2024.07.17Wed
非表示 21:54

今、ドラマをみている。
冒頭で浜辺を歩いている小さな子と女の人がいる。
小さな子が、どこから海?と女の人に聞いていた。

水があるからところじゃない?
浜辺に打ち寄せる波をさして、ここからと指す。

ドラマの意図なのかな?

その後に、海がどこから始まってるか知りたいのか知りたいの?と女の人がきく。
小さな子が海の沖をさして、海の終わり?と聞く

とにかく私はびっっっくりした。

海の始まりは沖の方だと思っていたから。


非表示 21:31

自然災害がある国だと、平和な生活が一瞬で壊れることがあるという実感があるせいか逆にそういう破壊的なゲームはあまり出てこない気がするんだよな、しらんけど
なんかどれも結局は今の暮らしが細々と続いてほしいよね、みたいなところに収まっちゃう
平家物語冒頭の祇園精舎の鐘の声みたいな儚いものが消えゆくところを描くのはアメリカみたいなでっかくて安定した国のほうが上手い気もする
しらんけど
こういう意味も理由もないぼやき、もうここくらいでしか書けないな 正解を求めてインターネットやってるわけじゃない


非表示 11:09

母の葬式をきっかけに疎遠だった兄夫婦との交流が増えた。

生前の母は父の不義や田舎ならではの人付き合いに疲労困憊して心を病んでしまって、統合失調症の兆候もあった。
母から電話がかかってくるたび嘘か本当か分からない話を延々聞かされた。結婚式で1度挨拶しただけの義姉について、あれは財産目当てだとか散々ネガティブな話を聞かされてきた。

実際に対面してみると義姉は底抜けに良い人だった。
義姉が話す思い出のなかの母はすごくチャーミングで気遣いに長けたパワフルなお義母さんだ。こんなに何でもポジティブな目線で物事を解釈できる人と接したのは初めてだった。
何気ない会話のなかでも小さなきっかけを見つけては「お義母さんが言ってたこと思い出した」「お義母さんとこんなことがあってね」と思い出を話してくれる義姉。
その思い出がどれもキラキラしていて、お世辞にも前向き人間とは言えない性格の自分は、自分が見てきた事感じてきた事との乖離を感じるようになってきた。

先日、義姉とのメッセージのやり取りで『主ちゃんはお料理が上手だってお義母さんがよく自慢してたよ』と言われた。
自分の思い出のなかにいる母は一度も料理を褒めてなんかくれなかった。具材の切り方にダメ出しされ、味付けにダメ出しされ、手際の悪さにダメ出しされ、完食してくれたこともなかった。
ただ義姉にマウントを取りたい一心で美化されていたことに、なんとなく傷ついた。
義姉には自分目線の事実については話していない。

義姉に悪意はないし、接しているだけで自然とポジティブになれる素敵な人なんだけど、母の話題で乖離を感じるたび暗い気持ちが湧き上がることがある。
そんな気持ちになるたび、やっぱり自分は本質的にネガティブなんだなと思い知る。


非表示 08:34

昨日はラーメン食べて、チョコレートドリンク飲んでそれだけやって2時間くらいで帰宅した。体調万全ってわけじゃなかったけど家にいても休めないので心には効きました。


非表示 07:30

アナーキーだと言って自分だけでやっていたらただの独りよがり、アナーキーは無政府状態の状態を言う言葉だから。ロックやパンクのような精神も、反骨精神や壊して新しく作り変える物が改善や要求を主張される物でなければ、ただワガママに暴れ回ってる子供と変わらない。何の事かと言うと、今の時代のSNSを中心としたネット社会の状況だ。Twitterの出始めは何をつぶやけばいいのか、みんな試行錯誤で素朴だった。そのうち、その人しか見れなかった世界がアップされるようになり、ちょっと奇を衒った物がアップされ、最近はただ何でも良いから目立てばいいになり、結局は過激な物にはつい目がいってしまうものだから、それが他人への攻撃になり、本当に恨みがあるのかないのか、ただ注目を集めたいが為か、本当か嘘か、何の境界線も判断もない物が溢れてきてしまってる。ここまでくると嘘も本当も混ぜこぜで、もう何をしても、何を言っても、何の意味が無くなり、ただのノリだけで動いている世界になっている。そしてそれがリアル社会に溶け出しているのが、今の社会環境なんだろう。だから今は、極力ネットは生活に必要な必要最低限の接点を持つだけで、外からこの状態が落ち着くのかどうか見守るのが、今のところの精神的にも生き方においてもベストな選択のような気がしている。


非表示 05:42

誰にも言わないでと言いながら、勝手にこちらの意思とは関係なく自分側に引き込んでいくのは卑怯…
そうね、これは確かにそうだよねって思う。でもこういうのってどこにでもあるよね〜ホント昔からある。
みんな仲間がいないと不安なんだなって思う。何かが好きという仲間より何かが嫌いという結束を結びたがるよね。大した嫌いじゃないのに仲良くなりたいがために嫌い側に入っている人も見てきた。
まとまらないけどホントシンドイ〜ってまとめとく。


非表示 01:12

うちには文鳥ちゃんがいる。最近飼い始めた。
やっと毛が生え変わって本来の色に仕上がったばかりの子だ。
めちゃめちゃかまってちゃんで、常に誰かに構ってもらいたがって、呼んでくる。
前にセキセイインコ飼ってたけど、インコは結構クールで1人遊び出来る子だった。種の違いなのか、個体差なのか…
ところで文鳥ちゃんは文鳥動画が結構好きだ。退屈になると動画見せろとスマホ見てる人間を攻撃する事もある。
今日はちょっと構えなかった時に、娘がスマホスタンドにスマホ置いてローパーチ(低い自立型止まり木)前に設置して動画見せてた。
文鳥ちゃんも黙ってローパーチに止まってお行儀よく?動画見てた。
ペットにも動画の波がやってきてる…

2024.07.16Tue
非表示 13:34

とすると、生成AIが普通に浸透した時代は、物事を計画的に自分で考えた落とし所に落ち着かせる事はナンセンスで、むしろ何となくやって何となくいい感じだからそれでいいかって言う、ある意味悟った人ならいいけど、そうでないなら、自分で何でそうなのかよくわからないけど、流れるままに進むように進めるというケセラセラ的な社会的考え方が一般的になるのかな。


非表示 13:10

生成AIの画像や動画は、ラフが先に出てそれのハイクオリティ版が排出されるわけでもなく、ひたすらプロンプトをいじっていい感じの物、もしくは想定に似た感じの物が出るまで偶然性のガチャを回し続ける。確かにいい感じの物がドンピシャりと出れば、時間もコストも大幅削減になるだろうけれど、確実に狙った道筋に沿った物が出るように、ひたすらプロンプトをどうか良いの出てくださいといじっているのは、何のコスパが良くなってるって事になるんだろう。


非表示 07:56

人類や民族の存続なんて壮大な事を常に考えながら生きている人は、ほぼいないんじゃないのかな。個人の人生の点が種族の歴史の線になっていくのだから、まるで何も考えない極端さは置いといても、少なくとも今この時点でこの世界に存在している人と上手くやっていく事だけを積み上げていけば、その連続の点が壮大な人類の未来の良い方向に繋がる線になると思うけれども。個人は刹那、刹那にしか生きられないのだし。

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