2024.02.25Sun
非表示 18:49

トマトを美味しいと言って食べる子供を見て、昨年亡くなった父(子供から見た祖父)はトマトが嫌いだったなと思い出す。
私が子供の頃、父は特に食べ物の好き嫌いはなく、ああでも地域と世代的に白米が貴重だったそうで炊き込みご飯はあまり好きじゃなかったな。
でもそれくらいだと思ってたんだ。
大人になってから、母に聞いてすごく驚いた。
食べられるけどそんなに好きじゃないくらいの程度だったのかもしれない。
私ら子供の前では普通に食べてたんだ。
父が生きていて、元気だったなら孫である私の子の前では普通に食べてたのかな、なんて考えても仕方ないけど。


非表示 06:49

コーヒーと生チョコレートとパンが今日の朝ご飯。ナッツも食べます。
誰も私を気にしていないと思うけど生きてます。コーヒーは苦いのが好き


非表示 02:12

鉢から植え替えた枝垂れ梅がきちんと蕾をつけ、花を咲かせてくれた。徒長した枝があるから、花が終わったらちゃんと整えてあげたい。

秋に2年目のチューリップを地植えした。小さい球根をダメ元で庭の隅に埋めておいたら、こちらもきちんと芽を出してくれている。きちんと観察できるのが土日になるから、毎週小さな芽を発見するたびありがとうって気持ちになる。ちゃんと肥料をあげて育てたい。

徐々に暖かい日が増えたこのごろ。庭が浮かれた色になるのももうすぐ近いよ。淡いピンク、みずいろ、きいろ、みどり。イースターの色。

春がくる。いまはそれが楽しみ。


非表示 00:20

夫が退院したらしい。らしいってのは別居中なので見てないから。
珍しくここのところこまめにまともな連絡が来る。
入院までの経緯を聞きにお見舞いに行ったら、ありがとうって言われた。
話をしてみたらめちゃめちゃ普通に話が出来た。
何よりなんかスッキリして見えた。綺麗なジャイアンレベルになってた。びっくり。
なんで??と思ったら物理的に完璧に酒が抜けてたんだね…
最近喋り方がドロっとしてて呂律が回ってなくて、全く話が通じないのは年のせいだと思ってたら、普通に酒のせいだったとは…
浴びるように飲んでたもんなぁ。止めても聞きゃしなかったからほっといたけど。
そしたら体調崩して入院しちゃって、びっくりよりも「そりゃあんだけ飲めばね…」って全く動じなかったもんなぁ…
病気はかなり悪いらしい。投薬と手術が待ってる。医師にも説明受けた。
かわいそうだとは思うけど、だからってまた同居して支える気にはならないな。
帰り道の電車の中でLINEが来て「今日は来てくれてありがとう」ってメッセージ入ってた。
別居前にこの程度の気遣い欲しかったわ。一度粉々になると難しい事って世の中にはあるよ。
退院したし多分また飲むだろうからね。今後には期待してない。

2024.02.24Sat
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先日、良いよと聞いていた映画「吉原炎上」を見た。

美しい文化と裏腹に、あまりに惨い世界。
様々な遊女たちの生きざまが描かれていて、壮絶だった。
映画なので美しいけど、それでも、女性たちの苦しみや時代のえぐさが伝わってきた。

一方で、テーマ的に仕方ないのかもしれないけど、映画が制作された時代にも、不信感を抱いた。
必要以上に女性が肌を出している印象を受けたのだ。

男が作った映画、という感じ。

映画「さくらん」はもっと後に女性監督によってつくられた作品で、こちらは映像美の印象が強いけど、素晴らしかった。
そして、女優さんたちが丁重に扱われてるように見える。

昭和のバラエティを子供時代は見て育って、そんなものかと思ってたけど、若い女性たちが全国区のテレビ番組で水着姿でプールに入って騎馬戦するとか、生放送中にカーテンの中で着替えるとか、今思えば正気の沙汰じゃなかった。

そうでもしなければ、女性たちはチャンスがなかった時代。
画面越しでこんな扱いだったら、裏ではどうだったのか、と思うとつらすぎる。

ドラマ「大奥」に、「源氏物語」など。
千年以上も前から、女性は女という道具として生かされてきた。

眩暈がしそうになる。

一方で、今アマプラビデオで「男たちの大和」を見ていたのだが、これはこれでもう(涙)
冒頭の仲代達也さんが出ただけで泣けてきた。

公開当時、映画館で見たのだが、大和ミュージアムに行ったのをきっかけに、また見たくなったのだ。
今でも大活躍中の役者さんたちの若さに驚きつつ、男たちの命を懸けた戦いにまた涙。

女だから、男だから、どっちが辛いわけでもない。
女も虐げられてきたし、男も、別なところで大変だったのだ。
(戦時下の女性も同様に命がけで苦労してたけども)

それに、今まで言われなかっただけで、昔から春を搾取されたのは女性たちだけでなかったのも事実だし。

忙しさで疲れて、うまくいかないことが立て続けにあって、自己否定感にさいなまれてたけど、映画見てたら、申し訳なくなった。
辛さ苦しさを人と比較するなんて意味がないけど、でも、自由である時点で、私は幸福なのだと強く思う。


非表示 13:35

寂しくなった時に会いたくなる人とは
会ったらいけないと、インターネットでみた
確かに自分にも当てはまる
どういう原理なんだろうか


非表示 12:09

ジェーン・スーさんがPodcastで

「会社の金を使って、自己実現しようとするな」

とズバッと言われていて、最初は言葉のキツさに怖さと抵抗を覚えた。
仕事にやりがいを求めるタイプなので。

でも、最近、仕事がうまく回らなくて、会社やクライアントから納得いかないフィードバックを受けることがあって、すごく反抗的な気分だった時、ふっと冒頭の言葉を思い出した。

会社に雇われている限りは、会社の意向=クライアントの満足が最優先で、私のこれまでの経験で培ったやり方とかは二の次と、嫌々ながら、理解した。

自分のやり方で、それなりに上手く回してきたし、合わないならどうぞよそへ、と思ってたけど、そんなプライドを捨てないとだめなのかもしれない。
完全に独立してやらない限りは。

独立するほどの気概はないのに、会社では自由に仕事したいと思っていた自分がそこにいた。
業務委託なので、かなり自由に仕事させてもらってたから、もともと高かったプライドと我だけが強くなってしまったのかもしれない。

同時に、仕事=自分の価値、となりつつあったことも気が付いた。
仕事のネガティブなフィードバックに、自分のこれまですら否定されたような気分になって落ち込んでいたのだ。

年末から忙しすぎて余裕が無く、冷静に受け止められなかったせいもある。
眠れず生理は止まり、過食がやめられない。
仕事はそれでも休めない。
ギリギリだ。

会社の金を使って自己実現できないなら、会社の自分と自分自身をきっぱり分ければいい。
会社の評価や立場はアクセサリーなのだ。
私を飾ることがあっても、私自身ではない。

嫌な評価をもらっても、アクセサリーがダサいといわれてるのと同じで、私自身がダメなのじゃない。

ただし、そのアクセサリーは、会社貸与品。
私のものではないから、貸主の意向に沿って、磨いたり、付け方を変えたりする必要も出てくる。

そういうことだ、とスーさんの真意は私には定かではないけど、勝手に解釈することにした。

そして、アクセサリーはいざとなれば取り外して、会社に返すこともできる。
すごく気に入ってて返す気がないから、返却を求められないように、言われたとおりに着けるしかない。

                
そう思わなきゃ、やってられない。
私は私だ。
仕事は私の付属品だ。


非表示 11:20

私とあの人は似ているところはあるけれど、やっぱり似ていない。それでも惹かれあってこうしている。似ていないからいいんだなと思う。世界が広がったから。あの人もそう言ってくれる。そんなとこは似てる。
他人同士だから恋が生まれる。
そんな本を読んでそうだなぁと思ったから残しておく。
他人だからちゃんと大事にしなきゃだめなんだよ、って自戒を込めて。


非表示 06:47

家中の野菜を切り刻んでコンソメ入れて煮込んで冷凍しとけば、食べたいときに解凍してスープになるというのをインスタの動画で見たのでやってみたい思います

2024.02.23Fri
非表示 06:26

昨日はカラオケに行ってきましたー
風邪を拗らせて咽るのが治らないのがたまに出てしまったけど楽しかったー
まだ本調子じゃないからアコースティックライブという体でやってたので、低めの曲もをチョイス。そうすると私が若い頃に推してたあのバンドばかりになってしまうけど、自分で歌ってても良い曲だなーなんて思ってました。
でも残念なのよ。今はさ、アーティスト側も自分の気持ちを吐き出せるじゃない?だからそういうのを見て、こんなこと言う事タイプの人間だったんだ…ショック。みたいなことが何回もあって曲の良さが霞んでしまったりしてたのよねー
極力そういうのは見ないようにして思い出だけに縋りつけるように努力してます。昔はその人がどんな人だったか知りたかったのに今は知らないようにする努力をしてる。これが昔と違うかなと。
で、昨日はその努力のおかげで曲の良さに純粋に浸れて嬉しかったーそういう努力は現代では必要ね。

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