人とうまくやっている人が、必ずしも性格がいいとは限らないんですよね。
性格に難があって人とうまくいかない人もいれば、性格に難があってもうまくやっている人もいる。失礼ながら、性格に難があるからこそうまくやれているんじゃないか、と思うことさえあります。
「性格に難がある」という言葉は、わかりやすいようでいて、実際にはかなり幅広い意味を持っています。ただ、性格が悪いという意味で考えるなら、その悪さがかえって役に立つこともあるのでしょう。
自分の思いどおりに物事を進めたり、人をうまく動かしたり。性格の悪さを巧みに使っている人もいると思います。
性格が悪いのにうまくやっている人は、性格の悪さを隠すのがうまいのだと言われることがあります。私も以前は、なんでこんな人がうまくやれているんだろうと思うと、そういうふうに考えていました。
でも、隠しているというより、性格の悪さをうまく使っているのかもしれません。悪いところを隠すために別の顔を見せることも含めて、自分の性格を利用している。そう考えると、性格が悪いのにうまくやれているというより、性格が悪いからこそうまくやれている、という見方もできるんですよね。
もちろん、性格に問題があってもうまくやっている人が、みんな計算して立ち回っているわけではないと思います。むしろ、そうではない人のほうが多いのかもしれません。
私の友達に、あれこれ企てるくらいなら面倒くさい、と思うタイプの人がいます。
もっとこうすればいいのに。こういうふうに立ち回ればいいのに。
余計なことを思ってしまうこともありますが、私はそういうところが好きなんですよね。世間的には、もう少しうまくやったほうが得をするのかもしれません。でも、そういうことをしないところも、その人の魅力だと思っています。
うまく立ち回れないことが、その人の欠点とは限らない。むしろ、うまく立ち回らないところに、その人の魅力があることだってあるわけです。
こういう意見は、外ではあまり言えないことかもしれません。
人は、何かを持っていないと自分はダメなんじゃないかと思ってしまうことがあります。欲しいものが手に入らなかったり、周りの人が持っているものを自分は持っていなかったりすると、余計にそう感じるのかもしれません。
でも、いろいろなものを持っているからといって、それだけで何かが優れているとは限らないんですよね。たくさん持っているのに肝心なものが欠けている人もいるし、いろいろ持っているのに、それでいいのかと思う人もいます。私だって、誰かからそう思われているかもしれません。
手に入らないものがあると、自分に問題があるからだと思ってしまう。でも、必ずしもそうとは限らないんですよね。
ダメだから手に入らないものもあるのかもしれませんが、ダメではないからこそ手に入っていないものだって、たくさんあるのだと思います。
何かを持っている人が優れていて、持っていない人が劣っている。そんな単純な話ではないんですよね。
そういう考え方も、ありだと思います。