2025.02.01Sat
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ゆで卵といえば、やっぱりタマゴサンドが1番おいしいかな?
玉子食べてます!玉子主役です!ってところが最高に良いですよね。


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嘘をつかれたをほうがマシだよねーということってこの世にはたくさんありますね。
あの頃、私に嘘をつくのが面倒。取り繕うのが手間。だからといって本当のことを言うのかったるいという態度をされていたときが本当にシンドい日々だったなと。
本当のことを隠そうともしないし、だけど嘘という優しさで塗り固めることもしてくれないということに、もう戻れない何かを感じたものです。
あれから数年経って今はきっと戻ったように相手は感じているかもしれない。でも何も元通りではないのです。
ゆで卵は決して生卵には戻らない。もうゆで卵としてだけみているから上手くいってる部分はあります。

2025.01.31Fri
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今日は晩御飯を作らなくてよくなった。
それだけで心がとても軽い。何しよう、何食べよう。とりあえず昼を食べ過ぎても夜食べなければいいのが楽すぎる。


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母が簡単に不味いと言う事タイプだったかもなと。
今思えば晩年は病気だったとはいえ、いい大人が不味い!って言い切るのって恥ずかしいなって感じたんですよね。
両親が数年ぶりに父と母の地元のとある飲食店に行って食事したときの話です。その地元は飛行機の距離でもうほぼ旅行ですね。両親にとっては思い出の飲食店というは聞いてたんですけど。
母は「不味い、不味い、残した!」って言ってたんですよね。父はそこまで不味い不味いって言ってなかったので、たぶん母の中だけでの“不味い"なんじゃないかなと。
いくら不味くても、店で機嫌悪くなって残すのが当然!ドヤッて感じ⋯さすがに話を聞いてるだけで微妙だったんですが、そんなに不味かったんだ、せっかく行ったのに残念だったねという気持ちも当時は思っていました。そういう機嫌の悪さを全面に出して周りを困らせるのは父の分野だと思ってたので、なんだかんだで似た者夫婦だよなって今では思います。
確かに思っていたより美味しくなかったということは、割とあることだと思うんですが、それを簡単に「不味い!」と変換してしまうのは短絡的というか、飛び過ぎというか⋯
テレビとかで美食家やシェフがアレコレ評価するのと違うんですよね。ただ、私は本物をわかっていると思い込みたい人が簡単に「不味い!」というのかなと。
とにかく簡単に不味い!と切り捨てないことは大人としては持っていたいスキルなのかなと思います。好みに合わないという気持ちとか苦手なものを我慢するってのとはまた違うんですよね。

2025.01.30Thu
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本当は辞めてほしいなら辞めるよ〜
誘いたくないけど、誘わないと仲間はずれにしてるみたいに見えるときの誘われ方と、今の仕事本当は辞めてほしいのかな?と思われるくらいなシフトの減り方の状況が似ているなぁなんて変なことを感じていた数年前を思い出しました。
誘いたくないのに誘われてるって微妙なこと、たまに起こりますよね。大人の世界。


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人生半分くらいまで来ると、そんなにとびきり美味しいものには出会わないけど、コテンパンに言いたくなるほど不味いものとも出会わないから、なんとか生きていけるのかもしれません。


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回転寿司などでイクラやうにに添えられているキュウリが嫌いです。かさ増しなんだろうけど、それなら少しのうにとイクラのほうがマシです。
でも最近は誤魔化しキュウリないのかな?最近行った回転寿司でうにを注文したら、海苔の上にシャリが握らないでおいてあってその上にちょこんとウニが乗ってました⋯しゃっ写真と違うーー、ウニ少ない!とは思ったけど、それでもキュウリを添えてスペースとってるよりは全然マシでした。
私、姑息な手段が嫌いなんでしょうね。そんなのやられて喜ぶ人なんていませんが。出来ないことは出来ないと堂々してもらったほうが気持ちいいですね。自分も出来ないことは出来ない!と堂々と本当は言いたいからそう思うんでしょうね。
変な小細工と思えることに妙に苛立ちを覚えるのは、自分が小細工するアイディアや器用さを持ち合わせてないからっていうのもあるでしょうね。
結局は堂々とズルさをする勇気が自分にはないだけなのですが、そんな勇気はないほうがいいのかもしれません。

2025.01.29Wed
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やっぱりバレンタインのチョコって自分が喜ぶためのものじゃないとダメですよね。
この時期になるとどうしても思い出してしまうのが会社員時代に女子社員が周りの男性社員にチョコを配るみたいなヤツですね。
20年くらい前の出来事ではあるけど、本当にこういう仕組み、腹立つし、キモチワルイ。
最近話題のテレビ局のゴタゴタも、こういう女子はこうするべきみたいな感覚が悪い方へ悪い方へ大きくなった結果だとは思うんですよね。
チョコ配りも女子社員で取りまとめて配るのですが、私、あの頃若かったから上のオジサマ役員に配るようにも言われたけど、この若ければ女子をそういう要員にしていいみたいな感覚がやっぱり受け付けないです。今思い出しても。
しかも、それをするように促すのが同じ女子社員の先輩だったりするからたちが悪いのです。
自分たちがそうしてきたから、それが当たり前って思っていきているから、そういう感覚行動がキモチワルイとすら思っていないんですよね。
私はもうそこの社員ではないですけど、その会社でバレンタインのチョコ配りってもうやっていないみたいですね。例の女子先輩方がもう退職していて、それをやるのが当たり前という感覚を持った人がいなくなったので、自然に嫌な仕組みも淘汰されていったんだと思うのです。
なんだかんだで嫌な仕組み感覚を推奨している人がいなくなることが、クリーンにするのに近道で最適解なんだなと感じます。
どれだけ異論を唱えても、自分がやってきた!という縛りからどうしても人は抜け出せないものですからね。
チョコは自分のためのものです。


非表示 05:16

実質自分用に買おうと思ってたバレンタインのチョコが5000円超えてたので諦めましたが、なんかむしゃくしゃしてムシャムシャしたいときに買おうと決めました。

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