2024.08.17Sat
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昨日は朝寝坊して(といっても6時前なんだが)自分のペースで好き勝手言う時間がなかったので朝からシンドイスタートでした。
というわけで、体中にネガティブがたまっておりまして、思いつくままにネガティブを吐いていきたいと思います!とポジティブに言ってみました。

さて、まあ私のネガティブ増量キャンペーンは夏だからっていうのは確実にありますね。今、家族も全員夏休みなので自分の時間もペースもないです。こう書くとちゃきちゃき動いて家の事頑張ってるみたいに思われるかもしれませんが、そうではないです。
堂々とダラシなく出来ないことにストレスを感じているのです。
ダラシなさというのは誰にも見られないからこそ輝くというか。だらけることに輝くとつけるとなんともオカシイですが、ダラシなさの様式美みたいのがあるんですよね。それを果たせないもどかしさ。何もしなくていいだけだけど、そこに人の目があってはならないのです。
後でやるを繰り返して、しょうがないからやるか〜やりたくないけどっていうのをやりたいのです。
コップもいちいち洗いたくないけど、自分のタイミングで次のコップを使いたい。洗うのは食洗機がやるからある程度食器が溜まったらまとめてスイッチを押したい。食洗機って神です。洗濯物はその都度手洗いしないである溜まったタイミングでまわすのに食器はそれをしないのはおかしいのです(個人の意見)
もっともっともっとだらけたい。もっとだらけたいということは一応生きたいということになるのかな。生きるためにどれくらいの力を配分をしていけばいいか?ということをだらけたいという言い方にしてるだけ。私がキチンとしたいといったら自分を犠牲にして命を削ると言っているのと同じだから気を付けてあげてくださいって誰が見てるわけでもないんだけども。
ダラシなさを堂々と宣言するだけで心が軽くなりました。ダラシなさは生きることなのです。


非表示 00:14

尽くすことが自分の中で生き生きとするのに
尽くすことが必要でない人と一緒にいると
私は必要ないと思わせられる。
ひとりで生きていけそうだよ、あなたは。
好きなことに夢中になって
これからどんどん、歳をとっていっても
続けていくんでしょう。

2024.08.16Fri
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オシャレな小径折り畳み電動自転車を買いましたが、着々とお買い物チャリに改造されつつあります。 
まずは前かごにカバー付けます。一応ちゃんとしたそれなりにオシャレなモノですが、まあ前かごカバーは前かごカバーですね。
そして、後ろカゴも付けます。
でも大丈夫。取り外し可能なので、お買い物の時以外は外しておけます。ギリギリセーフ。
いまは片足スタンドがとても気に入らないので普通のスタンドにするかどうか検討中です。
見た所、うちの自転車は特殊形状ではないので、市販品を取り寄せれば付けるのも可能みたいですね。
ただそうすると折り畳みの時にどうなるかが分からなくて気になります。
何故か何度も折り畳みで運ぶ事がよくある自転車なので、今後も折り畳みで運ぶ可能性が高いから、これはそのままがいいのかな?
時々ナビで遠出する時のためにスマホスタンドも買いました。
でもこれないと逆にナビ頼りで動く時は危ないなと先日実感したばかりなので仕方ない。
今日はスマホスタンド付けて、フル装備で初めての場所に行ってみようと目論んでいます。(ついでに後ろカゴ積んでの初めての買い物もする予定)
実は先日はミッションクリア出来なかったので、今日は再チャレンジです。楽しみだな〜!


非表示 12:41

考えながら進めるゲームを考えないで適当にやったらどこまで出来るかってのをやってみたら、案外いい線までいってしまった。
普段私がアレコレ戦略を練りながら進めているのは意味あるのか?なんて考えてしまった。
考えても考えなくてもなるようにしかならないんだなって思う。


非表示 09:28

2枚の絵の同じ所探しは、2枚の絵の間違い探しより難しいだろうな。よく見ると同じようでも違うようにも見えて、重ねてみて絵が同じでも、色合いが微妙に違ったりするもしれないから、遊びとしては成り立たないだろうから。人の粗探しも簡単でお手軽だけど、人の良いとこ探しは、よくその人を見ていないとわからない。だからSNSのお手軽投稿では、あまり見られないのかもしれないな。


非表示 08:40

今日は悪天候のため引きこもり。というか、私にとっては猛暑も台風レベルの悪天候なのでほぼ引きこもりなんですが…

2024.08.15Thu
非表示 07:08

この世界は3次元と言われるが、実は物を3次元の認識しかできない人間が3次元として認識しているだけで、もしこの同じ世界に四次元の認識ができるモノがあれば、この世界は四次元と認識されるのかもしれない。次元は観察者の認識できる解釈に過ぎず、そもそも次元なんてモノはないのかもしれない、この世界は3次元空間内世界というけどそんなモノの中にそもそもない次元自体が解釈でしかないという視点。
三次元だから3次元の解釈の脳しかないって思ってしまうが、例えば目で言えばそれぞれの生き物で見える色合いも光の波長も色々あると言う事をふまえれば、脳の3次元解釈がこの世界では限界という証拠はないのだろう。
じゃあ例えば、ベクトルとしての4番目の移動方向の4次元目はどの方向になるのかとなる。ここでノートに人の絵を描いてその人が生きているノートの中だけを自由自在に動けると仮定してみよう。そしてこの現実世界にいる自分の世界にノートの人が出てくるには、彼はどの方向に向かって移動すればいいのかという事だ。
そもそも彼は3次元方向へ進む考え方を知らない、2次元の思考しかないから、z方向いわゆる厚みのできる方向へ移動する思考がなく、身体の仕組みもそっちに動ける仕組みではない。ただ3次元の解釈から見れば、彼には紙の厚さ、もしくは描いたペンのインクの厚み程度の3次元の存在という解釈もできる。
現実世界では身体の仕組みもあって動けない方向を考えてみれば、いわゆる四次元方向であり、ノートの人にとってはノートの外側の想像もしてなかったくらい広大な世界がひろがっているという事だ。
さあ、どういう方向だろう。


非表示 06:01

紅茶のシフォンケーキとアイスコーヒーという組み合わせ。
ここは紅茶をのむべきかもしれないが、以外と大丈夫だった。


非表示 05:59

夏はどうしても1キロ2キロ太ってしまって、涼しくなったらそれを調整するために動かなきゃならないので、食欲の秋とか言ってられない…まあ、モンブランは食べますが。
夏は暑いので本当に動かないんですよね。外出も最小限だから。
一昨年までは家の近くとはいえとある場所で働いていたからそれなりに動いていたけど、それも今はナシなので。
それで、昨日体重計に乗ったら、やっぱり2キロ近く太っていて、あー夏を過ごしてるなって思ったわけです。
夏って暑い以外にも夏休みとかリズムがいつもと違うので、食のリズムも変わるんですよね。それが夏休みの最初のほうだといいんですけど、それがすぎるとホントに耐久戦みたいになってます。で、いま耐久戦期間ですね。
1キロ2キロなんて対したことない…って思われるかもしれませんが、けっこう違いますよ。私の場合はお腹と顔になんとなく肉感があるって思うのです。
太ったと他人にバレるのは3キロ以上からと聞いたことがあるので、ばれる前に夏が終わってくれないと困るんですね。体に負担がかかるっって、色々な意味がある災害級の暑さです。

2024.08.14Wed
非表示 08:05

例えば、正直者の村に1人嘘つきがいれば、その村全体が嘘つきに染まる。一回でもその言葉のまま受け取れば愚直に信じてしまう結果。そして一時的に棚上げして様子を見ようと物事を疑う人がいないからだ。今のSNSはこれに似ている。特に考えも疑いもせず、そうであるか・そうでないかの二元論で、バケツリレーのように右から左に話題を流すから炎上していくのだろう。要は炎上目的の人間に利用されていると言う事だ。全体に燃えないのは、火の燃え移らない興味のない人が取り囲んでいるからなだけで、火種の中から鎮火の方向に動きづらい事が、疑問の水をかける人が出てこない事の表れだろう。

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