相手にイライラしたり怒らないためには期待することをやめるといいっていうけど、それをやっていくと相手のことどんどんどうでもよくなってくる。どうでもよくなってくると、一緒にいてもじゃまだな〜めんどくせ〜みたいな気持ちがでてきてしまうよね。
じゃあどうすればいいんだって話しだけどそれはよく分かりませんね。
おやすみなさい。
オシャレしよう。
会社にはふさわしくない服だけど、許容範囲っしょ!
と暗示。
あの人は、そういう人だと思わせる作戦。
害がなければいいでしょ。
よれよれの服が許されて、なぜ華やかな服が許されない?
TPOはわきまえてますよ。
でも、外に出るには、好きな服着るしかないの!武装なの!
奮い立たせてる。
今の現状で英語が何が嫌かって、自分の考え方の特性や捉え方の特徴が如実に出ていて、勝手に心が弱くなってつらくなる。
昨日はヒトカラへ。
家族がいると泣けない。
誰もいない家でも声を上げて泣くと外に聞こえるから泣けない。
車を運転しながらなら大声で泣けるけど、事故りそう。
もう、どうやって泣くのかを毎日考えるの疲れた。
亡くした存在たちは小さくはなかった。
でも、毎日の生活があって、今後のことも考えなきゃいけなくて、そんで、誰も寄り添って私の話を聞いてくれるわけでないことにも気づいた。
そんな中、一人でどうやって泣けと?
で、ヒトカラ。
泣けそうな歌を最初はチョイスしたけどうまく声が出ず、結局いつもの熱唱系に。
外に駄々洩れなのは知ってるけど、ここはそういう場。
下手な歌でも気にせず叫ぶ。
さすがに1時間半で力尽きた。
でも、スッキリ感はすごい。
さすがストレス発散の代表格。
泣きたいときは泣くのが大事。
さんざん言われてるし、後からぶり返すぞ、とか言われてるし、同じ状況の人たちが体調崩すほど落ち込んでる話もよく聞くけども。
可愛いペットたちや、大好きだった祖父母を見送ってきた。
記憶にないけど、実父も子供のころ見送った。
別れの悲しさは、知ってる。
最愛の猫と犬を一気に失って、もっと人生に絶望するかと思ってた。
最初は人目もはばからず大声で泣いて文字通り吠えた。
でも、色んな手続きや家の片づけ、毎日の仕事をしながら自分の生活をこの2週間で取り戻すなかで泣き方が分からなくなってしまった。
悲しみが足りないのか、と悩んだこともある。
感情を押し殺してるのでは?無理をしてるのでは?と思ったり。
あとで煮詰まってドロドロになった感情がぶり返して爆発するのを恐れてる。
でも、これまでもそうだった。
ペットロス、なんて言葉が一般になったから、飼い主の4人に3人はロスになるとかいう話が流れてるから、そうならなきゃいけないような気がしてたけど、
私は、これまで亡くなった存在を日常の中に溶かしてきたんだ。
亡くなった祖父母のお墓に行くと寂しさに胸が詰まる。
記憶にない父でも恋しい。
見送ったペットたちは、今でも私たち家族の傍についてると信じてる。
泣き暮らすことはしなかった。
一生懸命、日常を取り戻して、その中に愛する人、動物たちを感じてた。
会えないだけで、そばにいると信じてる。
49日とか関係ない。
何年たっても、私のそばにいると信じることで、私は前を向いてきた。
ヒトカラ行って、マイクを握りしめた時、思い出したのが自分が一番輝いていた時のこと。
人前に立ってマイクで話す仕事をしていたのを思い出した。
さすがにもうできないけど、あの頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろう。
長い介護疲れで身嗜みや体型維持も気にせずオバサン化が酷い自分。
悲しみに浸る時期だと見て見ぬふりしてたけど、本当は気にしてたんだよね。
帰宅後、急いで筋トレと白髪染めをして服も着替えた。
崩れ切った色々の立て直しは容易でないけど、食い止めることはせねばならぬ。
亡くなった犬猫たちが、私の見栄えを気にするとは思わない。
でも彼ら自身も亡くなるまで自分で毛づくろいをし、犬は毎月トリミングもしてたんだから、
私だってきれいにしておこう。
また思い出して泣く日は来るだろう。
ずっとジクジクと痛む胸と寂しさは抱えるのだろう。
でも、その痛みと孤独と彼らを連れて、私は生きていくんだ。
そういう悼み方だってあるはずなんだよ。
今までの人生で経験したジンクス的になものになってしまうけど、自分が辞めた後に苦手な人や合わない人も辞めていくっていうのがあります。今回もたぶんそんなことが起こるような気がしてます。
あの人が辞めるとわかっていたら辞めなかったのになーもう少し頑張れば良かったなーって以前の職場では思っていたこともあったけど、限界は限界だったのでこれも良かったとは思っています。
だから今回も、そんなことが起こったとしても辞めてよかったと最終的には思うはずです。
なんかすごくイライラしたので書いておく。
スマホの修理期間受付が終了するとメールが来た。
そうか~古いもんね。すぐ納得した。
でも動作が重くなってきていたので、保障パックサービスを使って、同じ機種と交換しもらおうと足を伸ばした。
スタッフが言うには他の機種ならすぐ交換できるという。
ただし有料で。
その交換対象の機種がいいものか、悪いものか、どう違うものなのか説明もなく、ポンと手渡してきただけで、即決できる話じゃなかった。それに交換した場合のメリットとかデメリットとかわからない。
でもそれしかないって言うなら仕方ない、と一つを選んだ。
したらば、そのスタッフ、取り寄せなら同じ機種と交換できると言い出した。テンポ。
なんだ、交換できるんじゃあないか。じゃあそれで、と言ったら「え」みたいな顔をした。
もう信用できなかったので、はいはいそれでいいです、と言って書類を書いて帰った。
帰ってきてからダンナに同じ機種を有料で交換できるって言うからした、と言ったらダンナまで同じ顔をした。
ダンナが言うにはそのくらいので値段でもう少しいい機種を買えたじゃないかと。
イライラ増量。
まずそのくらいの値段、っていうのが数千円なんだけど、それを吟味して探す時間が、仕事と家事と人付き合いをしてる私にはまずない。ダンナは家事も人付き合いもないので何かを探す時間があってそういうのだ。
さらに買ったら手元に今のスマホが残ってしまう。やれ契約のし直しだー、設定のし直しだー、残ったスマホの処分だー、また調べることが山盛り。私の部屋の(我が家は夫婦それぞれ個室があります)処理タスクの山をなんだと思ってるんだ。
もっと言えば、送料手数料事務手続きを新規ですることになるのだとしたら交換代より高くなる可能性もある。まったく同じ値段で納得できる携帯がパッとほしかったのだ。優先度が違う。
一つだけ失敗したなあと思うのは、故障修理が終わるという点を忘れていた。
それについてはショップのスタッフを恨んだ。
言えよって話。取り寄せ交換できるけど故障受付終わっちゃうし、どうします?みたいな会話の一つくらいしてほしかった。おかげで気づくことなく、故障修理期間の終わる機種の新品を取り寄せすることになったわけだ。小さく「え」と言ったのはそういうことか、とあとになって合点が言ったけど、めちゃくちゃイライラ。そういう男に限って、「え(自分で修理期間が終わるって把握してるのに同じものにするの?まあお客様がいいって言うなら手配しますけど)」っていうカッコ内が相手に聞こえていると思っている。
まあもういいんですけどね!!本当はiPhoneデビューをしたい私。いまみんなほとんどiPhone使ってるじゃないですか。年末にパソコンのローンが終わったら買おうと思ってたところで、スマホの寿命が来そうだったし、電話かけるのもペイペイ起動するのも10秒くらい待たないとつかないスマホはさすがにヤバかったからいいんだけどさ。おかげで節約できたし、物も必要以上に持たなくていいし、良かった良かった。
あームカつく。
週末に旅行を予約した。
ほんとは海が見える地元のホテルでゆっくりするつもりだったんだけど、偶然ドライブ中に通りかかったので、下見がてら寄ってみたら、予約サイトの写真とだいぶ違う様相にびっくり。
しかも、辺りは街灯もなく真っ暗。
ちょっと部屋飲みするためにコンビニに行くのも怖い。
速攻でキャンセル。
早めに気が付いて良かった。
身内にホテル名を伝えたら「あれは無いわ」だって。
地元と言っても郊外で、滅多に通らない場所だったけど、身内はその近所で働いているので知っていたらしい。
「シーサイド」「オーシャンビューの部屋」なんて謳い文句に騙されたかも。
地元のホテルステイはこの3年でし尽くしてて、普段ならこんな凡ミスしないのに落ち込んでるときはダメだわ。
浮いた旅費で、何しようかな、と考えながら雑誌を立ち読み。
パラパラめくって気になる地名をググる手法。
気分はお出かけだったので、このまま宙ぶらりんなのは落ち着かない。
で、日本海側の某地を発見。
海沿いの城下町と洞窟を進む遊覧船にすごくひかれたので、大急ぎで今日は調べて予約した。
車がないとほんと不便な土地なのに、レンタカー乗り捨てができないのは痛い。
2日間借りられるほどの予算はなかったので、各観光地まで1時間以上バスに揺られる旅に
なってしまった。
他にも行きたいところはあったけど、体力的にも無理と判断。
優先順位を決めて、取捨選択。
旅行って持っていく荷物の選別からして、取捨選択の繰り返しだなといつも思う。
自分にとって大事なものを見極める力が試される。
ゆっくりホテルステイが、がっつり目な旅行になったけど、たぶん、その方が今の私にはいい。
見たことない景色を見て、おいしい海鮮丼を食べたい。
いつも見てる穏やかな内海と違って、日本海は激しい印象。
いつか東尋坊で火サスごっこもしたいと思いつつ、今回はしっとり城下町散策で癒されたい。
いま東尋坊に行ったら、うっかり足滑らせて落ちそうな危うさがあるし。
いい旅になりますように。
怒鳴るのは どうしてだろう。
私は我慢の限界がきても 怒鳴らない。
正確に言うと、怒鳴れない。
もともと言語化が苦手で、感情と言葉を一致させるのに時間がかかる。
パートナーは、限界がきたらすごく怒鳴る。
私は、そのたびつらい。
あぁ、また怒らせてしまった。
あぁ、また私のせい。
あぁ、相手は自分をわかってもらえないことを嘆き怒鳴る。
どうしたらいいのだろう。
先日行ったライブは2000人くらい入るホールだったのですが、ほぼ埋まっていました。
ここにいる人達とは音楽の趣味は同じだけど、全員とうまくいくわけじゃないんだよなーと思うと不思議でした。
ライブは1人で行く事が多いですが、仲間内で誘いあって来てる人も多いです。それで開演前や開演後も楽しそうにしてるので音楽以外にも波長が合うんだろうなと勝手に思ってました。
私の数少ない友達は別に趣味が一緒ではないんですよね。なんらかの共通点はあると思います。例えば学校が一緒だったとか。でも、もう卒業して何年も経っているので他の共通点があるはずなんですけど、ざっくり言うと波長が合うということなんでしょうかね。
よくよく考えたら波長ってなんぞや?とも思いますが、よくわからなくても波長が合う人、場所ってやっぱり大事だと思うのです。
仕事に力を入れすぎると自分の思うようにならなかった時、どうにかして軌道修正しようとしてしまって自分が嫌になるね。他人が関わることなんて自分の思うようにならなくて当たり前なのにね。自分以外が馬鹿に見える時は気をつけたほうがいいと言われるけどその通りだよね。
危険信号だなあ。
誰もやらない仕事をしかたないからやるかってやってて、誰かやってくんねえかなと思ってたはずなのに、いざ誰かがやってくれるとイヤそのやり方じゃダメだろと思ってしまう。自分が嫌になる。