ライターを忘れてたこと、すぐ気づいて
すぐ電話したのに、持っててってさ。
タバコの匂いが残った部屋で1人になって、
なんかずるいなって、そんな日曜の昼下がり。
匂いはいずれ消えるのに、ライターのせいで
いつでも思い出せちゃうね。
なんかこう齢をO40してやって気づけたんだけどさ。
人が話してると、共感しているつもりで私もそういう経験あると話し始める人いるじゃない。私それだった。それが共感していると伝える手順だと信じてたんだもの。
でもコミュニケーション上手と言われる人達ってそうじゃないの。
上級者:「つまりこういうことだね」って返せる。そして相手が納得する。
中級者:「なるほどね」など相槌のパターンが多い。そして相手が満足する。
低級者:「わかる~私もそれでさ~こういうことがあってさ~」そして相手が話したい気持ちがフェードアウト(関係性もフェードアウト)
低級者っていうか、価値観の近い…たとえば学生とか世界が狭くて親の教育水準が同じくらいだった場合それが通じたりもするんだけど、話し手より聞き手が相手との価値観を照らし合わせて満足するための会話(ああ、この人わたしと同じ感覚してる!嬉しいって伝えなきゃ!という気持ちが先行する)になってしまう。言葉のキャッチボールとしては双方がピッチャー状態になる。
上手な人はピッチャーから投げられた玉をくるんで、且つ、自分の考え方も上手につつんで返す。直接的ではない。ピッチャーが気づいてなかった気持ちや考えを気づかせるように返せたりする。いま、私の近くにそういう人がいて、それがまた20代っていうんだからもう自分は終わってるんだなと気づいた次第。
ああ~
外が暑いね。
夕飯作って外に出るかあ…。
早く来世にならんかなぁ。
ご近所だから苦手だけど見かける人がいます。
昨日も見かけましたが、目が合った気がするけど挨拶はせず。向こうは知り合いの誰かと話しているみたいだったし、これが正解かと。
また噂話でもしてんのかーって思いました。すごい噂話が好きな人っていますよね。昨日見かけたその人がまさに噂話が大好きな典型って感じの人で。
噂話でコミニュケーションとってるから、知り合いはとても多そうです。よく聞いてると大した話じゃないんですけど、そういうの知りたい人には需要あるのかもしれません。
100歩譲って噂話だけならまだしも、特定の誰かを悪く言ってコミニュケーションとろうとするところが垣間見えたので完全にこの人は無理だなーと。いい大人がキツイですよね。まあ、私もいい大人なのにそういう人とも上手くやっていけなかったんですけどね。
そもそも、いい大人ってなんでしょうね?いい大人には一生なれそうもないかな。
ストロベリームーン。
うまく撮れたから送るね。好きな人と眺めるといいらしいよ。離れてるから一緒に見上げられないけど、一緒に見てる気持ちになれたらいいな。綺麗だね。
じゃあ、またね。
倦怠感の強い日だった。珈琲のカフェインも、今日は私に手を貸してくれはしなかった。昼寝をする勇気もなく、倦怠感が消える時をただ仰向けで待っていた。
動かない私に、全てが厳しい視線を投げ掛けている。汚れたコンロ、取り込まなければならない洗濯物、水切り籠に積まれた食器、読みかけの本、無為に減るスマートフォンの充電、傾いていく日差し、その他諸々。
重い頭が、独りでにタスクを書き出していく。私はそれを眺めて疲弊する。
喉が渇いたのでお茶を入れたかった。しかし、お茶を入れる元気があることを自分自身に悟らせたくなかったので、私は我慢することにした。
フォローしてる ポッドキャスター さんが 先日
「どんなに理不尽なことをしても言われても子供は絶対にママを愛し続ける」
ということを話していて、思わず
「それ違うわよ」
と声に出して突っ込んでしまった。
この方の名誉のために言うと、その言葉の後に、
「そんな子供たちの愛情にあぐらをかかないように良い母親でなければ」
とおっしゃる謙虚な方でもあります。
ただ違うんだよ。
子供の頃はそうしなきゃ生きていけないから母親に何があっても しがみつくけど、
大人になれば母親もみすてることもあるんだよ。
だから子供、なのかな。
母親から見た子という意味ではなく、生物学的な子供 未成年を指すならまだ間違ってないかも。
ただ子供がいくつになっても、子供は子供。
永遠に自分の所有物と思ってる人が居る。
私は子供がいないし 子供は大嫌いだ。
どう扱っていいかわからないのと、自分と同じ思いを自分の子供をさせたくないと思うからうむ気はない。
世間が これだけ毒親 毒親騒いでいて、自分は違うと1ミリも疑いもせず思い込めるのが怖い。
隣の家の嫌味な老夫婦の娘さんが、同じ市内に住んでるのに1回も帰ってこなくて気の毒ねえ、って何十回も聞いたけど、それ これからのあなたです。
よかったね。
お揃いだよ。
自分の子供にここまで 執着して支配するのって人間だけなんだろうな。
その辛さを私よく知ってるから子供を頃から子供だけはうみたくないと思ってた。
まあおあつらいむきに独身ですけど。
私も母親でなく 桃から生まれたかったわ。
自分の監督不行き届きで 命を落とした犬のことをその日の朝 なくなった猫が連れて行ったと張の本人が他人に話していた。
真実を知っている人間がそばに 2人もいたのに
その真実に傷ついている人間がいたのに自分に言い聞かすように嘘ついてた。
まだ なくなって1ヶ月しか経ってない。
それでも なんとか自分の中で折り合いをつけてきた。
だからもう、は?て思ったし呆れてものも言えないし、この嘘つき野郎って食ってかかってやりたいとも思ったけど、きっと 本人はもう完全にそう思い込んでるし、もうこいつダメだなと思った。
あー そいつ私の母親 ね。
怒れるうちはまだいいよ。
もう何があっても あーこいつもうダメだって思われたらおしまい。
今日の法事の後はもう用はない。
着信拒否した。
犬がもうかわいそうで。
母と同居していた頃は犬は母に一番なついてたから。
置いてかれて私みたいな 愛情が薄い 飼い主に下手くそな 介護されて。
一緒に亡くなった猫の方 溺愛してた私をどんな思いで見てたかと思うと申し訳なくて。
控えめな 犬だった。
穏やかな 賢い犬だった。
子犬の頃からずっと一緒にいたのにごめん
こんな母親に拾われたから こんな形で。
穏やかで幸せな老後を過ごさせてあげたかったのに。
犬のしにざままで汚しやがった。
あの女はもうだめだ。
犬はそんなこと気にしないし、それでも私たちに愛と感謝をくれるかもしれない。
そんな穏やかで優しい犬だった。
だから私は何も言わない。
ただし もう関わらない。
一生 理解しないだろう 私の気持ちなんて。
一生わからないまま 自分の所有物だと思ってた人間から捨てられるんだ。
ざまあみろ。
そんな私の決断を犬はどう思うかわからないけど、でも多分 分かってくれると思う。
仲が良かった2匹は一緒に旅だって私を この家から解放してくれたんだ。
寂しいからって理由だけで猫が犬を連れて行くわけがない。
そんな猫じゃない。
猫まで侮辱しやがって。
2匹がちゃんと相談して一緒に行ったんだ。
出来事は 解釈。
誰がどう思おうと一番なのに行きのそばにいた 私が思うことが正解に近いはず。
ただし事実は変わらないわよ。
そこをねじ曲げた あの女には心底失望したわ。
相手の好意が信じきれず、ましてや好きだと言われないけどかわいいと言われてたまに一緒に過ごす日々を
約1年近く続けている。
昨日、初めて、好き、大好きと言われた。
さすがに心がぐらっときた。
は、初めて言われたぞ…動揺した。
しかし、恋愛に溺れた結果
可哀想な自分を去年散々目撃してしまってあまり恋愛感情というものがわからなくなっていた。付き合うってなんだ…とこの歳になっても思ってしまう。
付き合う、という選択肢はまだ素直に取れない。
でもこのままでいいよ、という話に着地したので
とりあえずこのままで。
あきられたらそこまでだな。
友達が結婚式はしたけど、もう1回衣装着たいから観に来てね。というので、わざわざ参加してました。さすがに夢の中でも本来の挙式ではないから‥という理由でギリギリで到着してた私。
そうしたら友達はドレス姿でパレードのようなものに参加してこちらに手を振っていました‥
その後はなぜか普通に一緒にコンビニに行ったり、曖昧な形で夢は終わりました。
夢なのにスゴイ疲れました。結婚式にはもう参加してお祝いしたのに、謎のパレードを見せられて笑顔を振り向く自分‥普段は控えめで目立つことは絶対しない友達のはずか、あのような派手なパレードに参加して楽しそうにしていることもギャップがありすぎて疲れました。
まあ、夢だからいいのですけど、夢で疲れることは現実ならもっと疲れるでしょうね。楽しくてもやり過ぎない、そして疲れそうなら断ること大事だって夢から改めて学びました。
図書館へ本を返しに行く予定だったが、雨ですっかりやる気をなくしてしまった。泥で汚れる靴や、塗れる靴下、鞄を庇いながら歩くことを想像するだけで億劫になる。
外出しない代わりに、丸一日、本を読んで過ごすことにした。私は「読書は、あまり…」と公言しているが、その実読む時間は長い方だと思う。ただ、楽しいのではなく手持ち無沙汰で読んでいるだけなので、好きというのは違う、と思っている。
とりあえず、手近にあった『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』を手に取った。この本は図書館の廃棄本コーナーに置かれていた。自由に持ち帰って良いと書いてあったので、遠慮なく頂いてきたのだ。
打ち込める趣味や仕事、あるいは友人や恋人やペットでもいれば良かったなと思う。私の相手をしてくれるのは、この染みだらけの本だけだ。