この欲を捨てたい。
でもすべて捨てられたら、もう人間ではない。
怒りはどうしたらいいのだ。怒りは表していいものか、形を変えた方がいいものなのか。
急に現れる鬱。
もういい加減にして欲しい。
私では無いところから、私を襲ってくる。
病院へ通ってもカウンセリングを受けても、呑気に暮らす人より勉強しても、何も改善しない。
バカに生まれたかった。シュウ チ心も向上心もないバカに。
むしろ生まれたくなかった。
いつシんでも悔いはないと、もう20年近く思ってる。
(ここのAIも限り無くバカみたいだ)
鬱が消えてくれない。
憂鬱だ。なぜいつも。急に襲ってくる。
このタイミングの理由を考える。直近であった引き金のストレスは?
気楽に生きることへの罪悪感は?
倍巻きトイレットペーパーを使ってるけど、長持ちするところもいいけど、芯がないところもかなり気に入っている。
芯が残っても意味ないし、芯がなくても支えられるならそっちのほうがいいハズです。
芯があっても、それがジャマなら意味が無いよね
家系ラーメンを久しぶりに食べました。
油とコクの狭間みたいな味が美味しかったです。頻繁には食べられないですね。胃もたれが心配なので。
数年前の父の還暦祝いで定番の赤いちゃんちゃんこを着てもらうかなんて話していましたが…
父はそれを拒否。還暦祝いは拒否しないけど、ちゃんちゃんこは拒否。理由もよくわからない。恥ずかしいとかそんな理由だとは思う。まあ、よくわからない理由だから覚えていないんでしょう。
これは父の還暦祝いだから、父が着たくないならそれでいいんですけど、その頃母がもう余命を宣告されているような状況でした。だから、家族で集まるとかそういうのは貴重な機会だったんですよね。だから母もそれなりに父の還暦祝いを楽しみにしていたというか、ちゃんちゃんこ着てもらってワイワイガヤガヤみたいのがやりたかったんでしょうね。そういう状況で父のちゃんちゃんこ拒否。さんざん私が言われた父の言い方借りるなら「ノリ悪い」ですよね。
やっぱりアレは着ないでその日を迎えたんですけど、それからしばらく経った後かな?「あの時、着たほうが良かったか?」なんて私に言ってきたんです。私は母の視点なら着てあげたほうがよかったけど、自分が着たくなかったならそれでいいんじゃない?って言い方しか出来なかったなと。まあ、それが本心だし。
でも、なんていうんでしょう。この体験から思うことは色々ありました。改めて数年経過してわかってきたこともあります。
良い年齢の重ね方って、ある程度ノリが良くなることなのかなと。自分なりのこだわりや信念を持ちながらも周りに合わせて、合わせるだけじゃなく自分も楽しむみたいな感じ。本来の意味は違うと思うけど、あのちゃんちゃんこは人生のノリ方を試されているのでは?とも思ってしまった。
ここのところ、今落ち着いてテレビなんか見てられないけど無音は寂しいなという時は、毎回ネトフリで藤井風のライブを聞いている。
藤井風の音楽は、私にとってはとても不思議なんだけど、歌詞がそこそこ聞き取れる割にはBGMみたいに聞き流せるんですよね。
全く負担にならずに流しておけるのでとても重宝するんです。
もちろんファンなんですけど、ファンでもない家族も気がつくと流してたりする。
そんなわけで数え切れないくらい鬼リピ視聴してて、最初はネトフリのAIか何かが『いやもうあんた、何回から見たんだよ』と言わんばかりにリストから消してしまってて聴くために毎回検索してたんだけど、最近は『ハイハイ、あんたまたこれでしょ?』と言わんばかりにリストトップに上がるようになって助かってる。
ありがたい。また見ながらこれ打ってる。
古着屋でキラキラした糸で編まれたバッグを見つけた。
中がほんのり 見えて夏らしい。
デザインが良くても 持ち手が短くて 斜め掛け できないのが残念。
ショルダーをつける金具 もない。
迷ってたら目の端に移ったチェーンのベルト。
見て思いついた。
バックの蓋に輪っかにしたベルトをくぐらせればショルダーにできる!
家に帰った後 ベルトをバックに針金で固定したので ズレ落ちることもない。
高級感はない(ベルトとバッグを合わせて400円足らず)。
イメージで言うと 子供の透明のプラスチックサンダルみたいな。
夏のお遊び用のバッグとしてちょうどいい感じ。
バックは実用重視なので一目惚れすることはまずないのだけど、今回は一目で 心惹かれた。
夏みたいな暑かったから かもね。
洗剤で丁寧に洗って 外干し中。
ベルトについてた 飾りのチェーンは、無印の 真っ黒リュックのアクセントになってくれたので これもよき。
なんかいい買い物したな
今日はスーパーで30%オフだったビンチョウマグロが50%オフに変わる瞬間に立ち会った。
そりゃ買うよねー。
今日はマグロユッケにして食べた。
なんか思ってた以上の出来上がりでめちゃ美味かった。
素晴らしい、半額のビンチョウマグロ…君に出会えて良かった。
偶然立ち寄ったお店の張り紙で、ずっと迷子になっていた飼い猫が無事に戻ってきたとの報告がしてあって、思わず声を上げた。
色んなお店で見かけていた茶虎の男の子のチラシで、最近見ないと思っていたのだ。
なんと7カ月ぶりに8キロも離れた車通りの多い場所でこの冬を乗り越えて元気に戻ってきたとのこと。
張り紙によると、失踪時よりも太っていたらしく、近隣住民の方のサポートがあって無事に入れたのだろうと書かれていた。
とても長い張り紙のメッセージに、見つかった喜びと、二度とこのようなことを起こさないという強い決意が感じさせられる。
戻ってきた猫ちゃんも元気そうで本当に良かった。
失踪チラシを見るたびに、手書きで「〇〇付近で見つかったという情報がありました」などとメッセージが追加されていて、どれほど心配されていたのかが分かる。
私も、今飼っている猫を一度脱走させてしまって、近所のおうちすべてにお願いをして、庭の中を捜索させてもらった経験がある。
ペット探偵で有名な方に依頼しようとしたとき、予約がいっぱいでお願いできず、絶望していた時に、その方がわざわざ捜索方法の資料を送ってくださったのだ。
そのやり方が、チラシ配りと、早い段階でのローラー作戦。
散々大声で名前を呼びながら、近所中を探し歩いてた時、私の声をかき消す鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声がなければ間違いなく分からなかった民家の軒下に積み重ねられた鉢植えの後ろ側の小さなスキマに縮こまっていたのだ。
声はするけど、姿が一切見えない。
まさかこんなところに、というところから、壁の中から声が聞こえるのかと思ったほど。
あの時は本当に泣いた。
家の前は車道で、見たことがない外に初めて出て、怖くて帰れなくなって隠れていたのに、私の声に反応して鳴き返してくれた。
(家の中ではほとんど鳴かないのに)
ペット探偵の方や気持ちよく庭に入れてくれたご近所の方たち、チラシの掲示を引き受けてくれたお店の方たち。
人々の優しさにも本当に感動した。
その日の夜に見つかって、翌朝、お願いした各所に報告とお礼に行ったら、皆さん喜んでくれたのも思い出深い。
私の場合は、本当に運がよく、当日朝から夜までの捜索で見つけることができた。
でも、7カ月もあきらめずに探し続けられたご家族の気持ちを思うと、しかも、同じ茶虎の姿を見ると、他人事でなく。
本当に良かった。
猫ちゃんもご家族も辛かったろうに。
猫ちゃんはどうか、辛かった日々は忘れて、家猫として生涯楽しく幸せに暮らしてほしい。
うちも、脱走だけは、二度とさせたくない。
あんな思いはしたくなし、猫たちにもさせたくないから。