「知っていたら行ったのに」と言う人は、知ってても行かない人。っていうのをどこかで見たけど、このセリフを言う8割くらいの人は確かに知ってても行かないと思います。
行きたきゃ自分で情報をガンガン掴みに行くものだと思いますし、知らないってことはそこまでの情熱はないということですもんね。
「知っていたら行ったのに」と言う人は開催前に知っても「もっと早く知れたら行けたのに」か「(先過ぎて予定わからないから)もっと後になったら行けたかどうかわかったのに」みたいなことを延々と言い続けてるような気がします。
どんなことでも、行けない理由が先に来るときはたぶんそんなに行きたくないですよね。だからといってその対象物が嫌いというわけじゃないのもわかってます。ただ行くほどではないんですよね。行くほどまで好きじゃないけど、わざわざ時間やお金を使って行く人と同等のレベルにいたいから「知っていたら行ったのに」という言葉が出るのかもしれません。
わざわざ行く時間を作るほどの好きじゃなくてもいいと思います。ただそれを上回る好きを演出するから変な反感やモヤモヤを感じる人が出でくるのだと思います。
自分は何かに対してこれくらいの熱量かな?って自身で把握してそれを受け入れることは大事なのかもしれません。
今日は9月11日。
私はちょうどその日、ロンドンにいて、何も知らずに地下鉄乗って学校に行ってたのだけど、駅でアナウンスがあった瞬間、その場にいる人の顔色がサッと変わったのが分かった。
英語のアナウンスを聞き取れるほどの語学力はなかったので、私だけポカンとして周りを見渡すばかりだった。
たった2週間の短期留学の機会に、私はアメリカに行きたいと主張したのに、アメリカは危ないから!と母に止められて、まだ安全(そう)なイギリスに行くことになったのだ。
今思えば、あの程度の語学力で、たった一人、あこがれだったニューヨークにあの日いたら、私、いろんな意味で危なかったろうな、と思う。
帰国後、当時ニューヨークに滞在していた同級生が、その時の話を授業で発表してくれた。
知り合いがあのビルに勤めていて、ちょうど前日にビルを案内してもらっていたという話を聞いてゾッとしたし、せっかくの滞在もあの時の混乱でほとんど何もできず恐怖でいっぱいだったと知って、のんきにロンドン滞在を楽しんだ私は申し訳なく思った。
幸い、お知り合いの方たちはみんな無事に逃げられたという。
早く日本に帰りたかったけど、なかなか帰国できなかったとも聞いた。
どれだけの混乱があったのか。
一方の私、同じクラスの韓国人留学生が英語でアメリカの事件について説明してくれたけど、半分くらいしか理解できず、予定通り帰国して、関空から地元の駅までの終電を逃して野宿するかどうかで滅茶苦茶焦っていた。
幸い、関西在住の母の友人が泊めてくださって事なきを得て、そこで初めて日本の新聞を読みすべてを理解した。
どおりで帰国したと連絡した友人から「良く帰ってこれたね!」と変なテンションでメールがあったと思った。
母の友人にも空港はどんなだったかとか色々聞かれたけど、確かに帰りのほうがセキュリティが厳しかったかな、と思ったくらい。
無知って怖いよね。
9月11日が来るたびに、思い出すのはあの時の地下鉄の空気。
みんなが一斉に立ち止まったのは本当に驚いた。
世界が急に時を止めたような。
どんなアナウンスだったのか、今となっては分かりようもないけど。
そんなことを思いながら、今日、20代のクライアントさんと話をしたところ、
「当時は2歳だったので」と言われてそちらにも絶句。
そんなに時がたったのか。
今の20代は教科書でそうした事件があったことを学ぶそう。
私の思い出の中の事件が歴史になってる衝撃。
自分、年とったなー・・・。
「島唄」は好きな歌で、初めて買ったCDでもある。
ただ、歌詞はしばらく勘違いしていた。
一番
「ウージの下であなたと出会い
ウージの下で千代にさよなら」
二番
「ウージの下で歌った友よ
ウージの下で八千代の別れ」
千代と別れた後、八千代とも別れたんかいっ、と。
(どちらも女の名前だと思っていた)
中学生だったもん。
分からないよねぇ。
勘違いが解消されてより好きになった。
海外で仲良くなった友達と帰国で離ればなれになった後だったから、余計染みた。
彼女は今元気だろうか?
あの出会いがあったから今の私がいる。
一緒に撮った写真は今も飾ってる。
島唄を聞くと思いだすんだ。
昨日は当時色々あってあまり関わりたくない人と出くわして目まで合ったけど目を逸らしました。私の中ではもう”知らない人“なので、目が合っても逸らすのは普通。知らない人と目が合っても挨拶しないのが普通ですもんね。
近所だと出くわす回数が多くて嫌ですね。目が合った短いあの時間に相手が困ったのような顔をしてたのを思い出しました。実は私は最初は相手が誰だか気が付かなったんですよね。この人知ってるけど誰だっけ?みたいのが脳で駆け巡っていました。それで、ああ!と思ったときに久しぶり〜♪という言葉で返すのが大人なんだと思うけど、ああ!と思ってそそくさ帰ったのが私の中では正解でした。
あの困った顔はたぶん相手のほうが私の存在に先に気が付いてたんだと思いますね。でも、何も言ってこない。そして、私に無視された〜と周りに話すのでしょう。もし、久しぶり♪と声をかけたとしても、わざわざ声をかけてきた〜とネタにするでしょう。そういうところが無理で“知らない人”になったわけですから。
その人、けっこう顔立ちも整っていて家族も築いていて身なりもきちんとしているんです。そして話し方も明るくて親しみやすい感じではあるんですよね。それなのに人の噂ばかりで、すごくもったいない人だとは思います。そんなに色々持っているのに、人の噂でしか関係を築けないところに闇を感じます。
その人も色々あって人のネタに頼るようになったのかもしれません。でも、もう年齢的にはいい大人だし何があったかは知らないけど変わらないとダメだと思うし、変わろうとしていない時点で無理です。
なぜそういう人になったのか?を辿っていくと、きっと辛いことや同情出来る部分は誰しも出てくると思うんでよね。でもやっぱりそれはそれ、これはこれなんです。私はそんなシビアな目線しか投げかけてあげられないけど、きっと人の噂をして多数派に寄生する生き方をしているのがその人が楽に生きられる方法なんでしょう。ただ私は寄生するための餌にはなりたくない、ただそれだけなのです。
以前、ジップラインにチャレンジしたとき、係員のお姉さんに言われた言葉が忘れられない。
最長クラスのワイヤーで、山の上から地上に向かって滑走、しかも下は池。
初めてで相当ビビってた私に、
「怖いのは最初だけですから!」
と言い切られて、妙に納得してしまった。
実際、パッとワイヤーにつるされた私の滑車から手を離されて山の上から滑り落ちた瞬間は絶叫したけど、すぐに「…あれ?楽しい!!」に代わってしまった。
中盤ははしゃいで眼下の見知らぬ人に手を振る始末。
下手したら私の娘に近い年齢の若いお姉さんをてこずらせてしまって、大人として少々恥ずかしいけど、いい体験だったな。
昨日のパラグライダーは、もっと山の上でつるされるワイヤーもないし、もちろん命の危険もあると知ってたけど、冒頭のお姉さんの言葉を思い出すと、すぐに坂を走れた。
(と言っても一回、失敗して周りの人に励まされながら二回目で飛んだけどw)
恐ろしいことを想像してしまったのだが、バンジーももしかしたらこんな感じかも、と思った。
意外に何も考えず、勢いで飛べばいけるんじゃないか、とか。
まぁ、しませんけど。
昔、お調子者の痴れ者がかっこつけてバンジーやるといって上まで上がっていって、しばらくして階段から降りてきて言ってた。
「今日は風が強すぎるから無理だって」
んな訳ねえよな、と思いながら、残念でしたね、と大人の対応をしといた。
内心、ダサいな、とバカにしてたけど。
できないなら最初から言わなきゃ恥かかずに済んだのに。
その日、雲一つない快晴で無風だったし、そもそも、無理なら申し込み時にスタッフに止められるはずなのにさ。
そんなことを思い出したりした。
中学時代の先生に、「お前は度胸がある」と太鼓判を押されたけど、たぶん、何も考えずに飛び込む勢いがあるってことだと思う。
考えてたら、何もできない。
やりたいと思ったときに、まず飛び込む。
あ、ちなみに、山を駆け降りる前、同時に頭の中に駆け巡った言葉が
「しぬときは一瞬だ」
です。
かの名作ドラマ「家なき子」の安達祐実と堂本光一が約束した言葉「しぬときは一緒だ」が勝手に脳内変換されてた。
人世の折り返しを過ぎて、いろんな大事な人たちやペットを見送ってきたからこそ、しが昔より身近になった。
しにたいわけではないが、その時が来たら、皆に会えるなというのは楽しみでもあり。
それまでに土産話をいっぱい用意しておこうという気持ちになるのだ。
でもきっと、今も上から見て私の奮闘をみんなで笑ってるんじゃないかなと思ってる。
感想を聞くのが今から楽しみよ。
以前の仕事を辞めたら2キロほど太ってしまった。
そのままでも大丈夫だよ〜と言ってもらえるほどではあるけれど、自分的には納得出来てなくて…服を着ればそんなにわからないけど、腹の辺りにうっすらと肉が居座ってる。
だらけてるというのもあるけど、生活スタイルが変わると体型に出てくるもんなんだなと。思えば立ち仕事だったし、さすがに仕事中はお菓子食べないし、以外とカロリーを使っていたんだなと実感。
仕事というフィルターがないと自分を律することが出来ない自分にらしさを感じつつ、ちょっとお菓子食べ過ぎるのは減らしてる。
ところで 急だけど、今日はパラグライダーをしてきた。
仕事が 午前中で終わったので綺麗な景色が見たいと思って山までドライブしに行ったらちょうどやってて。
普段 出かける時はスカートの私がたまたま ズボン履いてて、
キャッシュレス 派でお金は少額しか持たないのに、小さいお金がなかったから 財布に1万円入ってた。
目の前でカップルがものすごく熱心に説明を受けていてやるのかな と思っていたら、やっぱ 帰りますって帰ってって、私も迷った。
したっけ 中学生ぐらいの男の子が、怖がりながらも ピョンって飛んで タンデムで山から飛び出したのを見た。
あんな小さな子でも飛べるんだ。
(小学生でも飛べるらしい)
お札の1万円は崩すためのお金であって、自由にできるお金ではない。
貯金は多少あるけど あくまで 老後用だし、普段の生活はカツカツ。
ラーメンの5個パックが普通のスーパー だと高くて 昨日 断念したぐらい。
ディスカウントストアより 100円も高いなんて。
8000円は高額です
でも気がついたら名前書いてハーネス つけてもらってたね。
前から いつか飛びたいな と思ってたけど、なかなか日程が合わず、タンデムしてくれた人も 天気が悪くて2ヶ月間飛べなかったって言ってたこの日に運命感じた。
山を2、3歩走り降りたらすぐに大きな羽が体を浮き上がらせてくれる。
風に乗ったらもうハンモック状になった ハーネスに座るだけ。
何の力もいらず、全然怖くなかった。
もちろん 百戦錬磨のプロが後ろについてるというのが大きいけど。
美しい海と山を空から見下ろせる気持ち良さ。
すごかった。
動画 見返してみたらめっちゃ 叫んでて笑ったけど。
いつかやりたいを今日 叶えられて良かった。
今日を逃してたらまたいつか やりたいがずっと続いてたから。
もう1回やりたいか と言われたらちょっと迷う。
すごく良かったけど今回で十分満足してしまった。
高いしね。
でもこの1回をやるかやららないかってすごく 違う。
それが体験できたことは大きな成果だ。
怖いのは一瞬だけ。
高いとこ そんな得意じゃないんだけど、できるもんだな
一人暮らしを始めてから 大声を出すことがなくなった。
自分は声がでかい人間だと思ってたけど、そうしないと自分自身を守れなかったんだって1人になって分かった。
完全に1人になったけど、言い換えると私を振りまわしてきづつける嫌な存在が全部なくなったとも言える。
唯一の親友だった人も、薄々気づいてたけど、惰性で付き合ってた生産性のない関係をきっぱり断てたことは良かったのだと思う。
特に相手にとって私との縁が消えたことは良かったんじゃないかな。私ばっかりが悪いとは思わないけど でもその点に関しては ごめんね。
誕生日を機に自分って 人間としてやばいんじゃないのかと思ってしばし 悩んでた。
家族とも友達ともうまくいかない もちろん 恋人もいない私の人間性やばいのかなって。
でも、一人になって仕事も リモートで対面では誰とも話さない日々が続いて(仕事のオンライン通話はほぼ毎日だけど)、本当に誰にも邪魔されなくなって心がものすごく安定した。
実家で母親やクソ義父に振り回され傷つけられ 毎日 戦って、田舎の地域コミュニティの監視に辟易して、今の仕事に就くまでは嫌いな仕事でパワハラとかいじめとかがデフォルトで精神的に追い詰められてた。
だから仕事 続かなくて金銭的に家も出れなくて家でも仕事場でも居場所なくてつらかった。
やっと家を出れてやっと好きな仕事ができるようになって、自分が自分らしく働ける環境で、金銭的に不安がないわけではないけど 精神面が本当に楽で。
私は本当に人と働くのも人と暮らすのも無理なんだなって思った。
ただ同時に、自分ってこんなに 穏やかな人間だったんだって思った。
実家にいた頃は毎日とにかくすぐにブチ切れてた。
物に当たり、叫んだり、元友達や唯一 仲のいい弟に愚痴りまくったり。
本当に些細なことで 毎日沸点 すぐ超えて爆発させてた。
今は本当に多少 忙しくても クライアントに理不尽なクレームつけられても意外とするっと流してる。
最近気づいたけど理不尽なクレームつける人に限って努力不足。
それを私のせいにしてるんだなって分かったから気にならなくなった。
会社もそこはちゃんと信用してくれてるしありがたい。
私もしかしたら 今は本来の自分に戻るための大事な時期なのかもしれない。
一旦 ゼロに戻して、生まれ変わる時期なのかもしれない。
自分の中で決めたことがある。
相手の中の聖域を否定しない。
これは叶姉妹の言葉。
ネガティブな言葉を使わない。
誰に対して言おうと結局自分に返ってくるから。
この2つを私は守ろうと思う。
自分を癒せるのは自分だけ と聞いた。
他人に話してスッキリしようと ずっと してきたけどできなかったもんね。
それで結果 1人になったわけで。
私はここから もう1回やり直す。
このままずっと一人かもしれないけど、それはそれで人生を楽しめるから。
もう誰とも戦わない。
自分の好きに生きる。
インスタント麺やカップラーメンを作った安藤百福について改めて知る機会がありました。彼の功績は色々知られているのですが、これらを作ろうと思った動機が「衣食住の中で食がかけたら1番意味がない」という部分から始まっているそうですね。食というエネルギー源がなければ、他のことを楽しむ余裕がないとの考えから、簡単に出来るものをと考えたそうです。
そういえばアンパンマンの作者のやなせたかしも同じような事が動機でアンパンマンを世に送り出してましたね。ちょっとニュアンスが違うかもしれないけど、腹が減っていては何も出来ない、愛とか勇気とか言う前に空腹を満たしてあげるのが本当のヒーローといった考えがベースとなっていると聞いた記憶があります。
こういう考えで何かが生まれるって今後あるのかな?と思います。むしろこの考えに気が付かないでいられることが幸せでもあるんでしょうね。この時代にしか生まれなかった価値観かもしれないけど、どの時代にも1番大切なことなのかもしれません。色々あるけれど、腹が満たされることがまず大事なのです。それから色々あるということを感じて何をするかが今の時代にしか出来ないことなのかもしれないです。でも、私は寝て食べるだけしか出来ないと思います。
わたしの飲み会消化がもうすぐ終わる。
飲みに行きましょう!と言ったことは実現。
記憶から抹消していることもあるかもしれないが、私の記憶の範囲内のものは、動いた。
あれ?実現したかな?
会いたい人には、会えた。
だから、もう次からは自由に。
会いたい人には会えると思う。
知らんけど。
でも、今日は、会えたから。
たぶん、会える。
私は、ハイパーラッキーガールだから。