2026.05.09Sat
非表示 16:44

職場に嫌いな人がいる。
あちらも私のことが嫌い。
そういうものだ。

意地悪ではないし、みんなで仲良くとかこうした方がより良くなるとか発信している仕事のできる人。

でも、私はこの人が嫌いなのだ。

心根が優しいと感じたことがないから。

だれかを陥れたりすることはないが、なぜか信用できない。

まわりからはきちんと評価されている人で、その評価も当然だと思う。

でも、私はこの人が嫌いなのだ。
大嫌い。


非表示 10:47

女性の皆様へ
質問させてください。
カップルでレストランに入った場合、女性を奥に座らせるのって当たり前?

という書き込みを見た。

その時に、最近の私は、殿方に対して、奥に座りなよって言ってることに気付いた。
私は通路側に座ることがほとんど。

女性扱いされるような立ち振る舞いを身に付けたいなと思った。
支払いに関しても、払ってしまう。

情けないな、、


非表示 10:45

ひとりで食べると美味しい
食べ物とマンツーマンの感じ良い。
ドラマ、孤独のグルメの功績って、ひとりで食べることの美味しさを一般的にしたよね〜


非表示 05:58

ネットを徘徊していたら、「経済的に余裕があるというわけではないのに、子ども3人以上いる母は変わった人が多いというのが穿った見方ですが。」ということで書いてありました。
ああ、これ私も今ドンピシャで考えてたことなんで穿った見方でもないですよーと。
私は子ども3人の家で育ったんですよね。で、母の口癖はお金がない。父がまあまあ飲み代とかに使ったりお金の使い方が変っていうのも母の愚痴から聞いてましたし、その通りだとは思うけど、やっぱり母も変ですよ。子ども3人持っていい器じゃない。1人も持っちゃいけないとすら思う。
うちの場合の厄介なところは、父がわかりやすくオカシイんですよね。だから、母のオカシイところに気が付かない。下のきょうだいは未だに母のオカシイところに気がついてないと思う。
私だけにオカシイ母だったという言い方も出来るかもしれないけど、とにかく母はオカシイ。
具体的に何が?となると、エピソード一つ一つ書かなきゃならないほど、1回の出来事は小さいことかもしれないけど、小さい頃から母の愚痴は聞いてたな。周りの愚痴だけならともかく、私の愚痴を私に言うところは境界線がさすがになさすぎる。小言じゃなくて愚痴なんですよね。
父が厄介で私に対しても父は強烈だったから、父の愚痴を私を守るふりにして言う。これが厄介ポイント。結局自分が愚痴を言いたがために私が父に謎の圧をかけられていても助けることはしなかった。その場は私を父に差し出してただけ。でも、母はわかってくれていると思い込んでしまった。
だから、母が私の愚痴を私に言う事も違和感を覚えつつも普通のことだと思ってしまった。同じ母親どうしで愚痴るようなニュアンスで私に愚痴る。母はよく群れない自分アピールしてたけど、単純に性格が変だから周りに人がいなかっただけだと思う。現代なら、こうやってネットに「経済的に余裕があるというわけではないのに、子ども3人以上いる母は変わった人が多いというのが穿った見方ですが。」と書かれるのは母のような人のことを言ってるんだと思う。
母が亡くなって10年、色々な魔法が解けて母が魔女だったことに気がついていく。それがツライこともあるけど、自分の当時の何もかも上手くいかなさはこの魔法のせいだったと思うと自分が救われるから、この考えを改めないし、誰がなんと言おうとも母は変だ。
経済的に余裕ないのに3人以上子どもがいる母は変な人。という偏見は私の母みたいな人のせいで生まれてると改めて思う。経済的な余裕のなさからしか滲み出ない変な会話してるんだと思う。
私が大学に行ったことも納得いっていないから、子どもが大学に行かないようにするには、高校もこういうところに行かせちゃダメで⋯って言う会話をパートの人にしたというのを私に聞かせてくる。内容もオカシイし、それを自分の子どもに言ってくるのもオカシイ。そういうところだと思う。これは変な人だ。
今、周りの人にこんなことアドバイスされたら、本能的に引く。それをまさかの子どもに伝えてるとは思わないけど。でも、それをやったのが私の母。
主語が大きいと怒られるけど、ネットで見た偏見は私の中では正解のときもある。そんな母だったからしょうがない。母みたいになりたくない。

2026.05.08Fri
非表示 14:39

需要と供給が一致しないのは、市場も人間関係も同じだ。
欲しい時に限って空振りし、いらない時に限って押し売りされる。
エゴのぶつかり稽古に付き合うのは、ほとほと疲れる。
だが、それが「人間」という規格なのだろう。
文句を言っても始まらない。熱いコーヒー⋯じゃなくて、今日はミロでも飲んでどうにかするか。


非表示 13:56

中年と言われる年齢ですが、この歳になると中途半端な知り合いを増やしたくないんですよね。
元々の性格もあるとは思いますが、何も知らない人のほうが楽なんですよ。 
中途半端な知り合いになると、挨拶はしなきゃらならない。
この挨拶がもう面倒。だから中途半端な知り合いがいないほうが楽。すれ違う人、みんな知らない人って素晴らしい。
自分が選んだ人だけで人間関係を作りたい。自分は選ばれないかもしれないけど。それならそれで。


非表示 08:23

厳密に言えばダメなことなんだろうけど、そのダメなことが直接自分に被害がないことでも、ルール違反、マナー違反ってうるさい人が多い気がするんだよね。あれはなんなのか


非表示 05:50

新型コロナウイルスの時代をベースに書かれた小説を見て思い出したこと。
当時やっていたパート先にいた大学生、コロナが怖いということで来なくなった。距離感が妙に近いフレンドリーさを勘違いしてる感覚が好きじゃなかったから正直良かった。コロナが落ち着いた頃、シレッと客として来ていたけど、気が付かないふりした。
この大学生、コロナがいかに怖いかをお得意の距離なしエセ親近感で熱弁をふるっていたように思う。ニュースでここでクラスターが発生したとかなんとかを、その話題が仕事に関係あることかのように話していたので、あれは“仕事の話“の一部だったのかもしれない。
その“仕事の話"の中で、大学生は一人で居酒屋に食事に行ったとのこと。あんなに怖がってるのに居酒屋⋯しかも一人なら家で食べればいいものを⋯という心の声がするのを抑えて聞こえてくる“仕事の話"に耳だけは傾けていると、その居酒屋で飲んでいたグループと仲良くなってなんちゃら⋯と話しだして、ああ、こうやってクラスターという集団感染って発生していくんだなーと理解した。
怖がっているから対策している気になってしまう。そんなことは他のことでもあるのかもしれない。コロナは恐ろしいものだと理解しているし、ニュースで動向もチェックしているから大丈夫。だけど怖い。それはそれで居酒屋に行こう。ご飯を食べよう、なんか他の客と仲良くなってしまった。ああ、これ、何話しても興味なさそうなパート先の人に話そう。自分はこんなにフレンドリーになのに話が盛り上がらないからバイトが長く感じるし。
こんなところだろう。
コロナが怖いから来なくなった⋯でも本人が怖がってたものって本当はそれじゃない他の何がだろう。

2026.05.07Thu
非表示 14:43

母の日に売っているカーネーションの花びらを模したチョコレートが乗ってるケーキ食べたいんだけど、自分で買ったらあてつけみたいに見えるから出来ない。
母の日はいかなる場合も日曜日だから平日にそれを食べることが出来ないのがもどかしい。


非表示 08:48

歩調を合わせようとしているとトラブルに巻き込まれやすいのがわかった。
私は私のペースを絶対変えない。スタスタ歩く人に合わせているだけだど、それしか出来なくなる。

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