そろそろ卒入学式シーズンですね
うちも小学校の卒業式、中学の入学式があるので自分のも用意しないとな
卒園式入学式に来たスーツは、私が無事に10kg増を果たしたのでサイズアウトしました
あえてポジティブに言ってみます
卒業式入学式が予定通りできるだけでもありがたい
そろそろ卒入学式シーズンですね
うちも小学校の卒業式、中学の入学式があるので自分のも用意しないとな
卒園式入学式に来たスーツは、私が無事に10kg増を果たしたのでサイズアウトしました
あえてポジティブに言ってみます
卒業式入学式が予定通りできるだけでもありがたい
自分は舐められやすいと自認すると、その証拠探しばかりになって、本当は舐められていないのに、舐められたと解釈するようになってしまう⋯といった内容だったのかな?ネットをざっくりみてたら流れてきたので、長文だったからしっかり咀嚼したわけじゃないけど、離れ小島にやってきて、呟いているのだからいいか。
まあ、うん、でも、舐められやすくない人にはわかんないよね?私たちのような舐められ安い族の気持ちは⋯ってところですかね。
舐められやすいから被害を最小限にするために、ちょっとしたことにも敏感になって、自分を守ろうとするのは自然なことだと思うんです。
私もなんで自分がこんな立ち位置になってしまったのかは分かりませんが、子どもの頃から家庭でもずっとそうなので、そういう天命なのかもしれないけど、そんな天命いらないんで、自由に身軽に穏やかに生きたいんです。だから、舐めてくる人を敏感に察知して排除して生きていきたい。そうしないと命があるだけで、生きているとは言い難い状態だと理解したからです。
誰がなんと言おうと、自分のセンサーは大事にします。
正義を盾にする人は、自分の言葉が相手を黙らせていることに気づかない。それを「理解された」と勘違いし、ますます純粋無垢を装う。
しかし、否定しにくい状況を利用して意見を押し通すのは、ある種の傲慢だ。自分もまた、正論を振りかざして他人の口を封じてはいないか。その「肯定」が、相手の諦めから生じた偽物ではないか。常に自分の立ち居振る舞いを疑わなければ、知らぬ間に自分が最も嫌う「無意識の加害者」になってしまうだろう。
CDが爆発的に売れてた時代って、ビジネスとしても売れている基準に入ってるし、ライブも動員あっても、“爆発的に"売れていないと、売れていない扱いされているアーティストがたくさんいましたよね。私が好きなアーティストも充分成功していて、売れているのに、「売れてないよね?」なんて言われたことあるよ。
今はサブスク全盛期で、何を持って「売れている」というのか、あの頃とは違うと思うけど、「売れているのに売れていない扱いされてた」アーティスト、たくさんいたんだよー
昔話をしてしまいました。
最近は5時くらいに起きてしまう。
早起きしても寒いから布団にくるまってスマホを見ることしかできない…。
寝ながらストレッチでもやってみようかな。
ズボラなので、出来るだけ食洗器に投げ込んで洗ってもらうんですが、油ギタギタのフライパンとその他食器もズボラらしく一緒くたにすると、こんなことが起こるんです。
油水のフライパンは綺麗事になってるのに、他の食洗器が油塗れになっているということが。
なんか、ふと人生みたいだなと思ったんです。
大した汚れていないのに、汚れた何かと一緒にいるとことで自分が一番汚れると。油ギタギタフライパンも汚れがとれてなくて、他の食器も汚れる。こんなパターンも人生ではよくありますが、大元の汚れが綺麗になる変わりに他の綺麗な何かが汚れるということもなかなかあることなんじゃないかと。
広義の意味で自分が綺麗か?ということは置いておいて、私、随分と誰がの汚れを自分に移して周りを綺麗にしてあげたなと思うことが多い。それで、気がついたら汚れが染み付いていて根本的な汚れが取れなくなってしまった。
家庭でも外でも、ずっと誰かの汚れを受け持って、汚くなっている。
ほどよい汚れの中でほどよい枚数で洗われる食器になりたかった。油ギタギタギトギトの何かの近くにいて、ギタギタギトギトにならないって難しいんだよね。
でも、まあズボラなんでフライパンと一緒にこれからも洗いますが、自分は自分で洗われる場所を選びたい。もう基本的には汚れてるから綺麗にはならないけど。もっとデリケートに扱って欲しかったなと思う人生。食洗器不可の薄い薄い陶器のような自分として扱って欲しかったなー。もう脆くていつ壊れるかわからないただの粗悪品になってしまいました。でも、それで生きるしかない。
転職前でやることがなく、虚無の日々を過ごしてる。
こんなにつまらないって自分に思ったことがない。
どうしたらいいんだろう。
年を重ねるにつれ、思考の柔軟性が欠落してゆきつつあるように思える。我々はみな構造主義の奴隷なのだ。どうか灰色の大人にだけはなりたくない。いつまでも「こども」で、かつ「芸術家」でありたい、というような願望か?
久しぶりにココアを。
鍋でゆっくり溶かしてるだけで本格的なことをしてる気分になる。
なんか体が冷えてます。
最近スマホ断捨離してます。
街中でも電車内でも取り憑かれたように
大多数の人がスマホを見てる。
ふと考えてみたんですよね。
スマホで得た情報は
自分にとって本当に必要な情報だったか?ということを。
別に知らなくてもいい情報ばかりだったことに気がついて、そんな不利益な情報を収集するために自分の時間を割きたくないと思った。
人生の折返し地点なんてとっくに過ぎてる私が、
1日何分、何時間もスマホを見ている時間がもったいない。
きっと他にできることがある!
何も考えずぼーっとするとか笑
脳を休ませる時間も絶対必要なはず、人間だもの。
久々にSNSを見たら罵詈雑言の多いこと、多いこと。
きっと前からそうだったんだろうけど、
毎日スマホを見て罵詈雑言を見ていたら
罵詈雑言だというその感覚がマヒしてわからなくなるんだと思う。
いらね、スマホ。