最近は行くのを迷うときは行かないにしてる
行かないと言っても無視されることもある
行きたくないとはっきり言ってもお構いなしな人もいる
みんな参加したいと思ってんの?とんだ勘違い
タダとか関係ない、時間と労力がもったいない
家に居ても休まらない。
本当なら楽しくM1観ているはずだった。
パートナーの調子が悪く、いつも不機嫌で、愚痴っぽく、食事もまともに摂らない。
病だから仕方がないとは言え、私のメンタルも崩れそう。
距離をとるために、自室へ避難。
すべてが息苦しい。
どうして、自分が不調なときに それを開示してくるのだろう。
私は 自分が不調のときは とにかくひとりになってこもりたい。(ここで吐き出していることをお許しください)
感情をどうして私に吐き出すの?
もう疲れたよ。
無料で配られるサンプルがある。
残りがなくなり、配布についてのPOPを撤去した方がいいな、と思った。
レジ周りを外し、レジから離れた場所にあるPOPについて「外した方がいいですよね」と同意を求めたところ、「お客に聞かれたら外すでいいんじゃないですか?」と某先輩から返された。
この先輩、人からの問い合わせを減らす、という視点がまったくない。
問い合わせってお互いに労力を使う。1分1秒を惜しむ職場だけど、そこは未来の労力のためにやるべきこと。ましてや、あると書いてあるのにない、なんてお客様をがっかりさせる。その細かい手間が誠実さであり、接客に必要な部分だと思うのだ。
そこに新しく来た店長にサンプルがないと伝えると、すぐにレジから離れた場所にあるPOPについて言及してくれた。良かった、私と同じ視点。
店長は県外から来た新卒2年目の方だけど、もう店長としての貫禄も風合いも身につけた人だ。頼りになる。私も遠い遠い県外から来た人間なので、この岐阜名古屋近辺の、仕事に対する意識の違いに悩んでいるが、同じ視点の人と話をすると、いかにこの近辺がおかしい異世界なのかがわかるし意識が正常に戻る感じがするので助かる。仕事が嫌いすぎるのだ、この辺の人達。いかに楽をして仕事をせず、仕事をしてるふりをして大きな顔をして他人を従えさせるかに注力する馬鹿ばかり。他人のために仕事を組みなおしたり動いたりする、という視点がまttったくないので、こうした方がいいんじゃないか、という話をしても一同にきょとんとするか、なんでそんな難しいことを考えるんだ?みたいな顔をする。一緒に仕事をしてると配慮のない馬鹿になった気分になる。
無料サンプルがある、のPOPを外す→問い合わせが減る→みんなの作業時間が減る→必要な接客応対に時間を取れる。
必要な仕事をするための単純作業。この視点くらい持ってほしい。
冬至の柚子湯、匂いが好きなので毎年やってるけど、毎年「この柚子もったいない…」と思ってた。
今年は何とか利用出来ないものかと考えてたら、柚子茶の仕込み時に出た廃棄部分で柚子湯にするという動画を見かけて、今年はこれで行こうと決めた。
早速柚子買って来て、色々仕込んでみた。
先に買ってた柚子以外にたまたま行ったフリマで売り出されてた安くて状態のいい柚子もあったので結構な量の柚子を仕込む羽目になった。
動画に従って、柚子茶と柚子皮と果汁でぽん酢を仕込み、廃棄の種は焼酎漬けにして、最後の廃棄物はお茶パックに詰めてお風呂に入れた。
分解してモミモミしたからもっと香りが出るかと思ったんだけど…やっぱり香り成分は皮にあったのかと思い知った。あんまり香らなかった。残念。
だけど何となく湯がとろりとしたので成分はかなり出てたのかも?
もったいないと思いつつ、やっぱり柚子湯は皮が必要なんだなと思った出来事でした。
でもやり切った感はとても良かった。
動画を見ながら面白そうな折り紙を折ってみた
動画では簡単そうに折ってるけど難しくて
四角く残すとこはペンで囲ってみたりしたけど全然できなくて折りすぎて折り紙がへにょへにょになった
手先器用と思ってたの違ったみたい、ちょっとショック
けど、折り紙久しぶりで楽しかったから違うの作る
雑談の中にある爆弾⋯
あからさまに言葉の爆弾があるって時は気をつけられるけど、そこに爆弾があると思わないで話していると、突然の爆弾の発見に驚いてしまい何も話せないと⋯こうして不発弾みたいにしばらく見つけられないのがコワイのです。
A「ある世代にとってはそれは面白いらしい」
B「それを見ていないから面白くないとは決めつけられないけど、見ようとは思わないよね」
A「そう、だから“らしい"って言ったんだけど」
この会話、AとBのどちらに違和感を覚える人が多いんだろう?
私はAの「だから"らしい“って言ったんだけど」に強烈に違和感を覚えてしまったのです。BはAが決めつけてそれを面白くないって言っているとは述べていなくて、B自身の視点の言葉だと思うのですが⋯A自身も面白くなさそうって感じている部分に寄り添っていると思うんですが、そう聞こえないのが普通なのでしょうか?
なんかこういうことがあり過ぎて疲れるんですよね。そう、私はBの立場なんです。相手のことを否定していないのに否定していると受け取られることが多い。あまり話すのが得意じゃないって自分でも思っているから、私が悪いのか?なんて考えたりもするけど、自分としては否定しているどころか相手に寄り添っていると思っていたので、こういうのが続くとシンドイです。
「それを見ていないから面白くないとは決めつけられない」ここがメインになってしまって、相手を否定したようになってしまうのかな?でも、相手が面白い“らしい"って言ったことに、寄り添っているからこそ、出た言葉でもあるからどう答えたら正解だったのかと思うんです。
こんな感じでちょっとした雑談の中に爆弾が仕込まれているなと感じることが増えました。
会話の相性が悪いって単純にあるのかもしれないけど、最初は会話の相性が合うと思っていた関係だから悲しいのです。だから、私に原因があったとしても、それを直していかなきゃならないのかな?と思うことがもうシンドイのです。
昔より断定した言い方を自分もしなくなったし、出来なくなったけど、そっちのほうが良かったかなんなのかわかりません。ただ、自分では今の私の断定しない部分がいいと思っているので、そのままにしたいです。なんか会話って難しいですよね。
半年前くらいのことだから忘れそうになるけどライブのチケットが当たったんだった
ずっと追いかけてるわけじゃないけど、にわかってこともないし楽しめるよね?
誘う人も思い浮かばなくてひとり分しか申し込んでない
前のときは客層があっちのファンとこっちのファンとラジオ好きもいたからひとりでもどうってことなかったけど
今さらちょっと不安になってきた、最近寒いから心細いのかな
とりあえず年末年始、予習復習しよう
私が知らないから有名じゃないからダサいって価値観は意外とそのへんに落ちているんですよね。
私は知らないけどってことは山程ありますが、それを簡単にダサいと言い切ることだけはしたくないなって思います。
もうライブから1週間経ったのか⋯
なんだかんだで、彼らの初めてライブ行ってから25年近く経つのか⋯早いな
このアーティストを好きでいて良かったのだけど、好きでいるのは大変でした。アーティストの問題ではなく、それらを応援する環境が本当に良くなかったなと思うんです。
あの頃はCDが売れた時代でミリオンセールスがバンバン出ていた時代でした。そういった状況の中でミリオン出していないから売れていないと安直な考えをする人も多かったんです。
私の好きなアーティストもミリオンは出していないけど、セールスランキングには入るし(今ランキングを大々的にやらないよね?)そこそこ大きい会場でのライブもやっていたんで、売れていないと言い切ってしまうのは出来ないとは思うんです。
ただ、うちの両親はこの安直な売れていないと感じる価値観の持ち主だったので、そんなものがすきなの?みたいな風はすごく吹かされていました。友達にもソレが好きなことをバカにされたりしたこともあったし、たぶんミリオンアーティストにならないと売れているって感覚がなくて、それ以下は売れていないからダサいって空気は周りから感じました。
周りからみれば、"そんなもの“という扱いの音楽を聴くのはやっぱり大変で。特に現在と違って姿を観たけりゃライブに行くかテレビを見るしかなくて。出演したテレビとかはやっぱり見たいのですが、それを見るのも大変。“そんなもの"見るくらいなら、こっちの好きなものが見たいという圧に耐えながら、なんとか見ていました。同様にビデオ、(途中でDVDになりましたが)を見るのも大変。"そんなもの“まだ見ているんだって圧をくぐり抜け、テレビを占領したい父の圧もあったし、そんな中でサバイバル的な今でいう推し活をしてました。
そんな圧あったからかもしれないけど、途中で聞かなくなった時代もあって、こんなに応援しているのに売れなかった⋯という思いが私の中にも出てきてしまったんですね。サバイバル推し活ではなく、誰もが認めるような地位にまで登ってくれることで安全な推し活がしたかったのだと思います。サバイバル状況に疲れたっていうのは否定出来ないですね。それを周りのせいにしているという考えもあるのかもしれませんが⋯
ただ、私は安全な推し活をしたがった自分に対しては後悔している部分があるので⋯現在もまた応援させてもらっています。
単純に曲がカッコいいし、自分と一緒にサバイバルしてきたって思いもあるし、その当時の思いが溢れるセトリだった先週のライブはグッと来ました。
都合良く考えると、良さを改めて実感したことは離れたからかもしれません。アーティスト側にはもちろん申し訳ないのですが⋯
またライブ演るのを夢見て生きていくんだろう⋯ズットズットオマチシテオリマス⋯