「褒められて嬉しかったこと」というテーマがSNSで盛り上がっていて、なんだろうと思い出してみた。
貴方の発想はコロンブスの卵だ、っていう上司の言葉は、言葉のインパクトもあって何年も印象に残ってるし、尊敬する上司から「販売力がある」と認めてもらったときもすごくうれしかった。
そうやって思い出すと、今、誉め言葉をもらった人たちとは全く違う業界で働いてるけど、あの人たちに育ててもらったからここにいるんだ、と実感する。
気が付いたら涙を流していた。
今やってるコンサル業務も、人をほめて励ましてアドバイスして、ある分野において一緒に力を引き上げるお手伝いをする仕事。
僭越だけど、育ててもらった恩を返したいと思って、始めた仕事だった。
自分がキャパオーバーだったり、理不尽なクレームが続いて心が折れてたけど、私だって、育ててくれた人たちに従順だったわけではない。
成長は遅いし、反抗もする、若気の至りだけでは済まされない、酷い態度だったと今は思う。。
それでも、最後まで見捨てずに育ててくれた。
何をやってもダメだった私ができることを見出して、それを発揮できる場も与えてもらった。
他の上司が匙を投げて、同期に見下されて、パートさんたちから総すかん食らってた私を信じてくれた人たちがいた。
新卒で入った会社で出会った二人の上司は、20年近くたった今でも大事な存在。
私を育ててくれた人たち。
自信もやる気もなくしてたけど、温かい愛情を思い出した。
あんなに酷かった私を肯定してくれた。
私は、あの人たちに返すために今仕事してるんだ。
落ちこみから立ち直るため、ウォーキングやプロテイン、瞑想、美味しいものなど、色々試したけど、今の私が欲しかったの、自己肯定だったんだわ。
自信がない今、自分で自分を肯定することは難しい。
でも、今よりもっとひどかった私を肯定してくれる人たちを思い出したら、その人たちのために生きようとおもえた。
今の私を否定することは、当時のあの二人の厚意を無にすることになる。
もう二度と会うことはないだろうけど、ここで頑張ってることが、あのお二人への恩返しだと信じたい。
私は今、家族とも疎遠で、友達も恋人もいないけど、私をここまで引き上げてくれた人たちが過去にいた。
私を心から愛してくれた人たちも虹の橋のたもとできっと待っててくれる。
だから、生きる。
まだ疲れてるし、仕事はやっぱりやる気がでないけど、でも、少しでも前に進む。
何のために生きて働いてるのかわからなくなってたけど、皆に恥じない生き方をする。
私を認めてくれてありがとう。