昨日は4年ぶりの東京。
都庁展望台から見下ろす景色が、以前と違っていて、特に東京タワーが見えなくなったのが寂しかった。(麻布にできた新しいビルの陰になっている)
新旧の時代交代も感じる。
タワーが好きなので、その足でタワーまで行って、展望台に上り、また景色を見て、東京駅へ。
東京駅の景観も素晴らしい。
周りの高層ビルの中でも、高さこそ低いけど、存在感は別格。
新幹線の時間まで目の前のこれまた新しいビルのテラスで最終ギリギリまで夜景を見ていた。
夜景を見ながら、すごく思ったのが、コロナで停滞していた世界の中でも、新しいビルがいくつも建って、さらに進化していた東京のエネルギー。
コロナで自粛癖がついてしまい、何ならこの先の人生、消化試合だわ、とすら思ってた自分にガツンと喝を与えてくれた。
まだまだこれからだな、と。
一方で、すべてにお金がかかる社会だな、とも思った。
地方都市でみんな同じくらい稼いで、同じくらい生活が苦しい社会に住んでいると感じない「格差」と呼ばれるものを感じた。
例えば、ホテルのアフタヌーンティの値段の桁が一桁多かったり、高層階の夜景バーなんて高くて入れないから、5階のフードコート的なテラスでささやかに楽しんだり。
私はそれでも十分楽しかったけど、そういうのを気にする人、例えば、まだ自分の価値観が確立されていない若い人たちとかは、どう思うんだろうと。
SNSでこれだけ他人の有り体に言えば財力が露呈する(嘘だとしても)社会にどっぷり浸かる彼らが、それに価値を置くなという方が無理な気がする。
だって、SNSは映えが命。
映えるためにはお金がかかる。
メディアで散々取り上げられている「パパ活」やら「”出稼ぎ”女性」などを見るにつけ、日本って貧しい国になったのだろうかと思ってたけど、違うんだろうね。
もちろん、本当に貧しくてしている人もいるだろうけどさ。
ただ、地元で、そういう人たちの姿を見たことがなくて。
もちろん、秘密裏に行われてるだろうし、そういう活動の現場に私が行くことがないから当然だけど、都内では普通に生活していても、それらしい女性の姿をよく見ると聞く。
今回の旅行でそういう人は見かけなかったし、それ以外に見るものが多すぎたんだけど、ただ、一連のメディア報道って、本当なんだろうな、と思った。
こんな煌びやかで他人との差がつまびらかに露呈する社会で、憧れるなという方が無理かもしれないし、普通に生活するだけでも私の何倍もお金がかかる都心で生きていたら、お金、足りないんだろうな、と。
もちろん、同情する気もないけど、この大都会で生きるのってすごく大変だろうなと思った。
自分をしっかり持っていないと、軸がすぐにブレるし、弾き飛ばされるし、転落する底恐ろしさを感じた。
20年以上前に初めて東京に行って、ホームレス村?を見かけて、ぞっとしたのを未だによく覚えている。
同じ日本なのかと。
駅のラッシュ時間の人々の殺気立った様子とか、どなたかがいってたけど「生きてるだけで精いっぱい」というのは、こういうことなのかと。
もちろん、これだけのエネルギーが集まる場所で、成功すれば大きくTokyoドリームを夢見る気持ちも分かる。
そう言う人たちの夢と憧れがこの町を動かし続けるんだろうな。
光と影のコントラストは夜、さらに濃くなって、美しくて好き。
妖しいくらい輝いていて、それを見に何度も来てしまうのかもしれない。