節約のためエアコンを消して熱中症になって医療費がかかっちゃうと意味がない。こういうことはエアコン以外にもたくさんあるだろうから、ほどよい無駄遣いという自分への甘やかしはやめない。
中小企業や店舗が淘汰されても大丈夫(?)と言っていいのは、経済が正常に運行される中で、きちんとした所が残れる状況がある時のみだろう。今は業種関係なく大手のみが生き残れる状況になっているので、何かの業界や業種自体が縮小し、下手すれば消えてしまう状況に陥ってまで、国が何も手を差し伸べないのは不健康。例えば、観光立国でしか生きようがない日本の産業状況現実の中で、食事などに期待してくる外国人がお目当ての味のラーメン店がほぼ全滅して大手チェーン店しか残らなかったら、どんどん観光客の足が遠のいていく、言わば何もしなければ各業種は在庫無くなり次第終了のように縮小.・消滅し、観光物しか残らない建造物だけのテーマパークのようになってしまうだろう。
AIの普及で必要な能力は、疑問を自分で持てる能力と物事への観察と分析力だろう。あれをこう変えたらとか、普通に使ってるけれどよく考えるとおかしくないかとか。AIはその疑問に対していい感じに沿った回答をしてくれるだろう。だから、AIに何かしてもらう、作ってもらうそれ以前に、自分で体験して実感と経験を作っておかないと適切な疑問が出てこないだろう。どの業界でAIを使っていくにして、それは有能なオペレーター以上にはなれなくて、全てオペレーター任せにしてしまうと意図しない方向に物事が進んでしまうだろうな。
また時計に無理矢理絡めて何か書こうかとも思ったけど、時計✕20年の月日ってパッと思い出すことがありそうでない。20年の月日というだけなら色々ありますけどね…
意外だなと自分でも思うんですけど、時計を一回も大幅な喪失をしたことがないんですよね。どこに置いたっけ?ああ、ここか。みたいのはしょっちゅうですが。
雑に使っているようで、長く使っている。そういう感覚で付き合いえるのが時計だったということですね。なかなか良い相棒じゃないですか。
そういう感覚で誰かと付き合いたいけど、人は時計じゃないから無理ですね。ある程度距離感とメンテナンスをしないと駄目です。距離感を保ちすぎて疎遠になった人もいますけど、それもある意味メンテナンスなんじゃないかと思えます。
例えば、「ていねいにくらす」系に変貌した友人。私が時計を買う前に出会ったけど、その時計が私に馴染んできた頃と同じくらいに、丁寧に変わっていたように感じます。今思えばだけども。
結果的にお互いにとって離れてよかったと思っているので、あまりスピリチュアルなことは信じないタイプだけど、あの時計は魔除けなのかも?友達だった人に魔除けなんて使うなんて、無情かもしれないけど、私にとってのていねいなくらしは離れて始まった気がするのでこれでいい。
元恋人のとなりで、何度の誕生日を過ごしたっけ。指折り数えて驚いた。たったそれだけか。夫と過ごした誕生日の回数の方が多くなりそうじゃないか。
元恋人とは長いこと付き合って同棲もして。夫と過ごした期間の方が短い。
夫との期間の方が長くなったとしても、元恋人との時間を長く感じてしまうんだろうな。
若い頃の方が体感時間は長いらしいのと。それから今もまだあの日々が続いているような心地になってしまうのと。
パラレルワールドに移ってきたみたいなんだ。
元恋人との生活を、となりの世界をのぞくように思い出す。
昨日は久しぶりの有休とって
でーと!
前日まですごい大雨で警報出てて
なくなるかなーって思ってたけど
日付変わる前に警報解除になってよかったよー
遅くまで仕事してたから疲れたかなって思ったけど
予定通りお昼ご飯行きたかったところ行けたし
満足だったー!
ケチるなら何もしないって大事だなーって思ったので書いとく。
もうちょい細かく書くと、ケチったものに高級感を出そうとしないって大事かなと。
時計の話だけど20歳になったときに自分で買って、ちょうど20年…まあ、色々ありましたね。そしてちょうど20年というタイミングで長めの修理に出るのも、なんか自分とリンクしていていいじゃないですか。
「自分で買ったから長く使えた」これ、本当にその通りだと思うんですよね。もっと細かく言うと、誰かからプレゼントされていたら、時計は機能していても何らかの形で処分してたと思うんです。
私だけにしかわからない用語で最初は書くと、夢おじさんが時計をプレゼントしてくれてたら、大袈裟だけど時計ももう使ってないだろうし、そもそも夢おじさんはケチなので当時6万円の時計なんて買ってくれないでしょうね。
なぜ、夢おじさんなのか?そしてなぜケチなのか?以前もかなーり前に書いたかもしれないけど、この夢おじさんは当時の私からしたらやっぱりおじさんの年齢ではあったのだけど、色々ありました。今思うと気持ち悪いけど、私は夢おじさんに夢を抱いていたという言い方までにしときましょうか…とにかくそんな関係です。で、夢おじさんは私にネックレスのチェーン部分のみをくれたんですよね。袋には入っていたけどプレゼントととして包装した雰囲気はなく。今思えば片づけていたら出てきたから私に寄越したんだろうと思いますが…
そんなオーラを纏ったネックレスを「◯◯(私)が夢を見つけたら、ここに(ネックレスのチェーン)合う宝石を買ってあげる」とか言いながらくれたんですよね。だから夢おじさんなんです。私、泣いたんですけど、ソレ嬉し泣きじゃないのは確かでした。20年経ったら美化されるのかな?と思ったけど、美化されるどころかコントみたいな扱いになってるのがある意味救いです。
家から出てきた謎チェーンを夢おじさん的にはキレイに断捨離したと思ってるのでしょうが、私、リサイクル業者じゃないんですけどって思います。
でも今思えば私に時計をくれるほど入れ込んでくれなくて良かった(笑)もし、チェーンじゃなくて、ちゃんと新品の時計をプレゼントしてくれてたら違う時を刻んでた可能性もあると考えると恐ろしい。
金額じゃなくて気持ちだ!というのもわかる部分はわかるんですけど、ケチった故にカッコつけというオプションをつけるとマイナスにしかなならないんだなって思います。それなら最初から何もやらないほうがマシってことはたくさんあるんでしょうね。
「ケチるなら最初から何もしない」これだけはもらっておきます。
親の介護は突然やってくる
1月までバイクに乗ってた父が、もう今じゃ車椅子ないとだめ
自力歩行もできない靴もはけない
トイレもたまに失敗して、おむつしてる
ありえないというか、そんな急激に悪くなるもの?
1人で何もできなくなるのが急すぎ
介護認定とか介護ベッドとか、手すりとか、なんとかなんとか
幸い母は私より元気なのでよかったけれど
春頃箱根に行きたいっていってたのに、叶わなくなってしまう
一気に家の中かわるよねそりゃ。色々ついていけない私が
自分の人生を幸せにできるのは、自分だけだ。どんなに親しい人が親身になってくれても、自分に成り代われない以上、サポート止まりでおしまいだ。だから、自分の人生に自分で泥を塗る事なんてしたら、ほんとに自分の今後の人生が苦しくなるだけ。最近は、割合、若年層にその場限りのノリの犯罪をよくニュースで見るけれど、何も悪い事もせず普通に生きてきても、歳をとっているだけで、社会的に不利な状況や環境は沢山あるのだ。何しても、どこかの誰かがきっと助けてくれるなんて甘い考えは、早めに捨てた方が身の為だ、という事だ。