マンション買います。ほぼノリと勢いで決めました。といってもまだ本審査待ちなので確定ではないですが。
大きな決断こそノリ大事ですよねー。慎重になりすぎて結局買わず時間だけ経過、みたいな人珍しくないみたいですし。
今の賃貸が次の更新で契約条件が変わってしまうので、じゃあ引っ越そうかな?基本引っ越したくないし引っ越しが必要になる可能性も低いし賃貸ってよりもう買う?近所のあのマンション空室あったりするかな?あるじゃん!値段も手頃だし見に行ってよさそうだったらここにしよ!てな感じでほぼ即決です。
それにしても本当税金ってめっちゃ取られますね。購入しなければ知らなかっただろう税金の話とか法律とか山ほどあって混乱します。
既に物件買えるつもりで冷蔵庫とか洗濯機の買い替えとかレイアウトとか考えたり、一人だし抜かりなく調べとかないとあとあと詰むかもしれないので諸々情報収集してますけど、やっぱローン通りませんでした!ってなったらこの時間全部無意味になるので悲しみ。まあそれも勉強と思うしかないですが…ローン審査もですががん団信も通ってくれることを願うばかりです。
今日は娘のお弁当の日だった
リクエストはから揚げとハンバーグ笑
まさかのメイン2つ!たくさんは入れられないけど
全部食べてくれたかな
3月ってお弁当の日あるのかな
どうせ4月から入学式までの学童さんで1週間くらい
お弁当作らないといけないんだけどね、、、
夜中も朝方も寒かったけど
天気いいなー
2月とは思えんくらい天気いいや
平日休んで
ぼけーっともしたいし
買い物とかお茶したり
ぷらぷらするのもいい
ひとりでもいいし、ふたりでもいいね
くだらない言葉で自分の思ってることを簡潔にわかる人だけにポンっと届けるのが理想です。
わからないならわからないままで放置。それもありかな
10年くらい前まで書いていた自分のブログ、なんか面白かった。
基本的な思考は今と変わっていないけど、言葉のチョイスとかちょっと若いし、そういうことをそんな表現するんだーなんて思ったりした。
その時は進行形で嫌だったと感じていた友人との関係も書かれていて、やっぱり今は会わなくなっているのでこれで良かったんだなとも。
今は忘れてたような嫌な思い出も書いていたので、書いておくことが良いことなのか悪いことなのか曖昧だけど、後から振り返る自分だけのドラマみたいでいいなぁと思うので私はこれからも色々残していくのでしょう。基本は自分のために。もし良ければ誰かのちょっとした共感になればいいかなとも思うから、誰かに見られるように書いてるのかも?でも、もし誰にも見られなくともスルーされようともそれはそれでOKで。ただ、共感して欲しいことって必ずしもマトモな感覚や一般的な感覚と違ったりするからね。その一般的には歪みに見えることを肯定してくれたら嬉しいのかもしれない。
お休みをもらえることになった。
担当さんから暖かいメッセージをいただいて、泣けた。
なんかもうそれだけで、体中の力が抜けてしまった。
年末年始しか連休がない仕事なので、公休日含めて3連休は嬉しい。
しかも、年末年始と違って、平日にとるので、人混みは避けられる。
疲れてるのに人混みにいきたくないよ。
ずっと行けなかった横浜東京まで行くことを考えたけど、今の体力気力だと、たぶん、都会の人込みでもみくちゃにされそうなので、行って関西かな。
いっそ博多にするか?
冷静に考えたら、精神的な疲労を訴えなくても、3連休なら、普通に申請すれば通ったのよな。
余計な心配をかけてしまった。
これは、ずっと有休をとらせてくれない、病欠も認めてもらえないブラック業界に長年いた名残だと思う。
あまりにしんどい時には身内の危篤、葬式を理由にして休んだ。
何人亡くなったことか。
精神的に疲れたときは、旅行が効く。
いつもいる場所から物理的に離れることで、客観的に問題を見ることができる。
先日のホテルステイで、うまくいかない仕事の原因が自分にあると思い知ってから、正直だいぶ気持ちが落ち着いた。
疲れてるのは変わらないけど、原因が悪霊でも大殺界でもなく、自分自身の怠慢やおごりならば、対処のしようがある。
(数日前まで、誰かの呪いかとすら思ってた)
毎日使うスマホスタンドに「クライアントの金で自己実現すな」と書いて貼った。
困ってる人たちの助けになりたいと思って始めた仕事のはずなのに、いつの間に私は。。
自分を見つめなおす時間はとったので、次はリフレッシュになるような休みにしたい。
疲弊した心を元気づけて、再スタートを切れるように。
どこがいいかな。
激務と仕事で立て続けに上手くいかないことが続いて、不眠気味になり、精神的に限界と思ったので、やっとの思いで現状を説明し、会社に休暇申請の手続きをしたい旨をメールしたのが昨日の朝一。
ビックリすることに、いつも即レスなのに、返事なくて。
え…となった。
多分、私の休み中の仕事の振り分けとか相談してるからだと思いたいけど、いや、それにしても一言「受け付けました」でもいいから返事欲しかった。
昨日泣きながら、迷惑かけたことを謝りながらメール書いたのに。
涙は乾きました。
自分でも冷静に考えてみると、仕事でこれだけうまくいかないことが続いたのは、自分の仕事に対するこれまでのツケだと思い当たる節もあったから。
一旦、体と気持ちを休めて、冷静になってから、改めて真摯に、誰に給料をもらってるのかを自覚しながら仕事に挑もうと決意もした。
で、きょう返事来なかったら、もう勝手に、申請する。
私の抱えてる仕事の代打調整は、そちらで勝手にやってください。
大変だろうから事前に相談したのに。
私のタイミングで申請して、休む。
大体、有給ですらない休みを取るのに、何でこんな気を遣わなきゃいけないのよ。
元々、月3日までは許可されているのに、何で申請について詳細に書いてないのよ。
いつまでにどうやって申請するか、5年目の私が調べても分からないって、冷静に考えるとおかしいよね。
これまでとても良くしてもらってたし、きっと後でちゃんと連絡が来ると思うけど、初動って大事よー。
警察捜査でも良く言われるけど、あのタイミングで一言、欲しかった、というのはわがままかな。
勿論、相手のことなんてわからない。
気づいてない場合もあるだろうし。
期待してはいけないのだが。
でも、先日、仕事持って無理やりホテルステイしたのは良かった。
仕事と遊びは分けたい派だけど、そうしてたら全く外に出られなかったから、重たいタブレットと会議用のジャケット着てホテル泊まった。
きれいな海が見える部屋なのに、雨でどんよりした空に泣きそうだったけど、ちょっとだけ見えた夜景がきれいだったのと、晴れた朝の日の出と海が美しく、テレビもつけず、ひたすら自分と向き合った。
(そして、散々食ったw)
上手くいかない原因は、確かにあまりに理不尽なクライアントもいたけど、でも、私にもあった。
忙しかったのは言い訳で、忙しくないときも、どこかで自己中心的な仕事になっていたと思い知らされた。
そのツケが今月一気に回ってきて、大ダメージを食らった。
ツケはまだ残ってると思っていた方がいい。
まだ以前から担当しているクライアントが残ってるから。
彼らの満足度をここからどうやって上げていくか、もしくは、もう言わないだけで呆れられてるかもしれない。
でも、今変えるしかない。
でも、寝れないんだわ。
まずは、休みを取らせてくれ。
ホテルでもうなされてしまった。
話はそこからだ。
年収750万で、セクハラに耐えながら苦手な営業をやるか、
年収400万で、自分が好きなこと、やりたいことに近い会社で頑張るか。
結論、お金かやりがいか。
年収400万の仕事はやりがいが今のところないし、
なんなら自分の存在価値も大してない現状だから
ここから劇的に業務が変わるとか年収が上がるとか見込めないんだよなぁ。
業務内容の改善、何回か相談してるけど改善の見込みなし。
そして何より今の仕事は人の紹介で入ったから
働き始めてまだ半年の私に辞める勇気がないのも本音。
でも、お金は大事。
アラフォー独身なら尚更。
結婚できる可能性は低いし、猫もいる。
貯蓄はあるに越したことはない。
今の年収だと十分な貯蓄できないし。
悩む時って、大抵自分の中で答えが出てて、それをどうアウトプットして整理するかだけなんだけど、
(それが一人でできるから普段は人に相談しない)
今回は上手くできないなぁ。
昔のワタクシが「人生はトリックアートなので、自分の選択を後悔したように感じる」と言っていたようで、昔のワタクシ深いじゃないの~
なんて思っていました。
とりあえず今の私の状況を母が生きていたら嫌味を言われまくってたでしょう。「私は仕事を辞めてもすぐに新しい仕事を見つけた」と聞いてもいない自分語りをされていたでしょう。
そういう嫌味を言う人がいないからこそ、今の状況になっちゃってるのかもしれませんが、どうにかなってるなら今はこのままでもいいかな?って思います。
自分が苦しかったり大変な状態を経験したら、周りの誰かにもそれを強要したい人っています。苦労の上に手に入れたものがあるならまだしも、何も手に入れてない苦労しか残っていないのにも関わらず。
うちの母はそんな気があったんですよね。自分がした苦労を周りもしてくれたら自分が納得出来るみたいな。そういうところがチラチラ見える程度ではあったからまだなんとかなっていたけど。
だから私が母と同じ状態になりそうもないときは何かしら言ってきてたんだと思います。母がまだ生きていたらそれがまだ続いていたでしょうね。考えるとシンドイですが。
苦労をわざわざしなくても良いと思える今は自由なんだと思います。もちろん、このままじゃないかもしれないし、何かしらしようとは思ってますが。苦労を残すための苦労ではなくて、後々苦労を残さないための苦労しかしたくないのです。