2025.12.28Sun
非表示 07:10

結局のところ、人はみな、自分の宇宙をひとりで生きているのかもしれない。
「長い時間一緒にいたから」「遠くにいるから」……そんな理由は、心の充足とは関係がなかったのだ。誰かといても、いなくても、結局は自分自身に立ち返るだけ。
湯気の向こうにぼんやりと浮かぶ日常を眺め、今日もひとりでコーヒーを飲んでいる。


非表示 06:09

別に好きでも嫌いでもなかったけど、今更になって変な好感度が上がっている人がいる。
変な好感度といいい言い方にしたのは、言ってはいけないことを言ったのには間違いないのに、何故かよく言った!とは思っていることです。
今更と書いたのは、自分の中で、「あれは言っちゃまずい」という気持ちを持とうとしていて、善良な考え側に自分が無理して行こうとしていたからです。
確かに「言っちゃまずい」言葉なんだけど、それ自体は言うべきではなかったなと思うけど、私も言わないだけで同じような気持ちになることがしょっちゅうなんですよ。
何もしていないのに、ナイフを突きつけるような言葉を言うべきではないと思っていますが、頼まれてもいないのに優等生的な綺麗な言葉を突然投げかけられたら、ウザいなと思う。「全員、いるだけで勝者です」なんて脈絡もなく発言されたら「あなたの負けです、別世界に行ってください」みたいな言葉が心の中に浮かんでくるのがわかるんですよ。
それでも、直接わかるように言っちゃうのはマズかったなと。
私、でも叩かれている方の気持ちすごいわかる。頼まれてもいない綺麗事って想像以上に痛いんですよね。
立派な事だから素敵なことだからといって何を発信してもいいというのは違うと考えているので、突如現れた綺麗事を刈り取りたいって普通だと思うのです。私も頑張ってうまく刈り取っています。

2025.12.27Sat
非表示 23:16

ブワッと今 気持ちが破裂した。

昨日の出来事がキッカケだと思う。
私に触らないでほしい。
私は大切にされたい。
軽く、雑に扱わないでほしい。

悔しい。すごく、悔しい。


非表示 22:08

最近は冬休み夏休み一言日記みたいのがないみたい。
あれ嫌いだったから私の子どものときから無くして欲しかった。
⋯というのが冬休みの一言日記です。


非表示 11:21

今日は起きた途端に頭痛い。
薬も効かぬ。
だから寝る。⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀⠀ ⠀


非表示 06:31

育休もらい逃げという話題が以前からちょこちょこありましたが、実際に手当てを貰って復職するつもりもない方もいるにはいるし、復職しようと思ったけど、実際やってみたら無理そうだから退職に至ってしまったという方もいると思います。
現在の制度では、手当てを貰ったけどすぐ退職⋯という方の内側の事情を汲むことは出来ないので、それは仕方ないのかなとは思うんですけど⋯
かなり前にはなりますが、私が昔働いていた会社でも実際は辞めるのに育休という手続きをして辞めた方がいたんです。それを物凄く非難している人がいたんですけど、実際、自分が同じような立場になったら育休という体を取りながら、その後、退職された方がいたんですよね。
私は個人的にこの非難していたのに自分は同じことをやる人にモヤモヤしていますね。なんか、こういう人って自分が逆の立場になるとそんな事言ってなかったかの如く振る舞いますよね?
元々、私はその人の当たりがキツイのも大きな原因のひとつで退職しているので、やっぱりそういうことをするタイプだなと思ったりしました。
自分がキチンとしているように見えることに懸命すぎて、平気で他の人を自然に貶めていないようで貶める。この育休もらい逃げも、まさしく自分の正しさを証明するために利用したんだなと思います。それでいて自分は⋯
もらい逃げするだけの人よりも、自分ももらい逃げするのに他の人は非難して自分は特別感を出してくるタイプが一番関わりたくないです。

2025.12.26Fri
非表示 20:31

無理に馴染もうとしなくていい。狭い箱の中で感じる孤独は、自分を守ろうとしている証拠だ。他者を「木」や「石」のように眺め、自分もまた「風景」としてそこに在る。人間関係を自然現象のように捉えられたら、もう少し楽に呼吸ができるはず。


非表示 15:33

スーパーに行ったら納会の買い出しの会社員と思われる方が何人かいた。
会社員だとそういう感じだよね。でも、もう働けないかも


非表示 06:53

​「受け入れる」とは、決して一方が忍耐を強いることではありません。
互いに程よい距離を保つことこそが、真の意味での受容ではないでしょうか。
一見すると距離を置いているように見えるかもしれませんが、そうした関係性こそが自然な形なのだと考えています。


非表示 06:05

昔色々あって気持ちを入れ込んでしまっていた人が、某俳優に似ていると言われるのが自慢だったみたいで、それを意識しているのがよくわかりました。
その某俳優は今でも活躍されていて、CMなどにも出演されているので、時々思い出してしまうんですよね。
甘酸っぱい記憶ならそれはそれでいいんですけど、どちらかというと苦々しい感じで、出来ればなかったことにしたいと思うタイプの記憶です。ほうれん草を下茹でしないで食べてシュウ酸カルシウムが蓄積されて後から不具合が出るような感じに似ていると思います。
で、また思い出したのは、その俳優が飲料のCMをに出ていて、カッコよく、それを飲み干していたんですよ。CMだから多少大袈裟に、そしてカッコ良く見えるように意識した飲み方というんでしょうか。それは俳優の仕事だし、その人は年齢を重ねてもかっこいいので気にならなかったのですが⋯ふと、自称の方を思い出してしまったんです。そうそう、こうやって意識して似ているようにかっこつけてなーと辛辣すぎる評価と共に思い出してしまったんですよ。カッコいい“本人“がやるならカッコつけていても映えるのですが、モドキがカッコつけると寒いんだなとあれから20年以上経過してるのにゾワッと悪寒がしたよう気がしました。
その時は良くても、やっぱり蓄積されている毒素って中々抜けないんだなと感じた次第です。でも、それを毒だと認識出来たからこそ現在があるので、ときどき現れるシュウ酸を笑いに変えながら自分の若気の至りとして毒抜きしていきたいです。

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