2026.06.30Tue
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以前から交流のあるオルガニストの人がいる。
ちょうど去年の今頃だったろうか。
その人と古いスペインの作曲家の曲で盛り上がって、いつか弾いてみたいと言っていた。
そんな話も忘れかけていた最近になって、あるオルガンのレッスンの動画を観せてくれた。
そのレッスンでその人が弾いていたのは去年話題にしていたあの曲だった。
動画は曲の最後の部分だけ。
でも、それを聴いただけでも期待以上の熱演で、何度も再生してしまった。
いつか全曲を通して弾いたものを聴いてもらいたいくて、1ヶ月ほど前からこっそり練習していたと告げられた。
普段は人一倍素っ気ないのに、そういうところがあるのが不思議な人。
まだそれが実現するのかどうかもわからないのだけれど、実現しなくてもその心遣いだけでもとても嬉しい。


退職から3年

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退職から約3年が経過し、当時の職場とは音信不通となっていますが、結果的に私の不在は組織にとって好ましい状況をもたらしたと考えています。
​在職時、私は「パートタイマーとしての契約(既定の業務範囲・就業規則)」を厳守して業務に臨んでいました。キャリアアップや過度な業務拡大は望まず、割り切って「時間内・規定通り」にこなす働き方を求めていたためです。しかし、そのスタンスが周囲には非協力的、あるいは不快に映ってしまったようで、私としては対応に苦慮しておりました。
​特別なスキルや高い意欲をアピールして働くつもりはなく、あくまで契約の枠内で適度に就業したい自分にとって、その最低限の境界線すら受け入れられない環境であれば、退職を選ぶほかにありませんでした。
​現在のあの職場は、業務範囲の枠を超えた柔軟な対応や、規定に囚われない進め方がなされていることでしょう。そうした空気感の中で、皆様が不満なく円滑に業務を遂行できているのであれば、お互いにとって良い結末だったと捉えています。


非表示 09:22

嫌いな人や苦手な人のSNSをわざわざ見るのは、きちんと今日もその人のことが嫌いかどうか確かめる役割があるんじゃなかろうか。
今日もムカついた〜と思うことで、自分の価値観がブレていないことを確認する。そんな感じだと思う。


非表示 06:01

自分が何かに役に立ってるという感覚が生まれてからずっとない。
育ってきた環境のせいもちろんある。両親は私を役に立たないと何度も思っていただろう。
働いても、結婚しても、子ども産んでも、誰かの役に立ってるという感覚が全然ない。
最初に書いたように育ってきた環境のせいは本当にあると思う。父親にいたっては「役に立たない!」と直接言ってきたこともあるし、母は父親のような直接的な言動はなくとも、私の物理解の悪さにイライラしていたし、私にお金をかけたくないのも役に立たないと思っていたからだろう。
両親の目の届かないところにいても、役に立たない自分がいるのだ。役に立つ立たないを考えなくてもいいのかもしれないけど、最近よく考えてしまう。私は役に立ってないなーと。
でも、ただの細胞なのになぜ役に立たなきゃならないのか。そんな気持ちを盾になんとか生きてきたけど、別に役に立たない細胞だしな⋯とまた戻ってくる
働いても社会のためになってる気はしなかった。私いらないなーなんて必ずどこかでも思って、そして辞める。
少子化。だからこども2人産んでたら、国のために産んだわけじゃなくとも、役に立っているはずなのに全然。子どもが悪いとかではなくて、私の視点で見るだけの話。この辺りの表現は難しいけど。子ども産んだのになんか居づらい感じ。けっこう体験してきた。なんだろう、あの感覚。わかる人いるかな?
まだ子育て中の身だから達成感なんてなくて当然なのかもしれないが、少子化の世の中で産んでも何の賞賛もされないし、賞賛されたいから産んだわけじゃないけど、私が勝手に産んだんだから!と言われて放置されてる感覚はずっとある。
私が親として役に立ってないって思いもある。普通に出来ることが出来ない人間という自覚はあるので、そんな私が親になっても役に立つことなんかできっこないのだ。
あー。私はずっと役に立たないまま何をしてもそう感じて生きていくのかな。別に誰かのためになりたいって思ったことがないかもしれない。子どもは確かに自分が産んだからやれることは、やってるつもりだけど、普通の親としてはたぶん足りないんだろうな。役に立つ人生とはなんなんだろう。

2026.06.29Mon
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こっちから頼んでないのに「アレ、買ってきてあげようか?」と言われてお願いしたら。アレを買ってくるのを忘れてるんだよね。買って来てくれるっていうから買ってこなかったのになー。しかも私から頼んでない⋯ってなる。微妙なモヤモヤ。けっこうそんなことがありがち。


非表示 08:48

「私は温かく見守ってる」というのをわざわざ主張するところが怖いんです。
それは温かく見守ってることになるんですかね?
おなかすいたな。


非表示 08:47

どういう意味の「偏り」という意味で使っているのかわからないけど、ピザは栄養的なことなら偏ってるだろうし、大きさのことならぴったり平等なんてありえないんです。
ピザに準えてウマいこと言おうとしてるけど、それこそが偏ってます。


いつ?

非表示 05:49

いつ?が決まらないと、どこ?も何を?どうやって?を決めることが出来ないことってたくさんあるよね?と実感する。この順番を変えると結局いつ?が合わなくて疲弊する。
いつ?が決まらないのはなぜ?なんだろう。という疑問が多く残る。
昔、友達3人で1泊2日の旅行に行くことを決めた。どっちかというと私は誘われて、いいね〜と同意した感じだった。どこ?と何を?が先に決まり、そこで着る水着も一緒に買いに行こうということで買いに行った。
でも、いつ?が曲者でなかなか決まらなかった。他の2人が他の友達と旅行やら何やらあって決まらない。
私はというと、調整出来そうな予定ばかりだったが、1日だけ観たいライブがあって、もうチケットも手配していた。
そのライブ以外ならいつでもOKと言っていたのに、そのライブの日を出発日にすれば、皆の予定が合うという状況になった。
正式には友達の他の旅行があるから、空いてるといっても旅行から帰宅して次の日にまた別の旅行に行くことになるからという理由だった。
あの時の微妙な雰囲気、もう20年以上前だけど物凄く強烈で忘れることが出来ない。もう水着も買ってしまったし、私はほとんど予定がないのだから、じゃあライブ行くのやめるね?なんて絶対言いたくなかったから引かなかった。
結局、友達が次の日も過密スケジュールで旅行に行くということで落ち着いたけど、なんか後味悪かったなーと。
今も連絡は取れるけど、あれが最初で最後の旅行かな。もう私もあんな思いするなら行きたくない。
で、最初の話に戻ると、いつ?を最初に決めておけば発生しなかった靄だったよなと思う。何かを誰かとするときは、いつ?が最優先されるの、こんな経験からも来ているのだろう。
いつ?がスムーズに決まることが一番相性を探る上で参考になるし、大事なんだよなーと。なぜ?が増えない関係。どんな関係もそれを一番大事にしたいので、いつ?を先頭に考えていきたい。いつ?をどう調整するか?合わないときもどう対応するか?が一番見えやすい⋯。今度はいつにする?

2026.06.28Sun
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土日 私は引きこもっていた。
同居人は土日でかけていた。

土曜日は趣味。
日曜日は仕事。

出張も兼ねているので、いただいたお土産を渡された。

帰ってきたとき、私はキッチンにいて、おかえりーと声をかけた。(姿は見ていない)
そのまま自室へ行き、荷物を片付け お風呂へ直行。

なんかさ、私の顔を見ずにお風呂へ行かれたことが悲しいのよ。
玄関へ出迎えればよかったのかな。

お風呂から上がって、お土産の話したけど、
そういえば 彼の顔見てないや。

ずっとそんな感じ。
なんのための夫婦なんだろうね。

彼にとっては、今の生活は快適なんだろうな。

私は消えたいよ。


非表示 21:55

なんかずれてるんだよね。
問題はそこではない、そういう話じゃないんだ。
どうにもあわない。
井の中の蛙って感じだな。

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