2024.09.07Sat
非表示 05:09

その人の人格と仕事内容は別物って思うようにしているけど、やっぱりそう簡単に割り切れないこともあるわけです。
仕事内容やその情報だけを知りたいのに、変なノリの画像や言葉も一緒に目にしなくてはならないのは現代ではわりとありがちなことでしょう。
ネットやSNSがなければ、こんなことを知らないで済んだのになーとこの間もガッカリしたばかりでした。
他の方は、それを褒めちぎったり黄色い声援を出したりしてましたが、私はちょっとダメでした。
酒がその人をヤバくするのではなく、その人がヤバいということを酒が暴く。というフレーズを見たことがあるんですが、コレ、
ネットにも適用できるんじゃないかなって感じました。
SNSがその人をヤバくするのではなく、その人がヤバいということをSNSが暴く。まあ、そのまま当てはめただけなんですけど。
まあ、某SNSサイトのことをバカッター発見機なんて揶揄されていたのをみたことがありますし、そういうものなんだと思います。
聞かれたから答えるではなく、自分が見せたいから見せるっていうのはよく考えたら滑稽ですよね。なんかそういう「見せたいもの」に疲れちゃってるのかもしれない。だけど、人間だから見せたいもの聞いてほしいこともあるんだろうから全部に変な視線を向けることは出来ないけど。その見せたいものに救われることもあるから面倒なんですよね。
まとまりがないけど、知りたいことだけ知るって難しい世の中になりましたね。

2024.09.06Fri

どこからでもきれます

非表示 10:00

焼きそばのソースの袋に書いてある「どこからでも切れます」
なんか、これを見てつい連想してしまったのが、どこからでもキレる父のことでした。
先日、下のきょうだいに聞いた話によると、父の体調を心配した声がけをしたときにキレられたそうです。病人扱いするのが腹立つみたいで。心配してるのにキレます。コワイですよね。
でも、おそらく心配しなくてもキレられたと思うんですよね。心配しなかったことに対してキレてくると思うんですよね。こんなに咳してんのに一言もないのかっ!て。たぶんこんな感じだと思います。
心配しようがしないが、もう時すでにキレてるんですよね。だからどの方向でもキレる。キレたいからどこからでもキレる。
こういうのずっと子どもの頃から見てきてるんでシンドいです。年をとったからキレやすくなったとかではなく、元々そういう性格です。コワイです。父にキレられた事を思い出しても、何故怒られたかわからないことばかりです。何故怒られたのか?私が悪かったと思うことが出来ないのです。
それは私が悪くないからです。もうハタチも2度迎えたような年齢でそう思うのだから私は悪くないんでしょうね。
父は「どこからでもきれます」マジックカットのような文言が相応しいのです。ただ、袋はどこからでもすぐキレて有り難いけど、人間はそれだと迷惑だということですね。


非表示 09:00

今からカップ焼きそば食べる〜
キャンペーンやってるみたいでシリアルコードからやってみようかと思ったら8月末で終了してました。こういうの多いな…

2024.09.05Thu
非表示 05:39

昨日はポイントで天丼を食べ、ポイントでカラオケをしてお金をほぼ使わないで遊べて嬉しかった。
一方でポイントを貯めるということはお金を使っていることには変わりはない…ということも少しは心に残しつつ、ポイント生活も楽しみたい。


非表示 05:35

よく使う駅の近くにある店に猫がいる。店の入口に猫が収まる籠のようなオブジェに収まっているのがその猫だ。
そのような場所にいるから、看板猫のような存在として表に出しているのかと思っていたら違うらしい。
「写真を撮らないでください、猫がびっくりしてしまいます」と手書きの貼り紙がある。
そうか、確かに今は手元のスマホで気軽に撮影出来るから、猫が好きな人にとっては看板猫のように見える存在感のある猫を撮りたいだろうって思う。確かに「撮影していいですか?」の一言をあまり言わなくなったというか、好きなものや撮りたいものは撮影して残しておくみたいな感覚が当たり前になり過ぎてるなんて思った。
一方で、その看板猫のように見える配置をやめたらいいんじゃないかなって思うのも事実。そんなに撮られたくない、びっくりしてしまうような猫を人通りの多い駅近くの立地で置いておくのもまた変だなとは思う。
経営してるのはお年を召した方で、昔からの感覚で猫を看板猫にしてるというよりは、一緒に生活しているだけなのかもしれないが、気軽に触れられたくない何かはしまっておくのが現代ではより大事なんじゃないかなと思った。
私は猫はあまり好きじゃないけど、猫のほんわかとした雰囲気とちょっと威圧感を覚える手書きの貼り紙が同時に存在しているのが混沌としているなーと。
その店にお客さんが入って純粋に買い物をしているシーンを見たことがない。猫と貼り紙とその奥に座っている老人…なんか入っちゃいけない気がする。わりと大きい駅だし、そこじゃなくてもだいたいものは買える。商売として成立してるのかなと余計なことを考える。ただ、勝手に撮影はやっぱりしてはいけないとは思う。でも、本当にびっくりしているのは猫じゃなくて店主なのかもしれない。

2024.09.04Wed

【9/3同期と打ち解けられた日

非表示 23:20

今日も引き続き座学で学ぶ日になりました。
1点気づいたことは、質問が出てこないことだ。
同期は毎回の講義で的確な質問を出しているが、どうやら自分は質問力が劣っている。

自分なりに考えた結果、深く考えられていないことが原因であると想定している。
なぜ、深く考えられないのか、、、。それは物事をそのまま理解しようとする癖がついていると思っている。自分の知識や経験と紐づけて考えることができれば、自然となぜの部分が出てくるに違いない。

なので、明日はしっかりと知識をインプットして、実際の商談や提案シーンを想像しながら業務を進めることにする。

また、もっとわからないことがあったら先輩方へ質問する癖をつけよう!

これで、更に新しい知識が身に付き、将来的に役に立つであろうと考えている。頑張るゾ!


この日誌は非表示数が閾値を超えています。 [内容を表示する]

非表示 05:43

例えば、同じうちわなのに書かれているイラストのテイストが裏と表じゃ全然違って、ちょっと混乱するような感じなのが私なのかもしれません。
でも、どっちも表といえば表だし、裏といえば裏なんですよね。


非表示 05:34

3きょうだいで育っています。先日きょうだいで会って話す機会があったんですが、父が謎のタイミングや理屈で怒るという認識は共通してあったのですが、母に対しては認識が違うんだなって感じました。母は亡くなっているというのもあるけど、何も咎めるところもないような存在という認識で他のきょうだいはいるみたいだったけど、私はそうは思わないところがあるので…
母が亡くなって父の謎の横暴さとか理不尽さとかに隠れて目立たなかっただけで、母自身の横暴さとか陰湿さとかもあったように思うのだけど、それを感じているのは私だけというのに何とも言えなさを感じてしまいました。
父のよくわからない怒りを撒き散らすのもきょうだい共通の認識ではあるけれど、私が娘だから女だからという理由で他のきょうだいよりも倍増してキツく当たられてたし、母もそれは同じで私が娘だから女だから何か気にいらないところが目立ってキツく当たってきた部分があるんでしょうね。
たぶん理想的じゃなかったっていうのが原因。父にとっては気が利いて大人が喜ぶような冗談を言えるような娘が理想。母にとっては教えなくても器用に料理やら家事が出来て、自分と同じような感覚を持っていることが理想。
父と母では微妙に私への理想がズレていて、きっと父の求めるような娘だった場合でも、母からのアタリがキツかったでしょうね。幸い、幸いと言っていいのかわからないけど、私はまったく父の理想からはハズレていて、社交的じゃないところとか母自身と似ているところがあったから、そういう部分は共感されて母からは守られていたとは思います。ただ、当たり前だけど私は母じゃないから全くの同じでは当然ないんですよね。だから、その同じじゃない部分で生きているところが気に入らなかったのだろうと。ここが他のきょうだいには向けられなかった母の感情なんじゃないかなと感じるのです。
性別が違うからこそ向けられる理想と、同じだから向けられる理想が混濁していた空間で育ったのが私なんだなって思います。
誰の理想でもない自分がいるのが現在なので、今が1番マシなのかもしれません。やっぱり同じ空間にいても向けられる空気が違えば吸い込む空気も違うし出来上がってくるものは違うんですね。当たり前か。

2024.09.03Tue
非表示 22:42

今日から「ナイトヨガ」のクラスに行くことになった。
市の体育館でやる講座だから、どんな感じかなー?と思いつつ行ったけど、余り激しくない、ディープストレッチみたいな感じのプログラムだった。
よく眠れるようにみたいなねらいで、その通りにスッキリして身体が動きやすくなってよかった。
週一で3ヶ月の講座。これから楽しみだなー。

ページ上部に戻る