「伝える」ために言葉を磨くほど、自分自身の本音から遠ざかっていく感覚がある。相手に届くようにと工夫を凝らしても、結局、曲解されて否定されるのなら、その努力はひどく虚しいものに思えてしまう。
それならば、誰のためでもない、自分だけの言葉をそのまま置くのが一番の正解なのだろう。心の奥底にある、普段は口にできない想いを、せめてどこかで肯定してほしい。けれど、無遠慮な否定に晒されるのは、もう耐えられない。今のこの「逃げ」のような書き方は、私が私でいるための、たった一つの防衛策なのだ。そんな私の言葉を見つけ、そっと寄り添ってくれる人がいることに、今は深く感謝したい。
オールドファッション、チョコがけうまーい
スーパーのパンコーナーで売ってたものだけど、クオリティが高い。これで1個100円とは。アイスコーヒーに合う!
私が不機嫌でいることは許されない。
家の中で不機嫌を出してしまった。
おかげで険悪。
あやまっても、うんと言われるだけ。
もう謝りたくない。
私だけが我慢してる。
そういう思考になってしまっている関係性。
あっちも我慢してるのにね。
いいときの記憶がなくなっていく。
逃げ出したい。
苦しいよ。
自分宛にメンション付けられた連絡事項に対して無反応を貫ける人のメンタルってすごいなって思う。
それに対してイライラするのも馬鹿らしいので最初から期待しなければいいのだけど。
お茶の出し方がなってないと会社員時代に言われたけど、今考えてもそんなにおかしなことはしてないと思う。なってないと言われただけで、具体的な何かは説明がなかった。
普段から間違いを探してやろう!って目線で見られてたのは感じてた。たぶん何か間違っていたとしても、些細なことだと思う。
難しい間違い探しをすると、間違っていない箇所も間違いに見えたりするし、よーく見ないと気がつかない間違いだったりする。
普段から間違い探しをしてると、何でも間違いに見えるし、間違いを見つけたら、嬉しいんだと思う。
そういう人はどこにでもいるなと。
今日の晩御飯何にしようかなー
料理は面倒〜。でも生きるためにはしゃーないからやってるだけ。
この生きるためってのが面倒なんだよね。これを食べてみたいから、作ってみたいから、よくわからない調味料やら野菜やらを買って、中途半端に余ったよくわからない子たちを後はどう料理するかをやらなければ料理は楽しいとは思う。
基本的に私が料理してるけど、他の家族がやることもある。その時によくわからない子たちが増える。私もイヤイヤながらも十何年料理してきているので、“普通の子"が余ればなんとか他の料理に使うことは出来る。でも、普通じゃない子たちは難しい。
今、冷蔵に謎のピクルスのようなものがある。この前外食したら、その謎のピクルスがスモークサーモンに乗っていて、ああ、この使い方!と思ったけど、スモークサーモンなんて時々しか買わないし、私の中では高級品だから⋯
そもそも実はピクルスはそんなに好きじゃない。家にあるのはピクルスのような小さいものだから、なんとかアクセントになる。あれはガチのピクルスではない。でも、ピクルス科だとは思う。家族が謎の料理を作りたいときに買った。その謎の料理も美味しかった。謎のピクルスの名前がわからない。その程度の認識なのに普段使い出来るわけがない。
ああ刻んでタルタルソースにすればいいのか。でもちょうど正露丸くらいの粒のアイツを刻むのがもったいない気がする。
じゃあそのまま入れたらいいんじゃないのとも思う。そうかそのままいれたらいいのか。でも、タルタルソースを使うような料理はだいたい揚物だ。揚げ物の気分じゃない。
ああ謎のピクルスどうしよう。まだ大丈夫か。酢漬けされてるから大丈夫。
この懊悩が生きるための生活のための料理なのだ。
1人になりたいと思うことは良くないのだろうか?
ネットではあることないこと、ここぞとばかりに叩かれる。
でも冷静に考えて「あなた誰なん?」
縁もゆかりも無い人に自分の主張を押し付けられても
なんの得にもならん。
それじゃ人と関わらないのが一番幸せじゃね?って思ってしまう今日このごろ。
『家族にも食べさせたかった』って、その一言、本当に必要?美味しいものを前にして、わざわざ『良い人な自分』を演出されると、料理の味がぼやける気がする。家族を想うのは自由だけど、それを他人にアピールする透けて見えた承認欲求が、正直言って鼻につく。今はただ、目の前の皿に集中させてほしい。
昔、あることを取りまとめている立場だったときにLINEで連絡していました。
最後に「返信不要です」をつけて送っていたから当然誰も返信しません。それでいいのです。
ただ、同じ取りまとめの係だった人が、「返信不要って書いてても普通スタンプくらい送らない?」とか言ってきたのです。
イヤイヤ、送らないでしょ?スタンプが送られたら何十人分の通知来るんだから⋯
もちろん、その人とは他のことでもまったく感覚が合わず苦労しました。
でも、こういうのあるよね、こう書いてあるけど、本当はこうするみたいなヤツ。それがわからないし、そんな場面に出くわすといつも疲労が毛穴から滲み出るのです。
随分と大事なもの、みたいな触り方をするんだな。
と、なんだか冷静に思ってしまった。
「自分のことをどう思っているのか?」
そんな些細なことを、たぶんお互いがずっと言えずにいる。付かず離れず、2年は経った『友達以上恋人未満』な中学のたった3年間だけ同級生だった人。特に仲は良いわけでも全然なかった。
それが、なぜか大人になってからよく会うようになり、あるときから、その腕に触れてみたいと思うようになってしまった。いつからかそんな、以上未満な関係になった。
お互い、異なる事情があって、簡単には誰かと付き合ったり出来ず、深くは踏み込めないままでいる。
だから、これ以上の進展が望めないのなら、もう終わりにしようと思ってた。
それなのに。
いつもはむしろ、遠慮のないような触り方をするのに。関係を見限ろうとした今日に限って、どうしてそんな、大切なものみたいにわたしに触れ、大事に扱うのだろう。どうして優しく頭を撫で、抱きしめてそのまま一緒に眠ろうとするのだろうか。