2025.02.16Sun
非表示 13:16

久しぶりに革ジャケットを着てみました。
確かに今日はあたたかいけど、2月だと思うと急に寒く感じられて不思議です。


非表示 06:01

ニュースで見ましたが、YouTubeはそろそろ20周年だそうです。もっと前からあったような気もするし、つい最近のコンテンツのような気がします。確かに思い出して現在と比べてあの頃のYouTubeって全然違ったなーと。
例えば、今は公式がアップロードしているようなミュージックビデオとか音源は公式じゃない誰かが勝手にあげてるんだろうなってものしかなく、規則の穴を擦り抜けるように半音あげたり下げたりの音が投稿されてたりしました。これ、なんか意味あるのかな?なんて思ってましたが⋯雰囲気だけを感じとるには良かったのかもしれません。今も公式じゃないんだろうな⋯って思うものもありますが思うだけです。
さてさて、でも1番変わったのは1人で楽しめる映像っていうんでしょうかね?動画の種類もピンポイントな特集というか、みんなで楽しむよりは個人の嗜好に寄せてる動画がたくさん増えたことですよね。私はこの傾向、とても良いなと思っていて、自分から自分の好きなものを自分のタイミングで見れるって個人が尊重されているなと思います。
自分の好きでもないものを、みんなが好きだからという理由で自分が意図しないタイミングで流されて合わせていく文化が少なくとも昔よりは薄まったなとYouTubeから考えたりします。
それが当たり前なところから始まってる世代は羨ましいなと純粋に思うのです。昔の空気感も知っている自分は現在のこの空気が良いものだとじっくり感じとれるのは良いことなのかもしれませんね。

2025.02.15Sat
非表示 18:42

やっぱり、私には一対一の関係がしっくりくるみたい。広く浅くよりも、じっくりと深く付き合いたいから。
たくさんの人が行き交う場所にいると、どこから飛んでくるか分からないボールをキャッチするのに集中するのに精一杯で、もうヘトヘト。
相手にボールを投げ返す余裕なんてないのよね。
でも、一対一の関係なら、相手の動きをしっかり見て、受け止めて、そしてまた相手に投げ返すことができる。
不器用な生き方しかできないのかもしれないけれど、これが私にとって心地よい距離感なのよね。


非表示 14:16

サイゼでお茶しようかと思ったら2時過ぎなのに混んでて、なので普通にタリーズにいる。いつも混んでるところが混んでないとか不思議です。


非表示 06:25

ある小説を読んで、手にはいっていない、意思を確認し合っていない関係のほうが相手が自分の心に一生残るし、自分も思う存分相手を心の中に残しておけるのかもね〜なんて思いました。
自分の中に保存しておく誰かはともかく、私は誰かの記憶に残っていることなんてあるのかな?なんて考えたら、おそらくないだろうなと。
何かしらのアクションや手順を踏んだ関係なら、ただの記憶というか記録というか、ただその時代に登場する人物としては残っているだろうけど、一定の温度を保った記憶の保持のされ方はしていないだろうなと。
記憶の温度は誰にも邪魔されず自分の適温で誰かを保って時々取り出すみたいなのがいいんだろうなとも思うのです。

2025.02.14Fri
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私、父方の親戚、特に伯母やイトコたちが苦手なんです。親戚って、仲が良いか、ほとんど関わりがないかのどちらかだと思うんですが、私は嫌悪感を抱いています。
その大きな理由は、関わりたくないのに無理に関わらされた経験があるから。そして、それを防いでくれなかった父にも、当然責任はあると思っています。
親戚という言葉を聞くだけで苦痛を感じるほど、彼らとは他人以下のような関係性です。それでも、今では関わるかどうかを自分で決められるようになったことが、せめてもの救いです。


非表示 12:24

表面に出されたものをそのまま受け取る訓練をしないと幸せになれないよね。それは私もそうだけど。想像力も大事だけど、それが曲がった想像力ならいらないよね。


非表示 05:48

「許す、赦す」ってなんだろうねと?と定期的に考えてはいます。
ちょっとのミスとか些細な事に対してではなく、自分の中でどうしても沸騰してしまうような事を言われたりされたりした場合についての赦すについてですね。
「ごめんなさい」と謝られれば、それは許さなくてはならないのか?と問うと、謝られないとそれはそれで嫌だけど、謝られてもなかったことには出来ないかなというのが私の気持ちかなと。
謝罪をしたら「なかったこと」にしたい気持ちの人がけっこういるんだなと。なんでなかったことになるのか?なかったことにするもしないも謝罪をしたほうが決めるのではなく、されたほうじゃないの?と。そういうタイプの謝罪は謝罪風味なだけで謝罪ではないなって思っています。
時間が経過すれば「なかったこと」にしてしまうタイプ。これも微妙だなと。いわゆる、時効ってヤツです。時間が経っているのにいつまでも心にそれを留めておくほうが悪いと。そういうオーラを投げかけてきて「なかったこと」に持っていってしまいます。
最後に他のことで穴埋めして「なかったこと」にするタイプ。色々してくれることで、なかったことにしてもらった気になってるんですよね。私としてはそれはそれ、これはこれという考え方なので、何か他のことを頑張ってくれているからといって「なかったこと」にはならないんですよね。
私は心が狭いと思われようがなんだろうが、自分の怒りは自分が納得するまで怒りとして持っていたいんだなと感じます。怒りの炎を燃やすのも消すのも自分が決めること。ただ、どっちにしろ燃やされたほうが忙しくしないといけないことにとても疲労感を覚える日々です。生きれば生きるほど昔の炎と新しい炎が混ざって鎮火することがないように思えてしまうのです。だけど消火は自分でしないと納得出来ないし、難しい考え方をしてるなと自分でも思います。


非表示 05:20

食洗機に洗剤を入れてたつもりがコーヒー豆の粉末を入れしまって、自分の脳が大変心配になっている朝です。

2025.02.13Thu
非表示 23:38

「すてきにハンドメイド」という、手作り全般を取り扱う番組がNHKにあるんだけど、今週はフリルのかぎ針編みポーチだった。
すごく可愛い作品で、そのうち自分も作ろうと録画して見てたんだけど、ふとした違和感があった。
その正体は…今日の番組、女性が1人もいない。
司会も講師もゲストも全員男性。フリルのポーチ囲んで。
誰かが男性ってのは今までもあったし、司会も講師もゲストも男性の日もあったけど、それでも大体女性もダブルゲストみたいに入ってたんだよね。
別に男性だけだからどうのって言うつもりもないんだけど、何なら昭和の頃からこの番組(番組名改正前からと言う意味で)見てたから、そうか、これが令和の姿なのかと妙な感慨があった。
これ以前にもそんな日あったかもだけど、気付いたのが今日だったので、今日の驚きってことで。
そしてこの可愛いフリルに数学的要素があるなんてね…色々不思議な気分になった。

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