ふと、寂しい…と感じてしまいました。
よくわからないけど、昨日本屋から出ようとした瞬間に唐突にです。急に涙が出そうになって、堪えようとしたら知らない女性と目が合ったので私、変な顔してたんだと思います(笑)
シジューを迎えて、あの頃のような信頼した人にはベラベラ喋るってとことはもうないんだなーと最近はそよ風が吹くのと同じ感じでそんなことを思います。こういうところで隠れて何か言っていないと自分の思っていることがわからなくなるのでこのような形で何か書くのは続けたいなと思っています。
ベラベラ喋るのが信頼ということではないのもわかっていますが、自分が感じたことを自分が正しいと思って話せてた日々。それは相手に負担をかけていたんだろうけど、自分は幸せだったかもとも感じるのです。
青春とは不仕合わせの驕り…これは私が好きなバンドのある曲の歌詞なんですが、最近、これなーと思うのです。なんか若いというだけで満足していて自分が幸せのように錯覚していただけなのかもしれません。そして、何でも言える相手がいるという錯覚。それも若かったからかなと。若さとは錯覚の積み重ねなんだなとひしひしと感じますね。
それで最近は、その錯覚が全然起こらないからツライんでしょう。目の前には誰かいても現実しかない。自分の気持ちは自分だけのものという確信があるのに、そばには誰かがいる。確信の膜は薄いから剥がされないように剥がれないように、そして剥がれても確信が零れ過ぎないように調節しています。
でも心の奥深いところでは調節したくない!と思っているんでしょう。だからそれが普通の事だとしても調節していると感じてしまう。だからといってもう錯覚も出来ない。何が自分の周りにあるんだろうか?という涙が出そうになったのが昨日なのかもしれませんね。
私の家族さ、私を含めてかなり自分が伝えたいことを端折る技術が高くて結局認識がズレることが多々あるんだけど…それにある時気付いてから私はできるだけ伝わりやすい言い方や工夫を模索してて結構その癖は改善したんだよね。でもさ、父母弟はほーんとに何にも考えてないようでいつまで経っても改善しない。最近あまりにもその癖が目立つ上に自分の非を認めず、悪びれもしない所に久々イラッときたので今日手始めに母に掻い摘んで端的に伝えたところ納得いかない様子ではあるものの頷く素振りは見せたので少しスッキリした。家族と言えど所詮は血が繋がっただけの他人なのでテレパシーもないなら完全に同じ認識を持てるはずないんだよね。それを理解できない…というか、しようとしないところ本当に困るし不快だな…と感じた。社会人とはいえ世間知らずでまだまだ無知な私だが時々私の方がよっぽどできた人間だな…と感じることがある。IQの問題かなぁ。総合的なIQは私の方が恐らく低いんだけどなぁ。会話は通じるけど何かと疲れる。
歯磨き粉に少しお金をかけるようになってきました。
以前はお金をかけていないところにお金をかけるようになったことに年齢を感じます。
誰に対しても話せることが年々減っていくのを感じます。
こういうところでは言えそうなことも、最近は色々あって一部の人を刺激しそうな単語は使わないように意識したり、元々ぼかしている部分をさらにぼかしたり、目立つところに立たないように色々工夫しています。
以前は話せた内容が話せなくなると、表面上は穏やかに日常が進んでいくように見えますが、私としては前のほうが良かったなと感じることも多いのです。
一方的に話さなくなったのは成長なのかもしれませんが、それだとなんだか物足りないというか、じゃあ成長しなくても良かったなーなんて思うこともあります。
今日もすぐにドロンするのですが、普段は言わないことを言えないことをわかって欲しい気持ちもたまに出てきて自分のメンドクサさを感じてます。
あの人さえいなければもっと自由だったのに…というのはどのシチュエーションでもおこっています。
自分だけ好きな言葉で好きなように呟いていいなぁと思うけど、そういう人って気がついたら周りに誰もいないのかも?時々静かなのはそのせいかな?私は毎日来ているけどここ2ヶ月ほどは後ろにすっこんでるからなー。
と、わけわからんことを言ってみましたが、わかる人だけわかる部分だけ拾ってくれたらそれだけでも嬉しいかな。
まあ人生には、初と思われる事は数あれど、今日は人によっては一生縁がないと思われる初体験をした。
それは「足を車のタイヤに踏まれた」事です。
なかなかないよねー、車に足踏まれるの。
後部座席に乗り込む用意をしてたら、運転手が乗ったと思い込んでちょっとブレーキ離したら進んじゃって足踏まれたっていうね。
「いったーい! バック!バック!足踏んでるー!」って叫んじゃったね。びっくりしたわー。
それにしても…踏みどころが良かったのか、軽自動車だったからか、なんかじんわり痛いような気もするけど特に何ともない。骨折しないもんなんだね。
じんわり痛いのは打ち身的な痛さに近い。
もうしばらく様子見て変わらなかったら病院行こうかな。何ともないといいけどね。
カスピ海ヨーグルトを作っています。
一回種を作れば牛乳があれば新たに作り出すことが出来るので気に入っています。
でも他のヨーグルトも食べたいので色々調整しながらやってます。健康に良いのかは謎です。
ネットを漁っていて見つけた言葉で、「何かを継続したければ目立たないこと」というのがあって。
確かに目立ってしまったらどうしても他の意見が入り込んできて純粋な自分の気持ちが淀むというか。その結果、継続しないことを選択することになる場合が多い気がする。
その選択も自らの選択ではあるにはあるけれど…何も入らない場合にどんな選択をしていたかな?と今までの人生を振り返ってみたら、継続してることも多かったんじゃないかなと感じるのです。
それを人のせいにしているとか言い訳しているという感覚で見られるのが、この世の普通なのかもしれない。だとしたら言い訳しないために目立たないように生きていくのもまた選択なのかもしれない。
疲れて帰ってきた夜、お風呂に入る気力もないのに、リップクリームをキーホルダーにしたく、リップクリーム蓋に穴を開けて、針金を通し、内側は 玉結び、外側は輪っかにして、家の鍵に取り付けた。
リップクリームのホルダー もあるけど、邪魔だし 高い。
でもこれなら 家にあるものだけで作れるし、鍵にくくりつけておけば 外出先でリップがなくて慌てずに済む。
乾燥して皮むけする不快感が嫌なのに、すぐどっかにいって無くす。
そんなストレスの解消。
客観的に何やってんだろうと思わなくもないけど、こういう工夫が本当に好き。
事務作業や計算など細かい作業 以外は大体ある程度 そつなくこなせるけど、私の一番の長所ってこういう工夫だと思ってる。
誰にも評価されない 自己満足の世界だけど多分 趣味で、特技なのだ。
文句や悪口をすぐ言うわりには人と集まりたがるあの人を思い出した。
こういうタイプの人って不安なのかもね
人と直接顔を合わせることがない日々なので、たまには外で人と会いたいと思っているのだけど、何がいいかな。
べったりした付き合いはもう勘弁だけど、その場限りで、楽しく過ごせればいい。
スポーツサークルに一時所属したこともあって、それは純粋にスポーツだけを楽しめてよかったけど、主催者と合わず、あと、体力的に限界になって辞めてしまった。
英会話カフェもなぁ。
変なマウントとか自意識があって、馴染める場所がなかなかなく。
レベル分けの自己申告を中級上級のどちらにするかいつも迷う。
仕事柄、上級になるのだろうけど、ネイティブレベルの人にはまったく歯が立たず、かといって中級だと浮くし、気を遣うし。
中上だけでなく、ネイティブレベルも別途加えるべき。
上級の幅が広すぎる、といつも思う。
そして、上級クラスの互いのレベル感をジャッジしあう感じもすごい苦手。
(どんぐりの背比べだっつーの、と自戒を込めて思うけど)
発音の正確さとか、文法とか、皆聞くのは得意だし、すぐに気づかれてしまうから、余計緊張する。
かといって、中級で「英語上手ですね!」とか言われても微妙だし、職業を話して「何で中級にいるの?」という目をされるのも辛い。
自意識過剰でコンプレックスが強いせいだろうけど。
英語で仕事をするようになってから、余計こじらせるようになってしまった。
周りはみんな海外在住だったり、帰国子女だったりで、ネイティブレベルの人達ばかり。
国内でコツコツ勉強してきて偶然そこに入ってしまった私、肩身は相当狭い。
あんなに英語が好きだったのに、今はただの仕事道具。
英会話が楽しくて仕方ない!と満面の笑みで話す初級の生徒さんを見ると、本当にうらやましい。
キラキラしてて、私もああだったのに、と悲しくなる。
正直、英語はもう勉強したくないし、必要がなければ仕事で使いたくない。
例えば海外旅行とか、完全プライベートで英語を話すのは楽しいだろうなと思うけど、その予定(とお金)はない。
インバウンド業界で働いて、毎日英会話をしていた時もあったけど、楽しいと思えなかった。
国際交流ボランティアの時は、楽しかったのに、仕事になると、同じインバウンド客でも全然違うんだな、と思った。
いい人もたくさんいたけど、理不尽な目にあうことも同じくらいあった。
後、単純に一緒に働いた各国の同僚の性格が悪くて、英語力を馬鹿にされ、しまいには方言(地方出身)まで笑われて外国人どころか、日本人も苦手になってしまった。
英会話学校とかでマウントとる人はすごく嫌われるけど、そうでもしないとやってられないんだろうな、と今は思う。
自信がないから、完全に上に立てる人たちの前だけでするのですよ、彼らは間違いなく。
ただ、残念ながら、仕事でプロの端くれとしてやってる限り、英語力の維持は不可欠。
ニュース聴いたり、記事を読むのは興味があれば楽しめるけど、一番苦手な英会話は対人あってのこと。
オンライン英会話も飽きたので、オンライン英会話カフェに参加することにした。
こんだけぐちぐち言いながら参加するというね(苦笑)
大好きだった英会話レッスンが、完全に仕事になってしまった証だわ。