家族にマッサージ頼んじゃうんですけど、みんな嫌がって悲しいな〜って思います。特に大人が何ともいえない空気感で私の依頼を断ってきて悲しかったです。で、子どもとそれを見てるのか知らないけど同じような拒否の仕方で悲しかったです。
家族ってなんなんでしょう。別に私の言う事、タイミングを全部守れ〜って言いたいわけじゃないけど、私のタイミングを守ってくれるような何かを求めてしまうんでしょうね。どこで何をしても大人になっても子どもでも私のタイミングは守られないんだな。
私ってどうやら、「してもらいたいと言ったタイミングで何かを自分に対してしてもらうこと」に非常に飢えてるんだなと改めて感じました。しかも快くやってもらいたい。ワガママかもしれないけど、そうだとしても私はそれに飢えているんだと。
やっぱりこれも子どものときに果たされなかったことなんだろうなって感じます。私がワガママということにされてきたけど、私は我慢していたよな〜って気づくことが本当に増えてしまい、頼んだタイミングで快く何かをやってくれることをやっぱり今でも欲しているのでしょう。
気になってたスペキュロスを買った。無印良品のやつ。
すぺきゅろす、スペキュロス。
うーむ、なんか可愛くてカッコいい名前。
どうやらスペキュロスっていうのは商品名ではなくて、料理名らしい。近しい味にロータスクッキーが挙げられるようで、まあ、確かにそんな感じの風味か。
個人的には無印に軍配かな。
見た目は素朴なクッキーなんだけど、程よい硬さとスパイス〜って感じの香り、コーヒーに合う甘さ、もう一枚、もう一枚…って次々食べちゃう。
圧倒的「見つけてしまった」感。
無印良品週間で爆買いしてしまう可能性あるよ〜
思い立ってIKEAに行ってきた。
行き帰り合わせて2時間しかなかったので、ちょっとRTA感あったな。
今日は買いたい物が明確だったから、よそ見せずにひたすら目的地に移動した。
いつも使ってるジッパー袋にもう無くなりそうなクリスマスグッズなど目的のものはほぼ買えた。
家に着いたらきっかり2時間。車で20分ちょいで行けるようになったから出来る「そうだ!IKEA行こう!」だなとありがたみ実感。
クリスマス限定らしいでっかい缶のジンジャークッキー買ってきた。美味しい。
だけど、缶開けたら直にクッキーがザラっと入ってて驚いた。
日本でもあったよね、こういう缶にガサっと入ったお煎餅。ああいう感じ。
仕切りか何かあると思って割と乱暴な扱いしたから、割れてなくて本当によかった。
チョコバッキー美味しいなー
チョコとパリパリとアイスって美味しい〜
ビエネッタも好きで昔から1人で食べたいと思ってたのに、今は切るのがめんどくさいとか思ってしまって、自分がつまらんなと思います。
ここに色々残してきてわかったことは、色々あった出来事を根を辿れば両親から愛されていないことが原因なのかもなってことです。
両親は私を愛情を持って育てていたと自称するだろうけど、私はそう思っていない、ただそれだけのこと。
もし、私に降り注がれたものが愛情であるなら、そのタイプの愛情はいらなかったなというのが本音。
粗末に扱われるのが染み付いているから、家庭の外でもそういう役割を自然に担ってしまうのかもと自分の中では答えが出ました。
父にいたっては「◯◯(私)を愛情かけて育てたのに、なぜ避けられているかわからない」って言ってたらしいから。
怒鳴られたことも理不尽な怒りも、愛情あってこそと父の中では都合よく変換されているらしい。
私が悪いことをしたから怒鳴るではなくて、私を怒りたいから怒るってだけだったのに、勝手に愛情があってと言われても知らんがなって感じです。
愛情ってなんだろうね?父や母か私に言ってきたことしてきたことが世間的な愛情なら、私はソレいらなかったです。
相手に伝わる言葉遣いをするのは基本だし大切ですけど、砕けた表現も相手への信頼や親しみもこもっているとも思うので難しいなぁと感じます。
そういうニュアンスとかフィーリングも相性があるのかもしれません。
今日から美味しいコーヒーになりました。
前のコーヒーが不味いと言い切れない不味さだったので、今日からはしばらく安心出来ます。苦くて美味しい。
人が多いと何かに紹介されたのかな?って思います。
私の好きな感じの言の葉が多くてちょっと嬉しくなりました。
トゲトゲの葉はなかったので、あの人が戻ってきたわけじゃないというにはホッとしました。
自分が尖っているだけなら許されるけど、他人に尖ってしまうと途端にみんな逃げていきます。逃げてるという意識はなくとも、なんか、ここは、もういいや…って感じになって人がいなくなっちゃうものです。
多くの人に布を被せられてる言葉もあるというのも最近よく見ますが、私はこの人は1人で尖って1人で完結しているタイプなのでアリだと思っていたんですよね。その言葉に共鳴するわけでもないけど、まあ、言いたいときもあるよね?って気持ちでいます。
私が言っているあの人は自分もトゲトゲしいし、周りの言の葉を刺してくるタイプだったんですよね。だから私の言の葉にトゲを刺されてからは、1人で勝手に尖っているのを見るのもシンドくて、オーラを感じたらすぐに布を被せていました。自分で布を被せると本当になかったことみたいになって消えてゆくんですよね。それがとても良いなって思っています。
とはいえ、布を被せる作業は極力したくないです。一瞬でも目に入るのがシンドイ。同じ空間にいると思うのがシンドイ。だからこのままの平和が続きますように。
何にも縛られないで生きていく
それは無理な話
しがらみは、どこかには必ずある
それは親兄弟恋人旦那娘息子友達、どっかには
仕事環境人間関係
なんもないで生きるにはどうしたらいいのかね?
無理な話
仕事しないとお金を稼がないと生きてはいけない
あまり余るほどお金があるなら、何もしたくない
毎日ネトフリアマプラみて美容室いってジムいって
猫とゴロゴロしてたい
親の遺産かなんかで2億くらい転がり込んでこないかね