昔の学校って、トイレ入れなかった記憶なんだよね。
もちろん、お腹壊すことある。
お腹が痛くて、脂汗も。
でも、一度でも匂いのことを言われると、トイレが怖くなる。
学校でトイレを使わず、帰りまで我慢したことが何度かあった。
あれってやっぱり、健康的に良くないよ。
子どもが自分の好きなものを好きになってくれるって嬉しいかもしれないけど、心の深い深いところでは子ども側は無理してるんじゃないかなーという考えもある。
自分もそれその物が好きという感覚もあるんだろうけど、それを好きだと親が喜ぶから余計に好きという感覚が大きくなってるだけのような気がする。
昔の友人のSNSを見て思ったけど、そういう感覚に気がついてあげないと本来の子ども自身の感覚がなくなってしまうのでは?という口に出せば一気に余計なお世話になっちゃうことを考えたりした。親の好きなものを好きでありがとう〜いい子〜という内容だったので、ちょっと気になった。
私自身、親が好きなものを好きになるというより、親が嫌いなものを過剰に嫌いになってたような気がすると大人になって親と離れて会えなくなってから気がついたこともあるので。
何故そんなことになってたかというと、やっぱり親が喜ぶからかなと。今思えば、そこまで好きじゃないけどそこまで嫌いじゃないかもと思う対象物がザクザク思い出せる。食べ物からテレビ番組だったり人だったり色々なこと…親が舵を取っている家庭では親と嗜好が合ったほうが生きやすいと本能的に悟っていて、自分で自分を洗脳するみたいな状態なのかな?
趣味嗜好を押し付けているわけじゃなくとも、大人はともかく子どもは緩やかに洗脳されるものだと。そこを忘れないで自分の好きなもの嫌いなものをを外に出していくなら出すべきなのかもしれない。
クリスマスに崩れたケーキのニュース。
派遣先で梱包をしているけれど、中々難しいんだよね。
バンドをしめるのもゆるくなっては意味ないし。
緩衝材を入れることもあるし。
壊れ物シールも貼らないといけないし。
一度、梱包の仕事をしたら原因がわかるよ。
やりたいことリストとやめたいことリスト
どちらがたくさん埋まるのだろうか。
多分、やめたいことリストだろうな。
仕事納めまであと一日。
今年は色々あった。
年明けからシニア犬と病気の猫の介護があって、精神的にも肉体的にもギリギリだった。
ただでさえしんどいのに、母親との確執がここでさらに悪化。
誰にも頼れなかった。
二匹を一気に亡くした時は本当につらかった。
辛かったけど、家を出なきゃとすごく焦ったのは、もう母親とやっていけないと思ったから。
泣きながら物件探して、母親に気づかれないように引っ越し手配して、夜逃げのように家を出た。
引っ越してからは、慣れない生活でトラブル続き。
暑さにやられて体調も崩しがちだったし、ペットロスの悲しみを一人で乗り切るのも大変だった。
一緒に連れて出た二匹の猫がいてくれたおかげで、どれだけ救われたかわからない。
やっと生活に慣れてきたと思ったら、ただでさえ少ない給与がさらに「経費削減」(と企業は言った)されるかも、と聞き、危機感を覚えたのが今月。
給与削減ってさ、あんまりじゃない?
確かに不要な人事はあるだろうけど、私の仕事は8割はその「人件」の力だと自負している。
そこを真っ先に削るといった大手企業様にはがっかりした。
誰もが知ってる大手企業なのに、給与は業界でもかなり安いことで有名。
未経験だった私を雇って育ててくれた恩義と愛着があって続けてきたけど、さすがに落胆した。
でも、そこからの行動は早かったと自分をほめたい。
すぐに求人探して、応募して、無事、乗り換え先は確保できた。
業務委託なので、自己責任。
やって見なきゃわからないけど、少なくとも、いつ給与が減るかもわからない不安を抱えて過ごすくらいならリスクを取るのだ。
そして、母親とはもう、関わらないと決めた。
まだ祖父母が生きていたら、関わることもあったろうけど、大好きな二人ももういない。
クリスマスに正月、誕生日など、一人は寂しいっちゃ寂しいけど、幸い猫たちがいてくれるし、忙しく過ごして紛らわす術は身に着けた。
今いる二匹の猫たちもいつかはいなくなる。
それは本当に今年、実感した。
だから、亡くなった子たちは絶対に忘れないけど、今目の前の二匹を愛する。
この子たちがいなくなったら、また私はご縁がある子を保護して迎え入れるだろう。
私は一人では生きていけないことも痛感したから。
そうやってまた、年を重ねていく。
仕事もペットもとっかえひっかえに聞こえるかもしれない。
でも、その時々で、目の前の仕事と愛する存在に全力で向き合ってきた。
私は自分が生涯を閉じたら、虹の橋のふもとでみんなに再会することを夢見て、今を生きる。
人とは生きていけない弱い人間なので、せめて身寄りのない動物と肩寄せ合って生きていきたい。
若いころは夢があって、それをかなえることが至上命題だと思ってたのに、今は生きる目的が良くわからなくて、今はそんな風にぼんやり思う。
叶恭子お姉さまが「人生に正解はない」といってたけど、その言葉がすごく響くよ。
ずっと視力がよかった反動で昔から眼鏡への憧れが強かった。
ここ数年で視力が落ちたので、必要経費の免罪符を掲げてウキウキで眼鏡を買いにいくんだけど、レンズを選ぶ段階になると「お客様の度数は一番軽いものなので~」という枕詞が必ず入る。
体感として裸眼ではずいぶん視界がボヤけるようになったのに、お前など眼鏡界では雑魚中の雑魚だと言われてるような、なんだか惨めな気持ちになる瞬間がある。
視力は良いに越したことないんだけどね。
昔に行った結婚式の二次会で新婦が新郎について「友達でもあり恋人でもあり家族でもあり…」って挨拶してたけど、それは私も最初は思ってた…最初は…と思いながら聞いていました。なかなか意地悪ですね自分。でも、まあ若いときだったし、一切それを現実では口にしていないのでセーフということにしてください。
あの頃、私は結婚5年目くらいだったかな?一通り結婚とは?を知り尽くした状況というか、理想としてた部分の第一次答え合わせ期間のような感じですかね?
「友達であり、恋人であり……」って思うことは別に悪いことじゃないんですけど、私の場合はそれじゃあ上手くいかなかったということです。1人の人に色々な役目を通して見てしまうと、何でも話しすぎてしまうんですよね。別に隠し事をした方がいいとか嘘をついた方がいいとか、そういうわけじゃないんですけど。1人の人に対して一役の方が結局はバランスが良くなるかなと。
でも私、何でも話せるところが良くて結婚したのです。それってやっぱり「友達でもあり、恋人でもあり……」だから、何でも話せると思っていたんです。今は何でも話せないんですけど、何にも話せないというわけでもないから、それでもいいかなと思っています。たまに最初は何でも話せると思って結婚したのに…というネガティブモードに入るときもあるんですがね。それはしょうがないかなと。これが良かったから買ったのに、契約したのに…っていうことが後から変更されると納得いかない感じと似ています。というか同じなのかな?そういうもんです。
私の何でも話せるという最初の気持ちは、こういうところに置いて発散出来るようになりました。きっと、ある意味ここの方が何でも話せるのかな?でも、やっぱり私がどこのダレで何歳で身長体重はこれでって学校はここに通ってて仕事はこんなことしてたことがあって…言ってるわけじゃないから何でも話していることにはなりませんよね。ぼかしたり全てを提示しないことで言いたいことが鮮明になるのが心地良く感じるのが現在の私です。
世間で言う常識と非常識について疑問。
仕事を休むとき、連絡をすることが常識であり、連絡をしないことが非常識であるという。
これを延長して、何かと事情がある時は連絡をすることが常識であり、連絡をしないことが非常識であるという。
単純な例が、仕事を辞める時は連絡をすることが常識、無断で退職することが非常識ともいう。
辞めるだけではなく、休むときも同様。
しかし、状況次第では連絡できないこともある。
一概に、常識と非常識で括ってもいいのか?疑問。
当方、40代。
親世代は常識、非常識に敏感。
子供世代は、全てをデジタルツールにまかせっきりなので、常識も非常識も区別なし。
将来の主役は子供世代だろう。彼らに任せてもいいのではないかと思うが。
年末に年越しそばを食べて、年始に挨拶してお年玉をもらって、初詣に行っておせちを食べる。
これが、常識なのか。
年末年始は仕事を休んで親戚周りをすることが常識なのか。
一度だけ、派遣の紹介で年末年始をスーパーで働いた事がある。
その前も、コールセンターで年末年始を働いた事があった。
年末年始、働いてみたら考え方が変わった。
曖昧でいいのでは?そこまで括る必要あるのか?と疑問。
おかげさまで新しい業務提携先が決まった。
実はこの後もう一社面接を受けるので、念のためそちらの話も聞いてからになるけど、あまり乗り気でない。
仕事内容もサービスも同じだけど、正社員またはパートなのがちょっと。
パートなら潜り込める自信はあるけど、正社員だとしても、勤務時間を会社に決められるのが嫌。
業務委託6年目。
自分で働く場所も時間も(クライアントさんとの時間調整はあるけど)自分で全部決めてきた。
今さら一日8時間勤務、シフト制とか、ちょっと無理。
そもそも同じ仕事で担当するクライアントの数だってそう変わらないはずなのに、なぜ社員やパートになると8時間勤務なのか?
業務委託でやってる仕事、面談がなければ2時間くらいで終わる日もあるのに。
本来の仕事以外の業務(例えば営業とかその他雑用?)が多いのかもしれない。
改めて業務委託と直雇用(社員/パート)の違いを確認してみた。
法で守られて、確定申告やってもらえて、失業保険もらえるのが直雇用。
ただし、会社からの指示命令があって、仕事内容を選べない。
委託された仕事を期日までに提出できれば、いつどこでどうやろうと自由なのが業務委託。
確定申告で泣き、即日解雇もあり、失業保険、労災がない。
と、言うざっくりとした理解を得た(あくまで個人の理解です)
労災は使ったことがない、確定申告で毎年地獄を見るけど、即日でなくても社員は解雇されることを身をもって経験済みな私にすると、あまりメリット感じないんだよな。
あ、業務委託は自分で仕事取りに行く必要があるのもデメリットか。
逆に言えば、自分で仕事量を調整できるし、嫌な仕事は蹴れる。
自己責任だけど。
新しい提携先しかなかったら、不安で仕方なかったろうけど、幸い長く安定してお付き合いしている二社があるので、セーフティネットはある。
いざとなればタ〇ミーで食いつなぐしw
99%決まったところにお願いする気でいるけど、一応、直雇用で働く場合の働き方の話を聞いて今後のために参考にさせてもらおうと思ってる。
あと、決まったのが面接直前すぎて、今さら面接断れない。。
オンライン面接なのに、手元から猫がどかないのが今の悩み。
さっきまで寝てたじゃん。
邪魔されないといいけど。
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追記)
面接10分、一般常識テストで撃沈w
パートなのに一般常識テストかい!
しかも、全部算数の問題。
木の下に禿げた爺さんがいる、でおなじみの距離時間速さ問題。
いやー、完全に忘れてたわ。
超基本の問題は解ける。
でも、B君が20分遅れでスタートした時、A君には何分後に追い付きますか、とか言われるとさ、「知るか!」と机をたたきたくなる。
小学生より頭悪い中年でーす。
漢字のテストとか政治とかじゃダメだったの?
そっちのが社会人には必要な知識だと思う。
この会社の採用0.2%は事実だろうな、と悔しまぎれに思う。
結局、直雇用の業務内容については一ミリも聞けないまま、終わった。
しぬまで業務委託でちまちま働く予感。
そんなわけで、来年から3社でバリバリせかせか働く予定です。
3本柱になると時間配分がちょっと心配だけど、ちょっとずつ慣れていこう。
さて、来年はどう転ぶかな?
「自信」って、ともすれば「自分はできる」みたいな、攻めの気持ちのイメージが強いけど、「(今はどうしようもないように感じてるけど)きっと自分は大丈夫、乗り越えられる」みたいなものも「自分を信じている」のだから「自信」だよな、と思う。自分を信じて諦めないぞ。