うっすら頭痛。
微妙な寝坊。
そんな1日のスタートですが、3月も終わりで、またなんとなく過ごしてきたのを実感します。
ペットボトル入りコーヒーが、表記がコーヒーからコーヒー飲料にしれっと変わったものがあるとか。その表示はコーヒー豆の含有量によって決めれるそうです。ざっくりいうとコーヒー豆が多いほうがコーヒー、少ないほうがコーヒー飲料。
製法が変わったからコーヒー飲料となっても味は変わらないということらしいし、実際、味はそこまで変わっていないと飲んだ人が言っていたけど、このしれっと変わったところが嫌だなーとは思いました。
この出来事で真っ先に思い出されたのが、ウーロン茶入れ替え事件でした。いつものウーロン茶のペットボトルに他の会社のウーロン茶を父が入れ替えて、私が気がつくか気がつかないかを実験されました。
私は気がつかなかったんですが、父が嬉しそうでした。
でも、気が付かないと思う。パッケージ同じだし、ウーロン茶はウーロン茶なんだから、気が付かないし、違うと思っていないから気付けない。
あの時の父のしてやったり顔、わすれられないなー
私ってバカにするため用の玩具だったんです。だから父はきっと「愛情があったからやった」というだろう。玩具で遊んでるから。でも、それは愛情じゃなくて、自分の子どもだから自分が好きなように扱ってもいい、自分が稼いで食べさせてやってるんだし。という思いから来てると思うのです。
しれっと変わったら一瞬は騙せると思います。そんなにみんな敏感ではありません。ただ、しれっと変えても大丈夫だろうと思われていたという事実はずっと消えないんです。私はペットボトル入りコーヒーは飲まないので関係ありませんが、それをやられた事実って一回でもあるとないのとでは心情が違う。そういうものです。
夫は早く眠り、私はなんなんだろう。
家政婦やん。
そうしてるのは私。
わかってるよ。
夫は何も求めていない。
あぁ、きついな。
私が勝手に家政婦をしているだけ。
仕事以外が忙しくて、毎日のルーティンが乱れてる。あと、つい甘いものを食べてしまう。あまり見ないようにしていたけど、やはり少しお腹が出てきているような気がする。
オートミールは鉄分の吸収を妨げる可能性があるという記事をどこかで見てから、ここ数年健康診断で貧血と出てるのはこれが原因ではないかと思ってやめてみてる。それからご飯を食べているんだけど、それも太る原因かもしれない。
体重を測ってみるか…。
そんなつもりないけど、知識のマウントとか思われてたら嫌だなー
なんかそういうことばかりふと思ってしまう。
1人が一番だな
人生とっくに折り返してる年齢になって思う。
うわべだけの友達って必要なんかな?
コミニティって必要なんかな?
つながりって必要なんかな?
自分の時間を減らすだけじゃないのか?
自分が大切に思う人、自分を大切に思ってくれる人が周りに数人いればそれでよいと思うのはいけないことなのだろうか?
家事、子育て、嫁、母親、PTA役員、町内会役員などなど、今まで色んなことに携わらせてもらえて、確かに学んだことや救われたこともあった。
でも、もう自分の中では自分中心の人生にシフトしたいと思ってる。好きなことややりたいことで時間を使いたい。
家事や孫育ての時間を組み立ててから、残りの時間を自分の時間とする生活なんてまっぴらだ。
言いたいことなんか何もないほうが楽かもしれない。
自己主張なんて10年先でいいんだよねー
この言葉、知った当時より今自分に響いています。
自己主張なんて10年先でいい、とずっと唱えていることで
自分を守れているな。
自分に響く歌詞、色々あったけど、あの頃発掘したものが現在の私を保護してる。あの頃の私が自分の保護者のかもしれない。
子どもじゃないわ大人じゃないケド
そろそろ筍が売り出してきましたねー
茹でるのは面倒だけど、美味しさが勝つからこれだけは毎年毎年やってます。
筍ご飯たのしみ〜
もうちょっと安くなってきたら買います。
「ここ、並んでます?」
威圧感という言葉がぴったりの味付けを添えた口調の女が、レジに並んでいる私にこう話しかけてきたことがある。
私は商品を持って並んでいた。ただレジ前に陳列されている商品が気になっていたので、それをわりと熱心に見ていた。
その様子を見た女は私は並んでいないのに、並んでいる場所を占拠して邪魔だと思ったんだろう。
私は並んでいるので、「並んでます」とだけ言った。そのときの女の顔に"絶対並んでいないのに、邪魔なところにいるだけだと思ったのに"という悔しさが表情に滲み出ていた。対した謝りもせず女はどこかに消えていった。
なんでこういう人っているんだろう。です、ます、を使っていれば許されると思っているタイプ。ああいうタイプとは関わりたくないなと心底思う。
確かに店の作りや広さによっては、この人並んでるのか商品を見てるのかわからないことはしょっちゅうある。この配列変えて欲しいなと思うこともある。でも、今回の問題はそこではない。
「ここ、並んでます?」という同じ言葉でも、もっと柔らかに遠慮を含めた言い方って出来るはず。これは個人の声の質とかまったく関係ない。邪魔!という圧を持って言葉にすれば、それがトーンに出る。本能にそれを出していい相手を見定めている。
私が男性で筋肉質な体に眉を剃り込み派手なシャツなんか着ていたら、あの女は話しかけることすらしないだろう。
並んでるか並んでないかを聞くことは問題ないと思う。レジ前に商品を置いていたり、思ったより長くレジ打ちの時間がかかることもあるし。問題は言い方。本当に同じ言葉でも言い方なんですよね。でも、あの女は相手によって変えてるんだろうな。あの時だけの出会いだけど、そんなことまで想像してしまう。
圧かけて人生を有利にしてきたんだろうなと。でも、圧をかけなくてもいい場面ってたくさんある。無駄に圧かけてるなーって人、案外多くて長い目でみたら人生損してますよとも思うけど、私みたいに圧かけられやすい人物にだけ圧をかけていくスタイルで生きていくなら楽なのかもしれませんね。真似したくないけど。
土曜日が終わる。
もったいないことした。
動けなかった。
明日は散髪。スッキリしたい。
動けないのに たくさん食べた。