今日は久しぶりに魚のスープ作った。
魚のスープってメニュー、元々私の引き出しにはなかったんだけど、ネトフリで韓国のスープの番組見てから作るようになった。
そんなものまでスープに!って感じで色んなものでスープにされてるから、スープへのハードル下がった気がする。
まあ、日本でも魚の入った鍋物あるんだから似たようなものかな?と考えたらそこまで突飛なものではないかなと。
むしろお鍋よりも具材が少なくて全て食べられていい気がしたんですよね。
実際、切り身を焼くだけだと副菜や味噌汁欲しくなるけど、スープにしたらそれら全部賄うことも可能。今日はゆでブロッコリーを副菜にしてスープメインで食べた。美味しかった。
韓国の番組だったから辛そうなのばっかりだったけど、うちのは醤油ベース。
スープにすると魚の身が柔らかくなって骨もスルッと取れるので食べやすい。
毎回魚のスープいいなと思うんだけど、何せ馴染みのメニューじゃないからなかなか思いつかなくてたまにしか作らない。
淡白な白身魚が向いてるので、白身魚見ないと思いつかないんだよねー。
どっちかと言うと青魚が好きでよく買うし、青魚は味噌煮や梅煮にするのが好きだからなー。
ラジオ体操を本気でやると疲れますよ〜
なんにも続かないと思ってたけど、6年か7年は体操やってると思う。私偉いのでは?
昔子どもが通っていた幼稚園、「例えば、地震が来るかもしれないし、そういうときにお子様を守れないのでイベントを中止します」みたいなことを主張していて????となったことがある。
地震を含めて、災害っていつ起こるかわからないし、それを言っていたら何も出来ないんじゃ?と思っていました。
本音はそのイベントが職員にとって負担だから辞めたいということだと思うんだけど、地震云々なんて言わないでこの場合は正直な気持ちを伝えたほうが良かったとは思います。
そういうことって多いよなと思う。変な理由をつけないで正直に伝えることのほうが近道になるってこと。変な理由なのに最もらしい雰囲気を出してくる人や組織はあまり信用出来ないかなと思うのです。
一瞬でも登場しておかないと、また再登場したときに後に整列出来ないのね。昔の戯言だったとしても1番前に来て目立っちゃうのね。仕組みを理解しました〜一瞬だけ登場してドロンします!(ドロンってなんか古いね)また1ヶ月後に会えますよ〜なんて誰も待っていないかな。アハハ
さてさて、なんか前までは居心地が良かったのに急になんか自分にフィットしない感じ…そういうのありますね。そういうのを感じたからこんな形式を取っているのですが、どこにでもそういうのはあって、いつもソレを感じたら逃げてます。
私が調子に乗ってることにしたい人が一部いて、そうなのかな?って落ち込んでいたけど別にそうじゃないかなと。とりあえず追いやる人を探して見つけて実行するってことが好きな人というのはどこにでも存在します。で、私はターゲットに選ばれることが多いのです。
美人で目立って嫉妬されてる…何かしら秀でてるものがあるとか。別にそうじゃないのです。ドラマとかフィクションでは美人が目をつけられて排除されるって展開多いですけど、私はそこまでの美人じゃないので(そこまでの美人じゃないというと少し美人なのか?と思われそうですけど、ご相続にお任せ形式)…現実では排除しても大丈夫そうな人が選ばれます。つまり文句言わなさそう、いなくても気づかれなさそうな人が選ばれ誰かのストレスのはけ口にされるのです。私は排除される側のプロなんでわかるんですよ。
以前いた場所で「害はない」と言いながらある人の悪口を言いまくる変な人がいたのですが、なんか私自身にに言われているような気になっちゃってシンドかった。害はなくてもこんなに悪口を言われて一体何なんだと。その「害はない」人は失礼ながら美人というタイプではなかったけど、目立たないタイプというのでしょうか。ターゲットに選ばれるタイプだったんだと思います。なんか害はないと言いながら、本当に害はないどうでもいいことを悪口にされてて聞いててシンドかった。あまりにもシンドく同調も出来ないからやっぱり次のターゲットに私が移りましたよ。そんな感じでとりあえず酒の肴くらいの感じでターゲットにしてくるんです。
だからシンドイけど逃げるのもプロかなと。とりあえず私が言ってることはムカつくしみたいのをあると思うんです。そういうのにまみれて生きてると性格歪みますけど、歪みがこの程度で済んでるのが奇跡だなと自分を褒めときます!
父親と二人で旅行する。
え?ってよく驚かれるけれど、父娘二人で国内も海外も
写真という共通点があるから、行くんだけれど
母は膝股関節が悪いので滅多に来ない人
父がまだ若い時に、オーロラを見にアラスカに行っておいて、よかったなと今でもおもう
もう一度行きたいと言ってたけれど多分叶わない
父の体力的に無理だなと海外は
コロナ禍2年めくらいまでは元気だったのに急激に持病が悪化した
本当は2020.4にスイスに行く予定だったけれど、コロナでキャンセルになり2020.11に京都に行ったのが最後かな父との旅行は
人生一度はみたいよねーっていって絶対行かないオーロラ
私は口だけにしたくなかったので
マイナス30度体感してきました北極圏
バナナで釘は打てるしシャボン玉は凍るしバラも凍る
一緒にいって全部出してくれのは父しかいないだろな、と思ってる
今日はとんかつを食べました。つまり豚活しました。
キャベツさんとはすぐマッチングしたけど、ゆずドレッシングとごまドレッシングで悩んでしまって大変でした。結局どっちも選びました。
ソースに風味をつけるため、胡麻すりをしてアピールしときました。おかげでとんかつは美味しくソースが衣に絡みつき最高でした。胡麻すりっていらない気がしたけど、あるととんかつ屋にキターって感じで良いです。胡麻すりしてると肉とのマッチングの瞬間にドキドキがとまらないわ。
2℃の故郷。
いつも冬は息が白くなった。それが冬の普通だと思っていた。いまいる地域は冬でも滅多に息が白くならない。雪も1年に1度ちょっと降る程度。それが冬が大好きな私のメンタルを削っていた。変わらない服。コートもブーツも季節の度に刷新する勢いでオシャレを楽しむ故郷とは違い、冬でもスニーカー、薄いコートに、薄いマフラー。季節なんて何も感じないので、Xmasやハロウィンや、そういったイベントの雰囲気を感じるのは当日近くなってから。寒くなる期間がないので、冬に向けた楽しみ方がわからない人達ばかり。この連休、地元に帰っていた。すれ違う人々はみな穏やかにオシャレを楽しんでいた。私が買ったロングコート、いま住む地域では誰も着てなくて、私のオシャレ感覚が鈍ったんだろうかと思っていたけれど、地元では着ている人がいて、素敵な合わせ方をしてた。脳内で素敵だと思った組み合わせをメモっていく。次買うならアレ、合わせるならアレ。そうしていつもオシャレの情報を更新していた。たった1日の数時間の間、連れをつれて歩くモール内で私は常に見ていたものを久しぶりに見て、自分の地盤を固め直した気分になった。視界が晴れやか、すっきり、得るものが多くメンタルが回復した。
2℃の故郷。やっぱり私は帰りたい。彼に定年したら帰りたいと何度も何度も伝える。主人は流す。彼が定年する頃には私は70も中盤にさしかかる頃になるし、ボケてしまっているかもしれない。帰れない可能性もある。でもそれでも、ボケて家がわからなくなっても、骨になる前に、2℃の故郷に、いつか帰りたい。そこに埋めてもらうのが、私の生きる目標だ。
色々気持ちを落とすだけとはいっても、6年間って長いな。仕事もこれくらい続けばいいのに(笑)
さて、自由なのでちょっと踏み込んだことも落としていきたいですね。
私、意外と根気ってないんですよね。意外というのは、友達でバイトとか職がすぐ変わる子がいて、その子に比べたら私マシかな?って思ってたんです。でも、その子は次から次へと移りゆくスピードが早くて、同じ場所に留まるのは短いけど、次が決まるスピードも早いから常に何かしらしてるんですよね。私マシかな?なんて少しでも思ったことが恥ずかしい。私は辞めたら次にいくのが遅すぎて無職不透明な期間もけっこう長く。まあ今もか(笑)こんな感じで自分のほうがマトモだと思ってたら自分のほうがマトモじゃなかったなんてことはよくあります。最近はそういうのもないですけど。
驕ってるという表現まですると大袈裟ですけど、やっぱり心のどこかで自分のほうがマトモと思ってしまってる部分って人間あるのかもしれないです。ただ、もう40が近づいて来てるのでさすがに心のどこかに潜んでた自分の驕りマインドはなくなってきたとは思います。自分で気がついてないだけで潜んでる驕りマインドがあるのかもしれませんが。もうすぐ50になるってときに今の自分のヤバい心に気づいてたらいいかな?くらいでやっていきます。
冬眠する!で、気が向いたときに出て来ようかな?と決めたほうがなんだか気持ちが良い。多少明るい内容も頭に浮かんでくるような…誰も見ていない前提だと気持ちを書き過ぎちゃうんですよね。だから少しは誰か見てくれてるかも?くらいが丁度良くて、この山に生息していたんですが、ある種のニンゲンに出会ったときに、ちがーうちがーうと威嚇されちゃうのは熊から見るとなんのコッチャなんですが、私に対して言ってるんだろうなってわかるから。普通は熊が逃げるのではなくて、ニンゲンが逃げるのに。時代は変わりました。ニンゲンは強くなったよ。遭遇しても攻撃的にさえならなければ危害を加えないのが熊。普段はリラックマ。今のところ1ヶ月後に蔵出しというか熊出ししようと考えてます。この戯言もです。それならニンゲンも熊さんには出会わないでしょう。白馬の王子様に出会うために頑張ってるピリピリしたニンゲンに私も出会いたくない。熊に意味不明の攻撃をするからそういうとこが怖くて王子様は逃げるんだよ。あなたが何回も舞踏会に出ても同じだよ〜そういうとこ治さないと墓場のおじいさんにしか出会えませんよ〜と熊さんは意味不明のこと言ってます。
最初の子どもは女の子だった。女なら気が利いて、ちゃきちゃき動ければそれでいいし、まあ女に生まれればそれが自然に出来るんだろうなと思ってた。
あー、でもウチの娘そうじゃない。頭が悪いのはともかく気が利かない。会社のバーベキューに連れて行ったときに本気で思ったね。思わず「役に立たない」って声に出してしまったわ。
女に生まれたら誰でも気が利いてみんなが喜ぶような話とか出来るんじゃないのー?違うのか。とにかく俺の娘は異常だ。失敗作。
俺の姉たちは話し方キツイけど話してて楽しいし、理想なんだよな。嫁さんとは仲良くなかったけど。どっちかというと嫁さん側の問題な気がするよ、ここだけの話な。姉の子どもも女の子いるんだけど、めっちゃ理想なんだよな。おじさんおじさんってちょっとキツイ言い方してきても最後は俺が楽しめるところに落とし込んでくるような話し方が子どもの頃から出来る。やっぱり女の子ってこうあってほしいな。自分の娘はそれが出来ないから見てるだけでイライラする。しかもそれが俺の娘と思うと本当にキツイもんがある。
ある時、俺の息子たちがケンカしたんだよ。俺は父親として一応息子たちを怒鳴ったんだけどな。娘はそれを見て知らん顔してんだよ?信じられるか?だから俺は娘にこう言ったの「なんで、お父さん、もう怒るのやめてあげて!って言ってやんねぇんだ!」って。普通、弟たちが怒られてたら庇うだろう?それを自分は関係ないみたいな顔してるからさ。俺の娘なのに。それから、弟たちは誰かが怒られてたら「もう怒るのやめてあげて」って言うようになったかな。教育が成功したかな?ハハッ。でも、本当は怒らなくても娘から率先してやって欲しかったな。
姉の娘みたいな子が自分の娘だったらなーって今でもやっぱり思う。孫とか連れてきてその孫も気が利いて、おじいちゃんったら〜おじいちゃん!ってダメ出しされつつもきっと最後は俺が楽しめるようなことをいう孫になってたんだろうなって思う。ここだけの話な。実際、姉の娘、結婚してないんだけどなんでだろうな?あんなにいい娘なのに。もしこのままなら俺が何かしら面倒見てやんなきゃかなーなんて思う。実の娘は結婚して全然連絡寄越さないし、嫁さんが亡くなってからは特に何してんだかわからんな。
とにかく理想と現実って違うんだよな。俺は家族のために働いてきたのに。気の利かない娘でシンドイ。もっと社交的な娘なら良かった。
俺の老後はどうなるか知らんけど、とりあえずリタイヤしてから飲み仲間も出来て店の女の子の店員と写真撮ってインスタあげちゃった。そういうの興味ない顔してるけど。店の宣伝も兼ねてるから別にそんな関係じゃないけどね。愛人♡って書いちゃった。ネタだけどね。お水じゃないよ。ただの飲み屋の店員さんだから。うちの娘もこんな感じのノリの良い娘が良かった。あー現実って厳しいですなー
おそらくこうだろうなと