仕事以外が忙しくて、毎日のルーティンが乱れてる。あと、つい甘いものを食べてしまう。あまり見ないようにしていたけど、やはり少しお腹が出てきているような気がする。
オートミールは鉄分の吸収を妨げる可能性があるという記事をどこかで見てから、ここ数年健康診断で貧血と出てるのはこれが原因ではないかと思ってやめてみてる。それからご飯を食べているんだけど、それも太る原因かもしれない。
体重を測ってみるか…。
仕事以外が忙しくて、毎日のルーティンが乱れてる。あと、つい甘いものを食べてしまう。あまり見ないようにしていたけど、やはり少しお腹が出てきているような気がする。
オートミールは鉄分の吸収を妨げる可能性があるという記事をどこかで見てから、ここ数年健康診断で貧血と出てるのはこれが原因ではないかと思ってやめてみてる。それからご飯を食べているんだけど、それも太る原因かもしれない。
体重を測ってみるか…。
そんなつもりないけど、知識のマウントとか思われてたら嫌だなー
なんかそういうことばかりふと思ってしまう。
1人が一番だな
人生とっくに折り返してる年齢になって思う。
うわべだけの友達って必要なんかな?
コミニティって必要なんかな?
つながりって必要なんかな?
自分の時間を減らすだけじゃないのか?
自分が大切に思う人、自分を大切に思ってくれる人が周りに数人いればそれでよいと思うのはいけないことなのだろうか?
家事、子育て、嫁、母親、PTA役員、町内会役員などなど、今まで色んなことに携わらせてもらえて、確かに学んだことや救われたこともあった。
でも、もう自分の中では自分中心の人生にシフトしたいと思ってる。好きなことややりたいことで時間を使いたい。
家事や孫育ての時間を組み立ててから、残りの時間を自分の時間とする生活なんてまっぴらだ。
言いたいことなんか何もないほうが楽かもしれない。
自己主張なんて10年先でいいんだよねー
この言葉、知った当時より今自分に響いています。
自己主張なんて10年先でいい、とずっと唱えていることで
自分を守れているな。
自分に響く歌詞、色々あったけど、あの頃発掘したものが現在の私を保護してる。あの頃の私が自分の保護者のかもしれない。
子どもじゃないわ大人じゃないケド
そろそろ筍が売り出してきましたねー
茹でるのは面倒だけど、美味しさが勝つからこれだけは毎年毎年やってます。
筍ご飯たのしみ〜
もうちょっと安くなってきたら買います。
「ここ、並んでます?」
威圧感という言葉がぴったりの味付けを添えた口調の女が、レジに並んでいる私にこう話しかけてきたことがある。
私は商品を持って並んでいた。ただレジ前に陳列されている商品が気になっていたので、それをわりと熱心に見ていた。
その様子を見た女は私は並んでいないのに、並んでいる場所を占拠して邪魔だと思ったんだろう。
私は並んでいるので、「並んでます」とだけ言った。そのときの女の顔に"絶対並んでいないのに、邪魔なところにいるだけだと思ったのに"という悔しさが表情に滲み出ていた。対した謝りもせず女はどこかに消えていった。
なんでこういう人っているんだろう。です、ます、を使っていれば許されると思っているタイプ。ああいうタイプとは関わりたくないなと心底思う。
確かに店の作りや広さによっては、この人並んでるのか商品を見てるのかわからないことはしょっちゅうある。この配列変えて欲しいなと思うこともある。でも、今回の問題はそこではない。
「ここ、並んでます?」という同じ言葉でも、もっと柔らかに遠慮を含めた言い方って出来るはず。これは個人の声の質とかまったく関係ない。邪魔!という圧を持って言葉にすれば、それがトーンに出る。本能にそれを出していい相手を見定めている。
私が男性で筋肉質な体に眉を剃り込み派手なシャツなんか着ていたら、あの女は話しかけることすらしないだろう。
並んでるか並んでないかを聞くことは問題ないと思う。レジ前に商品を置いていたり、思ったより長くレジ打ちの時間がかかることもあるし。問題は言い方。本当に同じ言葉でも言い方なんですよね。でも、あの女は相手によって変えてるんだろうな。あの時だけの出会いだけど、そんなことまで想像してしまう。
圧かけて人生を有利にしてきたんだろうなと。でも、圧をかけなくてもいい場面ってたくさんある。無駄に圧かけてるなーって人、案外多くて長い目でみたら人生損してますよとも思うけど、私みたいに圧かけられやすい人物にだけ圧をかけていくスタイルで生きていくなら楽なのかもしれませんね。真似したくないけど。
土曜日が終わる。
もったいないことした。
動けなかった。
明日は散髪。スッキリしたい。
動けないのに たくさん食べた。
クレープは皮か好きだからシュガーバター味とかシンプルなものを選ぶけれど、今日はチョコもちカスタード味にしてみた。
思ったよりモチが多く入っていたし、チョコソースが多くてこぼしてしまった。チョコソースが侵食しすぎてカスタードが感じられなかった⋯
私はやっぱり皮が好き。
春からカリンバ教室に通うことにした。
カリンバは気になってたけど、多分頑張れば自分で出来るだろうけど、でもなー…というデモデモダッテを繰り返してはや数年。
そんな時に地域コミュニティで気軽に習える講座があると知ったのですぐ申し込んだ。
教室は4月から。初回は全部貸してもらえるらしいのでそこで色々触れてみて、マイカリンバ買ってみたいな。
そもそも色々ありすぎてどれ買えばいいか分からなかったのもデモデモダッテに繋がってたから。
楽しみ!
心が落ちた瞬間の言葉が絶対あったというのは覚えているんだけど、それが具体的になんだったのかを全然覚えていないのです。
もう20年近く前のことなんで、忘れてもしょうがないんですが、節目となった言葉であるはずなのに忘れるとは。
でも、なんで忘れてしまったのかもわかるんですよね。もうそのシチュエーションは絶対に訪れないから。相手にとっては刹那的な感情だったけど、私にとっては、その言葉があっただけで報われたような肩の荷が下りたような、そんな言葉だったはずなんです。
だけど、20年近く共に時間を重ねて、その感情や言葉が私に向けられることはないんだろうなと実感しております。言葉は覚えていないのに、もう二度とそれは訪れないというのがわかるのがなんともいえませんが。
もう訪れないからこそ、忘れてしまったんでしょうね、本能的に。だからといって何かが終わるわけでもないし、はじまるわけでもない。もう惰性で歩き、期待したいことは覚えない、でも、して欲しくなかったことは覚えてるくらいが、これから先の20年にはちょうどいいのでしょう。