2026.10.12Mon
非表示 17:45

先日の新月、私はいつも通りお風呂に入って熟睡。
一方、2カ月ぶりにきれいに晴れた新月、と喜んで天体写真をせっせと撮影するひと。
月明かりがないから、星の観測がしやすいそう。

そんな違いがあるのか。

私は、月が大好き。
名前にも月の文字が複数つくので、とても人ごとに思えない存在だ。

でも、月、お邪魔でしたか…?
少し寂しくなった。

一生交わることのない、そのつもりもない関係性だけど、やっぱり見る世界が違うんだろうなと思った。
言葉にされたものを調べて、見せてもらって、やっとちょっとだけ、これかー、と分かった気がする。
星座の名前もほとんど知らないのに、人工衛星とかアルマ望遠鏡とか、ピンポイントな天文知識が増えていくんだけど(笑)

深夜の流星群とか、早朝のロケット発射の予定とか。
嬉々として話してたけど、ごめん、私は、寝る。
年取ったら睡眠時間が短くなると聞くけど、未だに9時間くらい余裕で寝てる私には、ちょっとね。

そんな距離感。
全部追いかけない。
自分の生活第一。

これが大人の推し活、なんてな。


非表示 15:39

今日ライブを観にきたけど、周辺の施設でアレコレ買ってたべて、ライブ付き観光みたいになってる。
もうおなかいっぱい。指定席で良かった


非表示 12:42

今日晴れてますねー
電車で隣にいたカップル、彼氏好きすぎオーラすごかったなー
たぶん、こういうのはさ、、、
未来は腫れてますねー


非表示 05:51

そんなに人とつるまないタイプなんだろうな。そういうところ自分に似てるなと思うけど、似てる〜だけで終わらせてもいいものか⋯まあ、本人がそれが一番楽ならそれでいいのか。
私も基本的に高校生から1人でライブ行ってたし、1人行動の軸みたいのはあったかも。
でも高校生ときって友達とも今と比べたら濃い付き合いもしてたかも。だけど、当時の視点から考えたら、高校の友達はバイトや同じ中学の友達やその他の人間関係にも比重を置いていたし、中学のときの友達とは疎遠にはなっていなくとも、高校で出来た人間関係のほうに比重を置いてるんだろうなって感じることも合ったかな。
私に比重を大きく置いてる人って別にいなかった。仲悪かったわけじゃないし、テストが終わったらカラオケ言ってその後ファミレスでおしゃべりするのも定番だったし、かなり仲良かったけど、こっちに比重を今一番に置かれてます!って感覚はなかったんですよね。
だからといって、それが嫌だったとか責めたりとかそんなことはまったくなく、そういうものかと思っていたから、そのまま過ごしていたけど、もっと自分自身に比重を置かれた世界観ってどういうものなんだかも見てみたかった気がする。
寂しかったとかそういうことではなくて、誰かが私に比重を大きく置いてくれてるの経験したら、もっと違う感覚が現在の自分にあったのかもな⋯という変な好奇心ですね。
私を中心にしろ!というワガママではなくて、誰かの生活圏に当たり前にいて疎まれなくてサラッと馴染むような感覚⋯どこにいても自分が不純物のように感じるのは自分が考える馴染むという経験が少ないのかもしれない。
1人がラクなのも、自分を誰かに馴染ませられないし、私が思ったように馴染ませてもらえないから⋯
そんなことを考えました。私に似ていないほうが幸せかも?


非表示 05:24

人とうまくやっている人が、必ずしも性格がいいとは限らないんですよね。

性格に難があって人とうまくいかない人もいれば、性格に難があってもうまくやっている人もいる。失礼ながら、性格に難があるからこそうまくやれているんじゃないか、と思うことさえあります。

「性格に難がある」という言葉は、わかりやすいようでいて、実際にはかなり幅広い意味を持っています。ただ、性格が悪いという意味で考えるなら、その悪さがかえって役に立つこともあるのでしょう。

自分の思いどおりに物事を進めたり、人をうまく動かしたり。性格の悪さを巧みに使っている人もいると思います。

性格が悪いのにうまくやっている人は、性格の悪さを隠すのがうまいのだと言われることがあります。私も以前は、なんでこんな人がうまくやれているんだろうと思うと、そういうふうに考えていました。

でも、隠しているというより、性格の悪さをうまく使っているのかもしれません。悪いところを隠すために別の顔を見せることも含めて、自分の性格を利用している。そう考えると、性格が悪いのにうまくやれているというより、性格が悪いからこそうまくやれている、という見方もできるんですよね。

もちろん、性格に問題があってもうまくやっている人が、みんな計算して立ち回っているわけではないと思います。むしろ、そうではない人のほうが多いのかもしれません。

私の友達に、あれこれ企てるくらいなら面倒くさい、と思うタイプの人がいます。

もっとこうすればいいのに。こういうふうに立ち回ればいいのに。

余計なことを思ってしまうこともありますが、私はそういうところが好きなんですよね。世間的には、もう少しうまくやったほうが得をするのかもしれません。でも、そういうことをしないところも、その人の魅力だと思っています。

うまく立ち回れないことが、その人の欠点とは限らない。むしろ、うまく立ち回らないところに、その人の魅力があることだってあるわけです。

こういう意見は、外ではあまり言えないことかもしれません。

人は、何かを持っていないと自分はダメなんじゃないかと思ってしまうことがあります。欲しいものが手に入らなかったり、周りの人が持っているものを自分は持っていなかったりすると、余計にそう感じるのかもしれません。

でも、いろいろなものを持っているからといって、それだけで何かが優れているとは限らないんですよね。たくさん持っているのに肝心なものが欠けている人もいるし、いろいろ持っているのに、それでいいのかと思う人もいます。私だって、誰かからそう思われているかもしれません。

手に入らないものがあると、自分に問題があるからだと思ってしまう。でも、必ずしもそうとは限らないんですよね。

ダメだから手に入らないものもあるのかもしれませんが、ダメではないからこそ手に入っていないものだって、たくさんあるのだと思います。

何かを持っている人が優れていて、持っていない人が劣っている。そんな単純な話ではないんですよね。

そういう考え方も、ありだと思います。

2026.10.11Sun
非表示 17:27

推しおじが
また贈り物してきた
ちゃんと断ったのに
伝わってなかった
ミッションコンプリートらしい
推しおじは
嫌われないように気をつけるらしい
なぜと聞けば
寂しいからと
だからチャラいって言われるんですよと
教えてあげた


非表示 11:02

ゴミは綺麗にお掃除。
ただの落ち葉でも自分にとってゴミならそれはゴミでしかない。
綺麗にしなくちゃ。
ゴミがあるだけで嫌なんだもの。
でも、周りはゴミ扱いしていても、私にとってゴミじゃなければ、それはゴミじゃない。そのままにしておきます。


非表示 10:08

コロナ禍でPodcastにハマって、以来ずっと聞いている。

昔から大久保佳代子さんや叶姉妹の番組が好きだったけど、2020年代前半は個人の番組をよく聞いていた。

音声と個人番組の掛け合わせは、顔も知らない人たちをすごく身近に感じさせた。
声だけで人を引き付け、笑わせる個人の底力があった。

この1、2年、ビデオPodcastがはやり始めてから、芸能人の番組が急増した。

顔出しできない個人より、顔が売れている芸能人の方が有利だし、やっぱり餅は餅屋というか、プロの喋りや機材のクオリティには圧倒される。

ランキングも芸能人番組一色になり、個人番組がおすすめに挙がることもほとんどなくなった。

収益も出ない中、Podcastを盛り上げてきた個人の方たちは、今どう思われているのだろう。
私が番組を持っていたなら、きっと面白くないだろうな。

こんなことを書いておきながら、今の私のPodcastライブラリは、9割以上が芸能人の番組である。

大好きだった個人番組は終了したり、だんだん内容が合わなくなったりした。

人は変化するものだけど、個人が自発的に、収益なしに続ける番組の繊細さを感じることが続いた。

友達や同士のように感じていた人たちが、急に消えたり変わってしまう。
自分に合う人を無数の個人番組から探すことにも、正直疲れてしまった。

だから今は、芸能人の番組を愛聴している。
名前もキャラクターも知っている安心感と、プロのクオリティ。
お仕事だから、よほどのことがない限り解散せず、内容も安定している。
寂しい思いをしなくて済むのは大きい。

芸能人のビデオPodcastなんて、Youtubeどころか、TVのトーク番組と何が違うのだ。
そう言われたら反論できないし、私もそう思う。

今はない人気Podcastのホストが言っていた、
「テレビにひとを呼べなくなったからって、こっち迄来るな」
という言葉を思い出す。

Podcastがここまで普及したのは、何万人もの無名の個人たちが試行錯誤し、面白い番組を作ってきたからだ。

それを思うと、今の状況に胸が痛む。
それでもプロに安心感を持つ自分に、罪悪感を持ってしまう。

でも、もう帰られない流れがある。


非表示 07:55

Nisshi、初代の頃からたまにぽつぽつ書いてはいたのだけど、魂を受け継いだ二代目があることを知ったのが最近で、変わりない空気感に懐かしくなった。
最近は、複数のAIを使い同じ話題やプロンプトで違いを検証するなどしている。
結論から言うと、外部記憶装置やサポート的な使い方をする分には優秀だけれど、カウンセラーの代わりとしてはまだまだ未熟だと感じた。弱音を打ち明ければそれっぽく励ましてはくれる。しかし、「でも」とか「だけど」とかこちらの意見を受け入れたうえで逆接を使いこちらの感情が確かでない論拠をあげてくる。励ましの一環なのだろうけど、ひとによっては「でも」「だけど」で打ち明けたことが全否定されたと絶望するひともいるだろうに。少なくとも人間のカウンセラーはそういった反駁を容易に用いないだろう。
AIの進化は日々目覚ましく、いずれ人の代替として成立する分野も出てくると思う。
カウンセラーという役割をAIが担えるようになる日を私自身夢見てもいるけど、それはまだ遠そうだ。あとめっちゃ堂々と嘘を吐く。それ嘘すぎない?と指摘するといかにも反省したしょぼくれた反応を返してくる。あくまでも人間の「これだと思う」をいっぱい学習しているだけで、大元の人間がそれぞれの認知の違いがあるのだから完全な客観や完璧な真実というものは存在しない、主観の塊だ。AIはその平均値を排出しているにすぎないのだろう。
ただちゃんと得意分野もあって、お役所に提出しなければならない文章のサポートや添削などはわりと上手そうだった。シンギュラリティにはまだ遠そうだけど、いい感じの距離感で付き合っていけたらいいね。
お役所提出文書を作るのがめちゃくちゃ苦手な人間より、愛を込めて。


非表示 07:06

まあ、言語化をすることは大事だと思うけど、言語化したところで自分の受け取りたいようにしか受け取らないから。人間はさ〜

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