週末はいつものお気に入りホテルで、ただ部屋から景色を眺めながらコンフィデンスを取り戻す時間にしていたの。
最近は、お気に入りのポッドキャストを流しながら部屋でルームサービスを頼んで、ひたすら思考を巡らせるのが私の定番の過ごしかた。海外のクリエイターが配信してるカルチャー系のプログラムなんだけど、やっぱり向こうの番組ってロジックがしっかりしていて知的刺激があるのよね。日本の情報番組みたいに、タレントが騒いで浅いトレンドを追いかけるだけのコンテンツとは根本的にレベルが違うというか。まあ、聴くことは聴くけど。
そういう上質な音を耳に流し込みながらボーッとしているとつい自分のことばかり考えちゃう。
私って昔から、他人の意見に流されるのがどうしても無理なタイプで。周りが「これが可愛い」って群がっているものほど冷めた目で見ちゃってたし、だからこそ英語も「自分の世界を広げるための最短ルート」としてさっさと身につけた。若いうちに本物に触れてきた自負があるからこそ、今のSNSで「映え」だけを追いかけてる若い子たちを見ると、どうしても「本当の豊かさを知らないのね」って、どこか俯瞰で評価しちゃう自分がいるのよね。
……まあ、そんな風に自分と向き合いながら部屋でゆっくりしていると、ふと急に、あの頃の感覚が蘇ってくることがあるんだけど。
90年代後半、まだスマホなんてなくて、深夜にラジオのノイズ混じりの音に耳をすませていたあの夜の空気。あの頃って、情報が簡単に手に入らないからこそ、一つひとつのカルチャーに対する熱量が圧倒的だったじゃない? 擦り切れるまで聴いたCDや、雑誌の小さな記事だけを頼りに探し当てた洋服。あの頃の不器用だけど研ぎ澄まされていた時代の質感って、どれだけ時代が進化しても代わりのきかない宝物だと思うの。