裁縫苦手だなー
100年くらい前なら、女なのに裁縫も出来ないのか⋯と生きていけなかったかも?
今もそんな目線は多少ありますが、ネットもあるし、既製品も素晴らしいし、ありがたいな。
年齢的にリタイアについて考え始めたりしている。今のところ、このまま家庭を持たずに、ひとりで老後を過ごすことになるだろう。自分ひとりなら、何かあって経済的に厳しくなったときでも、自分の判断で生活レベルを下げたりもできるし、何とかなるんじゃないかという気がしている。
今考えていることをAIに相談してみたところ、少し安心できるような回答が返ってきた。説得力はあるけど、やはり漠然とした不安はある。
仕事を辞めてリタイア後の生活はストレスが減るのではないかと思うのだけど、仕事をしないと不安になってそれがストレスになったりするのかな。
誰もいないと思って油断していると、どこからか学級委員のふりした宇宙人が来るから油断出来ないけど、本当はめちゃくちゃ油断したいです。
「そうこうしているうちに⋯」のそうこうって漢字で書くと、倉皇なのを知って驚愕しています。
"そう"したり、“こう"したりしているうちにみたいに、アレコレしているうちにと同じ類だと思っていました。
慌てふためく事という意味らしいですが、倉にも皇にも、慌てるという意味があるらしいです。
「そうこうしているうちに⋯」の“そうこう"に倉皇という漢字があったことに狼狽しています。今、目の前にある絆創膏の箱には「ばんそうこう」とひらがなで書いてありました。唐突ですね。でも、難解な言葉はひらがなの方がいいでしょうね。傷は誰にでも出来ますから。
表に出す前にまずは草稿をを出してからの方がいいのでしょうが、速攻で書いた気持ちを置き去りにしたほうが心には即効性が見込めるでしょうね。特にネットでは。
人生の走行距離も半分くらいまできたでしょうか。自分が描いていた構想とは違う道を歩んできましたが、倉皇しているうちにフィナーレを迎えるんでしょうね。その時は葬式じゃなくて、壮行会みたいにして欲しいです。でも、派手なのは苦手だから直葬でいいかな?まだ、先の事でしょうが。
糟糠の妻って言葉ありますが、私、それになれないし、なるつもりもありません。糟糠の娘みたいになって欲しかったんだろうな、父は⋯と思うけど、それもなれませんでした。でも、糠に漬けられてオリジナルの漬物のような自分が出来たでしょう。
でも、その糠漬、誰が食べるの?
言わなくてもやってくれるけど、言ったときはやってくれない人に疲れているんです。
私が一番望んでいるのは、言葉に出したお願いを快く引き受けてくれることなんです。だけど、こちらからのお願いには曇った顔をする。
相手のために色々考えたことを、自分のタイミングで放出して喜んでほしいみたいです。
でも、これっておかしいんですよね。受け取る側は私なのに、私の都合はあまり配慮されないんです。
普段やってあげてるのに、まだ求めるのか?みたいに思っているのかもしれない。でも、そのやってあげてるときは、私が頼んだときではないんです。
じゃあ、やってくれなくていいです。疲れました。
家族でも親しい人でも距離を保ちたいと思っているのに、それができない環境にちょっと疲れてしまった。
私、人間向いてないだろうなと改めて思う。
なんか色々つかれたよ。頑張ろうとすると阻まれることにシンドさを感じます。
そこから這い上がれない。あーシンドイ。たすけて欲しい
でも、助けて欲しいと言うと手を放される日々で、自分の存在価値がわかりません。大事にされたいなー
近くにいるからわかるとか、ない。
その人がサボってると思い込んだら、どんなに頑張っても、サボってると言われます。
つまり人は見たいようにしか人を見ない
マジメにやろうとすると横槍が入るのはなんなんだろうね。
あれがなければけっこう継続出来たこと、たくさんあるんだよな。
でも言い訳だと思われるか
それ、私も昨日同じようなの作ったんよ〜
前の日と被らないように献立考えるのも料理の一部だよ〜
⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀ ⠀