昨日は諸事情で、大阪城、通天閣、道頓堀と大阪っぽい所を一気に巡って来た。
ホントに行っただけで、どこも滞在時間数分だったので何も出来なかった。
ゆっくり行けたらのんびり…出来たかは怪しいな。
有名な所ばかりだからか、とても外国人観光客が多かった。
京都の比ではないけど、それでもそこそこの人数がいたなー。
そして観光客向け商売が既に確立されてて、ちょっと前の風景と変わってるのに驚いた。
そういう意味では滞在時間ほぼゼロでもそれなりに大阪の「今」が見れた気がした。
昨日も一万歩歩けた。
やっぱり街歩きは1番歩けるなー。
ご飯の量は?「普通で」
辛さは?「普通で」
トッピングは?「普通で」
普通ばかり言ってるけど、本当はご飯の量は少なめでって言いたいけど、誰かと食べるときは「普通で」って無理してるときもあるよ。
もうパートも何もしないで1年が経とうとしている。早いなー。
一回、面接受けたけど不採用だったのでした。
仕事したくない!ってよりも、人間関係を構築したくないってのが大きくてなかなか積極的には動けないんだろうなと。
もう不惑を迎えて、自分には人間関係をスムーズに行う術は持っていないんだなと理解してるから余計に動くのが億劫。
そういう人は自分以外にもたくさんいてそれでも生きるためにしょうがなく頑張っている人がたくさんいるのも知っています。
だからきっと甘えたことを言ってるんでしょうね。でも、やっぱり普通の一歩を踏み出すためには他の人の何倍も労力をかけないといけない。“普通”は出来るということが色々出来ない人生だった。そして出来ないことを補填するために飛び抜けて出来ることもありゃしない。でも私は普通の枠に入れられて普通に生きていることになっているからシンドイのでしょう。
普通の基準って高いよね?なんでそんなにみんな普通でいられるの?とりあえずそんな普通に見えるけど普通に達していない私がここを渡っておきます。
リュックひとつでポーンてどこにでも行ける身体になってみたい。
手芸と紙の読書と据え置きゲームが趣味だからもう完全にアウトなんだけど、ミニマリズムにもこっそり憧れている。私の荷物はこのトランク2つと冷蔵庫です。いいよな~あのさっぱり感。人にも執着しないでさらさらと付き合ってくれそう。
ウィークリーマンションを転々とする生活もしてみたい。
つまりそれだけコンパクトな荷物でマンション間を移動できるって事だもんね。家が有るにしても、そんな纏まった荷物だけで何ヶ月も根無し草できるなんてカッコイイなーと思う。憧れる。一度やってみたい。仕事道具だけでリュックひとつ埋まってしまう自分にはなかなかハードルが高い。
そんな旅行しながら仕事するみたいな生活、出来なくはないけど貯金が減るのとその余裕あるなら海外旅行したいってのがあって思いきれない。このためらいがあるから、ミニマリズムの入口の断捨離も進まない。
本当は冬眠を終えたので前に出ていきたい気持ちもあるけど、前に出たとたんに狩られたら怖いので、ちょっとだけ前に出て猛ダッシュで森に帰ってる熊のような生活をしています。
芸能人でもそうじゃなくても、魅力的な人って見習いたいところと絶対見習いたくない部分が1人の人間の中に入っている場合が多いような気がするんだよね。
暇なんでYouTubeなど最近はよく見るのですが、適当にオススメに上がってきた動画を見たりしているとイメージしてた人物像と違った著名人の姿なんかが見えてきたりして面白いのです。
ただ、表面に出てるコレとソレという事実は真似したくないし褒められたもんじゃないけどっていう気持ちもあるにはある。だけどこんな部分は素敵だし面白いし博識だなーと感じたりとかしてます。
ほどよい距離感があるから全部ひっくるめて面白いと思えてるのもわかってるので、誰とでも芸能人くらいの距離感があればいいのかもしれません。
新幹線から見える景色の中で、畑に麦藁と思われるロールが転がっていた。麦稈ロールを生で見たのは初めて。もしやと現在地を調べたら、やはり那須塩原付近だった。近くの牧場で牛や馬のごはんになるのかな。その土地の暮らしを垣間見たようで楽しい。
自分がミスしたので仕方ないんだけど、もうその仕事任されないのかな、と思って落ち込む。
すごい凡ミスで、部内全体がめちゃくちゃバタバタしてた時なので、確認を怠ってしまったのだけど。
どんなに忙しくても、ちゃんとやらないとダメだよなぁ…と思いつつ、後悔先に立たず。
みんな、私のせいじゃないと言ってくれるけど(ダブルチェック係なのにちゃんとチェックできてなかった、みたいなミス)、確かに最初の人が間違えてさえなければ私はセーフかもしれないが、なんのためのダブルチェックだよ、って話なので、やっぱり私のミス。
落ち込む。
落ち込んでないで次から生かせよ!なんだけど、もう頼まれない気がする。
それで落ち込む。
あーあ。仕事行きたくなくなった。
その仕事関連の話が聞こえるたびに落ち込む。
消えてしまいたい。
仕事する気なくなってきちゃったな。
もう何も任さないでください。
もう期待もされてないんだろうな。
落ち込む。
牛すじを煮込んで冷凍しておくと便利です。
カレーにしたりおでんにしたりご飯と炊き込んだり…
豆腐チゲに入れても美味しかったです。
なーんか、周りにいる人が自分の姿という意味での合せ鏡という言葉。これ、使い方間違うとホントイラッとさせますよね。
例えばこういう人が職場にいて嫌だとか、家族や友達のこんなところがちょっと…という話に対して「周りにいる人は自分の合せ鏡だよ!キリッ」って感じで使う人いるけど、これ、あなたも同じだよって言ってるのと一緒で、本当にちょっと大丈夫か?って思います。
同じじゃないから悩んでいたり不快になっていたりするのに、合せ鏡だよ!って言葉を知ってるタイプのただのヴァカだと思います。その言葉、使いたくてウズウズしてただけみたいな感じに見えてしまいます。
ただ、こんな比喩表現があるように、人間関係は合せ鏡というのもあるにはある。ただ、やっぱり合ってない鏡があるから悩んだり不快になってることも、これまた事実で。
嫌な人がいたら嫌だと思う心は持っていないと、鏡の向こうのその人みたいに本当になっちゃう危険性はあるから気をつけないとという意味では合せ鏡という表現は適しているのかなと思うのです。