同じものを見たり読んだりしても、年月が経っていると違った捉え方になるもんだよね。その時その時の正しさがあるんだろうな〜
約20年ぶりにアルジャーノンに花束をを読みまして。
なぜ20年ぶりに?と振り返ったら、ネットで平仮名だけにした文章は理解出来るのか?という投稿を見つけて、それを読んだ時にアルジャーノンに花束をのことを思い出したのです。
主人公の知能の幼さを表現するために、平仮名多め、間違った漢字表記など巧みに使われていて、文章としては読みづらいけど主人公の知能レベルが文字と文章ですぐにわかることに日本語の多様さを感じたのです。平仮名、カタカナ、漢字があるから出来る表現というか。
これ、翻訳なんですよね。原文は英語。あとがきを読むと翻訳者の方はいつもは原文に忠実になるように心がけているけど、原文のままだと伝わらないもどかしさがあってそこに苦労されたとのことです。その苦労の結果、この物語が伝えたかったことが結果的に伝わったと思うのです。
拙さや幼さって自然発生的なものだから、あえて表現するって難しいと思うのです。この最初の読みづらいけど伝わる表現があったからこそ、主人公が知能を得て様々なことを理解していく過程が際立ったのだと思います。
内容そのものは…20年ぶりに読んで、より抉られたものがあります。20年前も抉られたからこそ今も記憶に残って読んでいたのですが、以前はあくまでフィクションとして心を抉られたのだと。現在、読了して見て、自分の中に残った感情はノンフィクションのような感情でした。
知能を得て、過去に自分に投げかけられた言動の意味を理解し、遅れて傷つくという主人公に自分を重ねてしまった。私は知能を得たわけではないけど、時が流れて自分なりに様々な経験をした結果、過去に傷つくべきだったことに傷つけないでいたんだなって改めて思ったのです。
遅効性の毒というのでしょうか。そういうのは気が付いてしまったらずっと治らない。治療不可なんだなって。その時に痛みに気が付いて治療すれば未来に繋がるかもしれないけど、その時には気が付かない痛みは当時は痛いと感じてなかっただけで、何らかのダメージがあったからこそ、ずっと残って遅れて痛みだす。ずっと自分の中にあった痛みだったんだなって理解したらもう痛みからは逃げられないんだなと。
主人公は結果的にもう一度知能レベルは下がることになって、また最初の拙い平仮名を多用し誤字が目立つところまで表現されているけど、ところどころに知らなかったときとは違う気持ちや感覚が表現されていて、完全に以前の状態には戻れないのに傍からみれば、ただ知能が下がって以前と同じに見えているんだろうなって感じられるところにやるせなさを感じるしかなかった。
一回、理解しちゃうと戻れない。全部を理解することが正しいのか幸せなのかも問いたくなるけど、理解したからこそ感じた幸せもあったのかもしれないと思うと複雑すぎる。この複雑さが人間の感情で人間らしい部分なんだろうというところにしか持っていけないな。また20年後に読んだら違った答えが出たりするのかな?わからない。
連日暑すぎてちょっとお天気に左右される野外案件が作業のタイミングを逃して遅れぎみ
今週中に挽回したいけどどうかな?
閉店間際のスーパーが好きだ。
売り切れたり片付けられたりして買えないものも多いけど、運が良ければ半額の刺身とか手に入るから辞められない。
今日もカツオの刺身が手に入った。ユッケだな!ユッケにする! 最近は刺身でそのまま食べるより、切り方の不出来を誤魔化せるユッケや魚サラダにしたりする。
今日行ったスーパーは現金オンリー、日曜日定休、18時閉店の強気だけど安くて新鮮なのが売りのとこ。
そこは閉店にもかなりシビアだった。
私が荷物詰め終わった時が丁度18時だったようで、「閉店でーす!」とほうき持った店員さんが歩いてて、追い立てるスタイルなんだなーとそれはそれで感心した。
外に出て車に荷物乗せてたら、2台くらい車がやってきた。
…あの人達はあのカエレ感凄いとこで買い物出来たのか、若干気になった。
遅刻や、連絡がつかない。
これがどれだけ不安になることか。
心配するし、自分(私)は大事にされていないのだなと感じる。
若い時は許せていたけれど(目を瞑っていた。蓋をしていた。)、
40過ぎて、許せなくなった。
私にとっては、許せないことなのだと自覚した。
怒ったり、問い詰めたりはしない。
そんな体力ないから。
そういう人とは距離を取るようになった。
楽しく過ごすために。
だから、大切な人が 連絡をくれること、遅刻をしないでいてくれること 本当にありがとう。
全員に 遅刻しない 連絡をきちんとするなんて お互い無理なのは承知。
私自身できていない。
だから、人間関係は狭くて良いと思っている。
自分が大切にしたい、大切にできる人なんて 限られている。私は。
だから、広く楽しく付き合える人 尊敬している。
ゴミ捨て、するから周りがしないんだよ
ほっときゃいいのに
それをしない女の事務員が叩かれるのなに?
女の事務がそういうのやるってルール
どこに書いてあるの?
昔のやり方おしつけないでくれんかね。
横浜市の学童保育で400円のお昼が出るとあったけれど、対象児童は4万6千人らしいから5万人として400円で大雑把で計算して1日2千万円くらいで、納税者数を200万人くらいとすると、1人1日10円くらいだ。これを子供夏休みおこづかい費で夏休みだけでも税金にのせて、事業費用と別会計みたいにすれば、いやむしろ子供にそのくらいの事はしてあげようよって思う。これを全国でやればいいのにとも。
少しずつ少しずつ、離れる準備をしている。
不機嫌などもう気にしない。不機嫌になれば私が消えるとやっと理解したらしい。
もういなくてもいいんだ、というよりあなたがいると私の不機嫌の解像度があがる。
直視などしたくもないしそれによる精神的負担を思えば、離れる準備をしたっていいはずだ。
と、ここまで書いて、こんなポエミーな内容を
親族ご近所仕事仲間にまで広く公開していた姉を思いだした。
旦那さんとうまくいかず「私を理解してくれるってゆったのに…離陸準備始めます」とかいうブログをお仕事ブログで公開していた姉。も、痛い。いっっったい。
田舎から1歩も外へ出ないこと、家族の在り方を固定しすぎている場合、人間はどうにも不自由だ。姉はそれの典型的な被害者で、今は旦那と冷戦状態で、下の子が成人するのを待っている様子。私は頑張っていますアピールを知人がいる場所で公開する人が大嫌いなのは姉の影響っぽい。
したくなる気持ちはわかってしまう。それは血だろう。
だからこそこの匿名ブログは使い勝手がいい。
知らないアナタが聞いてくれるだけでとっても心が軽くなるんだ。
色々持ってても肝心なものを持っていない人もいますし、色々持っているのにそれか…と思うこともありますよ。私もきっと誰かにそう思われてます。
苦手科目は逃げても逃げても追いかけてくる…
受験生に向けた言葉だけど、苦手な人は逃げても逃げても追いかけてくるって変換しちゃった。
距離を取りましょうっていうけど、追いかけてくるから無理なんだよね…