うちの母って周りより少し早い年齢で子ども産んだから、感覚の若い母だということを自分で信じてたように思う。
そこそこ年を重ねた子どもの私から見て、若く産んだ場合のデメリットばかり持った母だと思う。若いから私の感覚は正しい!と信じて止まないところは多分、老人特有の頑なさとそんなに変わらない。
悲惨なのが、若いときに子育てで我慢してきてしまったから、その鬱憤を子どもにぶつけるところ。特に私は長子だったのでそれをモロに感じてた。子どもの頃は母のイラつきの理由がわからなかったけど、今ならそういう理由なんだろうなとわかる。
子どもが出来たから結婚というわけではないということを子どもの私に主張してたのも妙に納得。だから私は他の若いできちゃった結婚するような人とは違うの!ちゃんとしてるの!みたいな圧力を今思えば感じる。それを自分の子どもにやっちゃうのって悲惨だなと。子どもの私はなんとなく第三者の目線で見ちゃう。そうしないとキツイってのもあって本能的にそうしてるのかも。
子どもが出来てからの結婚のほうが、自分の意思とは関係なく生活が変わって母となっていくから、そのスピード感に耐えられなくて不安や不満が溜まるっていうのは想像出来るけど、普通に結婚して子ども生まれてって順序は普通でも私の母みたいになるんだなと思う。よく「こんなに早く子供が出来るなんて思わなかった」とか子どもの私に言ってたけど、結婚して順序を踏んでも何も考えてなければ母が敵対視してた、いわゆるデキ婚と言われる人と変わらないのでは?と思う。
別にデキ婚だから〜っていうよりは、その人がその都度向き合って対応していける力が大事で順序とか関係ないんじゃないかとも思う。緩やかに洗脳されていたのか私もデキ婚はダラシないみたいに思ってた時代があったんですよね。確かに順序を踏んだ方がスピード感とか慣らしやすいってあるのかもしれないけど、いいか悪いかは他人が決めることではないのかな?と思うようになった。
不快なポイントがないように書いたつもりですが、あまりモザイクをかけすぎる表現も伝わらないし、なかなか自分でもスッキリしないので、ちょっと違うかな?と思われたらそっと離れていただけたら幸いです。