求められてないのに教えること。
求められても相手がどれだけ知っているか確認せずに話すこと。
それらはとても不快な気分にさせる、ということを学んだ。
専門用語を並べて、さも自分が上になった気でいる女子が苦手。
同じ時間をあなたと一緒に過ごすことを想像する。互いの歯車がかみ合うまで少し時間はかかるでしょうが、いちど噛み合ってしまえば、最強かと思います。感情の行き違いは深くならないよう努力するでしょう。共同生活の初心者ではない、過去にいくつもの困難を乗り越えている経験と知恵を持ち合わせているはず。あなたの前向きな思考、私の回復力・・・頼りはそれだけ(笑)
不足と伸びしろというのは、1人暮らしでは気が付き難いですね。実感。
アンコールをスパンコール、サンポールって言っても、全然バレないじゃないかな?と思いながら、昨日のライブはアンコールしてました。
昨日ライブ行きました〜
なんだかんだで付き合いの長い音楽だなーと思ってました。
バンドが活動していない期間もあったし、私も少し離れてた期間もあるけど、もう30年近いお付き合いなのかと。
人間関係みたいに言うと、そうじゃないだろ?と思われそうですが、長い時間関係を続けていると当てはめたら、自分のリアルな人間関係で続いている人、それをこえる人ってほぼいないんですよね。
リアルな人間関係もこれくらいの距離感で付き合いたい。ライブを開催してもらって、自分が行けるときに行く。
計画は立ててもらえるけど、そこに好きなタイミングで飛びこむ。
この縮図が自分の理想なんでしょうね。ちゃんと、いつ?が最初に決まっていて、あとは私次第。でも、別に行かなくとも変な空気を背負わなくていい。謝らなくていい。これよ、これなんだよね。私が誰かと求めている感覚。謝らなくていいってのは極端だけど、実際は謝るだろうけど、ラフだけど会う機会はちゃんとある。そして実際会ったら、充実した時間が大半を占めて終わる。ダラダラ長引かないけど、そこそこの延長(アンコール)がある。
そんな関係性ない。かもしれないけど、理想なんです。ライブの演者と客みたいな感覚。こっちがお金払ってるだけじゃん?とかそういうのは置いといて、この関係性があったら、私が欲しいものです。この感じに似ている関係性はやっぱり続いてるものね。
先日の新月、私はいつも通りお風呂に入って熟睡。
一方、2カ月ぶりにきれいに晴れた新月、と喜んで天体写真をせっせと撮影するひと。
月明かりがないから、星の観測がしやすいそう。
そんな違いがあるのか。
私は、月が大好き。
名前にも月の文字が複数つくので、とても人ごとに思えない存在だ。
でも、月、お邪魔でしたか…?
少し寂しくなった。
一生交わることのない、そのつもりもない関係性だけど、やっぱり見る世界が違うんだろうなと思った。
言葉にされたものを調べて、見せてもらって、やっとちょっとだけ、これかー、と分かった気がする。
星座の名前もほとんど知らないのに、人工衛星とかアルマ望遠鏡とか、ピンポイントな天文知識が増えていくんだけど(笑)
深夜の流星群とか、早朝のロケット発射の予定とか。
嬉々として話してたけど、ごめん、私は、寝る。
年取ったら睡眠時間が短くなると聞くけど、未だに9時間くらい余裕で寝てる私には、ちょっとね。
そんな距離感。
全部追いかけない。
自分の生活第一。
これが大人の推し活、なんてな。
今日ライブを観にきたけど、周辺の施設でアレコレ買ってたべて、ライブ付き観光みたいになってる。
もうおなかいっぱい。指定席で良かった
今日晴れてますねー
電車で隣にいたカップル、彼氏好きすぎオーラすごかったなー
たぶん、こういうのはさ、、、
未来は腫れてますねー
そんなに人とつるまないタイプなんだろうな。そういうところ自分に似てるなと思うけど、似てる〜だけで終わらせてもいいものか⋯まあ、本人がそれが一番楽ならそれでいいのか。
私も基本的に高校生から1人でライブ行ってたし、1人行動の軸みたいのはあったかも。
でも高校生ときって友達とも今と比べたら濃い付き合いもしてたかも。だけど、当時の視点から考えたら、高校の友達はバイトや同じ中学の友達やその他の人間関係にも比重を置いていたし、中学のときの友達とは疎遠にはなっていなくとも、高校で出来た人間関係のほうに比重を置いてるんだろうなって感じることも合ったかな。
私に比重を大きく置いてる人って別にいなかった。仲悪かったわけじゃないし、テストが終わったらカラオケ言ってその後ファミレスでおしゃべりするのも定番だったし、かなり仲良かったけど、こっちに比重を今一番に置かれてます!って感覚はなかったんですよね。
だからといって、それが嫌だったとか責めたりとかそんなことはまったくなく、そういうものかと思っていたから、そのまま過ごしていたけど、もっと自分自身に比重を置かれた世界観ってどういうものなんだかも見てみたかった気がする。
寂しかったとかそういうことではなくて、誰かが私に比重を大きく置いてくれてるの経験したら、もっと違う感覚が現在の自分にあったのかもな⋯という変な好奇心ですね。
私を中心にしろ!というワガママではなくて、誰かの生活圏に当たり前にいて疎まれなくてサラッと馴染むような感覚⋯どこにいても自分が不純物のように感じるのは自分が考える馴染むという経験が少ないのかもしれない。
1人がラクなのも、自分を誰かに馴染ませられないし、私が思ったように馴染ませてもらえないから⋯
そんなことを考えました。私に似ていないほうが幸せかも?
人とうまくやっている人が、必ずしも性格がいいとは限らないんですよね。
性格に難があって人とうまくいかない人もいれば、性格に難があってもうまくやっている人もいる。失礼ながら、性格に難があるからこそうまくやれているんじゃないか、と思うことさえあります。
「性格に難がある」という言葉は、わかりやすいようでいて、実際にはかなり幅広い意味を持っています。ただ、性格が悪いという意味で考えるなら、その悪さがかえって役に立つこともあるのでしょう。
自分の思いどおりに物事を進めたり、人をうまく動かしたり。性格の悪さを巧みに使っている人もいると思います。
性格が悪いのにうまくやっている人は、性格の悪さを隠すのがうまいのだと言われることがあります。私も以前は、なんでこんな人がうまくやれているんだろうと思うと、そういうふうに考えていました。
でも、隠しているというより、性格の悪さをうまく使っているのかもしれません。悪いところを隠すために別の顔を見せることも含めて、自分の性格を利用している。そう考えると、性格が悪いのにうまくやれているというより、性格が悪いからこそうまくやれている、という見方もできるんですよね。
もちろん、性格に問題があってもうまくやっている人が、みんな計算して立ち回っているわけではないと思います。むしろ、そうではない人のほうが多いのかもしれません。
私の友達に、あれこれ企てるくらいなら面倒くさい、と思うタイプの人がいます。
もっとこうすればいいのに。こういうふうに立ち回ればいいのに。
余計なことを思ってしまうこともありますが、私はそういうところが好きなんですよね。世間的には、もう少しうまくやったほうが得をするのかもしれません。でも、そういうことをしないところも、その人の魅力だと思っています。
うまく立ち回れないことが、その人の欠点とは限らない。むしろ、うまく立ち回らないところに、その人の魅力があることだってあるわけです。
こういう意見は、外ではあまり言えないことかもしれません。
人は、何かを持っていないと自分はダメなんじゃないかと思ってしまうことがあります。欲しいものが手に入らなかったり、周りの人が持っているものを自分は持っていなかったりすると、余計にそう感じるのかもしれません。
でも、いろいろなものを持っているからといって、それだけで何かが優れているとは限らないんですよね。たくさん持っているのに肝心なものが欠けている人もいるし、いろいろ持っているのに、それでいいのかと思う人もいます。私だって、誰かからそう思われているかもしれません。
手に入らないものがあると、自分に問題があるからだと思ってしまう。でも、必ずしもそうとは限らないんですよね。
ダメだから手に入らないものもあるのかもしれませんが、ダメではないからこそ手に入っていないものだって、たくさんあるのだと思います。
何かを持っている人が優れていて、持っていない人が劣っている。そんな単純な話ではないんですよね。
そういう考え方も、ありだと思います。
推しおじが
また贈り物してきた
ちゃんと断ったのに
伝わってなかった
ミッションコンプリートらしい
推しおじは
嫌われないように気をつけるらしい
なぜと聞けば
寂しいからと
だからチャラいって言われるんですよと
教えてあげた