キーリングに鍵やキーホルダーをつけたり外したりするって、地味に力がいるような気がします。ですがYouTubeにて、簡単に出来る方法をいくつか紹介されていたので助かりました。
ストローをリング部分に通す方法が私には良かったです。
大人になるということは、持ち物が増えるということだ。物理的な荷物ではなく、頭の中に居座る『考え事』という名の厄介な荷物。
効率よく生きたいと願うほど、皮肉にも検討すべき事項は積み上がっていく。
新しい扉を開く高揚感よりも、その後に続く気遣いや調整の気だるさが勝ってしまう今日この頃。
結局、見知った顔の中に身を置くのは、それが一番『省エネ』だから。
情熱の欠如ではなく、これは自分を守るための、静かな生存戦略なのだと思う。
もう15日か⋯
年末年始のイレギュラー感をようやく抜け出せそうです。
いつもと違うことがシンドくて心身ともに堪えます。
そんな年齢です。
みんな同じように見えて違うんだよなーとふと思う。
同じマンションに住んでいた同級生、同じマンションだけど、家より裕福だったと思う。
だからこそギスギスしていないし、のびのび育っていて、頭も良くて羨ましい。
頭がいいとか、性格とか、個人の持っているものや努力もある。だけど、与えられた箱も同じでも詰め込まれてる人数が違うし、その箱の中の環境が違う。
羨ましい。心底羨ましい。もういい歳だけど、ベースが違ったらもっと違う人生だったと、やっぱり思ってしまう。
同じマンションに住んでいるから同じような環境⋯でもない。だけど、周りからは同じに見られて、私が甘えてる、我儘だとされてしまう。
同じように見えてしまって、自分でも納得してきたつもりなのに生きれば生きるほど、同じように見えてただけに苦しめられる。
あの子、性格もよかった。私と仲良くしてくれてありがたい。
でももう会えないんだろうな。私がこんな感じだから交差することもないのかな。
昨日マグロの切れ端(加熱用)と書いてあったものを買ってみたので、よくわからないけど煮てみます。
最悪、自家製のツナになるだけだから安心。
私にとっては出しっぱなしじゃないけど、周りには出しっぱなしに見えるらしい。
だから家族が出かけたら、主要な皿やコップ、スプーンなどを使う場所に出す。これが私のモーニングルーティンです。
自分の使いやすいっていうのは、周りからは受け入れられないんだろうな。
家でもこんな感じなんだから、外で自分のスタイルが受け入れられるわけもなく。だからこそ外では合わせてますが、それでも合わないことが多い。というか、合わせてるのにそれに気がつかない人が多いなと思うんです。
だからこそ出しっぱなしは私らしさという効率化なのです。これからも出しっぱなしは正義としてやっていきたいです。
阪和未来志鉄市営協栄グループ 阪和ニュータウン阪和北急電気電鉄北星線
は阪和ニュータウンへの延伸に伴いある路線を立ち上げましたそれが
新快速特急関西大阪線 沢街地下鉄市営高速電気電気鉄道 堺北東高速電気鉄道 阪和北急電気電鉄 阪和北急電気電鉄北星線 私鉄東西最強高速電気電鉄株式会社 阪和ニュータウン
子の路線たちが貴方を阪和ニュータウンと言うもう一つの都市へお送りいたhします
自己主張なんて数年後でいい。
ってよく思っているんです。その数年後に自己主張しなくても生きていけたわ〜なんて思えてたらいいかと。
でも、そうやって自分を律してるということは、本当は主張したいこととか聞いて欲しいこととかあるんだろうなと思ってます。
今日、夢で「自己主張なんて数年後でいい」と言っていて、目覚めました。自己主張なんて数年後でいい⋯はずなのに。
例えば、醤油の味噌どっちを食べる?と聞かれて、じゃあ醤油。と答えるとします。
それなのに、残っているのは味噌味だったりするんです。
こういうことが、たびたび起こります。
わざわざ聞いてくるから答えるのに、答えとは逆の結果が残っています。ならば、わざわざ聞かないで欲しいのです。
まあ、嫌いだから何を言われても嫌いという境地に入ってますが、ヤツのSNSによると、心が最近晴れないらしいです。
まあ、そんなこと書いておきながら料理投稿と趣味の音楽の話なんかしちゃって、まあ通常通りだなという印象です。
私、こんなことしてます、こんなこと考えてます、これが好きです⋯自分の気持ちを自分だとわかる状態で世間に投げられるタイプって、派手な否定されたことないから、否定されたとしてもそれに気がつかないのかもしれませんね。
私はあの人が大嫌いだけど、それを言うと私が悪くなってしまうタイプの人間だからな⋯だから、研究対象としてSNSを見てるけど、私なら隠しておきたいことをポンポン載せてきて、自信があるんでしょう。それなのに、心が晴れないってなんだよ?って思うんですが⋯私はその矛盾が嫌いだけど、その矛盾を人間らしいといって愛でてくる人もいるんだろうな。そこに付け込んで本能的に落ち込んでいることもアピールしてくる。もう、その生き方がナチュラル過ぎて作り込んでいるとも自分ですら気がついてなさそうだな。そういうところはホントに羨ましいです。だけど、私はヤツみたいなタイプ、やっぱり苦手だし、好きになれないし、なりたくない。近くにいたら自分みたいなタイプが苦しむのがわかるから。だから真似しないようにまたこれからもSNSは見るんだろうな。絶対真似したくないのです。