近所のパチ屋が閉店してたというだけで治安が良くなった気がする。
普通にスーパーとかカフェ出来て欲しい。
深海から発見される生物には、独自の出で立ちで驚く。光が届かない場所に住んでると見た目もやっぱり変わるのか?なんて思ったりした。でも、それが悪いというわけではない。なんか深海生物感があるというだけで。
宇宙より実態があるし探せばリアルが見えるけど、宇宙よりは盛り上がってない気がする。だからこそ深海っていいのかも。
なんかわけわからんことを呟きまくってる。さあもぐるか
メニューが決まったと思って店員を呼んだのに、いざ呼んだら何も決まってなくて自分でも狼狽えた。
まず、スイーツ2個選べるプランを頼んでおきながら一個しか決めてない。飲み物も選んでないし、自分でも何でこの時点で店員呼んだ?とツッコんでしまった。如何にも決めてから呼びました〜を装っていたけど(笑)
まあ、色々ありまして。夕方に家を出で、いつもの土日なら混んでるお茶屋がガラガラ。まあ、もう夜だし。そんなこんなで店を決めて入ったけど、店のチョイスは良かった。
まあ、晩ごはんを怒りながら食べて家を出てきたので、途中で胸もおなかもいっぱいになったけれど。そもそも2個じゃなくて一個だと思ってたから。スイーツ。だからまあしょうがない。でも美味しかった。
でも、まあ美味しいものって楽しいときに食べたいよね。最近楽しくないなーあはは。しょうがないね。
入店したときは私しかいなかったけど、20代くらいの女子3人が。なんか彼氏とどう?みたいな話してたな。大人しそうな雰囲気の子たちで服装は甘い女性らしい感じだった。みんなそうだった。似たものどうしが集まる。
私は話すことがない。話しても無駄になる。ゴミになる。そしてゴミにされた悲しみを癒やすために金がかかる。そして胃もたれになる。はぁ。やっぱり楽しいときに食べないと。ゴミを燃やすために食べるのはダメだ。でも、そうしないといけないときもある。誰かに本当は助けて欲しいのかも。タスケテー
気持ちが伝わらないし、言いたいことが伝わらないのに言葉を発することが無駄に思えて疲れる。
怒ったことに対しては、そんなつもりじゃなかったといつも言われ、事を収めようとしてくるのが腹立つ。
結局、私は生まれてからずっとそうだ。私の気持ちはずっと置き去りだ。
多分、昨夜泊まった横浜のホテルで現代のからゆきさん(海外”出稼ぎ”女性)のニュースを見たから余計、夜景の美しさの裏に、貧困を見たのかもしれない。
タイムリー過ぎた。
詐欺をする人間が悪い。
が、今回は、正直、引っ掛かる方も、、悪くない…?
チラとしかニュースを見てないけど、渡航先の「客層が悪い」と被害者の女性が話してたけど、そりゃ悪いでしょうよ、と冷たく思ってしまった。
あちらからすれば、国内で商売できなくなって、ノコノコ海外までやってきた商品としかみなしてないんじゃないかな。
書籍「サンダカン八番しょう館」は、父が好きだった作家さんの代表作で、私の下の名前はその方から付けたと聞いた。
本を読んで、内容の辛さ(貧困から海外に売り飛ばされた女性たちのノンフィクション)に、なぜこの方のお名前を?と正直思ったけど、亡くなった父の意向は分からない。
ただ、凄まじい話で、作家さんご自身の行動力にも度肝を抜かれた。
それを読んだ後、現代の出稼ぎ女性の詐欺を聞くとね、もしかしたら、本当に純粋に海外セレブのメイドとして働くとだまされた人もいたかもしれない?!けど、何の同情も出来ず。
ただ、とても恥ずかしく、情けない思いがした。
一方で、ホスト業界のえげつなさも、メディアでは報道されていて、そもそもそこにはまってしまった背景まで考えないと何も解決しないのかな、と思ったり。
トーヨコキッズとかね。
いいものも悪いものもたくさん集まってくる場所。
東京は、大好き。
行くと元気がもらえる。
でも、同時にすごく怖いな、と思うのよ。
地元の駅について、星が見えそうなほど暗い街中を見て、ほっとした。
地に足がついた感じ。
私の居場所はここ。
東京へのあこがれやコンプレックスも昔はあったけど、今はなくなった。
だって、リモートとはいえ、東京の企業と契約して働いていますし。
誰もが知ってる企業で働く人を指導することもありますし。
私が住んでる地名を言うと、皆さん、一瞬詰まってる。
気持ちはわかるよ。
こんな田舎者に教わりたくないとちょっと思ったよねw
ちっさい意趣返しした気分。
今は、どこにいても働ける時代ですからね。
ありがたいことですわ。
都会コンプレックスを長年こじらせてきたけど、やっと今はフラットに東京と対峙できるようになった気がする。
田舎門あるあるね。
昨日は4年ぶりの東京。
都庁展望台から見下ろす景色が、以前と違っていて、特に東京タワーが見えなくなったのが寂しかった。(麻布にできた新しいビルの陰になっている)
新旧の時代交代も感じる。
タワーが好きなので、その足でタワーまで行って、展望台に上り、また景色を見て、東京駅へ。
東京駅の景観も素晴らしい。
周りの高層ビルの中でも、高さこそ低いけど、存在感は別格。
新幹線の時間まで目の前のこれまた新しいビルのテラスで最終ギリギリまで夜景を見ていた。
夜景を見ながら、すごく思ったのが、コロナで停滞していた世界の中でも、新しいビルがいくつも建って、さらに進化していた東京のエネルギー。
コロナで自粛癖がついてしまい、何ならこの先の人生、消化試合だわ、とすら思ってた自分にガツンと喝を与えてくれた。
まだまだこれからだな、と。
一方で、すべてにお金がかかる社会だな、とも思った。
地方都市でみんな同じくらい稼いで、同じくらい生活が苦しい社会に住んでいると感じない「格差」と呼ばれるものを感じた。
例えば、ホテルのアフタヌーンティの値段の桁が一桁多かったり、高層階の夜景バーなんて高くて入れないから、5階のフードコート的なテラスでささやかに楽しんだり。
私はそれでも十分楽しかったけど、そういうのを気にする人、例えば、まだ自分の価値観が確立されていない若い人たちとかは、どう思うんだろうと。
SNSでこれだけ他人の有り体に言えば財力が露呈する(嘘だとしても)社会にどっぷり浸かる彼らが、それに価値を置くなという方が無理な気がする。
だって、SNSは映えが命。
映えるためにはお金がかかる。
メディアで散々取り上げられている「パパ活」やら「”出稼ぎ”女性」などを見るにつけ、日本って貧しい国になったのだろうかと思ってたけど、違うんだろうね。
もちろん、本当に貧しくてしている人もいるだろうけどさ。
ただ、地元で、そういう人たちの姿を見たことがなくて。
もちろん、秘密裏に行われてるだろうし、そういう活動の現場に私が行くことがないから当然だけど、都内では普通に生活していても、それらしい女性の姿をよく見ると聞く。
今回の旅行でそういう人は見かけなかったし、それ以外に見るものが多すぎたんだけど、ただ、一連のメディア報道って、本当なんだろうな、と思った。
こんな煌びやかで他人との差がつまびらかに露呈する社会で、憧れるなという方が無理かもしれないし、普通に生活するだけでも私の何倍もお金がかかる都心で生きていたら、お金、足りないんだろうな、と。
もちろん、同情する気もないけど、この大都会で生きるのってすごく大変だろうなと思った。
自分をしっかり持っていないと、軸がすぐにブレるし、弾き飛ばされるし、転落する底恐ろしさを感じた。
20年以上前に初めて東京に行って、ホームレス村?を見かけて、ぞっとしたのを未だによく覚えている。
同じ日本なのかと。
駅のラッシュ時間の人々の殺気立った様子とか、どなたかがいってたけど「生きてるだけで精いっぱい」というのは、こういうことなのかと。
もちろん、これだけのエネルギーが集まる場所で、成功すれば大きくTokyoドリームを夢見る気持ちも分かる。
そう言う人たちの夢と憧れがこの町を動かし続けるんだろうな。
光と影のコントラストは夜、さらに濃くなって、美しくて好き。
妖しいくらい輝いていて、それを見に何度も来てしまうのかもしれない。
とんかつを食べたあとにハッピーターンを食べるとハッピーパウダーが薄く感じた。
欲張らないことが大事です。
おそらくだけど、私を意味不明なことで怒鳴りつけていたように仕事でもそうしていたんだろうなと父に対して思う。
私のようなタイプの社員がいたらたぶんやっていたんだろうなと。きっと父のせいで辞めていった社員とかいるんだろうなと想像に容易い。時々、電話越しで怒鳴っているのとか思い出したわ。
今はハラスメントに手厳しい世の中だから、あの時代だから表面上には問題にならないで済んでたのかも。
改めまして……
言ってくれないとわからないって言う人は、言ってもわかってくれない人だよねと思うのです。
本音とか自分の考えを言っても反応が微妙だと、あーもったいなかったなと思う。そして昨日もそんなことがありまして。
なかなかまだ整理出来ていないのだけど、本音とか自分の奥深いにある気持ちに限って理解されないのが現実かなと。
聞いてもらえてスッキリするのって、それも若さなのかもしれない。聞いてもらってもというか、何かのキッカケで本音が表に出たときに、シンドイ。わかってもらえないことだとわかっているのに止められないことがキツイな。
水風船に入れた水が黒だとしたら、それが割れたら黒い水しか出て来ないのは当たり前。それなのになぜかキレイな水が溢れて出てくることを期待されているのがおかしいよね。
そういう感じで疲れた。時間を使って睡眠時間が減った割にはなんの効果もないし。ハハハでもそういうもん。私はそういう感じにしか生きられないんだな。