2024.03.12Tue
非表示 11:20

冬眠スタイルに変えて、少しばかりのハートの温かさをもらえなくなったことは寂しくは感じるけど、ちょっと自由になった気がします。あとで登場したときの、その後の展開が未知数ですが。
文句を言うために文句を探してる人ってやっぱりいますもんね。偶然見つけたのではなく、自分から見つけに行ってる。そういうタイプの人に、「自分から見つけに行ってるでしょ?」なんて言ったら(面倒だから言わないけど)いや、偶然だ!なんて言って、この出来事にも色々な装飾をしてどこかで披露されるんだろうなと。
だからもしかして、どこかでこの冬眠記録が文句発掘家に掘り起こされるかもしれない。文句というか、その人たちにとっては正論を主張することは自分の正しさを表すことだから。そういう正しさを表すために使われたくないから冬眠スタイルに変えたってのはあるんですよね。
だったら何も落としていかなければいいんじゃない?ってのも、最もなんですが、まあ、それもそうなんですが、自分の考えが正しい!!!って気持ちよりも、実はこう思ってるけど外では言えないし、目立つことはしたくないけど、少しは吐き出したいみたいな感覚です。そういう感覚を置きたいだけなのに、その感覚を私は正しいの!勢に使われちゃうと、私の感情がもったいないからとは思うのです。
過食嘔吐するようになった人の話で、「吐いたらスッキリして、今までのゴタゴタとか全部なくなったような気がした」ということを仰っしゃられて。あまり過食嘔吐のことについて知らなかったけど、現実のゴタゴタを食べ物を吐くという行為によって今までのゴタゴタをリンクさせて自分を保つ手段だったのかな?という気がしました。
何かを吐きたいようなことってやっぱり人間だから色々あります。だから言葉を吐いて私はスッキリしたいのかもしれない。過食嘔吐の人の苦しみと一緒にしているわけではないんだけど、何かを吐くということは自分をどうにか保っていきたいことへのプロセスなんだなと感じてます。
これからも眠っているけど時々起きたふりをしてるような感覚で生きていけたら。あまり他の場所では見かけないけど、私にとっては共感できる落とし物をこれからも見てはいたいです。


非表示 08:48

エックス(旧ツイッター)で舞台の観劇マナーが話題になってた。なんか、定期的に話題になる気もするが。

そりゃまあ、はじめて舞台見に来るお客さんたちは知らないこともあるだろうし、親子連れならなおさらだと思う。

だけどなあ。なんかポストでぐだぐたその人たちのことをネットにさらして(まあ、問題提起として上げてるんだと思うが)ねちねちしてんのもなんか、嫌いだなあと思った。

私も、ヘンな客みたこと何度もあるが、あんまり気にならない。「あー、なんかヘンなのいるな」みたいな。大体がそれで終わる。

むしろ、「なんか今日オモロイ奴ら、いたな。まあ、あれだ、珍しい観劇の思い出として土産話として家族に話そう」とラッキー的な考えになる自分は変わり者なのかな?

まあ、むかつくやつのことも面白いヤツとして変換する自分なんだけど、自分が関西人だからなのか、ヘンなやつとかむかつくやつがいてもたとえ腹が立っても笑いに変えていきます。

「関西人だからなのか、」て書き方も今は「主語が大きい」とか言われてめんどくさい時代になったモンだなと思う。

なんかあんまり気にならんし、自分はそもそも他人がどんな観劇の仕方をしようが、とくに気にならない。

「自分と舞台」だけに集中するので他人のことなんか意識してないし、あんまり、気にならない。

そいつらが何してようが、「あー、こいつらは、こんな人間なんだな」ぐらいであんまり、気にならない。

エックスで愚痴ってた人や共感してた人たちは、極度に他人に厳しいとか他人の目が気になる人たちなんかな、と思った。

「あー、なんかヘンなのいたな」それで終わりでいいじゃん、て思うが。あんまり観劇マナー観劇マナー言い過ぎると自分も他人も苦しくなるのではないかと思った。

2024.03.11Mon
非表示 21:30

春になると懲りずに何某かの苗やら種やら買って来てしまう。
狭いベランダながら、何となくガーデニングしてる。
去年夏頃越して来たから、前の家から持って来た鉢を雑に置いてただけで、ちょい休んでた。
何となく見てると、日照は半日程度。またしても半日陰と考えてやらなきゃいけないらしい。
前のとこより日当たりと風通しはマシそうだけどね。
諦めきれずにミニトマト買って来たけど、育つかな〜?
一回ダメにしちゃったブラックベリーのそこそこ大苗も買って来た。
上手く誘引すれば今年から収穫出来そう。ベランダのどこに置くか考えないと。
今度は急に大鉢に植えないようにしないと。


非表示 18:36

今日は鬱が酷いのか、ずっと横になってる。
横になれる環境があるだけマシだろ、って言われそうだよね。
虚しい。


非表示 15:09

有休を使って3連休にした。4月に近場だけど旅行に行くことにし、旅館を予約した。最近買った本を持って行って1日中読書をしようかと思っている。

今朝、好きなアーティストの作品が展示されている美術館に行った。なんとなくぼんやりと観てしまう映像作品で、観ていたら自分で絵を描くときのアイデアが浮かんできたので、今度試してみたい。


非表示 08:39

まあ私、愛情不足で育ってるとは思う。
感情がジェットコースターってのもそうらしいけど、まあそうだろうな、そういう中で育てばそうなるのかなと。
いつも急降下するとメンテナンス代わりに話聞いてくれたりするけど、そういうのもわかってるからなんか虚しいだけですよ。
本当は急降下前が1番大事なんだろうな。そこは普通だから大丈夫と思って欲しくない。そこを1番大事にして欲しい


非表示 08:28

なんかどこにいっても話を聞いてくれない人はかりだなー
別にそれならそれでいいけどじゃあ話しかけないで欲しいとは思う

2024.03.10Sun
非表示 20:56

3連休明けの仕事。
苦手なビデオ会議が3連発で朝から激萎え。

こういう日は、どんなに自分を励まそうとしてもダメ。
何を食べても何をしても、緊張はとれない。
終わるまでじっと耐えるしかない。

苦手だったことも、時間をかけて慣らしてきた。
音声会議なら今はだいぶ平気。
ビデオだって時間をかければきっと、と思うのだけど、疲れた。
明日の朝一もあるけどー(涙)

私がクライアントさんと話してるのを見て、私がコミュ障だと思う人って少ないと思う。
高い声でよう喋る女だと思われてるだろう。
声の高さは地声で、よう喋るのは緊張してるからなんだけどね。

疲れるのは、気を使ってるのと、仮面をかぶってるからだ。
素で仕事なんてしないよ。

清志郎の歌だって「子供じゃなけりゃ誰でも二つ以上の顔を持ってる」っていうじゃん。
ほんとそれ。
仮面があるから、クレーム受けても、本来の自分を守れる。

慣れるまで、慣れるまで、と自分を励ましてるところ。


非表示 06:43

売り出し中の書籍より、本棚にひっそり陳列されてる書籍のほうが自分が欲しい本だったりすることはあります。そんな感じで本棚にひっそり陳列されてるけど、偶然見つけられて良ければ何らかの役に立ってたり共感されたりしてもらえたら嬉しいかな?
でも、なんだこれ?と思ったらそのまま何も言わずに本棚に戻してもらえるだけでいいのです。


懐中電灯

非表示 06:34

その人の事を話題に出せば100%愚痴になるってわかってるくせに、その人の話題を出してくるのはなんなのー?とは思います。
愚痴を聞きたくないタイプみたいです。まあ、愚痴を積極的に聞きたい人なんて稀だとは思いますが。
もちろん私も積極的に愚痴を言う事はしてないですし、最近は特に愚痴のような事は言わないように努力はしてるのです。
ただ、やっぱり私にも嫌いな人はいるし、不満に思うことはあるし、やってられんな!って感情はあります。特に自分自身がネガティブだという自覚もあるので、突付けばネガティブな空気しか出てこない風船みたいだと思ってます。
だから私がその人の事を嫌いだって知っていて且つ、愚痴やネガティブな主張を聞きたくないのであれば、その人の話題を出さないのが賢明なのにと思うのです。
でも、私が絶対にネガティブな事を言う話題を投下してくる。そういう人ってどんな話がしたいんだろう?何を言えば逆に満足するんだろう?
私自身が全体的に否定的な考えだから、相手は愚痴の着火剤を投入してるつもりはなくても、私の問題で全て愚痴に変換してるのかもしれないのか?うーん。でも、やっぱり昔はそういうところもあったかもしれないけど、今はかなり気をつけてるからなー。自らのネガティブ発信はこういうところだけにしてるし、現実世界では、聞かれたことに答えるスタイルにしてるから自分からネガティブ発信はしてないとは思う。でも素がネガティブだからナチュラルにネガティブかもしれないけど。
それだったら私とは話したくないよね?だけど話はしたいのだったらある程度は受け入れてもらわないと。それが私だから。
今より若い頃は言えると思えた人には自分の考えというネガティブな感情をバーッッッと言っていたこともあるかなと。それで私から離れていった人もいるだろう。でも、そういう私を知っていてその先の日々も共に見据えることを決めてくれたんじゃなかったのかなー?という気持ちに辿りついてしまう。ポジティブだったのにネガティブになったわけじゃなくて、最初から私はネガティブなのだ。だから何故なんだろうと思う。
一緒にいたらポジティブになってくれるとでも思ったのかな?そういう考えならそれはあなたの驕りだよーとしか思わないよね。なんなら昔より今の方が表面的にはポジティブだよーって思うけど。
その時のあんな自分を受け入れてもらえたから嬉しかったけど、それは一時的なものだったな。ネガティブな私のどこが良かったんだろう?もう一度書くけど、私はネガティブからスタートしてるから偽ってなかったんだよね。もし、私のネガティブ以外の部分が見えていたのだとしたら、ネガティブを受け入れてもらえた故に出て来た信頼からくる明るさでしかないのです。だから私は暗い。でも、暗い中から時々懐中電灯で光を灯すような明るさだけはあの頃はあったかもしれない。きっとその明るさが良かったのかもしれない。でも、照明がバッチリのところでは懐中電灯の明るさなんて見えないだろうし、暗闇だからこそあり得た明るさだったのに。それに気がついてなかったのかもね。本当は明るい人なのに…って勘違いさせちゃったのかな。それなら勘違いさせたままにさせてあげるから、ずっと周りの照明を絶やさないであなた自身も努力せよ!私は明るかろうが暗かろうが、自分の持っている懐中電灯を照らし続けるのみです。

ページ上部に戻る