきて感じたことの1つは、なかったことにするタイプが苦手なんだな、ということです。
矛盾が受け入れられるかどうかが価値観が合うということだとは思うけど、私はあの人が、なかったことにすることに拒絶反応を示している。
こんなことをしていたのに、こんなに拘っていたのに、今はソレするんだ、こうなんだって、矛盾が受け入れられないと同時に、以前していたこと、拘っていたこと、言っていたことがなかったことになっているんですよね。だからその矛盾が際立つし、不快感を覚える。
人は生きていれば価値観も変わるし、ずっと同じなんて無理だとは思うけど、変わる前の自分や発言や出来事をなかったことには出来ないんです。土台をすぐに捨てて、以前からこの考え方でした、これが好きでした、みたいな態度をとるからあの人は私からの反感を買っているのでしょう。
現在は本人にとってはなかったことにされていることで、翻弄されたり理解しようしていたのに、そういう周りの人の気持ちが置き去りなんですよね。もう私もあの人を友人だと思って過ごした日々は、なかったことにしたいけど、それは難しいんですよね。
ただ、なかったことには出来ないけど、現在手元にないことが嬉しい。そんなところです。