某バンドの曲を聞いていたら思い出しました。そのバンドと同じ出身地に住んでいたころ、ラジオで彼らの曲がバンバン流れていて。私もそれがキッカケで彼らを知ることになりました。当時は小学校高学年で、ネットもなかったし部屋にテレビはなかったのでラジオが自分のエンタメだったのでよく聴いていました。
しかし、6年生の途中で親の転勤で引っ越ししちゃうんですよね。寒いところから関東に。それでそのラジオは聴けなくなってしまったんですよね。今の時代ならネットで聴けたりしたのかもしれませんが、周波数のみが頼りの時代、懐かしいですね。
それからもう約30年はこっちに住んでます。当時は引っ越し嫌だったんですけど、こっちにいたから見れたものや知れたものがやっぱりあって、それは自分を充実させていました。
特に色々なライブに行けたのは良かったですね。地方公演もあるにはありますが、中には東京近辺でしかやらない公演もありますから、それに電車賃のみで行けるのは良かったと思いますし、今でもそれは良いなと思っています。あの時、ラジオで出会った彼らのライブは行ったことはないんですけど、今でもやっぱりいいなぁと思っています。
一度だけ、またあの寒い地域に親の転勤で戻る話があったんですが、拒否して良かったなと感じています。あれは高校生になる直前の3月だったかな?進路も決まって親の意向も一応汲んで選択した高校なのに、このタイミングで引っ越し?という怒りと悲しみで拒否しましたが、単純にもうこちらの生活に慣れていたし、もっと慣れたかったんだと思います。そして、それが今の自分に繋がっているとしたら拒否して良かったです。大したことを成し遂げたわけじゃないけど、本当に拒否して良かった。
あの時素直に親について行ったら、この何十年間で見てきたもの手に入れてきたものが手に入っていないとしたら怖いです。別に今が最高!ってわけじゃないし、また引っ越ししたとしても他の何かを見ていたかもしれないし、ここにいるよりもっとすごい何かを見ていたかもしれないし、ここにいて体験した嫌なこともなかったかもしれないけど、やっぱりここがいいんですよね。
出身地聞かれたら迷いますけど、一応以前住んでた場所を言います。でもなんか変な感じはしますね。
私は、自分のことがよくわかりません。自分が何のかも、よくわかりません。私は、いったいなんでしょう。私はいったい、誰なのでしょう。
心に穴が空いている。昔からずうっと、空いている。子供の頃から、空いている。それは今も開いたままだ。その穴を埋めたくて頑張って何かで埋めてきました。
でも、埋まりません。そんな物は、どこにもなくて。探しても、探してもなくて。ないんです、どこにも、そんなものは。だけど、探してしまう。人間なんですかね。せつないね、悲しいね、
人間は、私は。
何かで埋めてます。食べ物、買い物、音楽、好きな芸能人、めちゃくちゃ探して埋めてます。だけど埋まらない。その時だけ。一時だけ。気がついたら、その時も、終わる。
目が覚めれば、終わってる。夢から醒めたら、何もかも、終わってる。
はははは・・・馬鹿です、夢見る夢子さんです。
自信持てと人に言われました。確かに、私は自信がないのかもしれません。自信がないというよりも、そもそも、自分がないのです。私は、自分がないのです。昔から。一番ダメなのかもしれません。ああ、致命的・・・自分がないので他者に影響されまくって生きてます。
それも私なのかもしれません。いえ、それが私なのかもしれません。自分がないのではなく。私は私で生きてます。私がないのが、私なのかもしれません。意味不明ですみません。
どうしても好きになれない、どっちかっていうと嫌いな部類のキャラがいてね。
そのキャラがメインのストーリーを読むとイライラが募ってずーっとそのキャラに対するネガティブな言葉が頭の中でぐるぐるしてたんだけどさ。同族嫌悪にかもしれないなって気づいて、それがストンと腑に落ちて笑っちゃったよ。
全てが一緒ではないけど、似てる部分があるんだ。好きになれない、変えたいと思っている自分の嫌いな部分が似ていて重なって、それが間接的にそのキャラを通して自分を見てるみたいに感じるからそれでどうしてもイライラしちゃってた。
ある意味、自己嫌悪みたいなものだったんだなあ。まるで自分みたいだから感情移入しすぎてた部分もあったかな、きっと。
そのキャラに対する見方もちょっと変わったかな。同族嫌悪とは関係ない部分でやっぱり好きになれないなって部分もあるし手のひら返して好きになれるわけではないけど、ネガティブな感情しかわかなかった前よりは良い感情を持てたよ。
同族嫌悪だってことが腑に落ちたと同時にちょっと落ち込んだけど(笑)、モヤモヤとイライラの原因がわかってスッキリしたし、気づけてよかった。
朝さんぽok。
野菜切った残りで水炊き食べる。
断捨離してた。今日はコンセントやゲームコントローラー類まとめてる棚のコンセントを一個一個調べて余り使わない系は物の住所大幅変変更。ゲームや小さめ家電、コンセント入れケースめちゃくちゃ使いやすくなりました。
発掘したCDや遊ばないゲーム売りに行ってそのお金で大手振って自分が大好きな喫茶店コーヒー飲みもした。
休職中は断捨離徹底的にやりたいな。日光浴びるのが気持ちよくて両立難しいです。サボリ気味な脳みそしてないと適応障害悪化するから、周りや体裁気にせず、好きなことやりたいことやってるだけなのに(やりたい事、断捨離、日光浴び)忙しいって言っちゃいます。わがまま許して世間様。来月復帰するために今は夏休み気分でいないと来月までに治らないからお願いします。
身バレが困るのでこちらでこそっと。
今まで週6で働いてたけど、週5勤務になると聞いて、ガッツポーズ。
勿論給与に変更なし。
週6と言っても、休みの翌日に休みの日分も仕事があったので、きつかったんだよね。
在宅ワークで仕事時間は自由に決めれるから、週五でフルに外で働いてた頃に比べれば天国。
文句は言えないなと。
まさかこんな日がくるとは。
休みの日の分の仕事もしなくてよくなるのも滅茶苦茶嬉しい。
憧れの連休~♪
(ずっと接客業だったので、週5で働いてた時も、連休は取れなかったの)
・夜中のコンビニバイトに行くだけの弟よりも大学生だった私の方が居候という親の価値観ヤバいなー
・10年一緒にいるためには、1日一緒にいる時間は減らさないと無理
・ヤバいことをしてたりおかしなことをいってる人に対して擁護してる人もヤバい人だなと。
・まあ私も変な人だから
久しぶりに映画を見た。おっさんと元アイドルが一緒に住む映画である。たまたまタイミングがあったのでこちらを見た。
決して大作ではないけれど、とても良い映画だった。隣ではゴジラがやっていてそれも見たかったけど私は今日はこちらにしました。
「しあわせになりたい」この感覚が私にはいまいちやはり、わからなくてたぶんまあ、おそらく一生この感覚は私にはわからないままなのだろうと思う。何度もここに書いたことがあるから、ああ、またあの人かと思う人もいるかもしれないけれどたぶん、それ、私です。
やはり、わからない。わからなかった。不幸になりたいわけでもないけどなんかまあ、やはり、わからなかった。
たぶん、いまの、あるがままがみんな、一番幸せなのかもしれないと思う。みんな気がついていないだけで本当はみんな、愛されているし、幸せなのかもしれない。
私は生まれ育った環境や、親について思うところはたくさんあり、いまもムカつくし、腹立たしいことも山積みであるが、不幸だと思ったことはない。反対に幸せだと思ったこともない。だって私の家庭は全然普通ではない。可もなく不可もなく。
人生は交差点なので、会わない人は一生会わないし、縁ある人はどこかで必ず出会います。
行きの電車の中で五十代ぐらいのサラリーマンが大きな声で愚痴を同僚にこぼしていた。「俺はクズか、俺はゴミか、」と悲しそうな顔で話していた。会社でなにか、あったのだろう。同僚が途中で降りたあと一人残されたおじさんは、とても寂しそうに流れる夜の景色を眺めていた。たぶん夜景が今日のおじさんの心を少しだけ、慰めたのだろう。
ああ、これは昔流行った小室さんプロデュースの浜ちゃんの歌かな、と思った。一番来る歌詞なんだよな。「流れる景色を毎晩必ず見ている。うちにかえったらひたすら眠るだけだから」
おじさん、あなたはクズなんかじゃないし、あなたはゴミなんかじゃない、あなたはあなたでいいんだ。帰りの電車の中で酔っぱらいのカップルを見た。楽しそうだった。若いな、と思った。わかりませんが、ただただ、それを思う。
いま、朝になりました。寝れなくて書きました。行きのおじさんも、帰りのカップルも、みんな、家路についたのかな。みんな、ゴハン食べて風呂に入って暖かい布団で眠れているのかな。雨が降ってます。私は雨は大好きなのです。大丈夫、必ず、霧は晴れるし、雨もやみますから。
しんどいことがあっても、それもまあ、いま振り返ると「愛だったのかな」と思う。ここまで来るには回り道をした。苦しいことも、悲しいことも、それも全て愛すべき自分の物なのかなと思う。苦しいことも、悲しいことも、全て自分の財産なのかなといまは思う。なんかまあ、それもまた、面白いではないですか。人の一生は、面白いなと思うのです。長々とすみませんでした。ありがとうございます。
英語で仕事し始めてから、英語が嫌になった。
完ぺきな英語を目指さなきゃいけないのが苦痛だし、仕事で出会う外国人に嫌な思いさせられることも多かったから。
だから、英語とは関係ない場面で人と関わろうと思ったんだけど、言語交換、楽しかったな。
責任がない、間違ってもいい英語、ただ気楽に楽しむだけの言葉を久々に使って、英語好きだったんだよな、と改めて思った。
英語話せる人ばかりの環境で、自分が一番できないのを分かってて、できる顔しながら仕事するのは辛かったよ。
会社が求める最低ラインをクリアしてても、周りがすごすぎるから嫌でもへこまされる。
これだけ勉強してきたのに、結局このレベルかと思い知らされる。
仕事辞めた方がいいんじゃないかと思うけど、この仕事が自分のやりたいことで、だからといって、親の仇みたいにひっしに英語の勉強をするのはもう嫌だった。
そんな自分もすごく嫌いで。
すべてのしがらみを消して、英語でおしゃべりできるのはいいな。
いざとなったら言語交換を理由に日本語に逃げてもいいし。
そもそも職業不定で通しておけば、誰も私の英語をジャッジしない。
みんな同じ学習者なんだから。
好きを仕事にするって辛いよ。
でもそれ以外の仕事はしたくなかったの。
しばらくここで息抜きさせてもらう。
不意に孤独感を感じた。
孤独と孤独「感」は違う。
孤独な状態は事実で、孤独「感」はその事実に対する主観。
主観が人を苦しめる。
うっすらこのまま一人でいいのかとは思ってた。
友達も恋人もいない一人暮らし。
今は猫がいるし、オンライン会議で毎日クライアントさんと話してる。
元々一人好きで孤独に強いし、人間関係に苦しまなくていいと満足してた。
でも、何の利害もない雑談が恋しくなった。
で、婚活とか新しい趣味とか習い事とか、いろいろ考えた最中、偶然、今日オンラインで話したクライアントさんと言語交換の話が出た。
昔、外国語の先生からお勧めされてたのも思い出す。
無料でオンライン通話もできるし。
友達を作ろうと思うと、ハードルが高い。
でも、その場限りの流動的な雑談が今の私にはちょうどいいかもしれない。
と思って、さっそく登録。
恋愛目的であろう男性からのメールはすべて無視。
良さげな女性たちにメッセージを送ってしばしチャット。
言語交換のルールかは分からないけど、相手の希望を考えると、日本語+英語。
日本の京都や猫の話題をそれぞれ別の人とチャットしながら、15分くらいでそろそろお開きで、となった。
相手の方が上手いこと切り上げてくれたのでほっとする。
お互い忙しいもんね。
孤独は変わらないけど、孤独「感」はかなり消えた。
友達や居場所を作ろうとすると、私はすごく苦しかったから、これくらいの軽くて薄い付き合いが快適だわ。
(何でコロナ禍でやらなかったのかなぁ。自粛期間中、あんなに暇だったのに思いもしなかった)
昨夜、父から電話があった。
腹部にガンが見つかり、肺にもそれらしき影があるという。
より大きな病院で精密検査と治療を受けた方がいいと勧められ、いま病院を選んでいるところとのこと。
ガンだからと言って絶望するような時代ではないけれど、それでもやはり、気持ちが落ち着かない。
二か所。転移?
発覚時にすでに転移が見つかった場合どうなんだろう。今までそれとなく見てきた闘病記録などではあまり良い話はなかったように思う。
父は80歳。年齢の割には元気だけれど、どのような治療になるのだろう。
進行ぐあいによっては、父自ら緩和ケアを望むかもしれない。
そうなったら、あとどれくらい…
いやいや。
まだ早い。まだ何もわかってない。
落ち着いているつもりだけど、胃が重い。鉛でも飲み込んだようだ。
私はどのように支えればよいのだろう。