2021.01.15Fri

ふと思ったこと2

非表示 05:39

みんな、バラバラになってしまったし、みんな、遠くに行ってしまった。
離婚ってなんか、解散みたいだね。一家離散、グループ解散。

まるでアイドルグループの解散みたいだ。

うちの家族は何年も前に解散した。それきりで連絡など取らない。
こんなもんか、家族も。

それぞれのステージへ行きそれぞれの幸せをつかんだ。そうなるんだろう、結果的には。

なるようにしかならないし、三人一緒にいたってどの道別れていた。

だけどそれでも心のどこかに置き忘れたものとか、ポッカリ穴が空いた感じがあった。それって幸せなのかなと思った。だからやっぱり犠牲にしないとけいないのかと思った。

いいや違う、失っただけなんだ。幸せではなかった。幸せという、まがいものだった。

だけどやっぱり寂しい。幸せなんかじゃない。面倒臭いから捨てただけ。関わるのが嫌だから捨てただけ。自分が弱いから、みんなそう。私も父も母も。見ないようにしてきただけ。

家族じゃないよね。そんなの。かっこつけてるだけ、やさぐれてるだけ。


ふと思ったこと1

非表示 05:16

会いたいなあと思うけどもうどこにもいないんだよなあ。なんか人生の不思議。自分の生まれてきた境遇とか環境とか恨むことも多いけれど私はそれでもいいのかなあとも思う。

どうしたって変えられないこともあるし、どうしたって同じ結果になると思う。私はもっとこういう生まれが良かったとかこういう親が良かったとかっていのはうもちろんあったけど、でもやっぱり考えても結局今の結果になってたんだろうなあとは思う。

ラストは決まっていると思うんだよね。辿りつくまでのルートが違うだけで。行きつくところはみんな同じ。私は父と一緒にいたかったし、母にももっと私のことを見てほしかったけれど、そうやって今度は子供の私が父と母に甘えていたら父と母が爆発していたんだろうなと思う。

私のせいで父と母が犠牲者になっていたのだろう。そんな気もした。

結局、自分の幸せなんてものは、誰かの犠牲の上に成り立っているものだし、自分が犠牲にならなければ誰かは解放されないんだろうと思う。そんな風にして人間関係が成り立つ。

私が望んでいた家族と言うあたたかい暮らしを失った代わりに父は別の家族を作った。
母は大好きな自分の仕事に没頭出来た。私は一人になったんだ。

二人とも自分の人生を人生を謳歌した。楽しめた。ふと私はこの父と母のために生まれてきたのではないかとも思えた。父と母の好きなことやりたいことを共に実現させるために生まれてきたのではないかとも思った。父は新しく作った家族と本当の家族になれたのだろう。母も自分の大好きな仕事を定年まで勤めあげ自分の仕事に誇りを持っていた。それはそれは職場でも褒められ立派な仕事人だった。私という家族を置き去りにして。

本当の家族とは、何だろう。私にもわからない。

私は今も自分の立ち位置があまりわからない。

自分の身の置き場があまりない。

2021.01.14Thu
非表示 23:09

Google先生から逃れるように、それまで使ってたアカウント名を変更した。

検索されて出てきてしまうのはいずれなくなり、きっとネット世界の片隅に追いやられて、キャッシュでも確認取れなくなるだろうな。

一旦リセット。

とりあえず音信不通の身になって静かに深く潜ります。

どうしても変更できないアカウントは仕方ないからそのままだけど、Google先生でも探しきれないから安心してる。

潜っても、きっちり結果を出せるように動く予定。

さーて、どの部分からやっつけていこうかしらん。

うーんと驚かせてみせるぞ、みんなを。

これからが楽しみだなあ。

誰が最初に気づくのか、それが楽しみでもあるぞ。


非表示 22:06

でも という言葉 使わない方がいいと良く目にする。

私は、でも、とよく使う。

ネガティブに使ってるわけではないけれど、ダメなのだろう。。。

一つのことを考えると、でも、こういう側面もあるよな。
とか、
でも、こういう考え方もあるよね。

なんかハッキリしないときによく使う。

それがダメなのか。


非表示 21:22

長く会社に勤める事は褒め称えられる事なんだろうか。

人の命なんて精々80余年
一つの職業で終わるなんて、なんてつまらないこと
生きてるうちしか、その時代でしか経験出来ない事ばかりなのに
何で一つに縛られて生きていかなきゃならんのか
転職回数が多いのは不利だと言うけれど
短くてもそこで得たものがあれば良いじゃない
職業選択の自由とは何か。


非表示 18:32

右手むくんでるなーから右手小指これ腫れてね?パンパンじゃん曲がり切らねえよになってしまった…明日病院行こうと思うけど何だ…実家の母は来月手術控えてるし妙な報告したくないから大した病気じゃありませんように…


非表示 11:30

ヘルニアをやったことがあるのでチベット体操の第2はできないけれど、片足を交互にあげつつならできる感じだ。工夫。


非表示 09:59

年末年始やら家族の在宅ワークやら自分の仕事など、日程が合わなくて家で長めに一人の時間とれるのが約3週間ぶり。
長かった‥また明日は家族の在宅ワークがあるので一人で家にいれない。今日はかなり貴重な日なのだ。
麺のクオリティが高いカップラーメンと今日のために用意した、ちょっと高いガトーショコラを食べた。
誰かが部屋にいないだけで、なんでこんなに美味しさが増すのだ。
年末年始はドラマなど2時間スペシャルなどやってくれちゃうから、逆に観れない。録画しても2時間ぶっ通しで観るのが難しい環境って地味にストレスよ。いつこの部屋に入ってくるかわからないという不安の中では集中出来ない。ドラマや映画は一人で入り込んで観たいタイプなんだ。逆にながら見出来る人ってスゴイなぁと思う。家族はそういうタイプだから私の気持ちがわからないみたい。
何から観ようかな?とりあえず3週間お疲れ様自分。
どこかで聞いた勝負の3週間とは違うけれど、なんとか勝ったよ!


非表示 05:42

久しぶりの読書はおもしろいくらい眠くなり、読んだはずの文章をまた読むというベタなループを何回もくり返していた。
憧れのグラシン紙(今や何でも手に入る魔法の一手Amazonで購入)でブックカバーを作り、古本屋で手に入れたようなハードカバーのつるつるのカバーと紙をめくる手触りを堪能しつつも、気分転換としての読書はまだ早かったかなぁと少し後悔し始めていた。
しかし。『喫茶店の周波数』という3篇目で、それこそそれまでのノイズは何だったのかと思うくらい周波数が合ってスイスイと読み進めることができた。主人公と年代も性別も違うけれど、明らかにこれはいつかの私だなぁと思った。
ささやかだけど特別な夜にしたいという思いが、束の間叶う瞬間の幸福を知っている。それだけでうれしくなってしまった。

あと、『王国』という2篇目でまさかあの星雲に「ジギタリス」以外の名前を付けた話が出てくるとは思わなくて、それにも静かに驚いた。
幼い頃、私と弟だけに見えていた星雲。名前は付けずとも両親の喧嘩の声で眠れない夜にこっそり「今日もあれ見えるね」「あれ、いつまで見えるのかなぁ」「こんなに見えるのにおかーさんには見えないんだからおとなになったら見えんくなるんじゃないの」なんて1つのタオルケットにくるまって言い合ってたのが、今となってはこそばゆい。


非表示 02:18

現実の夢を見るときは、そのほとんどが学校にいる。しかも、小学校が多い。
もう卒業して10年以上になるのに、校舎の造りも、中庭も体育館横の自転車置き場も鮮明に覚えている。特に昼休み駆け回った所は本当にそこにいるんじゃないかと思うくらい。ただ、不思議なのは、いつも晴れていて寒くも暑くもないこと。そして、私が楽しそうにしていること。
もちろん小学生の時は楽しいことが多かった。でも、辛いこともあったし、いじめをされたこともある。
何より、父親の暴力を毎日受けていた。

もしかしたら、過去に後悔しているのかもとか、楽しい思い出の中にだけ戻りたいとか、辛いことから逃げたかったり、死んだ後の世界だったりするのかなと思ってしまう。

そんな夢を見て起きたとき、いつも泣いている。
悲しいのかどうかわからない。涙を流しているだけ。
そのうち見た夢が薄れていって、なんか懐かしい夢をみたな…って感じながら1日が始まる。

どうして小学校なんだろう。
中学や高校じゃなく。

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